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遺跡と魔女と守り手と

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鬼ごっこ2

「建物は当時の姿を残してるね。これなら施設によってはいろいろ調べられるかもね」
 建物を検分しながら清泉 北都(いずみ・ほくと)はそう言う。
「流石に今は調べている暇ないけどな」
 今は魔女を優先しないといけないと白銀 昶(しろがね・あきら)は言う。
「分かってるよ。……魔女には第六感系、つまり物理現象を介さない探知スキルが効かないみたいだけど、逆を返せばスキルが働かない所に魔女がいるってことだよね」
 そうして大体の位置を把握した北都と昶はその地点へと向かっていた。
「って、あれ?」
 その地点へとついた二人はその場にいる人影を見つけて首を傾げる。
「……女ではある見たいだが……魔女じゃないな」
 昶の言葉通り、その場に待っている人影は女性のような姿をしているが、遺跡に入る前に見た魔女とは大きく違う。顔が隠れているのは一緒だが。あちらが深くフードを被って見えなくしているのに対して、今眼の前にいる女性は仮面を被って隠している。
「どうして、魔女じゃないのに感知スキルが弱まって……」
「……たぶん、あの仮面と武器に魔女の力がこもってる。嫌な匂いがする」
 昶のいう嫌な匂いというのは当然物理的な意味じゃなく種族的な直感での話だ。その直感は本来よりも弱まっているが、それを問題にしない程度にはあの仮面には力がこもっている。
「……魔女の協力者かな? どっちにしても魔女じゃないなら――」
 退いて魔女を改めて探索しようとした北都の足元に光の弾丸が放たれる。
「……逃すつもりはないみたいだな」
 北都と昶は一旦構える。この場を簡単に離れることは出来なそうだ。

(ふふっ。和輝の言うとおり、私の特性も場合によっては便利ね)
 自分たちの正体に気づかない北都と昶を前にしてスノー・クライム(すのー・くらいむ)佐野 和輝(さの・かずき)にテレパシーでそう伝える。外見性別の反転。スノーの魔鎧としての特性で和輝は女性の体付きになっている。
(それもだが……この仮面にあの魔女が認識妨害を施しているのも大きい)
 それがなければ北都クラスの契約者であれば女性化しても気づかれていた可能性もある。だが、あの魔女の力は万事をマイナス方向へ導くことに優れている。つまり物を消したり、認識を妨害したり、そういったことに特化している。
(魔女が姿を消すスキルの使用を禁止することをルールとしていたが、それはハンデだった)
 あの魔女が際限なくその身を隠すことに力を振るえば今回の勝負で契約者側に勝ち目はなかっただろう。やる気になればあの魔女は姿だけでなく音も気配も完全に消せるのだ。
(けれど、そんな魔女が私たちに守れと言ってきた)
(ああ、あの魔女が戦えないというのは本当なんだろう)
 そして、同時に自分で決めたルールを破らないためでもあるのだろう。命を狙ってくる相手がいても距離があれば姿を消せば難を逃れられる。それをする気がないからこそ魔女は和輝に守れと言ったのだ。
(これまで付き合ってきてわかったことはあの魔女はけして嘘をつかない)
 あるいはつけないのか。そのあたりは定かではないが。
(拠点作りの補佐をしていると、聞いていたのだけれどね。なんで、敵対行動をすることになったのやら……)
 と言いながらもスノーは既にいつものことだと理解していた。
(けれど、あの魔女の傍をはなれてよかったの?)
(問題ない。参加者の中に魔女を殺そうというものはいなかった)
 魔女を殺すないでほしい。その前村長の頼みを破るような面子はいなかった。
(だから、俺たちは足止めだけでいい)
 少なくとも鬼ごっこが終わるまでは今の状態は動かないだろうと和輝は理解していた。
(なら、始めましょう。楽しい楽しい遊戯を)
 スノーの言葉に答えるように和輝は銃を構えるのだった。


