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千年瑠璃の目覚め

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千年瑠璃の目覚め

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第8章 呪われしシュバリス


 城外部で待機していた世 羅儀は、白竜からの緊迫したテレパシーを受け取った。
『先に潜入した者の合図で、潜入する手はずになっていたらしい。想定される位置を送るから、その辺りに潜んでいる者がいないか捜索してくれ』
 二階に用意してあった発光器具の性能から逆算して、隠してあった場所の一番近くの窓から光が届く辺りで、誰かが潜んでいてもおかしくない物陰や木立の集まりのある場所をピックアップした。
 指示に従い、城の敷地内の片隅の、雑木林のように広葉樹が密集した場所へ、忍んでいくと、三人の男が、木陰に身を潜めて城の二階の窓をじっと凝視しているところに行きあった。
「何者だ!?」
 三人は 羅儀を見るや、すぐさま槍や鉾のようなものを手に、問答無用で襲いかかってきた。着ている服に、民族色の強い刺しゅうが施されていた。
 意外に俊敏な動きだったが、
「言葉が通用しないなら仕方ないなっ」
 【ブリザードショットガン】を構え、撃ち放った。



 城内に入り込んでいた不審者――民族衣装的なマントを着用した立候補者の一人は、白竜や警備員を巻き込んだしかし短い捕り物劇の後、階下で待ち受けていた黒崎 天音やブルーズ・アッシュワースに挟み撃ちにされて捕縛された。最後の最後まで抵抗したため、天音が【手刀】を見舞って気絶させた。
「まさか、立候補者の中に……」
 縄をかけた不審者を見ながら白竜が呟くと、天音が首を捻る。
「だが、もしこいつの目的が千年瑠璃の殺害なら、なぜ自分の番の時に何もしなかったんだ?」
 そんな時、外が騒がしくなり、庭園の一角から火が出たことを知ったのだ。
「テラスの客の避難を……」
 すぐに白竜が中心となって、客の速やかな避難が始まる。


 火が出たのは、時間がたつにつれ客が少なくなって人目につかなくなった、パーティ会場の一角だった。
「我が消火する。任せよ」
 テラスで辺りを窺っていたモーベット・ヴァイナスが駆けつけ、【恵みの水】で消火を始めた。そんな中、
「これ、陽動作戦だよ!!」
 叫んだのは、庭園の会場でメイドを務めていたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だった。
「火に注意を引きつけて、城に侵入するつもりだ!」
 レキはメイドとして働きながら、他の警備や給仕をする契約者たちと連携を取って情報交換して常に注意を配っていた。自称恋人だの死亡説を吹聴する少女だの、奇妙な来客もいるようだから、怪しい客には誰かが付くようお願いして警戒していた。結果として表立って怪しい客には誰か契約者が接近していたので、彼らが何か起こしても、会場は守れる公算だった。
 その連携が、誰も捕えなかったということは、客の中に襲撃者は紛れていなかったこと、また客に害意を持って近づいた者はいなかったことを示している。
 火は、一瞬の隙をついて放たれた。駆けつけた時、火付け犯はもういなかった。だが、木と布に着火してテラスから離れたテーブルを燃やす、それは意味のない行動だった。つまり、これは陽動。城の警備を一瞬でも手薄にし、その隙を突いて旧・謁見の間を目指すつもりだ。
 レキが見破ったその目論見は、すぐさまテレパシーに乗って会場中を走った。
「大丈夫じゃ。この広間の警護は、我に任せよ、レキ」
 旧・謁見の間で警備に当たっていたパートナーのミア・マハ(みあ・まは)はもちろんすぐにそれを受け取り、ひとり呟きつつテラスの傍で襲撃者を迎え撃つべく構えた。
 一方、レキの【ホークアイ】が、混乱する会場を突破しようとする影を見破った。
「城には入れないよ!」
 太腿に下げたホルスターから銃を抜き、『サイドワインダー』で敵を撃つ。

 また、城の外壁に近いところで、
仁科 姫月(にしな・ひめき)
成田 樹彦(なりた・たつひこ)も、侵入者の影を感知していた。
「意外に素早いよこいつら!」
 姫月は苛立ったように声を上げた。奇妙な民族色の強い刺しゅうを施した服をまとった男が数人、戦い慣れしているのか、確かにかなり動きは素早い。
「火や雷はまずいな。建物を損傷する可能性がある。【轟雷閃】や【爆炎波】は使うなよ」
「分かってるって!……てか、めんどくさいなぁ!」
 すぐさま姫月は【ドラゴンアーツ】で、突破しようとする敵に一撃を見舞った。
「ぐっ」
 吹っ飛んだ敵は、しかしすぐに起き上がり、再び向かってくる。姫月は目を瞠った。立てなくなるくらいの力の一撃を見舞ったつもりだった。
「何、こいつ……契約者!?」
 樹彦も、飛びかかってきた相手を躱して蹴りを見舞うが、大して屈強な風でもない男は倒れる寸前で踏みとどまる。
 よく見ると、男たちは軽鎧を身に着けていた。
「! あれ、魔鎧だ!!」
 【博識】の恩恵で気付いた姫月が叫んでいる間に、三人程が二人の隙を突いて突破していった。
「くっ」
 だが、その一人が足を吹き飛ばされるような格好で転んだ。
「しまった、逃がしちゃった……」
 出てきたのは、敵を追ってきたレキだ。【エイミング】を使って見事に一人の足を止めたものの、上手く逃げ果せて城の壁の向こうに逃げていく2つの影を見ながら、
「けど、中にも強い人がいるから、きっと大丈夫。任せよう。とにかく、そっちのやつらを」
「ここは俺たちだけで大丈夫だ。向こうで客の退避が始まってるから、そっちの手伝いを!」
 樹彦が叫ぶ。相手が魔鎧で武装しているとあれば、力加減をそれに合わせるだけだ。幸い、向こうには魔術的な攻撃手段はなく、身のこなしは軽いが武器一辺倒らしい。相手は残り3人、姫月と連携して、勝算は十分にある。
「分かった。じゃあ、頼むよ」
 何より、客の安全が最優先だ。レキは樹彦が差す方向へと駆け出した。 
「もう絶対通さないっ」
 姫月が敵を睨む。この後大暴れの末、3人を見事取り押さえた。



