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【水先転入生】龍と巡る、水の都

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【水先転入生】龍と巡る、水の都

リアクション

「今日はありがとうございます!」
 慣れた手つきでドラゴンを進めながら、ディーナは乗客たちに街を案内していく。
 強くなってきた日差しに、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は日傘を開くとラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の上に掲げた。
「あら、ありがとうございます」
「いえ。ところでラズィーヤ様、ゴンドラで願うと叶うんですって。何かお祈りします?」
「願い、ですの? ふふ……試してみますわ……」
 うっすらと笑みを浮かべると、ラズィーヤはすっと目を閉じた。
 ゴンドラのへりに立ったカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は、ディーナの前にいるドラゴンをはじめ、周囲でゴンドラを引くドラゴンたちとその船頭の様子をじっと見極めていた。
「どうしたんですか?」
 そんなカルキノスの様子にディーナが尋ねる。
「龍族も色々で、長生きで物知な種もあるし知的種族とは言い難ぇのも居るけど、竜は竜だから家畜みてぇに扱われるのは我慢ならねぇ。酷ぇ扱い受けてねぇか見に来たんだ」
「そんなことするわけないじゃないですか」
「ディーナはそうかもしれねぇが、皆が皆そうじゃないかもしれねえだろ」
「でも、実際に見て安心できたでしょ? 良かったね」
「まあな」
 ルカルカの言葉にカルキノスはふいっと目をそらしながらうなずくと、どすどすと音を立ててゴンドラの端の席に向かうと座って外の景色を眺めはじめた。
「ディーナの故郷はどんなところなの?」
「ヴェネツィアですか? すごく賑やかなところですよ。毎日たくさんの船が着いて、多くの人が出入りするんです。水路のゴンドラも有名ですが、街の中央の広場にもたくさんの人が集まっていて。あ、ガラスの工房とかもあるんですよ」
「そうなんだー」
「そういえば、船上生活でのみ可能な拳法の修行とかもあるって聞いたことあるんだよね。やっぱりディーナさんもバランス感覚とか足腰とか鍛えてるの?」
 興味津々といった様子で、マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)も会話に加わる。
「特にこれといって鍛えているわけではないんですけど。ゴンドリエーラとして日に何度もゴンドラを出していると、自然に身についてきているような気はしますね」
「やっぱり日々の積み重ねだよね」
 鍛練と一緒だね、とルカルカが頷く。
「あたしの祖国にも水路にゴンドラを浮かべるお祭りはあったんだけど。ヴェネツィアの本場っぷりにはかなわないし、それに、ドラゴンが引いてくれるなんて初めてだもん。すごく面白いよね!」
「そう言ってもらえると、やってみた甲斐があります」
 嬉しそうに周囲の景色に目をやるマリカの姿に、ディーナは嬉しそうな表情を浮かべる。
「マリカさん、はしゃぎすぎて飛んだり跳ねたりしないようにしてくださいませね。優雅な身のこなしを心がけてくださいな」
「う、うん」
 ぴょんぴょん飛び跳ねそうになっていたところをすかさずテレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)に指摘され、マリカは慌てて姿勢を正す。
「ドラゴンのゴンドラとおっしゃいましても、景色を観るという点では普通のゴンドラに対して何かしらの優位性はあるのかしら? たんに物珍しさだけでは長続きしませんわよ」
「そこはたしかに課題なんです」
 テレサの指摘に、ディーナは素直に頷く。
「まずはお客さんにも、ドラゴンたちにも楽しんでもらって、そこから何か考えていかないと」
 真剣に答えるディーナの姿に、テレサは微笑んだ。
「ねえ、ディーナさんはソフィアさんとどうやって知り合ったの?」
「転入してすぐ校舎内で迷っているときに、声をかけてくれたんです。自分も転入した時に色んな人に助けてもらったんだ、って。その後、ぷりかるの皆さんを紹介していただいたりして」
「そうだったんだ!」
「マリカさんは、テレサさんとどうやって知り合ったんですか?」
「あたしの父が人伝に探して紹介された、お見合いだね。正直、お小言が辛いときもあるけど、でも良い人にめぐり合ったとおもっているよ」
 テレサに聞こえないようにこそっと告げる。
「正しいことをまっすぐ指摘してくれる方は、ありがたいですよね」
 ディーナは先ほどのテレサの言葉を思い出し頷いた。
 と、突然がくんとゴンドラが揺れ、動きが止まった。
「すみません! 話に夢中になってしまって!」
 ディーナが慌ててドラゴンのところに戻ると、狭い路地にはまり込んでしまい、身動きが取れなくなっていた。
 驚き慌てて暴れそうになっていたドラゴンだったが、ディーナの声を聞いて落ち着いたのか、いったん動きを止める。
「ごめんなさい! 大丈夫? どこか痛めてない?」
 心配そうに声をかけながら背中をさするディーナに、大丈夫だと言うように、ドラゴンは軽く鳴いてみせる。
「あ!」
 様子を見ていたルカルカが、何かを思いついたように声を上げた。
「ごめんカルキ、後ろからゴンドラ引いてくれない?」
「あ?」
「確かに、後ろから引くのが良いかもしれませんわね。お願いできませんかしら?」
「すみません。お願いします!」
「ちいっ仕方ねぇな。今回だけだぞ」
 不満そうな声を上げるカルキノスだったが、ラズィーヤとディーナにも頼まれ、しぶしぶとゴンドラの後ろに回ると擬人化を解いた。
「背中にもあんま乗せたりしねぇんだぞ。あとで焼肉くわせろよ」

「オレも動いたほうが良さそうだな」
 水中で様子を窺っていたジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は急ぎ前方のドラゴンの元へと向かう。
(ドラゴンの運用を今後も継続的に続ければ、パラ実とヴァイシャリーとの繋がりも出来るだろうからな。何よりも身近でドラゴンを見ればキマクのドラゴン牧場にまで足を運ぶ観光客も呼び込めるかもしれないわけだ)
 そう考えていたジャジラッドは、水中から咆哮を使いドラゴンたちを誘導し、ラズィーヤをはじめ、乗客たちに愛想を振りまくように指示を出していたのだ。
(キマクには今はパラミタトウモロコシくらいしか産業がないからな。ドラゴン牧場が観光名所の一つになれば、新たな観光財源が増えて、キマク全体の活気に繋がるだろう)
 ジャジラッドはドラゴンの動きを見て、素早くはまり込んでいる位置を確認する。
 効率よく抜け出せそうな角度を見つけると、咆哮でドラゴンに伝える。
 後ろからカルキノスがゴンドラを引くと同時に、ドラゴンに触れると、身体の角度を誘導した。
 ドラゴンの身体が抜けたことを確認すると、再び水中から各ドラゴンの様子を見に戻るのだった。

「皆さん、お騒がせしてすみませんでした! ありがとうございます」
 ドラゴンが無事水路に戻ると、ディーナはカルキノスをはじめ、乗客に向かって一礼する。
 そのままドラゴンを誘導し、無事にドラゴン着き場までゴンドラを案内した。