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防衛団と森の守り手

「あ、これ美味しいわ……え? これゴブリン達が作ったの?」
 自分の前に並ぶ料理を美味しそうに食べながらセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はそう言う。
「作ってるのを私が見てたたからそれは確かよ」
 セレンの疑問をセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は答える。
「へぇ……モンスターって言ってもやっぱり亜人種だと違うわね」
 感心したように言いながらも料理をすごい速さで収めていくセレン。相変わらずその細い体のどこに入るのだろうと言った感じだ。
「ゴブリン達も驚いてるわよ」
 ただ、その食べっぷりにゴブリン達は感心しているようにも見える。また美味しそうに食べる様子に嬉しいんじゃないだろうかという様子も伺える。ゴブリンの小さな感情の動きは流石に今のセレンやセレアナには察することが出来ない。そんな二人がそう思えるくらいにはゴブリン達は嬉しそうなのだ。
(……ほんと、セレンのこういうところは敵わないわ)
 手の懐に飛び込んでしまえる才能……才能とまで言うと大げさかもしれないが、そう言った素質にセレアナが憧れているのは確かだった。
「……けど、あいつら大丈夫かしら」
「あいつらって……聞くまでもないわね」
 元野盗。ニルミナス防衛団。セレンが気にかけていた彼らもまたセレン達同様森の守り手の試験を受けている。
「ま、大丈夫なように死ぬほど鍛えたんだから合格してもらわないと困るんだけど」
「……死ぬほどってのが本当にそのままの意味だから恐ろしいわね」
 短期間で成果を出すために教導団仕込みの訓練をみっちりとやったセレン達だが、その様子はまさしく阿鼻叫喚だった。治療班がいなければ軽く本当に死者が出るのではないかというほどに。
(……それも彼らの更生を願ってのことだしね)
 どちらにしろ、セレンのシゴキで防衛団の基礎能力と集団戦闘能力は短期間として見れば驚くほど上がっている。もとの合格率が五割だとするなら六割から七割程度には上がっているだろう。試験を受けるには十分だ。
「……ま、後はあいつらの気合次第よ」
「……そろそろ、彼らの試験が始まる頃ね」
 二人は防衛団の健闘を祈るのだった。


「……大分、体がボロボロになってるけど……試験の間は大丈夫そうだね」
 防衛団のコンディションをチェックしながら九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)はそう言う。セレンの訓練に付き合った防衛団の体は元気いっぱいとはいかない。ただ、ローズの治療もあり、程よい疲労から逆に体から緊張が抜けている。この試験を迎えるだけならベストに近いコンディションだった。
「防衛団の人たちはこれで全員かな? 次はゴブリン達か」
 ローズはそう言って試験を受けるゴブリン達のコンディションもチェックしに行く。こうして防衛団の補佐をすることもだが、ゴブリン等モンスターの治療等も出来るようになればいいなというのがローズの今回の目的だ。もっと彼らの事を理解したい。模擬戦後の治療も考えてローズはゴブリンたちのコンディション、また人との違いをチェックしていく。

「ああ……防具もボロボロだね。この試験が終わったら買い換えたほうがいいよ」
 そう言って冬月 学人(ふゆつき・がくと)は『強化装甲』で防衛団の防具を試験に耐えられるように強化していく。
「あくまで応急処置だけど、この試験が終わるくらいまでは持つと思うよ」
 補修をしてくれた学人に防衛団の男は礼を言う。
「鍛冶やメンテナンスは専門ではないけど……僕もこれくらいはサポートはしたいよ」
 学人はそう思う。ローズが医療で防衛団やゴブリン達を補佐するように、自分はこういった点でサポートしていきたいと。
「僕達だけじゃなく、防衛団の人たちも彼らの仲間になれることを祈ってるよ」

「それじゃ、試験の前にこの詩を贈らせてもらうよ」
 ゴブリンたちの前で、そう言って斑目 カンナ(まだらめ・かんな)は吟じる。詩は先ほどカンナが即興で作ったものだ。心地よい声で贈られるその詩は音楽として存在していた。
(……ゴブリン達のことはまだわからないことはあるけど)
 こうして詩を贈るカンナは思う。詩の意味はゴブリンたちには理解されてないだろう。ただ、それでも静かに聞いてくれる彼らの様子から分かる……確信していることはある。
(……音楽は癒やし……そこには国境も人種も無いよ)
 その認識に改めてカンナは自信をもつ。
(歌を使って防衛団の人たちも激励したけど……ゴブリン達も防衛団もその反応は変わらないから)
 人も亜人種も音楽に対する姿勢は変わらない。

