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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

リアクション


第二章

 村を出た約10名の生徒は、右翼の黒虎が待つ神殿を目指していた。
 真新しい石段のど真ん中を堂々と進んでいく生徒達。
 曲がりくねった道は、森林に遮られどこまで続いているのか見当もつかない。
 ただ歩くだけの行動に飽きたスープ・ストーン(すーぷ・すとーん)は、大きな欠伸をしながら背伸びをしていた。
「まだ着かないござるか? このままだと立ったまま寝てしまいそうでござるよ」
 最初は緊張と興奮に包まれていた生徒達も、今は口数を減らして黙々と歩を進めるだけだった。
 また少し先に曲がり角が見える。
 誰もかうんざりしてため息を吐いた。そんな時、
「虎!?」
 曲がり角から鉱石のように艶やかな体表を見せる黒い虎が石段を降りて、森の間からひょっこり顔を出した。
 周囲の木にギリギリ身を隠すほどの虎が真紅の瞳で生徒たちを認める。
「フレイ!?」
 焦りを浮かべながらベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が振り返ると、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は激しく首を横に振った。
 フレンディスは【殺気看破】を発動していたが、虎は引っかからなかったのである。
「くそっ、気配を消す魔法でもかけてるのか!? 何にしても……」
 黒い虎が咆哮をあげ、牙をむき出しにする。
「この状況はまずいぞ!?」
 明らかな敵意を向けられているはずなのに、誰もそれを感じとることができない。
 あるのは突然の遭遇への焦りと、まだ親たちが救出された一報が届いていない事実。
「一端ひいた方いいか……」
 幸いにも虎との間には長い石段が続いている。
 だが、それもあの体格の相手に何秒持つかわからない。
 ベルクはフレンディスの方を確認すると、額に油汗を浮かべながら彼女だけでも助ける術を考える。
 だが、浮かぶ作戦には常に自身の『死』が付きまとった。
 覚悟を決めようとしたその時、
「ここは拙者が引き受けるでござる……」
 生徒達の前にスープが進み出る。
「スープ、おまえ……」
 幼い少年の姿になった主人源 鉄心(みなもと・てっしん)に声をかけられ、振り返ったスープは目を閉じて笑みを浮かべる。
「鉄心殿、わかってくだされ。人にはその人にあった役目というのがあるのでござる。だからここは拙者に……」
「一分は持たせろよ!」
「え!?」
 気づけば鉄心たちは来た道を逆走している。
 唖然としていたスープは膝をつき、
「最後まで言わせるでござるよ〜」
 遠ざかる主君の背に嘆いた。

「スープは大丈夫ですかね……うさ」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)の頭に生えたうさぎの耳が、頭を垂れると余計に落ち込んでいるように見せる。
 退却した生徒達はある程度道を戻ると、茂みに隠れて様子を窺っていた。
 察知スキルが役に立たないことから目を凝らして注意していたが、追ってくる気配はない。
 警戒にあたっていた鉄心は背後のティーを振り返り、その頭を軽く撫でる。
「大丈夫だろ」
「なんでそんな自信満々に言い切れるうさ?」
 顔を上げたティーは不思議そうな顔を浮かべながら、再び階段の方に目を向けた鉄心を見つめる。
 すると、鉄心は背を向けたまま冷静に答えた。
「別に難しいことじゃない。あれだけの距離で敵意を感じなかったんだ。最初から戦う意志なんてなかったんだろ」
「子供だからですから……うさ?」
「それもあるだろうな」
「?」
 鉄心の含みのある言い方にティーを首を傾けていた。
「あとはあのスープのことだ。無闇に突貫するようなことはないだろう?」
「……それもそう、うさね」
「これだけの条件があれば大丈夫だ。向こうもこちらも戦う意志がないなら問題ない」
 敵に下ってなければいいがなと、鉄心にハリセンをとりだし黒い笑みを浮かべていた。
 そんな感じで安心した生徒達は、そのまま暫しの間休憩に入ることにした。
 子供の体力であの階段と全力ダッシュはかなりきついものがあった。
「フレイ……は……大丈夫か?」
「はい。マスターこそ大丈夫ですか? だいぶ息切れしてるようですが?」
「……おう」
 手をあげて問題ないことをフレンディスにアピールするベルク。
 気を遣ったつもりだったが、幼い頃から鍛えているフレンディスより、魔法による戦いが専門のベルクの方が心配だった。
 ベルクは近くの木の根元に腰を下ろすと、渡された飲み物に口をつける。
 隣に座ったフレンディスは傍によってきた忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)の頭を撫でていた。
「どうしましたか、マスター?」
 ベルクの視線を感じたフレンディスは顔を覗きこむようにして問いかける。
 急接近した想い人の顔に、ベルクは赤面した頭を引き、大木に後頭部をぶつけていた。
「マスター!?」
「へ、平気だ」
「どうせこのエロ吸血鬼は、また如何わしい想像でもしていたんですよ」
 こぶを抑えて苦笑い浮かべるベルクに、ポチの助が容赦ない追撃をする。
 さらに赤面したベルクは慌てて弁解する。
「ちっ、ちげぇよ! 俺はただフレイが12で俺が15なら、一緒の学校に通うこともあったのかなって思っただけだよ」
 ベルクの打ち明けにフレンディスは目を丸くして驚き、ポチの助はイヤラシイとジト目を浴びせる。
「こっ……もういいや」
 言い訳しようと考えたが、泥沼にはまるだけな気がしてベルクはやめてそっぽ向いた。
 すると、
「せ……い……」
 フレンディスが細い声で何事か呟いた。
「今なんか言ったか?」
 振り返ると、フレンディスは顔を赤らめ恥ずかしそうにしている。
 そして、上目使いでこう告げるのだ。
「先輩……」
 その瞬間、ベルクは鼻と口を抑えて倒れ込んでしまった。

