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争乱の葦原島(後編)

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争乱の葦原島(後編)
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リアクション

   八

「ぬ〜り〜か〜べ〜」
「というわけなんだ」
 ぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、九尾の狐と雪女に事の次第を話していた。
 雪女はともかく、九尾は人間を憎らしく思っていた。それはフィンブルヴェトの影響であるが、理性は感情を制御してはくれなかった。
 それでも話を聞く気になったのは、ぬりかべ お父さんの容姿が明らかに人のそれと違っていたからだ。
「話は分かった」
 九尾は細い目でアキラを睨み、ギリ、と歯噛みするとお父さんへ視線を向けた。
「我らも暴れたいわけではない……うぬらの言葉を信じてみよう……」
 これ以上ここにいれば、アキラを襲いそうになる。九尾は言葉少なに立ち上がり、二人に背を向けて立ち去った。ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)の用意した、魔法の油揚げを咥えて。
「……で、そちらは?」
 アキラは恐る恐る尋ねた。対応を一つ間違えれば氷漬けにされかねない相手だ。
「いいわよ」
 あっさりと雪女は答えた。
「え、マジで?」
「別に私はあんたたちが憎いわけじゃないのよ。悪戯してやりたいとは思うけど」
 それはどういう悪戯なんだろうとアキラは思った。凍らせて放置プレイ?
「それに、これ以上人間がどんどん入ってくるのはなんか嫌だし、いいわ、力を貸してあげる。そ・の・代・わ・り」
 雪女の手がアキラの顎を掴んだ。指先が彼の唇をなぞる。吐息が顔にかかった。冷たいが、甘い。かき氷を顔ごと浴びているみたいだとアキラは思った。
 と、後ろから頭を叩かれた。
「ッテ!!」
「色惚けて寝惚けとる場合かっ!」
「あら邪魔が入ったわね」
 雪女はひょいと離れた。見ればアキラの顔は半面が凍りついている。そのせいでうまく喋れないらしく、アキラは「はふへ」とか「はひふ」とか言っている。
「じゃあ、私は仲間に伝えておくわ」
 お大事に、とクスクス笑いながら、雪女は山の中へと消えた。
「まったく、情けない奴じゃ」
「い、いやだってさ!」
 溶けてきた口元をマッサージしながら、アキラは必死に言い訳する。
「ねー、宝探し行かないの?」
 ルシェイメアの肩からひょっこり顔を出したのは、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)だ。いつもの定位置であるアキラの頭へ、ぴょんっと移動する。
「おー、そうだ、行こう行こう! 頼むぞアリス」
「アイアイサー!」
 アリスは目を閉じ、【トレジャーセンス】を使った。アキラは彼女が落ちないように、ゆっくりと歩いた。歩いて歩いて歩いて――二時間後、疲れてばったり倒れ込んだのだった。


 九十九 雷火に傷を負わされたセルマ・アリスは、自由に動けなかった。そのせいもあって、考える時間はたっぷりあった、とセルマは言う。
「フィンブルヴェトを作ったのがオーソンなら、リプレスと同じで、信号や電波が出ていて、脳神経とかに直接干渉しているんじゃないかな」
「リプレスは、遠く離れれば干渉から逃れられたはずでは?」
 リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)が、尋ねた。
「うん、あれはその代わり、アンテナみたいなのを使って範囲を広げてた。その範囲から一定時間逃れられれば、元に戻るんだったと思う。今度のフィンブルヴェトは、代わりに自分で範囲を広げている。木の根が伸びるように。そしてその根から出た電波か信号で、影響を受ける――ということじゃないかな」
「仮定としては、ありえますね」
「さてそこでだ」
 セルマに耳と尻尾が生えた。
「更に【野生の勘】を使う」
 そうして、山の中を歩き回った。フィンブルヴェトは木の根のように四方八方へ伸びている。その大元は、当然、信号もしくは電波の影響が強いはずだ。セルマはそれを探そうとしていた。
 時折、妖怪とすれ違ったときは、リンゼイが抱えて木の上へ逃げた。その間も、セルマはひたすら耳と勘を研ぎ澄ませた。
 そしてある地点でぴたりと足を止めた。
「――多分、この辺――ずっと奥深く」
 リンゼイは頷き、「斬巨刀」を構えた。【金剛力】を乗せた【疾風突き】を地面に向けて放つ。弾け飛んだ土が、大きく舞い上がった。周囲の石と木も混ざっている。何度も何度も。
 だがセルマは、これで果たして辿り着けるだろうかと疑問だった。着けたとして、何時間かかるだろう?
 セルマは疲れ切った体を木で支えながら、携帯電話でエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)に連絡を取った。
 しばらくして、
「おーいっ」
と、アキラたちがやってきた。近くにいたようだ。
「話は聞いた。見つけたって?」
「多分、だけど」
「よーしっ、俺に任せとけっ。お父さんのためにもシングルベットをちゃんと見つけてやるっ」
 アキラに言われて、お父さんがリンゼイを引っ張り上げた。リンゼイは「まだやれます」と少々不満げだったが、ルシェイメアに説得され、場所を譲った。
 アキラはリンゼイの掘った十メートルほどの穴に飛び込み、アンダーグラウンドドラゴンを呼び出した。そのまま、セルマから聞いた位置をアリスの籠手型HC弐式・Nに入力し、彼女と共に地下深く潜った。
「大丈夫かな……」
【超感覚】と【野生の勘】を使っているとはいえ、科学的な根拠はない。セルマは他の人間を巻き込んだことで、急に心配になってきた。
「案ずるな」
 ぽん、とルシェイメアはセルマの肩に手を置いた。
「仮に外れたところで、アキラは気にせん」
「でも」
「何しろ『これ以上歩き回るのは嫌だー』と喚いておったでな。それに比べれば、己の足を使わずにすむだけ、マシじゃろ」
「――はあ、そうですか」
 セルマたちに出来ることは、ただひたすらにアキラを待ち、この場所を妖怪たちから守ることのようだった。