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茨姫は秘密の部屋に

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茨姫は秘密の部屋に

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「アレクさんの気持ちを知りたいんです」
 真っ直ぐに見つめてくる山葉 加夜(やまは・かや)の清廉な眼(まなこ)に、アレクは嘆息していた。
 壮太にジゼルの事をどう思ってると質問されたばかりで、縁には地下に行くか面倒な程遠回しに確認され、そして衛にもジゼルとの関係を聞かれたばかりだ。
 おまけにリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)まで「それは私も気になっていたわ」と入ってきて、アレクは頭を抱えるしかない。
「そもそも、このプラヴダって軍隊は『世界平和の為にジゼル・パルテノペーを全力で守る』ところだって聞いたけれど?
 という訳でアレクさんの私情抜きにしても地下に行った方がが良いよねぇー」
 南條 託(なんじょう・たく)はのんびりした口調ながら、痛い所をついてくる。
「What’s all the commotion about?
 What the hell is going on today!?
(この騒ぎは何なんだ、今日は一体何だっつーんだよ!)」
 遂に大声を上げたアレクに、加夜は静かな口調で喋り出した。
「アレクさん聞いて下さい。私にとってジゼルちゃんは親友で、妹……そんな存在なんです」
「私にとってもジゼル君は妹のようなもの、となれば必然的にアレ君は未来の弟と言えなくもないわけで。
 弟妹(ていまい)の関係が妙な状態だから、姉として事情を察しておきたいと……」
 続くのはリカインだ。その間アレクは勘弁してくれとでも言うように鬱陶しげに前髪をかき上げている。
「何故ジゼルちゃんを追いかけないんですか?
 地下に行かない理由があるなら、私も一緒に行動します。
 でも……ジゼルちゃんとアレクさんの、心の距離まで離れて欲しく無いんです。
 アレクさん、迷っている事があるなら教えて下さい」
「アレ君。今までも今回も、基本的にアレ君が良かれと思ってしている事程、ジゼル君を困らせたり傷つけたり。
 本気なのか寝ぼけてるのか判断に困る所だけど、ある意味天然栽培のアレ君がわざとやっていると、私は思わない。
 でもこのままじゃジゼル君が爆発するのは時間の問題」
 ジゼルの二人の『姉』の諭すような言葉に、アレクは沈黙の後「分かってる」とだけ答える。そのはっきりしながらも曖昧な返しに、加夜は思わず呟いていた。
「……アレクさんはジゼルちゃんの気持ちに薄々気づいてる……?」
 リカインと壮太がハッとこちらを向いたのに、加夜はしまったと口を両手で覆った。
 しかしアレクからの反応は無い。
 驚きもしないのなら、逆にその意味が分かる。
(ああ、これは……薄々どころか完璧に知ってるって顔ね)
 リカインは加夜の失言を流す様に淡々と言葉を繋げた。
「そうだね。
 お兄ちゃんと妹なんて『対外的な一線』を引いたままで居続けるのか、それとも正面から向き合うのか。
 ……本当ならパートナーになる時にちゃんとしておく事なんだけどね」
 アレクとジゼルの契約は、普通の状態で行われたものではない。契約を結び生き続けるか、死ぬか。彼の命を救うか、見殺しにするか。そういう二つに一つの命の瀬戸際の選択だった。
 だからそこを深く責める事は出来ず、リカインも曖昧に濁して言葉を切る。
「私としては、ジゼルちゃんを妹としてじゃなく一人の女性として見て欲しいんですけど――」
 加夜は誤摩化さずに、自分の気持ちをはっきりと伝えてくる。
「人魚姫は放っておいたら泡になっちゃうよ」
 突き刺さるようなリカインの言葉に、アレクは壁に縋る様に頭をぶつけた。女性陣に責められ続け、ストレスがピークに達したのだろう。
 女性に詰め寄られると言うのは――セクシーな理由でなければ、男にとってかなり辛いものなのだ。
「ジゼルと会ったら一度ちゃんと話してみれば?」
 アレクの気持ちを和らげようと壮太は軽い調子で背中を叩くが、返事は返ってこない。
 暫くの後やっと聞こえてきたのは「ちょっともう……一回休ませて……」とボソリとした声だけだ。
