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リアクション
「いやあ、思わずお花見ができちゃったね」
情報共有とバーベキューが行われている輪から少し外れて、暢気に座って居るふたりが居た。皆川 陽(みなかわ・よう)とテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)だ。
ふたりが腰を下ろして居るビニールシートは、子どもが遠足などで使う一人用サイズ。もう子どもとは呼べないサイズの男子ふたりが一枚に座るためには、そりゃもうぴったりくっつくしか無い。間違えたふりをしてコレを持ってきたのは、陽と密着して座るためのテディの陰謀だ。
「これを解かないとここから出られないみたいだけど――」
あそこの人達が解いてくれそうだしなぁ、と陽は降ってきた用紙を一枚、弄びながら呟く。船頭多くしてなんとやら、余計な口出しはしないほうが良いのかもしれない。
「ねえ陽、そんなに食べなくて大丈夫? ほらほら、おやつ食べて!」
「テディこそ食べ過ぎじゃない? お弁当箱みっつって……」
すっかり謎解きは他人に任せたモードのテディが、三段お重にぎっしりと詰められた和菓子を差し出す。陽はその量に面食らいながら、一つだけつまみ上げた。
「おやつはカステラ一箱で我慢したもん。長生きしたいから腹八分目で我慢してる」
――だって陽とずっと生きて居たいから。言わないけど。
自分のパートナーがそんな涙ぐましい努力をしてくれているなんてつゆ知らず、陽は「十八分目の間違いじゃ無い?」とそっけない。
そんな陽はといえば、降ってきた「挑戦状」をじっと見詰めている。
さっきから大声で成されている情報共有の声が聞こえてくるので、口を出すつもりはないのだがやはり気になる。聞こえてきた声に寄れば、この左側のマス目を埋めて、それを右側の正方形に入るように並べればいいらしい。
どれどれ、と聞こえてきた単語を頼りに埋めていく。するとやはり気になるのはこの、薄く色の付いているマス目と矢印。
「ふーん、あ、なるほど……」
「え、陽、わかったの?」
テディが驚いた様に陽の手元を覗き込む。そうするとより密着する形になるのは、狙っているのか居ないのか。
「まあ大体……でもそれより最大の謎があって」
「何?」
「さくらさん、って、誰?」
「誰だろう」
さくらと出会ったことの無い二人が、本筋と関係無いことに悩んでいる間にも、佳奈子やエレノアを中心とした面々は、この結界から脱出する方法――犯人の言うところの、「秘密の装置の止め方」を考えて居た。
「このくぼみの周りのレリーフと、挑戦状の方のトランプのマークがすっごく気になるんだけど……意味は分からないのよね」
と、エレノアがため息を吐く。
時計の針は間もなく7を過ぎて8に向かおうとしている。あまり悠長に考えて居る時間はなさそうだ。
「ねえ、挑戦状のこの、うっすら色の付いている枠、これまだ使ってないよね」
気付いたのは佳奈子だった。
「薄い矢印まで付いてる。ここの文字をちゃんと拾って、順番通りに読むと……」
し、ろ、う、さ、ぎ
「ち、違います……よ?」
ティー(そうび:うさみみ)が、ふるふると首を横に振った。一同の視線が途端にティーに集中する。
「わたくし、本当はこんな事したくないんですけれど……」
その中からずいと一歩進み出て、イコナが沈痛な面持ちでティーの前に立ちふさがる。
「犯人確保ですのー!!」
「濡れ衣ですぅうう!」
思わぬとばっちりを受けたティーは、咄嗟にワールドぱにっくの力を解放した。すると、ミニサイズのティー(うさみみ付)がぴょこぴょこと大量に現れ、イコナの前にずらりと立ちふさがる。そして。
「あいつがやったうさ!」
「私は見たうさ!」
「あいつはいつかやらかすと思って居たうさ!」
お互いに罪をなすりつけ合い始めた!
協力してイコナの妨害に取り組めば有効に活躍してくれたかもしれないのに。ちびティーたちはイコナの足止めなどそっちのけ、彼奴の仕業だとお互いに押しつけ合っている。
誰も真犯人ではないのに。
「しろうさぎの暗号、ハッピーティーターム、そして挑戦状に隠された暗号、その全てがお前を犯人だと示しているのだぁ〜!」
と、その混乱に乗っかるように飛び込んできたのは、すっかり良い気分にできあがっている黎明華だ。逮捕するのだぁ、と騒ぎながらイコナと一緒になってティーを追いかけ回しはじめる。
「……」
その様子を、イコナとティーの保護者(パートナー)である鉄心は、ただただ無言で見詰めている。
しろうさぎ、という単語が導き出された瞬間こそ皆の視線がティーに集中したのだが、このドタバタ劇を見せられては、皆の意識はとっくにティー真犯人説から離れて行っている。放って置いても良いのだろうが、どうしたものか、とでも考えて居るのか――
「きゃっ!」
と思いきや、鉄心は無言で、おもむろにティーのうさみみをぐいっと引っ張った。付け耳とはいえちゃんと固定してあるので、髪の毛から地肌まで引っ張られてティーは悲鳴を上げる。
その悲鳴で我に返ったか、鉄心はハッとした表情でティーを見て、すまない、とばつが悪そうに小さな声で呟いた。
「……酒が悪い、酒が」
「もう……これ以上疑われちゃたまりません」
ティーは疲れた様に呟いて、そっとうさ耳を外した。
「それより、この結界を解く方法だ」
ごほん、と咳払いひとつ、鉄心は誤魔化すように話題を変えた。
「そんなの簡単なのだぁー!」
すると黎明華がにゃははと笑いながら話に加わる。
「しろうさぎといえば時計! 時計の時間を合わせるのだぁー!」
「なるほど、あり得るかもしれないな……って」
鉄心の相づちを待たず、黎明華は酔っているとは思えない速度で、先ほどプレートをはめ込んだくぼみの、その周りのレリーフの元へと駆けていく。
レリーフのモチーフはアリスのお茶会。その中にはもちろん、時計を持った白ウサギの姿もある。
その白ウサギの持っている時計の時間を確認すると、黎明華は唐突に、時計塔の壁をよじ登り始めた!
