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DSSパニック

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DSSパニック

リアクション

 空京内の、とあるホテルの地下室には、どこからともなくパイプオルガンの音が響き渡っていた。
 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)は、パートナーの常闇 夜月(とこやみ・よづき)を連れて階段を駆け下りる。階段を蹴りつける足音が、薄暗い廊下に甲高く響き渡る。その後ろからはアゾートとエレーネ・クーペリア(えれーね・くーぺりあ)のホログラムが音も無く付き従う。
 目当ての階にたどり着いた貴仁は、廊下に出るとフロア全体をざっと見渡す。それほど大きくない建物で、一直線に伸びた廊下は両端まですんなりと見通せる。廊下の両側に並ぶいくつかのドアのうちの一つから漏れ出る明かりを見つけて、駆けた。
 街はパニックに陥っている。いずれここにも危険が及ぶだろう。
「九条さん!」
 ドアの開閉の音も高く、明かりの付いた部屋に飛び込んだ。
 部屋の中は、なんとも奇妙な雰囲気に染まっていた。パイプオルガンの音が響く中、何本かのスタンドライトが電球色の光を零していて決して暗くは無いのだが、部屋のそこここに暗い影も落ちている所為で不気味な雰囲気が抜けない。また、インテリアはどれもこれも古めかしい装いで、さらには訳の分からないオブジェまで置いてあり、異常さを盛り上げている。
 そんな空間の真ん中で一人佇んでいるのは、白衣に身を包んだ九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)だ。何故か衣装に不釣り合いな、モノクルに似た片目用のゴーグルを装着している。
「ヨーソロー……」
 ローズは重々しい口調で呟くと、貴仁の方を見遣った。――どうやら、今のは挨拶だったらしい。
「……九条さん、何してるんですか。街が大変だっていうのに」
 その姿を見た貴仁はピンと来た。
 DSS内に登場する某キャラクターとそっくり――なのだ。
 そのキャラクターは、ゲーム内での仲間キャラクターを合成するのを手助けしてくれる謎の博士、という立ち位置なのだが、ローズはすっかりその彼になりきっているらしい。
「九条……懐かしい響きですが、私の名前はドクター・ローズ……今後とも、宜しく……」
「……」
 どう反応するべきか悩んでから、貴仁はいやいやいや、と首を振った。しかしローズは自分のペースを崩さない。
「ここはホテル空魔殿……お客様の仲間を合成できます」
 ああやっぱりそうなんだ、と思いながら、貴仁はちらりと自分が連れているアゾートを見た。確かにゲーム内では合成とやらが出来るようだが、それをどうやってローズが行うというのか。
「ええっと……なんとか正気に戻さないと、ってことでいいんですかね」
「放って置いても良い気もしますが」
「そういう訳にも行かないじゃないですか」
 冷静な夜月の言葉に、貴仁は困ったような顔でローズを見遣った。ローズは完全に世界観に浸りきっている。平常時であればまあ、放っておくなり、付き合ってやるなりの対応をしても良いだろう。しかし、今は状況が状況だ。
「九条さん、外ではホログラム達が暴れて居ます。ここも安全とは」
「そうですね、ですから怪我人を救助したらこちらへ連れてきてください。そうすれば合成を行いましょう」
「いや、そうじゃなくて」
 どうにも話が通じないローズに、貴仁が頭を抱えた――その時だ。
 ごおお、と唸る音がして、ドアが無残に切り刻まれた。誰かが放った真空波か。
 貴仁と夜月は咄嗟に身を翻すと、ホログラム達を前に立たせて侵入者に備える。
 破壊されたドアの影から姿を現したのは、辻永 翔(つじなが・しょう)アリサ・ダリン(ありさ・だりん)、二体のホログラムだ。
 姿を現したかと思うと間髪入れずにバーストダッシュで近づいてくるアリサ・ホログラム。その進路を、夜月が使役するエレーネのホログラムが阻む。しかし、アリサとエレーネではレベルが違いすぎる。力負けしたエレーネ・ホログラムは吹き飛ばされて消滅した。
「流石に強いですね。ゲーム中みたいに、会話で仲間になってくれたりしないでしょうか」
 夜月がDSSの画面を操作しながら呟く。DSSには敵キャラクターと会話して仲間に引き込むシステムが採用されているので、実体化したホログラムにもそれが通じるのではと微かな期待を抱いたのだが、しかしホログラムには会話機能が搭載されていない。
「ちょっと無理みたいですけど」
「そうですわね。エレーネさん、もう一度コールです!」
 エレーネが消滅してしまうとこちらの手勢は貴仁の使うアゾートだけ。タダでさえレベルで負けている。数でまで負けてしまってはどうしようも無い。夜月は手早くゲーム内で回復の処置をしてやると、再びエレーネをコールした――が、召喚されない。
――エラーが発生しました、マスター。
「仕方がありませんね……再起動です、って……あら?」

――いますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せいますぐ消せ

 真っ赤な文字がHCの画面を埋め尽くしている。何とも言えずに不気味だ。
「何ですかコレは!」
 流石の夜月も、これには少しばかり驚いた様だ。慌ててHCを操作して、もう一度再起動をかける。
 今度は何事も無く起動したようで、程なくしてエレーネのホログラムが再び現れる。夜月はほっと胸をなで下ろした。
 だがそれでも、アゾートとエレーネの二体では、ツーランク上のキャラクターである翔とアリサに勝てる見込みは薄い。
「ふ……今こそ私の力が役に立つとき。さあ、今こそ合成師の力をお見せしましょうっ!」
 と、ローズがこれでもかと勿体を付けた動きと台詞回しでその存在を主張しだした。
 すると、ずっと鳴り響いていたパイプオルガンの音が止み、部屋の隅の暗闇から花音・アームルート(かのん・あーむるーと)のホログラムが姿を現した。――ローズが召喚したホログラムだ。今までずっと、音響係を務めていたらしい。
 ローズがHCを操作すると、アゾートと花音、二体のホログラムがローズのHCへと吸い込まれた。そして、再び光の帯が地面に突き刺さる。
 現れたのは、多分褐色なのだろう(ホログラムは青一色なので解りづらいが)、濃い色の肌と、色素の薄いウェーブがかった髪を持つ、物静かな表情を浮かべた少女だ。確かにアゾートと花音を足して二で割ったらこんな感じになるだろう、と思わせる。
「合成は成功です。さあ、その力、思う存分振るいなさい」
 ローズが指示を出すと、アゾート花音はにたり、と笑顔を浮かべた。なんだろう。ぱっと見た感じは確かに、花音のような天真爛漫な笑顔のはず、なのだが。感情の起伏の少ないところから、急に満面の笑顔になったからだろうか。それとも、攻撃を命じられたのに笑顔になったからだろうか。とにかく、なんか怖い。
 思わず貴仁と夜月が退避したとほぼ同時、アゾート花音はすっと腕を振るうと、翔とアリサのホログラムに向けて薙いだ。サンダーブラストの雷が吹き荒れ、二体のホログラムをあっという間に消滅させる。
「つ、強い……」
 思わず呟く貴仁に、ローズは満足そうに微笑んで頷く。
「これが合成の真の力――」
「わかった、わかりましたから、お願いですから戻って来て下さい九条さん!」
 無事危機からは脱したものの、フハハハハ、とゲーム内のキャラクターよろしく高笑いしているローズに、貴仁の声は届かない。


「このゲームは、ドラゴンを倒すことが目的なんでしょ?」
――ええ、そうですマスター
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がAIに問いかけると、AIは無機質な声で答える。
「ゲームが暴走してる、ってことは、ゲームの目的を達成する――つまり、ドラゴンを倒せばこの騒ぎは収まるってことじゃない」
――どういうことでしょう、マスター
「つまり、ゲームをクリアすれば良いのよ。きっと誰かがラスボスのドラゴンを使役してるはずだわ」
 言いながら詩穂は、パニックに陥っている街の中を駆け回る。普通の姿のホログラムは、断腸の思いでとりあえずスルー。破壊活動を行う存在を放っておくことは躊躇われるが、末端を一つ一つ潰すよりも、根本解決を優先した方が良いと判断した為だ。
 だが、行けども行けども現れるのはヒト型のホログラムばかり。
「違うのかしら。それとも何か出現条件があるとか――」
 予想通りに事が運ばず、詩穂が別の可能性の検討を始めた、その時だ。
「あっ、ドラゴン! …………思ったより小さいけど、って言うかこれ、シー・イー(しー・いー)ちゃんだよね?」
 詩穂の前に現れたのは、シー・イー型のホログラムだ。確かに、ドラゴンと言えばドラゴン。
「これがラスボス、って可能性は低そうだけど……」
 と詩穂が唸っている間にも、シー・ホログラムは一つ高く吠え(発話機能が無いので声はしない)、詩穂達に向けてアシッドミストを振りまいてきた。
「おっと……」
 詩穂は慌てて飛び退る。そして、みすみ・ホログラムに指示をして矢面に立たせた。
 ゲーム中でもしっかり種モミ剣士であるみすみは、攻撃に適するスキルをほとんど持っていない。が、その手にする武器はかなり協力だ。
 みすみ・ホログラムは、アシッドミストの霧が途切れた一瞬を狙い、たたたっとシー・ホログラムの元まで駆けていく。そして、種籾戟による電撃を纏わせた一撃で、シー・ホログラムをあっという間に消滅させた。
「これでクリア…………?」
 しかし、まだあちらこちらから爆発音や悲鳴が聞こえてくる。
「なわけ、ないか」
 もっと別のドラゴンがいるのか、そもそもドラゴンは関係無いのか――
 詩穂はうーん、と首を傾げながら、引き続きトラブル収束のため、原因を探して空京を駆ける。