「都市の外観の地図はほぼ完成したでありますな」
 自分がマッピングしたデータや他の契約者からもらったデータを合わせて葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はそう言う。この遺跡都市は面積で言えばニルミナスの1.5倍といったところだろうか。施設にどんなものがあるかはまだ把握していないが、路地の形や行き止まりなど鬼ごっこで利用できそうな情報はほぼ完成していた。
「それじゃ、他の契約者たちのこの地図の情報送るわね」
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)はそう言って地図の情報を通信機で送る。
「闇雲に追いかけてもダメであります。他の契約者とも協力して追い回してもらいこちらは先回りするのであります」
 そうして捕まえようと吹雪は思っていた。
「ところで吹雪。情報共有用の地図以外にもう一つ地図を作ってるみたいだけど……その印はなに?」
 今なお吹雪がマッピングしている地図。外観が完成した地図に吹雪はなにか印を付ける作業をしていた」
「お宝の匂いがした所であります!」
「ああ、いつものね」
 聞くことでもなかったわねとコルセアは溜息をつく。
「ただまぁ、ほとんど手つかずの遺跡だから冗談抜きで大きなお宝があるかもしれないわね」
 さすがに今は探している暇はないが時間がある時に探してみるのも面白いかもしれない。
「?…………――了解したであります」
 誰からかテレパシーを受け取った吹雪はそう言う。
「誰からかのテレパシー? なんて?」
「早速もらった地図の情報で追い詰め作戦を行うそうであります。ちょうどこのあたりに追い詰めるようなのであります」
 そう言った吹雪は壁の前にブービートラップを仕掛け始める。
「……なんで壁の前に?」
「それは魔女を捕まえるときのお楽しみなのであります」
 そうして吹雪はブービートラップを仕掛け終え、建物の影に隠れるのだった。


『くすくす……罠がいっぱいね』
 引っかかった罠を消しながら粛正の魔女はそう言う。
「走るのは大変だし後は頼むぜ」
 魔女を引っ掛けた罠を仕掛けたセレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)は、一緒に魔女を追っているリゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)にそう頼む。
 鬼ごっこが始まってからこれまでの時間。セレンは魔女を追い詰めるための罠をはることに従事していた。そして十分な罠がはれた所にちょうど魔女がその付近へとやってきた。
(やっぱりただの罠で捕まえるのは無理そうだな。聞いてはいたが本当に文字通り消すなんてよ)
 一筋縄じゃいかない相手だとセレンは思う。
「ま、竜やユリならなんとかするだろ」
 他の契約者もいる。自分のトラップも時間稼ぎや行き先を狭めるという点では十二分に効果を発している。
「早いとこ終わらせて、帰って酒を飲みてぇなぁ。頼むぜ竜」
 自分のパートナーに願うセレンだった。

「絶対逃さないんだからね!」
 セレンを背に魔女を追いかけるリゼルヴィア。『疾風迅雷』で追いかける彼女は文字通り風のような速さだ。
『くすくす……かわいい追跡者ね」
 そう言いながら逃げる魔女もどういった原理かは分からないが宙を浮きリゼルヴィアと同じ程度の速さで進む。
「魔女のお姉ちゃん意外に速いんだね……でも……!」
 セレンの仕掛けた罠があり、それに引っかかりするたびに魔女は少しの間だが足止めされる。その間に少しずつだがリゼルヴィアは追い詰めていく。
『あら? もう罠はないのかしら?』
しかしリゼルヴィアが魔女を捕まえる前にセレンが罠を仕掛け終えていた地帯を越える。
「ううん。もう必要ないんだよ」
 それに焦る様子も見せずリゼルヴィアは走る。
「上出来だぜルヴィ」
「援護します」
 黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)。リゼルヴィアのパートナーである二人が最後の追い詰め作業をするために待ち構えていた。
「狙撃で足止めをします」
 覚醒型念動銃で魔女を狙い撃つユリナ。
『くすくす……その銃じゃ私には効かないわ』
 強化人間の念動力を強化して打ち込む銃であるそれは、契約者であるユリナが撃っても魔女には効かない。打ち出されるのが弾丸であれば効果があっただろうが……。
(……それもただの物質であれば消し去るという魔女に有効かは微妙ですね)
 隙を作らずに弾丸を撃ちこんでも消される可能性が高い。
「ですがこれなら……!」
 検証を終えてユリナは魔女に効果的な方策を打ち出す。
『あらあら……これは私には消せないわね』
 サイコキネシスで魔女の行く手を大きな石で塞ぐ。単なる石であれば魔女は容赦なく消すだろうが、契約者の支配下にあるそれを魔女が消すことは不可能だ。
「竜斗さん! 路地の方に追い詰めました。その先は行き止まりになってるはずですからお願いします!」
「流石だなユリナ! ルヴィ、行くぞ!
「うん!」
 路地の奥へと逃げる魔女を竜斗とルヴィは追いかける。
『くすくす……行き止まりね』
 その壁を消そうとする魔女。
「ルヴィ、消される前に捕まえるぞ!」
 逃がさないようスピードを上げる竜斗とルヴィ。
「残念。少し遅かったわね』
 一足早く壁を消してその先へと進む魔女。

