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紅葉祭といたずら狐

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紅葉祭といたずら狐

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其の弐:山の中で

 

 色鮮やかに染まった妖怪の山、内部。

「ふむ……中々見つからないものだな」

 大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)鮎川 望美(あゆかわ・のぞみ)と共に獣道を進んでいた。
 その右手にはデジカメが。彼らは妖怪や怪奇現象を撮影するためにここへ来ていた。
 だが先程からかなりの距離を歩いているものの、一向に姿が見えない。

「仕方ない。望美」
「本当にやるの? できればあまりやりたくないんだけど……」

 望美は突然服を脱ぎ始める。

(まぁ、私のお色気が妖怪にも通じるか興味はあるけどね)

 胸元をはだけた望美を剛太郎はデジカメで撮影する。

「これで妖怪が釣れれば良いでありますが……」
「あら、どうやら成功みたいよ?」

 望美の視線の先には、木の陰に隠れてこちらを凝視する少年の姿が。
 よく見ると、ずれた帽子の下にお皿のようなものが覗いていた。

「あれは河童か」
 剛太郎はビデオカメラを回して河童の少年の姿を録画する。
 すると突然河童は何かに驚いた顔をすると、背中を向け一目散に逃げ去ってしまった。

「撮られるのは嫌だったのかしら?」
 望美が言ったその時、河童が居た場所とは真逆の方角から、大柄な男が姿を現した。

「おうおう、姉ちゃんいい体してんじゃねえか」
 男の頭には太い二本の角が。

「おいそこの人間、その姉ちゃんをこっちに寄越しな。痛い目見たくなかったらな」
「鬼、か。どうやら友好的な妖怪では無さそうでありますな」
 剛太郎が拳銃を構える。それを見た鬼はさも愉快そうに笑った。

「おいおい人間風情が俺様に盾突こうってのか? 身の程知らずが。まずはてめえから喰ってやる!!」
 そう言って一歩踏み出そうとした鬼の足元で、突然大きな炎が燃え上がった。

「うおっ!!」
 鬼は怯み、後ずさる。更に鬼の視界では、望美の幻影がいくつも現れていた。

「今の内に逃げましょ!」
 鬼が望美の幻影に殴りかかっている間に、二人は木陰に隠れて逃げ出した。




 同じく妖怪の山内部。麓近くにて。

「この道をまっすぐ行ってくださーい。そっちの脇道は入っちゃ駄目ですよー!」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は紅葉見学に来た人々を案内していた。腕にはボランティアスタッフの腕章を付けている。

「なあ、この辺りで食事しても問題ないか?」
 神崎 優(かんざき・ゆう)がアキラに問いかける。
「ん、まあこの辺りは滅多に妖怪も来ないし、ごみさえ気をつけてくれれば大丈夫かね」
「そうか、ありがとう」

 優は開けた場所を探し、シートを広げる。

「良い場所が見つかってよかったね」
 神崎 零(かんざき・れい)がシートに座り、持ってきた弁当を広げる。弁当箱の中には季節の食材を使った色鮮やかな物が沢山並んでいた。加えて稲荷寿司もいくつか入っている。

 神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)も共に座り、四人は仲良く食事を始めた。

「そう言えば屋台の方で狐のイタズラによる被害が出てるみたいだけど大丈夫なのか? もしかしてこっちの方にも来たりするんだろうか」
 聖夜が問いかける。それに優は穏やかな調子で返した。

「なに、心配する事はない。だったら一緒に相手をしてやれば良いんだ。彼らは久々に来た人間達と遊びたくて、悪戯をしているんだから。その証拠に大した悪戯はしてないだろ? だから一緒に遊んであげて満足すれば、おとなしく帰って行くよ。それに折角の紅葉なんだ。一緒に楽しまなきゃ損だろ」
 微笑みながらそう言う優に、刹那もまた笑みを浮かべて言った。

「相変わらず優は優しいですね。でしたら既にもう来ているのかもしれませんね。私達の誰かに化けていて」
 零が悪戯っぽく続ける。
「そうだね。私達に化けて楽しんでいたり。もしかしたら聖夜以外ココにいるみんなが狐だったり」
 優も又、刹那にあわせて、
「そうだな。こうして話している俺自身も実は狐かもな」
 と、言った。

