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1章 陽ならずの森

 陽ならずの森に、騎士や傭兵を集めた集団がいた。
 それはカナンのとある街から出発した討伐隊で、『メル様助け隊』というふざけた名前を名乗っていた。もちろん、隊員は好きこのんでこんな悪趣味な名前を唱えたりはしない。この名を名づけたのは文字通りのアクシューミという男で、その、カナンのとある街にいる、有名貴族のリリアンテ家と親交が深い家柄の息子だった。そのため、アクシューミはリリアンテ家のご息女であるメルと結婚が約束されている。これはつまり政略結婚の一種であって、縁談によるものだった。
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はあまりこのことを良しとは思っていなかった。なにせその街で大きな影響力を持った貴族の跡取りとなれば、もちろん将来的には街の行政・外交・統治にも関わってくるからだ。いや、関わってくるどころの騒ぎではないかもしれない。最悪の場合は、独善的な政治体制になりうることもある。あまり歓迎すべきことではないと思っていた。
「カーミラさん、ひとつ聞いてもいいかな?」
 エースは、討伐隊の副隊長であって、メルとも幼いころから関わりの深い女性騎士にたずねた。
「アクシューミっていうのは、街の将来を任せるのに適任な人なのかい? どうも、俺にはそう思えないんだけどな」
 カーミラはこう答えた。顔をしかめながら。
「無論、その予想通り……あまり適任とは言いがたいな」
「それなら、どうしてあんなのが……っと、これはさすがに失礼かな」
「かまわんさ」と、カーミラはくすっと笑った。「やつがメル様の婚約者となっているのはだな、もちろんリリアンテ家と、やつの家とが結びついていることもだが、ひとつにはやつの剣の腕が立つことも関わっている」
「というと?」
「アルベルト様は、メル様をとても愛しておいでなのでな。まあ、過保護なぐらいに。だからして、メル様の夫となる者は、メル様を守れるぐらいの人物でなければならないとお考えなのだ」
「ははあ、なるほどね」
 エースは深くうなずいた。たしかにあの男、剣の腕前だけは立つらしい。近辺の有力者を集めておこなわれた慈善試合では、すべての対決に勝利を収めたとかなんとか。町の人々もその腕前に感心し、アクシューミこそ英雄だと信じて疑っていない。こう言ってはなんだが、あまりにも夢見がちな人々だと思わざるえなかった。少なくとも、エースは。
(まあ、もとより貴族っていうのはそういうものと切っても切れないものかもしれないけれどね)
 エースはひとり、心の中でそう思った。彼自身、貴族出身であることからそのことはよくわかっている。地球では名家の当主だ。痛いほどに、しみじみと感じられた。
「ところで、」と、エースは話題を変えるよう口を切った。「その肩に乗っているのはなんだい?」
「ああ、これか?」
 カーミラは自分の肩に乗っている、小さな人形のようなものをちらりと見た。
「にゃー」
 それはちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)という名前のゆる族だった。もっとも、正確には人形で、魂が入りこんだ存在らしいが。エースもあさにゃんのことはよく知っていたが、なぜこんなところにいるのか、と疑問を感じ得なかった。
 カーミラがそのことについてはよくよく説明してくれた。
「実は森に出発する前に、街で拾ってな。どうも一人だったらしいから、ついでに連れてきたんだ」
「ついでって、そんなペット感覚でいいものかなぁ……」
 エースは困ったように言ったが、あさにゃんは気にするなとばかりに「にゃー」と鳴いた。
「おう、そうだな。細かいことを気にしていたら、大きくなれんな」
「なんでちびあさの言葉がわかるのさ……」
