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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

リアクション


第三章

 桃姫の迷宮を左手に、その先のカエルの合唱団がいる湖を反時計回りで進む。
 すると、道は途切れているが、緑深き森のを真っ直ぐ進んでいくと木々の間からゴツゴツしたゴーレムの巨躯が見えてくる。
 村を抜け出したグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)はゴーレムの姿を認めると、後方で身を隠す仲間達の所に戻る。
「いたぞ。後方にある洞窟に捕らわれてる人がいると思う。とりあえず、俺はこの辺にいるらしいやんちゃ坊主たちを探してみるから、みんなは準備を進めててくれ。キース、ゴルガイスを頼んだ」
「任せてください」
 ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)に相互通信の指導を始めるのを見て、グラキエスは捜索に向かった。
 残された足跡や【サイコメトリ】による情報収集を行い、グラキエスは程無くして数名の男の子達を見つける。
「見つけた。ちょっといいか……」
 岩場から飛び降り、固まって作戦を立てていた男の子達に近づく。
 すると、いかにもリーダー格らしい悪ぶれた男の子が進み出てくる。
「なんだ、お前」
「俺はグラキエス。教えて欲しんだが……」
「新入りのくせになまいきだぞ」
 男の子はいきなりグラキエスの胸元を突き飛ばす。
 よろめき目を見開いて驚くグラキエスを、男の子は鼻で笑う。
「この辺はオレたちの縄張りなんだ! よそ者は入ってくんな!」
 その一声に、後ろの男の子たちはグラキエスに対して一斉に帰れコールを送り出す。
 捕らわれた人々を助けにきたと説明しても、子供にそんなことできるわけない、と聞く耳持たず。
 効率的に戦うために情報を得たいだけなのに、このままでは埒があかない。
 時間ももったいなので、諦めようとしたその時、
「む、グラキエス探したぞ。その様子だと子供たちは見つかったようだな」
 遅いので様子を見に来たゴルガイスがやってきた。
「悪い。ちょっと手間取ってる。最悪自分達で調べた方がよさそう……ん?」
 状況を説明しだしたグラキエスは、腰を抜かしている男の子達に気づく。
 男の子は奥歯をガタガタ言わせながら、ゴルガイスを指さす。
「ななな、なんだそいつ!?」
 ドラゴニュートのゴルガイス。ドラゴンの幼生である彼らは十年もあれば成年になる。
 その外見は子供たちにとっては凶悪な魔獣とそう変わらなく見えてしまうこともある。
「おまえのペットか!? そうなんだろう!?」
「ゴルガイスが、か? 違うぞ。俺が背中を預けられる大切な仲間で、友人だ」
 その後、呆然としている男の子たちに、ゴルガイスは丁寧に自己紹介とグラキエスと潜り抜けてきた戦いの数々について聞かせた。
 暫くしてゴルガイスに対する恐怖が薄れてきた頃には、男の子たちはグラキエスを認めるようになっていた。
「ゴルガイス、助かった」
「大したことはしてないさ。それより急ごう。日が暮れてしまう」
 二人は尊敬の眼差しを向ける子供たちの案内を受けながら、森の中に罠を仕掛け始めた。

 茂みに身を隠していた桜葉 忍(さくらば・しのぶ)は、仲間から罠の設置が始まったことを伝えられる。
 子供の体格には似合わない巨大な剣を握り直し、忍は傍で待機していたリネン・エルフト(りねん・えるふと)に確認をとる。
