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蟲と鼠の饗宴-バイオハザード-

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蟲と鼠の饗宴-バイオハザード-

リアクション

 

5/ 合流

 ふたつの武器が交差して、振り下ろされた爪を受け止めている。
 それは──そう。セレスティアーナを護るために。
 
「お待たせしました! 代王陛下!」

 その右側。先輩にあたる女性の、張りのある声が広間に響く。

「貴様、たちは」

 歓喜の色が声に混ぜ込めないほど、疲弊の色濃い自分をセレスティアーナは自覚する。
 ベアトリーチェが回復してくれて。だからといって、調子に乗りすぎたというべきか。気力に不意に、身体がついてこなくなった。
 まだいける、まだやれる──その意思に反して、がくりと膝から沈み込んだ。立ち上がれない自分が、いた。
 こうして救援者たちが現れなければ、今頃。

「彩夜!! みんな!!」

 交差し異形の爪を受け止めた武器、その左側。──後輩の側に、美羽も声をかける。

「美羽先輩! 大丈夫ですか!?」

 加夜と彩夜、ふたりの攻撃が、鼠の怪物を押し返していく。
 グレイシャルハザード。逃げようと試みるその敵の足元を凍らせて。

「彩夜ちゃん!!」

 先輩からの声に、彩夜が跳ぶ。加夜も、発した声のまま突き進む。
 繰り出される疾風突き。振り下ろされる彩夜の一撃。怪物は足許の氷を砕きながら、吹き飛ばされていく。

「お待たせしました! 救援にきました!」
 吹っ飛んでいく怪物に目もくれず、加夜はセレスティアーナを助け起こす。すかさずベアトリーチェが、彼女の手当てに駆け寄ってくる。
「すまん」
「いえ、すぐにまた回復しますから」
「無理しないでください。あと十分ほどで第二陣が──……、」

「案ずるな。もう来ている」

 そんな彼女たちへ、加夜が言おうとした言葉を逆の意へと改変し、引き継いだ声。
 ハッとして加夜が周囲を探せば、頭上にアクロバティックな跳躍の元、躍り出る影がひとつ。

「ライザ!! なになに、早い到着じゃないの!!」

 射撃を生かし、彩夜とともに鼠たちの巨体とやりあっていたローザマリアが嬉しそうな声を上げる。
 外でサポートを行っていたはずの、パートナー。グロリアーナの到着に、彼女の意気はさらに高まって。
   
「なあに、そなたらが道を切り拓いてくれたおかげで、楽な道中だったぞ!! ……行くぞ!!」
「オッケー!!」
   
 蟲たちの悉くを、ローザマリアの射撃が、ピーピング・ビーが撃ち落とし、相殺していく。
 一気に距離を詰める、彩夜。その斬撃に、鼠の怪物は突然変異をしたその巨体を揺らし、後ずさりをして。
 もうそこには、グロリアーナがいる。振り返っても、もう遅い。
   
 抜刀術を、一閃。氷を纏ったその一撃が、袈裟懸けに鼠を切り裂く。とどめの一撃を、さらに重ねる。
   
「終わりだ」
   
 闇洞術『玄武』。──闇の力が、鼠を包み。それが晴れたそこには、倒れ伏す巨体がただ、残る。
 ほぼ同時、加夜も、美羽も目の前の敵を打ち倒し終えていた。

「彩夜っ!」
「美羽先輩!」

 その美羽と、彩夜とが互いに駆け寄っていく。
 ベアトリーチェも含め三人一緒に、この施設を見学して回る予定だったのだ。双方無事であって、なによりという思いが強くて当然だ。

「よかった」
 ここに辿り着くまで彩夜を見守ってきた立場として、加夜もその光景に微笑んだ。
 その、直後だった。

『──施設内にいる、皆さんに通達します』

 館内全域に、スピーカーから聞き覚えのある声が鳴り響いたのは。



『Aの3ブロック。そこにある、医務室とその周辺に集合して。繰り返します、医務室に、集合してください』

 この声は、セルファか。どうやら、通信室へと向かった連中はうまくいったらしい。
 ルカルカと並び、廊下を走り抜けるダリルはおぼろげに、そんなことを思う。
 鉢合わせした鼠が反応するより先に、ルカルカが襲いかかり打ち倒す。
 周囲を飛び交う蚊は、ホワイトアウトの寒さに次々落下していく。いくらウイルスによって突然変異をしているとはいえ、あくまでもそこは蟲ということか。

