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蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

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蠱毒計画~プロジェクト・アローン~

リアクション

  地下施設


 右肩甲骨から、ハイコド・ジーバルスが触手を出す。
 それに対して金龍雲も身構えた。無数の歩脚を向け、戦闘体勢をとる。
「キシシ。その目障りな脚、切り落としてやるよ」
 ハイコドは触手を壁に突き刺すと、蜘蛛のように這って、背後に回り込んだ。
 龍雲の振り向きざま、『ウプウアウト』で斬りかかる。
「ギィィィ! ギィィィィ!」
 脚を切られた龍雲が叫んだ。すぐに反撃。無数にある歩脚を、一本切られても何でもないようだ。
「ギィィィィィ!」
 龍雲の反撃を受けて、ひるむハイコド。毒のある牙で噛みつかれて、咬傷部から血を流した。
「俺は食うのは好きだが、食われんのは趣味じゃねーんだよ……」
 ハイコドも【七曜拳】を繰り出した。関節を狙い、動きを止めた脚から切り落とす。
「……ったく。キリがないぜ。何本あるんだ、あの脚は?」
 ハイコドは50まで数えて、やめた。
 パラミタオオムカデに改造された龍雲の脚は、“百足(ムカデ)”の名に負けず、百本以上ある。
「暴れんなよ。わかんねーのか。お前、少しずつ人間の姿に近づいてんだぜ。キシシ」
 脚を切り落としながら、ハイコドは笑った。いや、彼に寄生する触手のケンファが、といったほうが正確だろう。
「人間になるってのは、痛ぇもんなんだよ。だがそれがわからなきゃ、人になれねーんだ。だって虫には痛覚がねぇからな。キシシ」

「おい、何をやっているんだ!」
 叱責したのは、長原 淳二(ながはら・じゅんじ)だ。いくらなんでも、ハイコドのやり方は荒療治すぎる。
「こんな実験、許せないけど……。子供たちをむやみに傷つけるのも許せないわ!」
 ミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)がハイコドに詰め寄る。
「だ、だいたい、何なのよあなた! 触手なんて出して……EJ社の回し者なの!?」
「キシシ。EJ社なんて関係ないね」
 ハイコドはすぐに身をひるがえし、壁づたいにカサカサと去っていく。
「待て! この寄生獣め!」
「悪いけど、こいつの体はもう少し借りてくぞー! 死なないうちに返すからー! キッシッシ」
 淳二に捨て台詞を残して、ハイコドは姿を消した。

「とにかく。僕たちが相手すべきは、龍雲です」
 サイアス・カドラティ(さいあす・かどらてぃ)が、淳二に告げた。
 隣では、彼のパートナールナ・シャリウス(るな・しゃりうす)が励ますように言う。
「あの子にまだ、取り返しがつくうちに……。絶対に止めないといけないわね!」
「はい!」
 サイアスが飛び出していく。【歴戦の必殺術】で弱点は探っていた。無数にある歩脚は攻撃するだけ無駄だ。
 狙うは、龍雲の大顎である。
「食らえっ!」
 サイアスが放った魔術が、龍雲の大顎を撃つ。彼の身体がぐらりと揺れた。
「良し……効いてる!」
 もう一度、同じ場所へ魔術を射出する。
 撃ちだされたエネルギー弾と、ルナの【鳳凰の拳】が炸裂したのは、同時だった。
「やはり貴方は筋が良いわね、サイアス」
 師匠でもあるルナが、かすかに頬をほころばせる。

「まだだ! 一気に行くぞ!」
 彼らの後ろから、淳二が飛び込んだ。龍雲の顎をめがけて切りかかっていく。
――できれば傷つけたくない。こいつで眠ってくれ。
 渾身の一撃を、淳二は放った。龍雲の身体がさらによろめく。
 しかし。
 龍雲は、まだ沈まない
「もうっ! 大人しくしなさいっ!」
【ファイアストーム】【サンダーブラスト】【ブリザード】。
 攻撃魔法で支援しながら、ミーナがやきもきする。
……おかしいわ。さっきの触手男は、もっと相手を押していたはず。

 四人の総合力を考えれば、ハイコドより上だ。
 にもかかわらず、彼らが苦戦しているのは何故なのか。
 違いがあるとすれば、ためらいの差だろう。ハイコドの場合、相手を傷つけることに戸惑いはなかった。
 だが、彼らは違う。助ける相手を本気で傷つけることはできない。
 手をこまねいていると、龍雲の様子に異変が起きた。
 バリバリバリバリバリ!
 激しい音を立てて、脱皮をはじめたのだ。
 赤。青。黄。
 脱皮後、彼の身体は、三色のまだら模様になっていた。
 サイアスが、必殺術で龍雲のステータスを探る。
「どうやら、攻撃属性が付加されたみたいです。炎熱、雷電、氷結の反応があります」
「えー! それってまさか、私の魔法を吸収しちゃったってこと!?」
「おそらくは……」
「なによそれー。聞いてないわよ!」
 進化した龍雲を前に、四人は立ちつくした。

「――憐れ。蟲となった子供」
 東 朱鷺(あずま・とき)が、彼らの間に立つ。
「――憐れ。主義も人格も失われた子供」
 大顎を広げる龍雲へ、朱鷺は飛んだ。
 なにを思ったか。彼女は、相手の口のなかへ手を入れた。
「朱鷺はキミを戻してあげられません。ならせめて、血清が手に入るまで――」
 右手で、左の顎をつかんだ。
「キミが人に戻るまで――」
 左手で、右の顎をつかんだ。
 【両手利き】の彼女は、二本の腕を平等に使い、龍雲の顎肢をこじ開けている。
「時間稼ぎをします」
 彼女は血清が届くまで、大顎を抑えつづけるつもりなのだ。
 龍雲の、真の武器は顎。
 顎肢さえ抑えてしまえば、彼を無力化できる。
 とはいえ、普通なら体力がもたない。
 無謀だ。その場にいた者たちは皆、そう思った。
 だが、朱鷺には秘策があった。彼女の武装のひとつである『試作型式神・参式』――その名も、『大百足』。
 彼女の式神は、炎熱、雷電、氷結の属性に対して、強い耐性を与えてくれる。
 血清がくるまでの間。
 彼女は、耐えられると確信していた。


「もって来たよ! 血清!」
 地下施設に、九条ジェライザ・ローズの声が響いた。
 彼女の手には、血清が握られている。
 注射の準備をしながら、ローズは皆に説明した。
 これだけでは子供たちを完全に治せないこと。でも、一時なら気を鎮められること。
「他の仲間たちが、解毒剤を探している。まだ諦めちゃダメだ」
 ローズは、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
 その時。
 ついに、朱鷺が弾き飛ばされた。解き放たれた龍雲は、大顎を振り乱して暴れまわる。
「龍雲。落ち着いて」
【痛みを知らぬ我が躯】をかけ、ローザが彼を抱きしめた
 大顎で噛み付かれながらも、彼女は血清を打ち、優しく語りかける。
「大丈夫……。もう、大丈夫だよ」