 最初の優の発言に感心していた聖夜は、悪乗りする三人に「コラ! みんなして俺をからかうな!!」と怒りつつも、笑っていた。

 そんな感じで、四人が談笑しながらお昼を食べていると。

「……あら?」
 零が自分達を見つめる小さな人影に気がついた。

「狐か? 噂をすれば、だな」
 優の言うとおり、小さな人の子の姿をしているそれの背後には、大きな尻尾が見え隠れしていた。
 零が狐に声を掛ける。

「狐さん、一緒に食べませんか? 稲荷寿司もありますよ」
 稲荷寿司という単語にぴくりと耳を反応させる狐。
 狐は暫く逡巡していたようだが、やがてトコトコと小さな足取りで歩み寄ってきた。

 優と零が狐のために場所を開ける。狐は二人の間に座ると、きょろきょろと辺りを見回し始める。

「稲荷寿司ならここだぜ」
 そう言って聖夜が稲荷寿司の入った弁当箱を差し出す。それを見た狐は目を輝かせると、稲荷寿司を両手で掴んで幸せそうに食べ始めた。

「あらあら、そんなに急がなくても誰も取ったりしませんよ?」
 口いっぱいに稲荷寿司を頬張る狐に刹那がそう言った直後、狐は喉に詰まらせたのか苦しそうに胸元を叩く。

「おいおい、大丈夫か?」
 優が水の入ったコップを狐に差し出す。狐はそれを受け取ると勢いよく飲み干し、大きく息をついた。
「急いで食べる必要は無いさ。まだまだ残ってるし、ゆっくり食べるといい」
 
 狐は今度は少しずつ稲荷寿司をかじり始める。
 優たちもまた弁当を食べながら、そんな狐を暖かい気持ちで見守っていた。




「ふぃ〜案内終了っと。お父さんもご苦労さん」
「ぬ〜り〜か〜べ〜」

 観光客の案内を終えたアキラはぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)と共に本部へ向かっていた。
 山を降りて暫く歩くと、立ち並ぶ屋台の間に一際大きなテントが見えてくる。

「お帰りなさい。どうでしたか?」
 怪我人の手当てを手伝っていたセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)がアキラ達に気付き、駆け寄る。

「ま〜ぼちぼち? 特に問題行動起こすお客さんも危ない妖怪も出なかったし、平和だったぜ」
「それなら良かったです。こちらでは何でも化け狐が現れたらしくて、何人ものお客さんが相談に来てるんです。アキラさん達も何かされたんじゃないかと不安で不安で……」
「化け狐? そんなのもいるんか」
 
 本部の一角ではスタッフとお客が混ざって何やら相談をしていた。話を聞くと、どうやら屋台で偽物を買わされたらしい。食べようとしたら石ころに変わった、と言っていた。

「まあ狐の相手はあちらに任せて、俺はとりあえず飯を食わせてもらいますか!」
 そう言って駆け出すアキラ。向かう先には大量の焼き芋と栗ごはんが。ボランティアとスタッフ用の賄いである。

 ちなみにぬりかべお父さんは迷子の子供達の相手をしている。観光客の案内から帰ってくるなり「ぬりかべお父さーん!」という元気な声と共に、子供達が抱きついていた。

「お父さんは人気者だなー」 
 焼き芋を頬張りながら暢気そうに呟くアキラ。セレスはその隣で栗ごはんをタッパーに詰めていた。他のパートナー達へのお土産に持って帰るのである。どうやら大量に作りすぎたようで、余らせるぐらいなら、とスタッフは快く持ち帰りを承諾してくれた。

 ふと、アキラは山の方を見つめるぬりかべお父さんの姿に気づく。

「お父さん、どうかしたんか?」
 するとぬりかべお父さんは珍しく話し出した。
「……いえ、山奥に実家があるもので。せっかくだし顔を出しておきたいなーと思いまして」
「あーそういやお父さんの実家ってここだったっけ」

 アキラは頬張っていた焼き芋を飲み込むと、よし、と言って立ち上がる。
「それならボランティア終わったら顔出しに行くとしますか! お父さんの実家ってのも見てみたいしなー」
「ありがとうございます」

 だが、ぬりかべお父さんの周りでは「お父さんがしゃべったー!」と子供達が先程よりも騒いでいる。
 とりあえずこの子らをどうにかしないと山に行けそうに無いな、と、アキラは溜息をついた。