「それじゃあ、俺達があのゴーレムを引きつける間に……」
「私達が人々を救出するわ」
 お互い頷くと、健闘を祈った。
 忍は背後の織田 信長(おだ・のぶなが)を振り返る。
「遅れずについてきてくれよ」
「誰に物を言うておるのじゃ。私は織田信長ぞ」
 子供になっても自信ありげに言う信長に、忍は笑みを浮かべた。
「よし、今だ!」
 再び前を向いた忍は、牢獄前の一つ目ゴーレムが反対側を向くのを待って飛びだした。
「くっ、いつもより重い」
 気づかれるより早く接近した忍は地を蹴り、相手の腕を狙って剣で薙ぎ払う。
 多少バランスを崩しながら体全体で斬りかかった一撃だが、予想していた通り硬い岩の肌を切りさくにはいたらない。
「何をしておる! 一撃離脱じゃ!」
「わかってる!」
 地面に降り立った忍は迫りくる指の間を抜け、ゴーレムとの距離をとる。
 その間に、背後に回り込んでいた信長が、伸ばしていた相手の腕をめがけて渾身の一撃を振り下ろす。
「武器凶化! そこじゃっ!」
 瞬間、信長の手に伝わってきたのは、絶対強固の鎧を鉄の棒で殴ったような衝撃だった。
「っぅ〜〜なんという硬さじゃ。剣の方が折れるかと思ったぞ」
 忍の所まで距離をとった信長は、しびれる手をぶらつかせながら悪態をついた。
「攻撃が通らないこの状況、おまえはどう見るのじゃ?」
「確かに状況は芳しくない。だけど、俺達が今やることは倒すことじゃなく、敵を引きつけることだ。このまま攻撃を続け、時が来たら仕掛けまで誘導する。それでいいよな?」
「うむ! 是非もなし!」
 二人は迫るゴーレムの腕を交わし、左右から距離を詰めていった。
 その頃、ゴーレムに細心の注意をはらいながら【隠れ身】で洞窟を目指すリネンとヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)
 物音一つにも気を配りながらたどり着いた洞窟は薄暗く、湿度の高さも相まって不気味なくらいに静かだった。
 そんな内部を少し進むと仄かな明かりが見えてくる。
 期待に胸を躍られて近づくと、壁を切り抜いて作られた牢屋から松明のあかりが漏れていた。
 その明かりの下にドゥルムの姿を見つける。
「助けにきたわよ、ドゥルム!」
「リネンさん!?」
「すぐに開けてあげるわ!」
 リネンは鉄格子に近づくと、錠前に【ピッキング】をかけようとした。
「だめっ!」
「上だ!」
 ドゥルムに代わり千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が叫び、ほぼ反射的に見上げたリネンの目に真っ赤な瞳が映りこむ。
「危ない!」
 瞬間、天井から飛来した巨大な岩の塊が突き刺さる。
 ヘリワードに飛びつかれ、直前に難を逃れたリネンは肝が冷える思いだった。
「あ、ありがとうヘイリー……」
「感謝はいいわ。あいつは私が引きつける」
 駆け出したヘリワードは天井向けて矢を放ち、挑発を行った。
「さぁ、こっちよ! ついてきなさい!」
 突き刺さった岩が天井に戻るのをみて、それが胴体部分から続く尾であることに気づかされる。
 薄暗い洞窟内でわかりづらいが、敵はどうやら蜥蜴の姿をしているらしい。
「早くここを開けてくれ!」
 かつみの声にリネンは開錠に取りかかろうとするが、時間がかかると判断して銃による破壊を行った。
 重厚な鉄の塊をから、発砲の衝撃が幼い身体になったリネンの手に伝わってきた。
「よし、いま援護に――」
 かつみが牢屋を飛び出したその時、連続した爆音と共に洞窟内部が地響きに揺れる。
「ヘイリー!」
