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DSSパニック

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DSSパニック

リアクション

 設楽 カノン(したら・かのん)型のホログラムと――山葉 涼司(やまは・りょうじ)型のホログラムに挟まれて立ちながら、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は若干の緊張を覚えていた。
「ホログラムと解ってはいても、この二人に挟まれるとなんだか……流血沙汰になりそう、っていうか」
 あくまでも、自分の前と後ろに立っているのは本人達では無くデータが具現化しただけのもの。命令しなければ動かない。そう解って居ても、この二つの顔が並んでいるとろくな事にならないような気がする。
 だがしかし、そんなことを気にしている余裕はない。目の前には、こちらに向かって戦闘態勢を取っているホログラムたちが居た。
「確認したいのですが、ホログラムによる攻撃の有効距離は?」
――使用する武器・スキルにより異なります。「現実で使用するのとほぼ同じ」と設定されて居ます。
 ルカルカから少し離れてカノンを使役しているザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の問いかけに、ナビゲーションAIの音声が答える。
「だそうです、ルカルカさん」
「オッケー!」
ザカコの言葉に笑顔で応えたルカルカは、使役する涼司に指示を出し、目の前のホログラム達に突っ込ませる。その後にザカコが使うカノンも続いた。
「うーん……現実では絶対あり得ない共闘だね」
「そうですね。しかし、こんな事になるならもっとやりこんでおくんでした」
 互いに背中を預けるように共闘している涼司とカノンのホログラムの姿に、使役している二人はどこかほんのり遠い目をする。
 詳細な指示を出すことももちろん出来るが、簡単な方針さえ与えておけば、ホログラムほぼ自動的に戦闘してくれる。ゲーム中の涼司はかなり強いほうに分類されるキャラクター。そうやすやすとは倒されないし、むしろころころ指示を変えた方が危険と判断し、今は、戦闘はAIに任せることにする。
「それより、ホログラムを使役してる人間が近くに居るはずよ――ちょっと探って見る。ホロ二人、お願いね」
「ええ、お願いします」
 言うとルカルカは、腕に付けた籠手型HCを手早く操作すると周囲の状況を探り始める。
「ところで――このアプリの制作者について、何か知りませんか?」
 ルカルカが使役者探しに集中して居る間ホログラム達を任されたザカコだったが、しかし今できることといえば、我が身を戦闘の余波から守る事と、ホログラム達がピンチに陥った時に適切に指示が出せるよう見守ることだけ。若干の手持ちぶさた感を覚えたザカコは、ダメ元でナビゲーションAIに問いかけてみた。
 ゲーム中の存在が、ゲームの制作者について知っているということは考えにくかったが。
――制作者はMr.チェアマンです、マスター。
 AIが告げた名前は、確かにゲーム内にクレジットされている制作者の名前だった。が、AIからの答えはそのあからさまに偽名な名前だけ。やはり大した情報は引き出せそうに無いか――そう思いながらも、ザカコは引き続き問いかける。
「その、ミスター・チェアマンについて、何か知っている事はありませんか? どんな人か、とか」
――Mr.チェアマンはこのゲームの制作者です。
 やはりAIからの情報には期待できないか。そう思いかけた。
 しかし、ザカコの予想に反し、AIは言葉を続ける。
――Mr.チェアマンからのメッセージを再生します、マスター。
 淡々とAIの音声が流れ、ザカコの持つ籠手型HCの画面が一瞬砂嵐になった。かと思うと、ぷつっと真っ黒になる。そして――
 音声が流れ始めた。

『このシステムは、実在の人物のデータを元に、その人物とほぼ同じ能力を持つホログラム、「ダミー」を召喚する、画期的なシステムである。私はこれをダミー・サモン・システム、DSSと名付ける。これはきわめて画期的なシステムである。このシステムを、カオス教団に――栄光あれ』

 音声は唐突に途切れた。
「カオス教団――それが首謀者の名前でしょうか」
「居たよ、あっち!」
 突然の情報にザカコが動揺を隠せないで居るその間に、ルカルカが使役者を見つけたらしい。鋭い声が飛んできて、現実に引き戻される。
 ルカルカがハッと全身の気を高めると、二人の身体能力が大きく強化される。
 目にも留まらぬ速度で、二人は怪しい人影の前に降り立った――と、そのままの勢いでルカルカが人影にショックウェーブを放ち、ぶっ飛ばした。
 その勢いで、男が手にしていた銃型HCがはじき飛ばされる。
「あなたが犯人ね!」
「ぐっ……!」
 ルカルカが男に詰め寄る。しかし。
「危ないっ!」
 ザカコの声と同時、危険な気配を察知してルカルカは飛び退る。その瞬間、今までルカルカが居た空間に、巨大な炎が降ってきた。間一髪だ。
 見上げると、建物の屋根に青白いホログラム――エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)型だ。
「ザカコさん、今こそ合成よっ!」
 ゲーム中でエリザベートは「最強」に分類されて居る。涼司型よりも強い。真っ向勝負では勝ち目がない。
 ルカルカは籠手型HCの上に指を踊らせる。一度、二体のホログラムが画面に吸い込まれ、そして出現したのは――
 カノンのトレードマーク(?)であるナタを携えた、ちょっぴりイッちゃった目の涼司!
「これこそ、現実世界では絶対にあり得ない、禁断の合成!」
 その姿を見たザカコが、興奮気味に叫ぶ。確かに絶対あり得ない。
 カノン涼司は素早い動きでエリザベート・ホログラムの元まで駆け上がると、一気に距離を詰めて――ナタで殴りかかった。ホログラム同士とはいえ、あまり直視したくない。
「なっ……! お、俺のエリザベートがっ……」
 どうやら男の切札だったらしい。先ほどルカルカに吹っ飛ばされた男は、苦い顔で後ずさる。
「さあ、もう頼みのホログラムはいないわよ。どうしてこんな事したのか教えなさい!」
 じり、とルカルカが男との距離を詰める。男の顔に冷や汗が浮かぶ。身のこなしや振る舞いを見るにどうやら、男本人はそれほど戦闘に慣れているわけではなさそうだ。
「フッ……知れたこと……我らカオス教団の崇高なる目的の遂行のた――」
「あとっ! なんで羅参謀長が登録されてないのよ!」
 追い詰められながらも雰囲気を出そうと頑張っていた男の台詞を遮って、ルカルカが叫ぶ。
「は?」
「折角楽しみにしてたのに!」
「いや、そう言われても、データが無いものはない……」
「それ含めて作りなさいよー!」
「いやだって、俺が作ってる訳じゃ無いし……」
 だんだん、とまさに地団駄を踏んでだだをこねるルカルカに、男は若干――いや、大分戸惑っている。その隙に――
「はい、御用です」
 ザカコが男を後ろからとっ捕まえた。
「……さ、カオス教団とやらについて、ゆっくり聞かせて貰いましょ。警察でね」
 一瞬おや、という顔を浮かべたルカルカだったが、すぐに得意げな顔で笑う。
「お、お前っ、卑怯な……! 計ったな……!」
 ルカルカの突飛な言動に気を取られている隙に、ザカコが回り込んで捕縛。元々そういう作戦だった――のだと思い込んだ男は、恨みがましげな眼差しをルカルカに突き刺す。
 ふふん、とルカルカもまた、さも作戦通りですよー、と言わんばかりに鼻で笑う。
 ザカコの機転があっただけで、ただ本音をぶちまけただけということは伏せておくことにする。