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闇に潜む影

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闇に潜む影

リアクション

   九

 ほぼ同じ頃、和泉 暮流(いずみ・くれる)は、【鬼神力】で体を大きくし、葦原の町を練り歩いていた。
 新月の晩、「髪斬り」が出ると言っても所詮は他人事のようで、繁華街は賑わっている。
 しかし、この選択は失敗だった、と暮流は思った。
 目立つように選んだ場所だが、繁華街には飲み屋が多く、飲み屋には女が多い。袖を引かれぬよう躱すにしても、狭い道のため、二メートル以上離れることは不可能だった。
 暮流は首筋や腕をバリバリ掻きながら、この場から早く離れることばかり考えていた。
 瀬田 沙耶(せた・さや)要・ハーヴェンス(かなめ・はーう゛ぇんす)は、つかず離れずついていく。
「情けないですわね」
 沙耶は暮流の様子を見て嘆息した。
「それにしても、『髪斬り』とは一体、何者なんでしょう? まさか人の髪の毛を集めて喜んでいる変態さんではありませんでしょうし」
「おそらくは腕試しをしているんでしょうけどね」
 既に聞き込みで得られた情報は、出回っている。要も、目的は腕試しという意見に賛同していた。
「それよりも、もう少し暗い道を通りませんか?」
「そうですわね。もう十分、目立ったことでしょうし」
 苦手な繁華街を通ったのは、「髪斬り」に「和泉暮流ここにアリ!!」と認識させるためだった。その目的は十分に達しただろう。後は誘き出すだけだ。
 では、と要が人込みを縫って暮流に近づく。その背を見ていた沙耶の目が、大きく開かれた。
「暮流!!」
 若い、大柄な男が暮流の前に立っていた。
「馬鹿な――」
 全く気付かなかった。いつの間に――? いや、これは――。
 要が【光条兵器】のサーベルを抜くのと、沙耶が【氷術】を発動するのが同時だった。
「二人とも待った!!」
 暮流が叫ぶ。咄嗟に、要はサーベルの軌道を変え、飛んできた氷を叩き切った。
「何ですの!?」
 攻撃を台無しにされた沙耶が、ぷんすか怒りながら駆け寄ってくる。――そして、唖然とした。
 若い男が、暮流の足元に土下座していたのだ。
「俺あ、大工の伊佐治ってんだ。あんたら、『髪斬り』を探してるんだろ!?」
「そうですが……」
 要が伊佐治を立たせようとするが、その手を振り払い、彼は続けた。
「俺を一緒に連れて行ってくれ!」
「は?」
 要、沙耶、暮流は一様にぽかんとした。
「俺あ、この前、奴にぶん投げられて、それ以来男を下げちまったんだ。何とかしなきゃ、もう男としてやっていけねえ。頼む! 俺を一緒に連れて行ってくれ! あいつを一発でいいから殴らなきゃ、俺はもう生きてけねえ!」
 大げさな、とは思ったが、伊佐治は至って真剣である。要と暮流はどうしたものかと顔を見合わせた。
「気持ちは分かりますが、危険ですので……」
と要が言ったが、
「頼む! うんと言うまで、俺はあんたたちから離れねえ!」
 伊佐治はすっくと立ち上がり、三人の前に立ちはだかった。気絶させることも、彼を置いて逃げることも容易い。だが、そんなことをすればこの男は一人で「髪斬り」を探すかもしれない。
「よろしいですわ、一緒にいらっしゃい」
「沙耶!?」
 暮流は腕を掻きながら――掻きすぎて、皮膚に血が滲んできた――目を丸くした。
「案外、うまくいくかもしれませんしね。でもそれで頭に禿げが出来ても、知りませんことよ?」
「おお、大丈夫だ。ありがとうよ!!」
 言うなり、伊佐治は沙耶の体をひょいと持ち上げた。
「何ですの!?」
「あ? 女は足がとろくせえからな、俺が連れてってやるよ」
「何ですって?」
「何、礼だ、遠慮するな。で、どこへ行く?」
「下ろしなさい」
 しかし伊佐治は、要と暮流にのみ話しかけている。これはまずい、と暮流が思ったその瞬間、バシッ、と稲光が走った。
「まったく……無礼な男ですわね」
 ぶすぶすと頭から煙を上げながら、伊佐治は引っ繰り返っていた。「禿げが出来てる」と、要は呟いた。
 この騒ぎを見ている者があった。
 その人物は、伊佐治が倒れたのを確認すると、踵を返し、繁華街を立ち去ったのだった。