「ん? これ食べたいのかよ……仕方ないな」
 そう言ってシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)パラミタドーベルマンに切った野菜のかけらを食べさせる。
「ほんと、俺になついたよなぁ……どうするか」
 拾った犬が思った以上なついたらしい。シン達がまたニルミナスにきてからずっとこの犬はシンと一緒に入れる時は離れようとしなかった。
「って、今は悩んでる暇ないな。試験終わるまでに準備終わらせねぇと」
 シンが今やってるのは鍋の準備だ。試験を終えたゴブリンや防衛団たちとともに鍋を囲むため、シンは頑張っている。さすがにこの人数だと鍋の準備とはいえ大変だ。
「ま、お互いを理解っつったら、鍋だよな。全員で鍋を囲んで喋れば大丈夫だろ」
 シンはそう思っていた。そしてそれは間違っていない。食卓を囲むというのは言葉以外でその心を伝える手段の一つだ。
「……大丈夫だ。ちゃんと食べられるの分けとくから」
 このドーベルマンとも一緒に鍋を一緒に食べようと、シンはそう言った。


「ついにこの時が来たわね」
 ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)は試験を前にした防衛団たちに話しかける。
「ここまでよくあの訓練に耐えたと思うわ」
 セレン同様ヘリワードもまた防衛団の訓練に付き合っていた。セレンの訓練が実技的な学習であるならヘリワードの訓練は実戦だ。空賊団員たちに協力してもらった上での模擬戦は今回の試験に対する大きな経験になった。
「どうしてもダメそうなら……あたしたちが上に立ってもいい。そう思ってたわ」
 ヘリワードはそう言う。トップが不明瞭な今の防衛団はそれだけで集団戦で不利だ。もともとがトップを必要としない集団であるなら話は別だが、防衛団は野盗の時一人のトップを置いて活動していたのだ。
「でも、あなたたちのボスへの気持ちは訓練の中でよくわかった。……今のあたしたちじゃその代わりにはなれそうになかった」
 おそらく、今の防衛団をヘリワードが指揮すれば確実に試験に合格するだろう。だが、今まで仮のトップも作らずボスを待っていた防衛団達。それを仕方ないからという理由で上に立つのはためらわれた。
「だから絶対に合格しなさい。ボスを敬愛するならね」
 ヘリワードの言葉に防衛団達は気合のこもった声で返事をする。
(……本当ならボスが見つかるのが一番だけど……リネン……頼むわよ)

 そうして、防衛団たちとゴブリン達による模擬戦は始まった。


「……いた」
 ニルミナスの村。ミナス像が見守る広場にて、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は元野盗のボス、ユーグに声をかける。防衛団からもらった写真をもとにユーグを試験の前に見つけようとリネンは探していたのだ。
「ん? あぁ、あいつらの面倒見てくれてるやつか。何のようだ?」
 ユーグは特段気構えずそう聞く。
「単刀直入に言うわ。防衛団の団長になって」
 それが一番だとリネンは言う。
「無理」
 とりつくしまもなくユーグは答える。
「……なんでよ?」
「……はぁ、あんた怒らせると面倒そうだな」
 少しだけ威圧を効かせて言うリネンにユーグは溜息をつく。
「答えは簡単だ。俺が悪党であいつらはただの馬鹿な善人だからだよ」
 リネンが納得していない様子を見てユーグは仕方なく続ける。
「あいつらは俺という悪党に仕方なく従っていた。……そういうことにするのが一番すべてが上手く収まるんだよ」
 野盗という許されない行為。それを村人に受け入れてもらうことは難しい。だが、それを仕方なくやらされていたとすれば? そのやらされていた方は少ないながらも同情を受けられる。その上で開放された彼らがまじめにしている様子を見せれば遠からず受け入れてもらうことが出来るだろう。そういったことをユーグは伝える。
「だから今俺が戻ることはないし、これからも戻るつもりはない」
 戻ることは出来ないとユーグは伝える。
「……じゃあ、私達が防衛団を指揮してもいいわけ?」
「もし、あいつらがそれを望むならそれもありかもな」
 だが……とユーグは続ける。
「今はあいつらを見守っててやってくれ。あいつらが一人でも大丈夫……それくらいに自信が持てるようになった上で、あいつらがあんたらを選ぶなら文句はない」
「……今、防衛団がゴブリン達と模擬戦してるのは知ってるの?」
 一時的にでも戻れないのかとリネンは聞く。
「大丈夫さ。あいつらは馬鹿だが素直だ。あんたらに鍛えられたんならな」


 ニルミナス防衛団。彼らは苦労しながらも森の守り手として認められることに成功する。