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千年瑠璃の目覚め

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千年瑠璃の目覚め

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第7章 自称恋人


「魔族の宴、か……やっぱり神事とは雰囲気が違うね」
 正門付近で、上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)は掃除をしながら呟いた。やはり、人出が多い場所では、マナーを心得た人が多くでも、何故かそこそこゴミは出る。
 正門はその場所の顔であり、きちんと片付いているべきである。来客を迎えるために。
 地球では神社の神事の手伝いなどよくしていたものの、パラミタではこのようなイベントに慣れていない唯識は、パートナーの戒 緋布斗(かい・ひふと)とともに、同じ仕事を受けた薔薇学の先輩や他のスタッフの邪魔にならないよう、実質雑用だの掃除だのに勤しんでいた。
「それにしても、凄いね。これだけのお客さんが見に来るんだから、本当にすごい魔鎧なんだなぁ」
 のんびりとした調子で感嘆する唯識を、緋布斗はじっと見た。
「剣道も面、胴、小手の右左、垂でワンセットだけど、今回の魔鎧もそういうセットだったりするのかな。
 それにしても何百年とか千年とかポンポンでてくるところがすごいなあ」
 地球上じゃそうそう簡単にはないことだ、と感心している唯識に、
「でも、魔鎧は主を守りたいだろうね。
 主が魔族だったらいいけど、でももしも主が普通の人間で、寿命で早くに死んじゃったりしたら、どんなに強くて美しい魔鎧でも助けられなかったら、悲しいね……」
 緋布斗は浮かない顔で呟く。
 それが自分の立場だったら辛いと思う。誰かの役に立ちたいけど、力不足で役目を果たせずに、大事なものを失ったりしたら悲しいと思う。
 普段から感じている、自分の戦闘力の不十分さを思ってしまって、気持ちが沈む。そんな緋布斗の頭を、唯識はポンポンと撫でた。

「あの……千年瑠璃のお披露目は、終わったのでしょうか……」
 そう、声をかけてきた人がいた。
「あなたは……」
 青い服を纏い、茶色い髪の若い男性だった。その人物のことは、宴客の噂に上っていたから聞いていた。
 自分を「千年瑠璃のかつての恋人」と称し、彼女を自分の元に戻すために力を貸してほしいと触れ回っていた青年だ。
「まだ、終わっていないと思いますよ」
「千年瑠璃が誰かを選んだ、ということは……」
「そういう知らせは入っていませんね」
「そう、ですか……」
 ほっとした様子だった。
「そうですよね。そんなわけないんだ……千年瑠璃が、主を選ぶなんて……」
「あの、すみません」
 ひとり、自分に言い聞かせるように呟いている青年に、唯識が思い切って話しかけた。
「あなたはその……本当に、千年瑠璃さんと、その、お付き合いをしていた方なんですか?」
 聞いた様子では、誰も彼の言い分を本気に取らず、誰にも相手にされていないらしかった。だが、もしも本当なら可哀想な話だ。
「……信じて、いただけるんですか?」
 おずおずと切り出したその調子は、正直、彼の言い分が本当なのか嘘なのか、瞬時には判別しがたいものであった。恐らくは魔族なのだろう、物言いには控えめなところがあるのに、何か怪しげな光が目にある。その印象は魔族だからというだけなのか、それとも腹に一物持っているのか、唯識にはしかとは分からなかった。
「お名前を窺っていいですか」
「フォーヴです。フォーヴ・ルーヴァルといいます」
「お聞きしたいんですが、どういう経緯であなたと千年瑠璃さんは離れ離れになったのですか?」
「彼女が、魔鎧になった時に……引き裂かれて」
「モーロア卿に、直接ご事情を話して、交渉されないのですか」
「無理です。千年瑠璃は有名になり、所有することに価値が出た。手放すつもりはないでしょう」
「けれど、お披露目で彼女の主を募っているではないですか。そうだ、あなたも立候補されては……」
「それはっ、……」
「もし剣技など心得はなくても、ただ千年瑠璃さんに呼びかけている人もいるって、警備している先輩たちから聞きました。恋人に声をかける機会を得られますよ。
 それで、千年瑠璃さんが応えてくれれば……」
「……」
 フォーヴは、口をつぐむ。唇が固く引き締まり、目は泳いでいる。それはしたくないらしい。
 唯識は困った。正直、今の所の印象では、彼の言い分を丸ごと信じるような気にはなれない。
 急にふいっと、フォーヴは口をつぐんで踵を返し、行ってしまった。
「……やっぱりあの人、怪しいかな」
「一応、誰かに連絡しておいた方がいいかも」
 2人も、その場を離れた。