「だが──これは」
「うん? どうしたの?」
「……いや」

 気になるのは、落ちていくまでの蚊たちが飛ぶ、その方角だ。
 それらは、一定の指向性を持って収束している。
 一様に舞い飛ぶ方向を、その蟲たちは一致させ、同じ方向を目指し飛んでいる。そしてダリルたちの冷気によって、力尽き落ちてその通った後に屍を晒していく。
 つい先刻まで、それは見られなかった規則性だ。一体、何があった?
 まるでなにかを嫌っているか、あるいは逆に引きつけられているような。

「とにかく。急ぐぞ」
「オーライ」

 ひとまずは、その方角が今ダリルたちの目指す方向とは真逆であることが、ダリルに優先順位としてそれを後回しにさせた。

 まず第一には、合流すること。
 けっして大量ではないが、ダリルの胸ポケットには急ぎ精製したウイルスへの特効薬と対症薬がそれぞれ、入っている。重症の者たちにだけでも、これを届けなくては。
 そのためには、皆の集まってくる場所へと急がなくてはならない。

 蟲よりも、人。それが第一。



「あ、来た来た! ほら、こっちでありますよー!」

 通路のむこうで、吹雪とコルセアが手を振ってこちらを呼んでいる。
 些か緊張感がないといえばそこまでだが、その姿を見るなり、ふっと気の抜けるものを感じたのは事実である。
 セルファの声が流れている。その館内放送による、誘導。それに従い、道順すら記憶から抜け落ちるほど朦朧とした意識の中、ファブリックとともにこの医務室のすぐ近くまで海と三月は戻ってきた。

 まさしく、状態はふらふら。安心を覚えたおかげで、膝から崩れ落ちそうになる。

「……まだ、ダメだよ。柚のところまで戻らないと。ダウンするのはそれからだ」
「わかってる。そっちこそ、な」
   
 そのタイミングがほぼ同時であったから、憎まれ口にも似た言葉をを叩きあいつつ、笑いあう。
 なーにやってんだ。ほら、行くぞ。先頭に立って歩く、ひとり元気そうなギフトが無頓着に言って、急かす。
「はい、はい」
 それにもまた、苦笑。
   
 ──と。
   
「「!!」」
   
 一匹の、突然変異をした鼠がこちらに向かい走ってくる。
 明確に襲ってくるという感じではなく、暴走。そういった風情。
   
「ったく。こっちはくたくただってのに」
「お? あいつ向かってきてんのか?」
「しょうがないよ。ここ突破されるわけにもいかないし」
   
 溜め息を重ねる海に、肩を竦める三月。
   
「なんだなんだ、こっちにもやらせろよ」
   
 ファブリックが待ってましたとばかりに、両腕をぶんぶん振って。
 行きがけの駄賃を三人、その哀れな個体におみまいするのであった。
   


「──これでいいのね?」
「ああ、問題ない」

 施設全域への放送を終え、スイッチを切ったセルファが振り返ると、既に飛都は踵を返し部屋を出ていこうとしていた。
 もはやこの場には興味すら、持っていないかのように、だ。こちらは色々と問い詰めたいことだらけだというのに。

「どこに行く気」
「仕上げ……というか、最終確認だな」

 無事に蚊どもが、誘導できているかどうか。
 通路の数か所に置いた、蟲の嫌う薬品。そして、一か所に固め置いた蟲の好む臭いを発する薬品。それらを確認し、そこへの道が鼠たちに塞がれているようなら切り拓いておく。
 結界を解除しても、一か所に蚊を閉じ込めておけば安心だ。先ほど確認した限りでは、ちゃんと蚊たちは想定ルートどおりに誘導されているようだったが、さて。
 
 うまくいってさえいればあとは、そこを焼き払うなりして、一気に叩いてしまえばいい。

「だったら、みんなで」
「それではわざわざ放送をした意味がない」
 
 病人だらけの足手まといばかりの状態で向かっていって、うっかり取り逃がしたりしては元も子もない。
 セルファは普段の彼をあまりよく知らない。だから、冷静で淡々としたその反応に、冷たさばかりを感じてしまう。

「契約者のところに戻るんだな」

 外との通信も無事に完了したんだ、あとは救助を待てばいい。

「あ、ちょっと」
 止める間もなく、彼は行ってしまう。
「……なんなのよ、もう」
 後頭部を掻きむしり、肩を落としため息を吐く。
 とはいっても、彼の言葉が正論極まりないこともまた事実であると、理解してもいて。

「待ってて、真人」

 セルファも同じく、部屋をあとにする。
 彼女がスライドドアを抜け、その扉が閉じた直後。コンソールパネルの一角がちかちかと点滅をはじめたことには気付きようもない。
 それは、救助のため、事態打開のためにやってきた者たちから送られたものではなく。
 この事態にうろたえた、とあるよからぬ企みを実行に移した者たちからのものであった。