 カーミラにも理由はわからないが、なぜだか言いたいことがわかるらしかった。エースは世の中は不条理に満ちている、と思った。「にゃー」しか言えない人形もそうだが、その人形の言いたいことがわかるのもそう。これでいてカーミラは動物の類が好きらしく、旅の鬱屈さをまぎらわすように、あさにゃんのあごを人差し指でさすりさすりしていた。
「そういえば」とエースは言った。「古王国時代の巨人ってやつは、ほんとうに封印されているのかい?」
「そのようですよ」と言ったのは、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)だった。
 舞花は手許にレポートのようなものを持って、ぺらぺらとそれをめくりながら続けた。
「噂もですけど、ちゃんと伝承や伝説が残っています。呼び名はいろいろですけどね。『大地の巨人』とか『破壊の化身』とか。いずれにしても、名前はグランドプロス。身の丈10メートルはあるような巨人ですよ」
 グランドプロスの噂はいくつもの地方に広がっていた。シャンバラにまでおよぶほどだ。大図書館の地下で調べたという舞花の話によれば、封印を解くには『乙女の純血』が必要だとか。そのために、メルは攫われたようだった。
「まさしく囚われのお姫さま……ってわけだね」
 エースがいった。そのとき、茂みのむこうががさがさと動きだした。
「まずい、これは!」
 茂みから飛びだしてきたのは、森にひそむゴブリンたちだった。わずかながらの知恵を持つゴブリンは、その手に棍棒をかまえ、薄汚れた布を腰に巻いている。さらに、吸血コウモリやソウルミストといったモンスターたちが加わった。ソウルミストは、これが厄介で、霧でできたモンスターゆえに通常の物理攻撃は効かなかった。
「ふんっ! このようなモンスターふぜい、このアクシューミ様の敵ではないわぁ!」
 先頭に立つアクシューミが、ゴブリンや吸血コウモリを斬り倒していった。白銀きらめく長剣が、ばったばったと敵をなぎ払う。その姿は、容姿だけは端麗ゆえに、一見すると英雄の鏡のようだった。もっとも、ことあるごとに「ふっ、決まったな」と、自画自賛の決めポーズを取っていなければだが。
「おい、ピアノとやら! きさまもぼけっとしてないで、さっさと敵をやっつけんかぁ!」
「ピアノ、マスターの命令しか、きかないの」
 炎羅 晴々(えんら・はるばる)とともに討伐隊に参入していたピアニッシモ・グランド(ぴあにっしも・ぐらんど)は、アクシューミの命令にぼそぼそとそう答えた。
「ピアノ、いいから。あの人のお手伝いをしてあげて」
 炎羅に言われて、ピアニッシモはしばらく考えこんでいたが、やがてこくっとうなずくと、アクシューミの援護に回った。加速ブースターで速度を上昇させたピアニッシモは、高周波ブレードで敵を切り裂く。スピードに乗せた一撃は、一発で敵を仕留めていった。
 やがて戦いはひととおりの終わりを迎え、兵士たちは息をついた。ソウルミストは手強かったが、エースとピアニッシモがそのほとんどを魔法で片づけてくれた。あさにゃんは傷ついた者の治療に回り、舞花はだれか足りない者はいないか兵士の確認に回った。
 そうしてようやく、再び出発の目処が立った時、森の木や草に耳をかたむけていたエースが言った。
「木や草たちの話によると、この先はモンスターの根城みたいだね。迂回して回ったほうがよさそうだ」
 誰もその意見に反対はしなかった。舞花は、今日の冒険には参加していない御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の分もと、懸命に立ち回り、兵士たちの士気を高めた。迂回しても、その分だけ身体を休められるならそれに越したことはないではないか。
「にゃにゃにゃー」
 あさにゃんもそれには賛成だった。きっと、榊 朝斗(さかき・あさと)でだってそうしている、とカーミラに伝えようとしたが、あいにくとカーミラは朝斗を知らない。それがすこしだけ残念だった。
「では、行くぞ! みな、威勢よく前に進むのだ!」
 アクシューミのかけ声を合図に、また歩き出す討伐隊のメンバーたち。
 無駄に偉そうなその態度に、誰か後頭部を殴ってくれないか、と誰もが願っていた。