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リアクション
5/香菜の願い
「なんとか……言ったらどうなの……っ!!」
母──ウィルヘルミーナを奪われた、ロザリアーネ・アイヴァンホー(ろざりあーね・あいばんほー)の怒りもまた、苛烈に燃え上がっていた。
「吐きなさいっ! 言いなさいよ、ほらっ!! 母様の命を、どこにやったのか!! なにか、知ってるんでしょうっ!?」
夜の公園で、彼女たちは憎き敵の一団と遭遇した。
自らを囮として動いた彼女たちの作戦が、まんまと成功したというわけだ。
「ロザリアちゃん! ──あんまり、やりすぎないように、ね?」
だが、どうやら相手の側も陽動だったらしい。琥珀を持っていないかと倒れ伏す敵の一味の懐をまさぐっていた広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)が、黒服を締め上げるロザリアーネに気付き、諌める。
「気持ちはわかるけど……本拠地がどこにあるのか、聞き出して。じゃないと、それから──……」
「そんなの、わかってるっ!!」
だが、ロザリアーネは皆までファイリアの言葉を聞くことなく、遮る。
「わかってる……だけど、許せるわけ、ないでしょう!?」
大切な人を、あんな風にされて。母様の、生命を奪われて。
かけがえのない生命を勝手に、利己的に使われて──そんなの、我慢できるわけがない。
「あたしだって、未来人よ。だけどあんたたちの雇い主が未来人だとしても、こうなったからにはもう、同じ未来人とは思わない。あいつらをあたしは絶対に許さない。手を貸してる、あんたたちも絶対」
許すもんか。死んだって、許しはしない。
戦いにひび割れたブロック塀に黒服を胸倉で掴み押しつけ、憎しみに満ちた視線で睨みつけるロザリアーネ。
「なんなら、今ここで。母様の受けた以上の苦しみ、味あわせてあげようか?」
──いけない!
「そのくらいの覚悟はあって、当然……やってるんでしょう……!!」
「ロザリアちゃん!」
下手をすれば、このままだとロザリアーネは黒服を殺してしまいかねない。
それは、ダメだ。こんなことで彼女の手を汚すべきではない。母親であるウィルヘルミーナだって望まないだろうし、ロザリアーネ自身の理想とだって、それは大きくかけ離れた行為のはずだ。
彼女と、その母のことを思えばこそ。止めなくてはならないと思った。だから、衝き動かされた。
けれど不意に、思いきりその背中を突き飛ばす者が、あった。
「えっ!?」
前のめりをそれは通り越し、彼女の身体をつんのめり転倒させるに十分だった。
「!?」
地面に転がるファイリアに、彼女の上げた声に、ロザリアーネが振り向く。その両腕に、黒服の男を吊し上げたまま。
彼女のパートナーを逃がし、不意打ちに立ち上がった黒服の鳩尾へと拳を叩き込んだその人物に、眼を見開く。
「ふう、間一髪、って感じね」
空から急降下してきた、ルカルカがそうした。ロザリアーネのパートナーを、救った。
「あとは──ダリル!!」
崩れ落ちる眼前の黒服には目もくれず、夜の闇に向かいルカルカは叫ぶ。
彼女の呼んだ方角から飛来した銃撃に、大地に転がる影がひとつ、反応をする。
ファイリアたちに破れ、意識などないと思われていた黒服のうちのひとりだ。ダリルの火線に追われ、そいつは闇に紛れての逃走を図る。
「あっ」
「この……待ちなさい!」
ロザリアーネは掴みあげていた男を投げ捨て、その後を追おうとする。
「いや。あれでいい」
だが、ダリルと連れ立って現れた男の声が、彼女を止める。
徐々に子どもから大人のものに戻っていくそれは、陽一の声だった。
「なんでっ!!」
一歩の遅れの間に、黒服は闇に掻き消える。
食ってかかるロザリアーネに、陽一は言う。
「あいつは、泳がせる。──だよな? ルカさん?」
「そういうこと」
ばっちりしっかり、アジトへの道を案内してもらいましょー。
サムズアップしてみせるルカルカに手を引かれ立ち上がったファイリアの心には、ロザリアーネを止めることができたというその安心感が、満ちていった。
*
「……宝石……?」
いや、違う。あの光沢と、色合いは。ダイヤだとか、ルビーだとか。そういう『宝石』の類とは別物だ。
琥珀──か?