目指すは時計塔頂上の文字盤だ。時計の針を、白ウサギの時計と同じ時間に合わせようという魂胆だ。
黎明華は、契約者の身体能力と、酔っ払いの勢いと無分別でもって時計塔の壁をわっしわっしと登っていく。頂上までたどり着くのに、それほどの時間は掛からなかった。しかし。
「むむっ……お、重いのだぁー」
時計の針は、どう頑張っても動かす事が出来ない。力の限り押しても引いても、腹立ち紛れに蹴飛ばしても。
どうやら、時計の針を合わせる、という推理はハズレのようだ。
「でも、しろうさぎ、と言えばこれよね」
黎明華の言葉で扉のレリーフの事を思いだした佳奈子は、白ウサギの部分を念入りに調べだした。
「うーん、なんかこれ、もしかして動きそう?」
「アリスの物語の登場順に触ってみるとか?」
エレノアが横から手を出してレリーフに触れてみるが、何かが起こる気配は無い。
「違うのかな」
「うーん、こう、こっち?」
佳奈子とエレノアが二人でああでもないこうでもないとレリーフを触っていると、突然。
かこん。
軽い音を立てて、白ウサギのレリーフが動いた。くるん、と右回りに回転する。
「あっ……これ、回すのか!」
動く方向にくるりと一回転。元の位置にカチリと嵌めると――
りぃん、ごぉん……
大時計から荘厳な鐘の音が鳴り響き、辺りは再び煙に包まれた。
どこからともなく、あの、男とも女ともつかない声が聞こえてくる。
『あーあ、残念無念。ちょっと問題が簡単すぎたかな? まァいいや、今回はボク達の負けにしておいて上げるヨ。ぢゃぁね★』
結界に閉じ込められたときと同じ唐突さで現れた煙は、やはり唐突に消え去った。
皆がゆっくりと目を開けると、そこには一時間前までとなんら変わらない公園の、長閑な景色が広がっていた。
「……助かった、の?」
「みたいね……」
「携帯もちゃんとつながるな。戻って来れたみたいだ」
充分周囲の状況を確かめてからようやく、その場に居た面々は快哉の声を上げた。中には飛び上がって喜ぶ者も居る。
「みんな、ありがと! ほんと、一時はもうダメかと思ったわ」
相変わらず詩穂に抱っこされながら、まだちょっと涙目のさくらが感謝の言葉を述べる。
「今日はあたしが許すわ、思いっきり盛り上がって行って! ってことで、バーベキューセット使っていいわよね?」
炭使うの許して上げたんだから、とでも言いたそうに、さくらがコンロの持ち主である貴仁に問いかける。
「もちろんです。あ、でも材料がそんなに沢山残っていないかも」
「じゃあ、私達買ってくるわ。ののちゃんも行こう!」
レオーナがののの手を取って走り出す。慌ててクレアが後を追う。
「パトリックも来なさい、荷物持ち!」
ののの言葉にパトリックがやれやれとため息を吐きながら追いかける。すると僕達も手伝います、とクロノが続き、クロノが行くならとばかりにヴォルフも走り出す。
「じゃあ、ニクラス呼んでくるわ。ついでよ、腕によりを掛けて美味しいスイーツ作って上げる」
そう言って、かしことシェスティンは公園内にほったらかして来たニクラスの回収に向かった。
「じゃあ、みんなが戻るまで残ってる材料を焼いておきますか」
貴仁が言うと、残ったメンバーはわっと盛り上がる。
とりあえずその場にあったジュースやお酒で乾杯して、一同はそれぞれが解いた謎の話で盛り上がる。
あそこは難しかった、よくこの問題が解けた、と互いの健闘をたたえ合い、楽しい時間が過ぎていく。
「イベントの打ち合わせどころじゃなさそうだから、今日は失礼するわね」
「そうね、また日を改めましょ」
そんな中、ノリコがそっと席を立った。さくらに一声掛けて、その場を後にしようとする。