 そんなことがあったりした、正門前で。
「かぱー」
 鬼龍院 画太郎は、「※求む!千年瑠璃の情報!」と書いたスケッチブックを掲げて立っていた。
「えっ、着ぐるみ!? …あ、ゆる族!?」
 そんな彼の前に、トレンチコートの男が、驚いたようにように目を見開いて立っていた。
「うわー、俺ゆる族に会うの初めてだー。ねぇ、ここにずっと長いこと立ってたの?」
 画太郎が頷くと、男は写真を出し、画太郎に見せた。
「じゃあ、いろんな人見たよね。この人見なかった?」
 画太郎は首を横に振った。
「じゃあさ、こういう感じの魔鎧を装着した人、見なかった?」
 男は事細かに説明した。画太郎は「かぱかぱっ」と呟きながら、ずっとこの客が行き来する正門付近に立っていて、見て知ったことを、スケッチブックの空きページに書いた。
「……なるほど。ありがとね、カッパさん」
 そう言って立ち去ろうとした男を「かぱーっ!」と叫んで引きとめた画太郎。最初に出していたページを出し、ポンポンと叩いて男に示す。
『一方的に情報を聞くだけってのはないでしょ? ギブアンドテイクっていうじゃないですか』……という意味だ。
「……千年瑠璃の情報? 俺が知ってるのは噂でしかないけど、いいの?」
「かっぱー」(書き書き)『今飛び交ってる情報で、噂以上の確かなものなんてあるんですか?』
 その答えに、男は破顔一笑する。
「確かにそうだ、頭いいね君。じゃ、とっておきの、本人に確認取ってなかったらただのゴシップな、下世話な噂聞いたことあるから、教えちゃおう」
「かぱーっ?」
「千年瑠璃の恋人はね、製作者らしいよ」
 そう言うと、「じゃあね、」と手を振って、今度こそ男は立ち去っていく。途中「キオネさん!」と誰かが声をかけてきて、合流する。
「か……かぱっ!? かぱぱぱぱーーっ!!」
 あまりにあっさり言われた言葉を、どう受け取っていいか判断できず、画太郎は一瞬パニックに陥ったが、
(そうだ、ネーブルのお嬢さんと、お嬢さんの知り合いの……キリトという方に、連絡を……!)
 慌ててHCを取り出した。


「ごめんね、話、聞こえちゃったんだけど……さっきのあれ、本当なの?」
 舞踏会場から戻ってきてキオネに合流したルカルカ・ルーが、立ち聞きしたような格好になってしまったことに少し後ろめたさを感じたのか小声で、聞きにくそうに尋ねる。ニケ・グラウコーピスも、その隣からじっとキオネを見つめていた。
「話? あぁ、あのゴシップね。あくまでゴシップだから。本人に確認取ったわけじゃないし」
 その「本人に確認」というくだりが、そんな親しい立場でないのにわざと気安く言ってみるという単なるボケのようでもあり、本当に真偽を確かめられるほどには打ち解けた間柄だが確かめていない、と真面目に言っているようでもある、絶妙なすっとぼけ感である。判別がつかず、ルカルカは仕方なく曖昧に笑った。
「キオネさんは、他の魔鎧職人さんや魔鎧のことにも詳しいんですのね」
 ニケがそう言葉をかけた。
「そうかな」
「魔鎧のゴシップまでご存じだなんて……生半可な情報通とは言えませんわ」
「まぁ、一応魔鎧探偵の看板掲げちゃったからねぇ。下世話な噂話でも、一応仕入れておかないと」
「貴方は魔界の方ですの?」
 ニケのその問いに、一瞬きょとんとキオネは彼女を見た。
「そりゃあ、俺、魔鎧職人だからね。腕はお世辞にもいいとは言えないけど」
 そう言って、キオネは髪をがしゃがしゃ掻くと、
「そうだ! こうしちゃいられないんだった」
 手をポン、と打って大きな声を上げると、二人の顔を改めて見やった。
「手掛かりが見つかったんだ。グレスさんの」