 岩の尾が突き刺さった箇所は白煙が上がり、ヘリワードの姿を確認することはできない。
 ただ、周囲に撒き散らされた大量の岩礫の中にヘリワードの弓が転がっていた。
「このっ、やろう!」
 仲間をやられたと怒りで血の昇ったかつみは、剣を引き抜こうと腰に手を回し没収されたことに気づく。
 そこで舌打ちすると、袖から黒薔薇の銃を取り出して攻撃をしかける。
「こっちへこい!」
 かつみは銃撃を浴びせながら、牢屋から遠ざけようと駆け出す。
 銃弾は岩の装甲に弾かれ続けたが、赤い眼はしっかりかつみを捕える。
 天井を這うように動き出した蜥蜴の怪物。
 しかし、その動きは少し進んだ所で止まってしまう。
 差したままの尾が引っかかって抜けなくなっているようだった。
 その尾の後ろから声が聞える。
「爆破の衝撃で床に穴が開いたのね。これで当分は動けないわね」
 額から血を流しながらヘリワードが現れた。
「ヘイリー! 無事だったのね!」
「言わなかった? 小さくっても、命は人より多いんだって」
 ヨロヨロと近づいてきたヘリワードを抱き留めると、リネンは今にも泣きそうに笑った。
「よかった……」
「しっかりしなさい。戦闘はまだ終わってないのよ」
「うん」
 リネンはヘリワードをさがらせ、尾を引き抜こうとしている相手を見上げる。
 体表が岩に覆われた相手。生半可な銃弾は効かない。
「こういう時は眼球……だめだわ。的が小さすぎる。あと攻撃が通りそうな所は天井に密着してる部分だけど……」
「それなら力になれそうだ」
 クールダウンして肩の力を抜いたかつみが頬を緩ませ笑いかける。
「俺が奴を引き離す。そしたらおまえは全力で攻撃を叩きこめ」
「……わかった。お願いするわ」
 リネンはハイランダーズ・ブーツで飛び立つと、横から攻撃を仕掛ける。
 その様子を見上げるかつみは指を絡ませて大きく伸びをすると、深呼吸。
「帰してやらなきゃな……全員で」
 かつみは精神を集中させると、蜥蜴の化け物相手に【サイコキネシス】をかけた。
「一本……少しでいい……」
 瞬く間に全身から大量の汗が流れ出す。
 伸ばした腕は相手の抵抗を示すかのように上へと引っ張られていく。それに対してかつみも必死に腕を反対の方向へと力を込める。
「動けうごけうごけ……うごけぇ!」
 すると、かつみの叫びに呼応するように蜥蜴の腕が天井から離れ、少し――少しだけ岩肌に覆われていないピンク色の肌を見えた。
 リネンはその隙間に飛び込むと、両足と片手でジャッキで抑えるように踏ん張る。
 そして、もう片方の手であどけない少女には不釣り合いな銃を構えると、
「これで終わりよ!」
 ほとんど狙いを定めず乱射した。
 薬莢と血しぶきが飛び散り、銃声と化け物の悲鳴が重なる。
 最後の銃弾を撃ち尽くした時には、リネンの眼の裏には眩い閃光が焼付き、衣服と髪に大量の火薬の匂いが残っていた。

 その頃、外ではゴーレムとの攻防が続けられていた。
「キース! 左のトラップに誘導してくれ!」
「了解です」
 ゴルガイスの指示でロアは罠が仕掛けられている場所までゴーレムを誘導する。
 そこは自然の沼地をカモフラージュして作った落とし穴だった。
「エンド、今です!」
「そらよっ!」
 ネロアンジェロで飛行するグラキエスはゴーレムに油をかぶせる。
「ゴルガイス、こんな感じでどうだ!?」
「良い感じだ。このまま最終地点に誘導しよう」
 映晶の杖で周辺状況を確認しながらゴルガイスは仲間への指示を送る。
「さぁ、こっちだ」
「そんなスピードでは私達に追いつけませんよ!」
「私らも協力するのじゃ」
「ここで決めよう!」
