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彼女は氷の中に眠る

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彼女は氷の中に眠る

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第一章 雪と氷の世界
 「……ん」
 動かしていた脚を止めて、菊花 みのり(きくばな・みのり)は立ち止まった。
「こん……にちは……」
 蒼空学園の校門の前にキロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)が立っていた。
「久しぶりだな」
 キロスの態度は素っ気無かった。
「どうした……の?」
「……」
 キロスは口を閉ざしたまま、空を見上げた。
「……夏來が消えた」
「どう……して……?」
「鎖を拾った直後に消えた」
 上を向くキロスの顔はどこか普段と違って見えた。心の中を見せない様に隠している、そんなものをみのりは感じた。
「……」
「……君は……また、そうする……ですね」
 みのりは伏し見がちな顔をキロスへ向けていた。
 みのりと視線を合わせないように、
「……近くの河原に鎖が落ちてる。暇なら……拾え」
 キロスは小さく呟いた。
「……悪い」

 みのりはキロスに背を向けると、歩いて来た道へと戻った。
「あと3時間後には出る」
「……わかっ……た」
 キロスは学園の中へと消えていた。

 「新年明けまして寒いわねぇ、涼司」
「ルカのそのギャグが寒いよ」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の微笑んだ顔とは違い山葉 涼司(やまは・りょうじ)は苦い顔をした。
「いや、昨日思いついたんだけど」
「昨日かよ」
「む……ルカ。その辺にしておけ」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がルカの発言を制止した。
「すまない、邪魔をした様だ」

 「あ、明けましておめでとうございます……」
 様子を見るように山葉 加夜(やまは・かや)が遠慮気味に彼らの後ろに立っていた。
「お、新年明けまして寒いねぇー」
「今年もよろしく頼む」
 ぎこちなく加夜も笑う。頬の筋肉を最大限に使い、笑顔を形作る。
「無理をしなくていいからな。つまらなければ、つまらないって言ってやれよ」
 寒いギャグに気を回す加夜に涼司がそっと耳打ちする。
「いえ……そんなことは……」
 だが、言葉尻が弱々しくそれを否定する。
「あ。今、つまらないって言ったでしょ?」
「何の事だか?」
「ルカ、事実を認めておけ」
 ダリルがそっと涼司を援護する。
「そうですよ」
「……あれ?」
 いつの間にか加夜もダリル側になっていた。

 「……お待たせ」
 蒼空学園の校門の前。杜守 柚(ともり・ゆず)は手を振った。
 寄りかかっていた門から高円寺 海(こうえんじ・かい)は背を離し、柚へと顔を向けた。
「悪いな」
「ううん、気にしないで」
「もう直ぐあの場所へ向かうが、三月はどうした?」
「三月ちゃんは先に向こうで待ってるって」
「……俺たちも向かうぞ」
「うん」
 二人の足は少し湿った雪道に跡を残し、街道へと続いていく。

 杜守 三月(ともり・みつき)は河原近くの街道に既に来ていた。足元には例の鎖が落ちている。
「よう、早かったな」
 匿名 某(とくな・なにがし)が三月に手を振った。
「某さんこそ……」
 三月は某の後ろの結崎 綾耶(ゆうざき・あや)フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)にも軽く会釈する。
「しかし、夏來が行方不明とはな。キロスが勝手に冒険していなくなるならまだ分かるが」
「某さんはどうやって知ったんです?」
「後輩が行方不明になったと聞いて、黙って見てるわけにもいかないだろ。で、調べていったら海から夏來だって聞いてな」

 「こんにちは、二人とも」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は柚と海を見つけると、優しく笑った。
「わざわざすいません、北都さん……」
「まあ、乗りかかった船だからね。ね、ソーマ!」
「そういうことだ。お前が気にする必要など無い」
 ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は人が集まっている遠くの街道を見た。
「みんなももう来てるみたいだし、僕達も行こうか」

 「加夜、二人を頼む」
 涼司達は街道へと来ていた。
「はい。それでは私達も行きましょうか」
「はいはい、涼司もまた後でね!」
 加夜とルカ達はみんなが集まる場所へと加わっていく。