飛び交う矢と、光弾とを掻い潜り、避け続けて。朱鷺は逃げ惑っていた。
キナ臭いと感じた彼女の直観は、正しかった。
けたたましい警報音の後、現れたのは無数の黒服集団と、それを率いる数人のローブの男たち。
いやはや、どこにこれだけの数が隠れていたのやら。たかだか迷い込んだ女ひとりに、どれだけよってたかって殺意をぶつけてくるのやら。
「ほんと! 一体ここで、なにやってるんだか!」
身を屈める。つい一瞬前まで彼女の頭があったところの壁を、無数の光弾が穿ち、ぼろぼろと崩れさせていく。
床も、天井も。乱れ撃ちがどんどん、傷つけていく。
「うおっと、こりゃあどこまでも多勢に無勢ですね、っと」
立ち向かうなんて選択肢は、はじめからない。なにしろ、この数の差。道筋だって、あちらはともかくこちらは、来た順序しかわかっていないのだから。
ここは逃げるに限る。逃げて、救援を要請するに限る。
なるべく、遺跡への損害が少ないうちに。せっかくの貴重な遺跡、崩されてしまってはもったいない。
「どうせなら、ノーダメージで逃げ切ったり! してみるのも一興! 一丁、目指しますかっ!」
そうして、朱鷺は遺跡を駆ける。
自分を守るため。
そして自分以外の誰かに、このことを伝えるために。
*
香菜がうっすらとその両目を開いたとき、美羽は正直言って、心の底から安堵をした。
きっと、ぐるぐる巻きの包帯に包まれた彼女の手を握る、ルシアもそうだったのだろう。丸椅子に座る彼女の肩が震えていて、美羽は柚とともに左右からそれを撫でた。
「ここ……彩夜の……? 私……」
三月が、唯斗が交互に彼女の今の状況を説明していく。
少しずつ意識がはっきりしてきたのだろう、まだ土気色に近い香菜はその都度ひとつひとつを思い出してか、眉根を寄せる。また出ていく、突っ走るなどと暴れてくれないのは、彼女の頭がいくぶん冷えたおかげか、とにかく幸いであることに違いはなかった。
そして、彼女の視線が隣の、眠り続ける彩夜に向いた。
彼女が助けたいと願ったその少女が目を覚ます気配は、まだない。
彩夜の傍には、涼司に寄り添われ、加夜がシリウスたちとともについてくれていた。そして更にその向こう、三つ目のベッドにはセレンフィリティがその手をセレアナの両掌に握られて。
いや──ここだけではない。
隣の病室には、某が、ファイリアたちがパートナーの眠り続ける傍らに付き添っている。
彼らの見守る彼女たちは、香菜と違って自然には、目覚めることはない。
「……みんな」
香菜の、掠れ声が病室に木霊する。
掠れていても、けれど──そこには彼女の意志が強くはっきりと、込められていて。
「お願いがあるの」
それと、ごめんなさい。
「私、またわがままを言う。そのことは自分でもわかってる。きっと皆には、迷惑に思われるとも、理解してる。それはわかっているから。だけど」
でも、それでも言わせて。
「奴らのアジトに……私も、連れて行って」
その戦いに、私も一緒に参加させてほしい。
それが、香菜から皆へと向けられた、願いだった。
加夜が、夫を見上げる。腕組みをしたまま香菜のことを見据えていた涼司はその視線に気付き、ふたりの目と目が合う。
彼は、なにか言いかけた。言おうと口を開きかけて、また考え込んだ。
その、間に。
「……約束、して」
ルシアが口を開く。彩夜へと向けられていた香菜の顔が、彼女へと向く。
「もう、ひとりで突っ走らない。無茶はしないって。それと、無理もしないって」
「──ルシア……」
彼女の出した条件に唯斗が呟き、香菜の顔に神妙な面持ちが広がる。
「……約束、する。私……彩夜をこんなにした責任、とらなくちゃいけないから」
そのために。だから、一緒に行かせて。
香菜の声に、考え込んでいた涼司が口を開く。……口だけ。
彼が言いかけた言葉を、その掌を握り、加夜が制する。
頭上の涼司に、加夜は無言で頷いた。
「──わかった。なら、行きましょう。一緒に。みんなを、助けに」
ルシアの声は、夜の病室の空気の中で、よく通ってそこにいた皆の耳に届いていった。