 少女を伴った光一郎と尋人は、城の中にある露天の回廊を歩いていた。旧・謁見の間からも、厨房などからも離れていて狭いため、パーティの会場としては使われていない場所である。もちろん、警備員は配置されていたのだが、城内で起こった騒ぎのためにほぼ誰もいない。篝火が焚かれているだけで、夜天に晒されて暗い場所である。
「逆に不安になるほど楽勝♪」
 マントをすっぽりかぶった少女をエスコートしながら、障害らしい障害がないことに機嫌よく呟く光一郎だが、尋人は、「こんなことして、厄介な事が起きなきゃいいが……」と内心ひやひやしていた。
 大体、少女の狙いがよく分からない。光一郎はそれが知りたくて一緒に行動することにしたようだが、尋人はそれよりもう少しだけ猜疑心が勝っていた。少女が何か変なことを起こした時にはすぐに抑えられるよう、【スカージ】のスキルをいつでも使用できるよう準備してはいる。しかしその一方で、きちんと礼を通して少女に聞いてみたいことも幾つかある。
「訊いてみていいかな……君は、ヒエロ・ギネリアンの魔鎧について詳しいのかな」
 そう切り出した尋人を、マントを少し持ち上げた下から覗くように、少女は見上げた。
「なんで?」
「いや、オレはあんまりよく分かってないから。魔鎧って、シリーズで出す意味あるのかなぁと思って」
「……変わったことしてみたい奴がいるのよ、きっと、いつの世も」
 変に老成したかのような言い方だ。
「変わったこと、か。じゃ、炎華氷玲シリーズってのも、もしかしたら5つ揃うと何か凄いことでもあるのかな?」
 そう、さりげなく訊いてみると、何故だか少女は苦笑したようだった。
「多分、ろくでもないことが起きるんじゃない?」
「あれ? ここからどっち行けば、あの広間なんだっけか」
 光一郎が足を止めて頭を掻いた時、突然、暗がりから何かが飛び出してきた。
「!?」
「千年瑠璃の居場所はどこだ!?」
 暗がりから出てきた二人の、長剣を携えた男は唸るような低い声でそう言って、三人に迫る。――侵入してきた襲撃者だ。
 少女の身の安全のため、彼女を背にして一歩後ずさった光一郎と尋人だったが、戦いを知る契約者たる2人からすれば、大した敵ではなさそうだ。ただ、少女が怪我をしないよう、距離を取る。

 ――ところが、少女が一歩、二人の間を割るように、進み出たのだ。

「マント返す。ありがと」
 少女はそう言って、ホワイトマントを頭から脱ぎ、後ろで呆気に取られる光一郎に押しつけるように渡す。脱いだはずみにマントが当たり、キャスケットが脱げて回廊の石の床に落ちた。
 火のように赤い髪が露わになる。その髪を束ねる虹色のリボンを、少女が無造作に外した時。
 赤い髪がはらりと背中に垂れた……のは当然なのだが、光一郎と尋人は思わず「わっ」と小さく叫んで飛びしさった。
 リボンは少女の手に握られると、突然鉛色に代わって、膨張するように変形し、大剣へと姿を変えたのだ。それも並みの大剣ではない。少女の体とほぼ同じ大きさと思われるほどだ。
 だが、2人が怯んだのは決して、剣の大きさのせいではない。
 その剣から漂う、瘴気にも似た、不吉な「気」のせいだった。生理的に嫌悪感を覚えるほど、それは強烈な「呪いの気配」だった。
 少女は、たじろぐ2人の侵入者に恐れ気もなく踏み出すと、まるで重さなど感じていないかのように、巨大すぎる大剣を軽々と振るった。
 ざくり。ざくり。
 長剣を持つ男たちは、声を上げる暇もなく、呆気なく地に倒れた。
「――千年瑠璃を狙う阿呆ども、皆殺し」
 少女は呟くと、もう2人を振り返りもせず、大剣を構えたまま回廊を駆けていった。
 キャスケットだけが、回廊の床に残された。