 「や、キロス」
 やって来たキロスを見つけると、堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)は身体に掛かっていた雪を払った。
「……どうも」
 小さく頭を傾け、キロスは形なりの挨拶をした。
「話は聞いてるよ」
「……助かる」
 可笑しそうに一寿は笑う。
「ふふ、今日はえらく殊勝だね」
「うるせぇ……」
「そうそう、そんな感じだよ」
 笑い出しそうな顔を一寿は堪える。
「……サポートはしてあげるよ」
「ふん、せいぜい期待してやる」
「任せておいてよ」
 ヒラヒラと手を振り、一寿は応えた。

 「手……を……」
「あ?」
 みのりは小さな手をキロスへと差し出した。
「みのり、それじゃ分からないよ?」
 後ろに控えていたアルマー・ジェフェリア(あるまー・じぇふぇりあ)が近寄ってきた。
「地球人にしか反応しないんでしょ、その鎖?」
「ああ」
「みのりと手を繋がないとキロスさんも向こう側へ行けないでしょ?――って何で私が説明してるのかしら?」
「わかった……」
 差し出されたままのみのりの手をキロスはそっと握った。
「鎖……拾います……」
「ちょっと待ってくれよ、俺がまだ――」
 グレン・フォルカニアス(ぐれん・ふぉるかにあす)が慌ててみのりの肩を掴む。

 「三月ちゃん、手を出して」
「ん、はいはい」
 海の腕を掴んで、柚へと差し出した。
「……何がしたい?」
「別に――ねぇ?」
 三月の視線からフッと柚は何かを隠すように顔を背けた。
「……ほら、僕達も行くよ」

 「何だ……?」
 ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)は不意に変わった景色を不思議そうに見ていた。
「なあ、ここが何処だか分かるか?」
「……」
 足元のコアトル・スネークアヴァターラ(こあとる・すねーくあう゛ぁたーら)に尋ねるが返事は来ない。
「コアトル、聞いてんのか?」
「……」
「だんまりかよ……、どうしたんだ?」
 ローグは深く溜め息を吐いた。コアトルは何がしたいのか分からない。
「おい、聞いて――」

 「お兄さん、地球人だよね?」
 視界が歪んだ様にローグは感じた。反射的に腰の銃を声の方へと抜いていた。
「おっと、怖いなあ……」
 「……何の用だ?」
 自然とローグの視線が鋭くなる。
「……助けて欲しいんだ」
 ハンスはニコニコと笑みを作る。
「お前を……か?」
「違うよ、彼女を助けて欲しいんだ」
「彼女?」
「そう、ずっと氷の中に閉じ込められてるんだ」
 構えていた銃口を地へと向けていた。
「何処にいる?」
「え、助けてくれるの?」
 嬉しそうにハンスは手を叩いた。
「ああ、案内しろ。そいつは何処にいるんだ?」
「こっちだよ」
 ローグの視線は足元のコアトルへと一瞬向けられた。
「……ちょっと出かけてくる」
 コアトルは雪の中へ、身体を静かに潜り込ませていく。
 数回の瞬きの内にコアトルは視界から消え去っていた。

 「あー、疲れたよー」
 国軍の任務で街道周辺での活動に従事していたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は隣のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に愚痴を零す。
 「……まだ先は長いのよ」
 セレアナは諭すようにシャーレットの肩に手を置いた。二人の制服は所どころが煤けていた。
「だってさー」
 二人は他愛の無い会話を続けながら、帰路へと着いていた。

 金属の擦れる音が二人の背後から聞こえた。
「……何?」
 腰の武器に手を掛けていたシャーレットは振り返り、辺りを見回す。
「これじゃない?」
「どれ?」
「そこの雪の中にあるでしょ」
 セレアナが指したのは蒼い結晶の付いた細い鎖だった。
「鞄に引っ掛かってたのかな?」 
 鎖を拾い上げ、しげしげとシャーレットはそれを眺めた。シャーレットに身体を預けるように、セレアナもそれを見つめる。
「蒼い結晶が付いているわね……」
「誰かの落し物かもしれないし、担当部署に出しておくか」
「ちゃんと貴方が行きなさいよ?」
「分かってるわよ」
「先ずは帰りましょう」
 シャーレットが先行する形で後ろをセレアナが付いていく。