葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:2日目

リアクション公開中!

【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:2日目

リアクション

第1章 早朝の作戦会議


 白林館、地下の即席捜査本部。
 キオネ・ラクナゲンの持ち帰った情報で、警察やそれに協力する契約者たちの間には動揺が広がっていた。
 コクビャクに通じている館のスタッフたちは全員捕縛済みで、今日は飛空艇でやってくる魂搬入のスタッフや講師であるスカシェンを待ち構えて捕縛するだけ、という心づもりだったのだが、魔鎧タモンの件でそれが狂いつつあった。
 下手をするとコクビャクの手で一人の魔鎧が抹殺され、一人の契約者がパートナーロストの被害を受けるかもしれない。
 大悪を捕えるために少数の犠牲者があってもよい……なんてことがまかり通るわけもなく、人道的に許されるはずもない。

「実は、こんなものが……」
 ずっと部屋に詰めている警察官が、戻ってきたキオネに、一通の手紙を渡した。
 差出人は『傍観者』となっている。誰かが直接持ってきてこの部屋の扉の隙間に挟んでいったものらしい、と警察官は語った。

『新たなる情報により、この教室の講師が事件に無関係ではなく、何かしらの目的の為にコクビャクに協力をしている傾向が強まった様ですわね。
 ――とは言え、それを今この場で講師に問い詰めた所で、事態が解決に向かう筈がない事は、皆様ならば熟知されていると思われます。
 ですので、皆様が取るべき行動は1つ、『捕らえたコンビャク構成員の代わりとなり、この教室を不具合なく終了させる事』ですわね。
 (中略)
 実際に魔鎧を作れる講師が居て、魔鎧を作る素材も存在する。
 ――その状態で中止する事など、警察以外の全ての参加者は不信感しか残りませんものね?』

「これはまた何とも……語調は上品だけど主旨は有無を言わさぬ、という感じで……」
 キオネは正直な感想を呟いて、その匿名の手紙を警察官に返した。
「これを書いた人物が『教室は開催されるべきだ』と確信していること以外、何の狙いがあるのか読み取れません。
 ですが――」
「……この意見も無下に却下できる物ではない、ということですね」
「はい……」
 入手経路の分からない、魔鎧にされることを望まなかった可能性の高い魂を、まともに魔鎧を作れるのかどうかも貴族令嬢たちに使わせて、怪しげな講師にそれを指導させるという教室を開くべきか。問題は大いに残るが、それより今大事なことは、「教室が予定通りに開催されない」という異変がコクビャク側に伝われば、当初予期していなかった犠牲が出る可能性がある、という事実である。


「……厳しい状況よね」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、その言葉通り厳しい表情で呟く。
「連絡を取られたら即アウトだし」
 館内の、コクビャク本部への連絡手段は封じた。
 しかし、やってくる飛空艇には新たな連絡手段もあるだろう。館に入ってきたメンバーを捕まえても、飛空艇に残ったメンバーが異変に気付いてしまえば終わりだ。連絡が本部にも伝わるし、囚われた魂を乗せたままで飛空艇も逃げてしまうだろう。
「とすると、全員同時に取り押えるか、何食わぬ顔で館から飛空艇に戻って飛空艇から制圧するのがいいかな……
 でもそれだと、闇商人のアジト跡に連絡が行くかもなのか……」
 うーん、とルカルカが考え込む横で、パートナーのニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)も眉根を寄せている。
「人質になっている魔鎧の居場所が突き止められないと……
 コクビャクに狙われていると分かっていながらアジト跡に行った卯雪さんにも、危険が及ぶのでしょう?」
 卯雪の名を耳にして、キオネの顔にも険が走る。
「そう、ここのことも心配だけど、彼女の身も心配なのよね」
 以前、コクビャク絡みの事件に関わった時に、ルカルカも対コクビャクで行動したが、その時彼女のパートナーが、コクビャクの施設内のコンピュータからデータを解析するのに力を尽くした。
 データは完全消滅を図られて、大して有益な情報は引き出せなかったが、切れ切れに引き出された言葉があった。

≪灰の娘/

 エズネル以外は/

 可能性/

 ウユキ・アヤトオは???≫


 理由は判明していないがコクビャクが綾遠 卯雪を狙っている、という事実に気付いて警察が彼女の身辺に目を配るきっかけになったデータである。が、ここにきて「灰」というキーワードも上がっていることが引っかかる。ルカルカはそのことを話し、続けてそれらから自分が推測したことを語った。
「エズネルっていう人が例えばその『灰の娘』なら、人体に悪影響を与える『灰』からその影響を受けないっていう特殊能力を持った人物かもしれない。
 コクビャクが『丘を制圧する』って言っているのは、その人を使ってってことだと考えられないかな?
 卯雪が狙われてるのもその関係みたいだから、コクビャクで重要な立場らしい『タァ』っての前に行ったらアウトよね」
 ルカルカの言葉を頭の中で噛み砕いて思考する、キオネの表情は暗く、渋りきっている。
「何者なんだろう、その奈落人は……」
 コクビャク内で「タァ様」と呼ばれているという奈落人。
「……やっぱり、卯雪さんを守るためにも、一刻も早くタモンの居場所を突き止めないと」
「けど、スカシェンの身柄を確保しても、すぐに白状させられなかったら、却って大変なことになるかもしれないね」
 ルカルカの言葉を受けて、しばらく沈思していたキオネだったが、やがて視線を上げ、ルカルカらも含めた室内にいる契約者たちを見渡して言った。