「やれやれ……」
 ベルクたちのやり取りを、見張りを交代した鉄心はプリンを食べながら眺めていた。
「まだまだたくさんありますの!」
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)はニコニコ嬉しそうにしながら、鉄心にプリンを手渡す。
 そのプリンはイコナが【虹色スイーツ≧∀≦】で作ったお手製デザートだった。
「イコナ、そんなにいっぱいは食べれないぞ」
「これはミニいこにゃたちの分ですの」
 イコナは足元で両手を伸ばしてねだるミニいこにゃたちに、皿に乗せたプリンを渡す。
 ミニいこにゃたちは皿を胴上げするように中心に運んでいく。
「溢さないように気を付けて食べるんですの」
「イコナちゃん、うさぎの分はないうさか?」
「ないですわ〜。うさぎとすぷーの分はないのですわ〜」
 ばっさり切り捨てるイコナにティーはショボンと落ち込んでいた。
 その後、ティーはどうにかプリンを手に入れようと策略する。
「ミニうさティー、頑張るうさ〜」
「あ、こらっ! ミニいこにゃたち、負けるなですわ!」
 足元で繰り広げられるミニうさティーとミニいこにゃたちのプリン争奪戦を、二人の少女は屈みこんで応援していた。

 休憩時間を満喫した生徒達は、今度は森の中を抜けて石段の先を目指した。
「ご主人様、匂いはこっちの方からです」
 ポチの助は先頭に立ってスープの匂いを辿る。
 道なき道を進む生徒達。
 すると、徐々に頂上が見えてくる。
「ここからは茂みが低くなってますね」
 一ノ宮 総司(いちのみや・そうじ)は頂上へ続く緩やかな斜面を見上げる。
「また見つかると面倒だし、身を低くして進もう」
 膝をついた風森 巽(かぜもり・たつみ)は五感を研ぎ澄ませて周囲の気配を探っていた。
 太陽の光射しこむ頂上を目指す生徒達。
 辛うじて身を隠せる茂みから様子を窺う。
 石段から続く石の床が一面に広がり、左翼の白虎がいる神殿と同じように円柱が二つの円を作る頂上。
 違う部分があるとすれば、真新しいことと屋根があることくらいだ。
「スープは……いた」
 茂みから首だけだして周囲を探っていた鉄心がスープを見つける。
「あいつ何やってんだ」
 鉄心が見たスープは巡回する黒虎の背にうつ伏せに貼りついていた。
 なんと言うか気持ちよさそうで、眠っているようだ。
 どうにかスープにこちらを気づかせようと試行錯誤していると、気配に気づいたスープが重い瞼を擦りながら目を開いた。
 そして、
「おーい、鉄心殿〜」
 あろうことか大声で呼びかけ、手を降ってきたのだ。
「バカッ!?」
 もちろん、黒虎の方も振り返り、生徒達は身構える。
 それなのに、スープはおかしそうに笑いだす。
「大丈夫でござるよ。このものは右翼の黒虎ではござらぬ。ただのゴーレムでござるよ」
 スープは黒虎の背中を何度もたたいていた。
 囮になった後、咥えられて頂上まで連れて行かれたスープ。
 試しに【サイコメトリ】をかけてみたら偽物だと判明したのだ。
 意志を持たず、巡回して見つけた者を捕えることだけプログラムされた、ゴーレムよりは機晶兵器に近い存在。
「敵意を感じなかったのはそのせいか」
「なかなか快適な寝心地だったでござるよ〜」
「そんなことしてないで少しは情報を集めろ」
「いや〜、でももう本物は見つけてしまったでござるからな。ほらあそこでござる」
 そう言ってスープが指さした方を振り返ると、少年が一人石段を上ってきていた。
 黒髪で少し眠そうな顔をした痩せても太ってもいない、どこにでもいそうな子供だった。
「間違いないのか?」
「本当でござるよ。はっきり見えたでござる」
「おやおや思わぬ来客だ。キミたちこんな所に来ちゃダメだよ。それとも……ボクに用かな?」
 瞬間、空気を通して殺気がビリビリと伝わってくる。
 間違いない。やつが右翼の黒虎だ。
 誤魔化しての退却も考えたが、すでに正体がばれているようなので難しいだろう。
「なんでこんなことをした!」
「寂しそうな声が聞えましたうさ。でも、こんなことしちゃだめうさ〜」
 訴える鉄心とティー。
 それに続いて、
「蒼い空からやってきて、子供の想いに応える者! 仮面ツァンダーソークー1!」
 巽も名乗りを上げて問いただす。
「貴公に問おう! 貴公の背中は子供達の視線に応えられるのか!?」