 校内探索を続ける中で、今アレクと行動しているのは彼等とあと二人だけだが、隊長が指示を出さないままになれば、他の契約者も何れ異変に気づき、行動も乱れてしまうだろう。それでなくとも彼等は軍隊のように統率の取れた存在でも無いし、自分に敬畏して従っている部下では無いのだ。何時もより更に毅然としていなければ成らないと言うのに――。
 人生の中で初めて感じたかもしれない複雑な感情を、隊長として振る舞う為に押さえ込もうとしているアレクを救ったのは、残る二人の言葉だった。
「何にせよ俺は今回はボスに従うよ」
 とアレクの後ろに立った東條 カガチ(とうじょう・かがち)が言った。
「だからまあ、行きたい場所に行けば良いしやりたい様にやればいいんじゃないか、と、思う。
 俺は止めもしないし薦めもしない。
 『地下に行く』ならそれでいいし、『森』でも『図書館』でもこのまま同じ場所を探索でもいいけど、どの道成るものは成るし、成らぬものは成らぬし、アレクの問題なんだからアレクの『意思』で決定していいんだよ。
 但し『留まれ』って命令は聞かねえぞ何処へでも付いていくし全力で付き合うぜ」
「私はアレクさんについていくカガチについていくだけだよ
 ……って、なんかこれ面白い」
 柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)の鈴を鳴らす様な笑い声に、アレクはゆるゆると顔を持ち上げる。
「カガチ……」
 熱い視線を送ってくるアレクに、カガチはプイと顔を反らしてしまう。
「べっべつにあんたの力になりたい訳じゃないんだからねその方が首狙い易いだけなんだからねっ」
「俺だってお前の事なんて意識してねぇんだからなっ」
 かなりうざい……何処に向けているのかさっぱりなボケのやり取りをして、さっぱりした顔になったアレクは加夜たちへ向き直る。行動自体は突飛で自由に見えるアレクだが、幼い日から父に、上官に命令に従ってこなかった日は無い。だからカガチの言った『好きなようにしろ』と言う言葉が、何より自分を解放してくれるのだ。
「加夜もリカインも、壮太も……俺達の事を心配してくれるのは嬉しいし、うざいけど有り難いとも思うよ」
 普段より幾分砕けた年相応のアレクの口調と表情に、それを初めて見たリカインは頭の中で感嘆していた。
「俺はね、ジゼルとは何度も話してる。俺の考えや気持ちを話した上で、どうしたいのかも聞いてる。でも彼女は俺に対して頑なだ。
 それにパートナーだからか女だからか解かんねぇけど、ジゼルは俺に何も言わなくても、気持ちが伝わると思ってる節があるんだ。だから多分……俺が話すより、皆が話してくれる方が、ジゼルに取っていいんじゃないかな。
 それと加夜、地下に行かない理由は、確かに有るんだよ」
 反応した加夜に向いていた視線は、柔らかいものから何時もの硬質なものに変化している。
「『俺が動かなければ、必ず動く人間が居る』。俺はそいつを見極めたい」
 6人が誰と質問する前に、アレクはその人物の名前を出していた。
「タチヤーナ・アレクサンドロヴナ・ミロワが何を考え、何の為に過去へ着たのか。
 予想はしたが、俺は確実でないものが嫌いなんだ。
 契約者であるトゥリン・ユンサルは事情を知っているものと断定し既に揺さぶりをかけているが、結果は芳しく無い。まあ俺は……あれに弱いからな。
 兎に角そう言う訳で、得られた稀少な情報の中で確実なのはタチヤーナがプラヴダの……俺の掲げる信念を真に理解し、人生の目標のように崇めている事。それからジゼルの周辺を彷徨いている事から、あいつの目的がジゼルにあるという事が推察されるな。
 ジゼルの事はただ放置している訳じゃない。縁ちゃんはああ言ったが、パートナーロストの影響以前、彼女に万が一があった時点で俺は気が狂うだろうな。
 そんな訳で彼女の命を守る為に俺は保険をかけているし、何かある前に……地下の連中が見付けるだろうが、俺が動かなかったという事実は後々響いてくる筈だ。
 はっきり言って、俺は今回の件のジゼルの行動が気に入らない。腰が立たなくなる迄何度も言い聞かせたのに、無茶をする彼女に腹を立てている部分もある。
 だが……、折角珍しくジゼルに怒ってるんだ。俺はその『ジゼルが言う事を聞かなかった事を好ましく思わなかった』と言う自分の感情を最大限利用しよう。
 『自由』な意志で動く『正義』であるカピタン(大尉殿)が、校長の依頼に『縛られ』、また気に入らないからと『ジゼルを護らず』彼女の命を危険に晒すという『不義』を行う。 
 今回の件で、タチヤーナは必ず尻尾を出す。俺はそれを待っている。色々歯痒いだろうが辛抱してくれ」