「想定通りであります」
「……なるほど」

 その先で魔女は吹雪がしかけたブービートラップの爆発に巻き込まれる。流石に壁の先に罠が仕掛けられているとは思わず、爆発を消すことは出来なかったようだ。体に傷はないようだが服はボロボロで深くかぶっていたフードはなくなり顔がさらされる。その隙を突いてルヴィが魔女を捕まえる。
『くすくすお見事。捕まっちゃったわ』
 楽しそうに言う魔女。
「けど困ったわ困ったわ。服がボロボロ。代わりの服を用意しないと』
 そうしてあらためて魔女は自分を捕まえた契約者と向き合う。

「……ミナホか?」
 さらされた魔女の顔。それを見て竜斗はそう呟く。
「しかし、目の色が違うのであります」
 吹雪の言うとおり、ミナホの眼の色が黒であるのに対し、魔女の目は紅い。ミナホがポニーテールにしているのに対して魔女は髪を下ろしている。ただ、それ以外はミナホと瓜二つだった。
『くすくす……私の顔になにか付いているかしら? 困ったことに私は呪いで自分の顔が認識できないの。できれば取って欲しいのだけれど』
 竜斗と吹雪の言葉は聞こえなかったのか魔女はそんなことを言う。
「いや、別に何もついてない」
『そう? ではまた昔話を始めましょうか』
 そう言って舞花たちに始めたように粛正の魔女は昔話を始める。しかし、今度は物語調ではなくその裏側にある事情をまとめたものだった。


 短い間に繁栄を極めたアルディリス。その裏側には恵の儀式というシステムが存在していた。
 恵みの儀式という大層な名前をしているが、実際のところそれは単なる借金と同じシステムだった。

 繁栄の魔女は繁栄の力と呼ばれる力をどこからか借りてきてその力で都市に繁栄をもたらす。
 滅びの魔女―儀式上の名前は衰退の魔女―は衰退の力で、借りた繁栄の力分を衰退という形で回収する。
 プラスの力をマイナスの力であがなう。ただそれだけの仕組み。
 ただその繁栄の力は他のあらゆるエネルギーにほぼ100%の変換効率で変換できる。その汎用性は技術の発展に大きく作用した。
 繁栄の魔女と衰退の魔女はあくまで要であり、大きな力を振るうには魔女の存在が必要だったが、儀式を通じて繁栄の力はアルディリスに供給されていた。
 その返済を行うのが衰退の魔女。けれどその魔女がそのまま力を振るえば都市に大きな傷が出来る。だから、その返済を行う際には絶対に繁栄の魔女がいる必要があった。

『さて、あまり長くしても仕方ないからこれまでにしようかしら。勘のいい子なら前の話と合わせてアルディリスが滅んだ理由がわかるかしら』
 くすくすと笑いながら魔女はそういう。
『それじゃあ、最後の鬼ごっこはまた一時間後に。それまでに服を用意しないと』
 そう言って魔女は姿を消していなくなる。
「なんとなく……話は見えてきたが、それよりも……」
「あの顔でありますな。偶然とは思えないのであります」
 竜斗の言葉に吹雪はそう返す。
「かといってあれがミナホとも思えないんだよなぁ……」
 何か違和感があると竜斗。
「……あ、ミナホのほうが胸大きいんだ」
 顔はほぼ一緒だがそこが違うと竜斗はうんうんと頷く。
「竜斗さん? 妻として話があります。よろしいでしょうか?」
「え? ユリナ? ちょっと待て、俺の話を……!」
「ゆっくりと聞かせてもらいますので安心してください」
 そのままユリナに路地裏へ連れて行かれた竜斗がどうなったかは誰も知らない。