 仮面ツァンダーアクションスーツに身を包んだ巽は、マスク越しに指の先でほくそ笑む少年を睨みつけた。
「あの子達のどこが幸せだ! 近隣の村々から子供達を攫い、親の事を思い出せない様に細工する……ああ、確かに理想郷だろうよ、ここは……貴公の独り善がりな理想に誰も彼もが付合わされているんだからなっ!」
 怒気と共に巻き起こる突風が少年黒虎の髪を激しく揺さぶる。
「操られて、そうやって作られた笑顔を向けられて……幸せなのは貴公だけだろうが! 貴公のやってる事が本当に子供達の為だと、胸を張って言えるのなら……隠さず子供達に語って見せろっ!」
 しかし、巽の指摘されても少年黒虎は眉一つ動かさなかった。
「その必要はないさ。誰もが全てを知っているわけではない。知って得することも損することもあるが、知らないでいいことは知らなくていい。その方が幸せなんだよ」
「なにを! 親の存在を消されて幸せなもんかっ!?」
「いるさ。神としてあがめられるボクが……右翼の黒虎だけが彼らの父親であり、母親になるのさ。この村の住民が、誰もが羨む幸せな家族なんだよ」
 微塵も疑う様子もなく言い切る少年黒虎。
 対して総司はそれを全力で否定する。
「駄目だ! 辛い想いを抱えた君の気持ちもわかるけど、でも他者を利用して自己満足な世界に逃げては駄目だ!」
 少年黒虎の気持ちも尊重したい。けれど、彼の行いを許すわけにはいかない。
 少年黒虎の爪が鋭利な刃のように引き伸ばされる。
「安心して。すぐにキミたちも色んなことを忘れて毎日が楽しくなるよ」
「そんなことさせない!」
「少し遊ぼうか……」
「!?」
 右翼の黒虎の姿が消え、とっさに構えた花散里の刀身に衝撃が走る。
 正面から受け、受け流すことができなかった総司は背後の大木に吹きとばされる。
「総司!? くそっ、足を止める!」
「手伝うぞ!」
 総司のパートナー土方 歳三(ひじかた・としぞう)に協力してベルクも拘束用の罠を設置し始める。
 向かってくる右翼の黒虎を足止めしようとベルクは氷柱を放つ。
 しかし、一向に足を止める気配はなく、
「これならどうだ!」
 鋭い眼光と共に放たれた【魔王の目】を浴びせると、一瞬動きが止まった気がした。
「フレイ!」
「了解ですマスター! 行きますよポチ!」
「はいです」
 フレンディスとポチの助が同時に飛びかかる。
 だが、ベルクの発動した【ディテクトエビル】が別方向から迫る敵の気配を察した。
「フレイ、上だ!」
「!?」
 攻撃をしかけようとしていたフレンディスも殺気を感じ、空中で身体を捻り武器をふる。
「ハッ!!」
 目の前に火花が飛び散り、狂気に満ちた少年黒虎の笑みが迫る。
 フレンディスが地面に叩きつけられ、残像を攻撃したポチの助を吹き飛ばしながら粉塵を撒き散らす。
 そこから出てきたフレンディスと少年黒虎が激しく刃を交えて肉薄する。
「あのフレイと同じ……いや、押されてるか」
 ベルクは二人を目で追いながら冷や汗を流す。
 子供の姿になっているとはいえ、忍であるフレンディスがスピードで押されていることに驚きを隠せない。
「諦めて武器を捨てたらどうだい。キミは刃より華の方が似合う」
「そういうわけにはいきません。皆さんを助け出すまで!」
「下がれ!」
 頭上からの声にフレンディスが距離を取ると、巽が飛び蹴りを放つ。
 回避した少年黒虎の反撃を受け止め、カウンターの拳を放つが霞を斬る様にからぶる。
 視界に見える無数の幻影。
「こんなもの、ハァ!!」
 巽は腋を絞め、気合と共に周囲に風を巻き起こす。
 瞬時に幻影と実態の違いを捜し出す。
「そこだっ!」
 再び攻撃を受け止めた巽は、今度こそ両手で押し出すように胴体に一撃を放つ。
 勢いよく吹き飛ばされた少年黒虎は爪を引っ掻け、減速して止まる。
「なかなかやるね……」
 胸に受けた傷も破損した爪も一瞬で治ってしまった。
 少年黒虎を覆うように淡い光が輝く。
「これは村から集めたエネルギーだ。子供たちがこの村で幸せと感じているなによりの証拠だ」
 自身の正当性を証明したかのように、少年黒虎は不敵な笑みを浮かべる。
 少年黒虎の背から翼が生え、片目が瞳孔がネコ科のように細くなる。
「さぁ、もう少し楽しませてくれるよね」
 肌が裂けそうなほどの殺気を感じながら、生徒達は弱体化まで防戦を覚悟した。