「これは一種の賭けだけど……
 俺は、多少だけどスカシェンのことは知っている。その俺から見た印象だけど。
 彼はそもそも、唯々諾々として組織に与するようなタイプじゃない。
 あまり、集団への帰属意識が強いタイプじゃないと思うんだ。むしろ、そういう忠誠心を傍から見てて鼻で笑ってるような性格で。
 何か、どうしてもコクビャクに属しなくてならない事情があるんだった、話は別だけかもしれないけど」

 キオネが思い出したのは、以前空京であったある催しでスカシェンに直接会ったという、刀姫カーリアの話だった。昨夜、荒野で会った時に彼女から聞いたのだ。
 ――昔通り、人を食ったようなすかした態度だったわ。へらへらしてて、軽薄な、つかめない感じで。
 ――コクビャクには「雇われた」って言ってた。


「……自分が危機に陥った時、それを押してでも組織への義理を立てたりするような奴じゃないと思うんだ」
 

 そう言って、キオネは改めて契約者たちを見た。


「取り敢えず、スカシェンが来たら、教室には通す。けど、教室に他のスタッフが入るのは絶対に阻止する。
 飛空艇が来たら、一斉に捕まえるにしろ、館に入ったのと艇内にいるのと分けて捕まえるにしろ、慎重に迅速に、確実にメンバーを捕えて連絡手段を絶つ。
 館内の連絡手段はこっちが押さえているから、飛空艇のそれを押さえられるかどうかが勝負だな。
 一斉に捕縛するにしても、動きやすいように館と飛空艇で程よく分散しているのがいいだろう。

 ――そうやって、スカシェンを孤立させる。教室の参加者は折を見て移動させよう。
 援軍は望めないことを理解させ、味方が一人もいない状況で尋問すれば……そこでコクビャクへの忠義を貫いて沈黙を守るとは思えない。観念させられると思う」



 それから、ぽつりと付け加えた。
「あと……やっぱり、腐っても魔鎧職人だろう、と。幾らなんでも自分の作った魔鎧の、命を見捨てるとは思いたくない」
 希望的観測かも知れないけどね、と苦笑した。





「僕は、昨日と同じように振る舞うよ。ホールで、参加者に混じって」
 沈黙を破って口を切ったのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だった。
 パートナーのソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)を貴族の主として自分はその執事に徹する、という前日に演じたスタンスをそのまま持ち越して、事情を知らない令嬢たちの間に混じって有事に備えるということである。
「貴族のお嬢さんたちが巻き込まれて怪我しないように、守りに着くから」
 そうすることで、別の場所で行動する仲間も、心おきなく戦えると信じている。今回の件を解決するには、様々な場所に散ってそれぞれ別々にやるべきことを果たさないと難しいことになるが、だからこそ自分は自分の持ち場でするべき仕事をする。それが他所への助けにもなるはずだ、と。
「俺は、本来の館の警備員のフリをして、館内のどっか一斉捕縛しやすい場所に誘導するとするか」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が言った。
 相手の何人かは飛空艇に残るとしても、降りてきたメンバーは確実に捕獲する。そのために、向こうの仲間に成りすまして振る舞うという。
「一つ一つ、確実に、相手の力を削ぎ落していこう」
 契約者たちの宣言を受けての、キオネの言葉に、ルカルカも頷いた。
 正直なところ、飛空艇に潜入しての制圧に乗り出すことを決めたものの、状況の厳しさをかみしめるとひしひしと感じてくるプレッシャーもあった。だが、仲間の契約者たちの強い言葉が、役割分担が違っても一つのことを為すために一点に集約していく強い意志の力を感じさせ、肩に入った余分な力が抜ける思いもし、また背筋が新たに伸びる思いもした。



 捕縛計画を話し合う契約者たちから少し離れた所で、魔鎧のシイダと花妖精のララカは座ってそれを聞いていた。そこに北都がやってきて、ララカに「これを」と手渡した。
「このお守りには【禁猟区】を施してある。いざという時に君を危険から守れるよう、すぐ駆けつけられるように。
 ……でも、無茶はしないでね」
 ララカは手渡されたお守りと北都の顔を見比べ、それからこくっと頷いた。
「ありがとうございます、北都様」
 さながら保護者といった様子で、横からシイダが頭を下げる。
 シイダの家で小間使いとして働いていたララカは、この教室の講師をすることになっているスカシェン・キーディソンにどうしても聞きたいことがある、と言って、ここで彼の到着を待っているのだった。危険を冒すことになる、とシイダは説得したが、彼女の決意は固かった。
「本当に……無茶をして、皆様に迷惑をかけるようなことになってはいけませんよ、ララカ。
 一歩間違えば、あなた自身だって、どうなるか分からないのですから」
 シイダの言葉に、ララカはお守りをぎゅっと一度握って、頷いた。
「分かっています、シイダお嬢様……」