 忍と信長も参加して、ゴーレムの目をかく乱しながら罠へと誘導する。
 グラキエスはゴーレムの持ちあがった足が、目印の朽ちた大木に近づくのを見て叫ぶ。
「みんな伏せろ!」
 グラキエスの最後の言葉が全員に届くか否かの定かの瀬戸際に、ゴーレムの足元で仕掛けていた罠が起動する。
 耳を劈くような轟音と爆風が生徒達を覆い、巻き起こった炎が駆けのぼるようにゴーレムの巨躯を覆い尽くした。
 まるで巨大な篝火のように、その業火の凄まじさを伝えるがごとくゴーレムが絶叫にも似た音を発する。
「今じゃ! 一気に畳み掛けるのじゃ!」
 敵の眼前で足を止めた信長は素早く印を結び、利き手を地面に叩きつける。
「地母神イナンナよ、力を貸すのじゃ!」
 指先から走る亀裂は燃え盛るゴーレムの足元まで伸び、そこから猛烈な勢いのマグマが噴き出した。
 巻き上がったマグマはゴーレムの足に絡みつくように、
「こいつでどうだ!」
 忍は急接近すると絶対零度の剣戟【絶零斬】でそのマグマを切り裂いた。
 吹き荒れる冷気がマグマを固め、衝撃を与えるtpゴーレムの足がいともたやすく砕けてしまう。
 急速な温度変化に耐えられなくなったゴーレムの身体は脆くなっていた。
 仰向けに倒れたゴーレムの背後で再び爆発が発生する。
「これで決めるのじゃ!」
 飛び上がった信長は、夕日を浴びて振り上げた両手に魔力を集める。
 膨れ上がった魔力の塊が球体状に圧縮され、信長は巨大な鉄球のようなそれを地面でのた打ち回るゴーレムに振り下ろした。
「渾・爆・魔・波!!」
 信長の手を離れた魔力は三つに分裂し、眼球の見える頭部へと襲いかかった。
 強烈な魔力の塊は爆発でヒビの入った岩の肌を粉砕し、内部の肉片も焼き尽くすように全てを吹き飛ばしていった。
 頭部を失ったゴーレムはピタリと動きをとめ、瓦礫と肉を構成していた液状の物質だけが残された。
「ひと段落だな」
 グラキエスは残火を消し始めながら、ほっと一息つく。
 すると、牢屋から脱出してきたリネンやドゥルム、村の大人たちが向かって来た。
「あっちもうまくいったみたいだな。ゴルガイス報告を頼む」
「承知した」
 ゴルガイスは村で待機する仲間に、解放の一報を伝える。

 パストライミ・パンチェッタ(ぱすとらいみ・ぱんちぇった)は一報と同時に送られてきた画像を子供に見せる。
 電話で親の声も聞かせると、心に押しとどめていた想いを口にする子供たち。
「パパ〜、ママ〜、おうちに帰りたいよぉ」
 広がる想いは確実に妖精たちの力の源に影響を与える。
 夕方になり、他の子供たちと一緒に村にへ戻ってきていた月崎 羽純(つきざき・はすみ)はこれをチャンスとみる。
「歌菜、逃げられる前に全員捕らえるぞ」
「そうだね。黒虎に報告されると困っちゃうもんね」
 遠野 歌菜(とおの・かな)は今まで構ってくれていた妖精を振り返る。
 すると、妖精が倒れていた。
「もういやだぁ〜、ボクかえるぅ〜」
 妖精の方が子供より子供っぽく大泣きして駄々をこねていた。
 次の瞬間、ポンッ、と煙をあげて妖精は毛に変わった。
「……黒虎の毛なのか?」
「さすがにやりすぎたかな、ごめんね。ご苦労様。頑張ったね」
 歌菜は地面に落ちていた毛を拾うと、包み紙で大切に挟み込んだ。
「お、帰ってきたな」
 暫くして、生徒たちが捕らわれた人達と帰ってくる。
「ドゥルムちゃん久しぶりだね♪」
 歌菜はドゥルムとの再開の喜びを分かち合う。
 お互いの無事を祝い、若返った姿に驚かれ――その時、突如神殿の方から一際大きな爆発音が聞こえてきた。
 顔を見合わせた歌菜とドゥルムは、急いで黒煙が立ちのぼる神殿を目指して駆け出した。