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第三章 黒亜確保

 山中。

「山中でとんでもない事をして、しかも会長もマトモに止める気ないし」
 『ダークビジョン』で暗闇対策をした酒杜 陽一(さかもり・よういち)はたすきで巻き付けて背中におぶっているシャンバラ国軍軍用犬の力を借りながら黒亜捜索をしていた。『妖精の領土』で山道でも足取りは軽快だ。手には連れて来た従者のための提灯があった。
「……全く」
 陽一は後続のために木に宿で貰った蛍光塗料で目印を付けつつ、これまでに遭遇した妖怪達を思い出していた。軽傷から重大まで様々で特戦隊に介抱させたり宿に連れ帰らせたり後続隊に任せたりし、薬の影響で襲う妖怪に対しては『ヒプノシス』で眠らせたり打撃などで対処しながら捜索を続けた。
 終わらぬ捜索の中、
「……」
 木の後ろから様子を伺うようにそろりと姿を見せる妖怪に出会った。陽一は警戒を強めるもその必要は無かった。
 現れたのは
「てんか」
 顔見知りの妖怪てんだったからだ。
「♪♪」
 てんは陽一と知るやいなや嬉しそうに鳴いた。
「無事だったんだな。ところで今大変な事になっているんだ。良ければ力を貸してくれないか?」
 てんの無事な様子に安心した後、陽一は協力を要請。この先、人では判断出来ない事もあるだろうと見越しての事だ。
「♪♪」
 てんは弾みながら引き受けると鳴いた。
「ありがとう」
 陽一はてんに懐に入って貰い、連れて来たペンギンアヴァターラ・ヘルムのペンタに護衛させ、『イナンナの加護』で一層の警戒をしながら先を急いだ。

 途中。
「……しゃもじに草履に櫛、か。今の状況から考えるとただの物と判断するのは早計だが……」
 陽一は道端にしゃもじや草履、櫛が落ちている事に気付き、拾い上げ隅々まで確認する。しかし、どう見てもただの古ぼけた道具にしか見えないが、場所と状況から性急な判断はしない。
「これが妖怪かただの物か判別はつくかな?」
 陽一は懐のてんに道具を見せながら訊ねる。
「……」
 てんは鼻をひくつかせながら三種類の道具の正体確認を始めた。
 数秒後、
「妖怪かな?」
 確認を終えたのを見計らい陽一が訊ねるとてんは一声鳴き、元付喪神である事を知らせた。
「そうか。ただの手当じゃ元に戻すのは無理だろうから宿に戻って考えた方がいいかもしれないな」
 今の陽一には付喪神を元に戻す方法を持っていないためひとまず確保の形を取り捜索を続ける事にした。

 『ダークビジョン』で暗闇対策をした九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)ヴァンビーノ・スミス(ばんびーの・すみす)が山道を歩き回っていた。

「……無闇に薬をばらまいて誰かを傷付けるなんて許されることじゃあないよ。薬っていうのは本来人を助ける物なのに」
 医療に従事する者としての怒りに満ちていた。ローズは山中に入ってからずっと黒亜の所業に対してこの調子である。
 それとは違って同行者のヴァンビーノは
「何か面白い事になってるなー……おっ、妙な実発見。スケッチしておくか」
 きょろきょろと辺りを見回し楽しそうにしていた。しかも見た目不気味な実のなる樹木を発見するなり足を止める始末。ただ面白そうという事で付いて来たので黒亜云々に関してはどこ吹く風である。
「被害が拡大する前に何とかしないと」
 ヴァンビーノが持参した画材で妙な実をスケッチしている事に気付かずローズは持参した解除薬の確認をしていた。『根回し』によってシンリから最近黒亜が作製や携帯していた魔法薬を聞き出し宿で解除薬を作って持って来たのだ。当然持参薬で対応出来ない事もあるだろうが分析して宿で解除薬を作製すれば問題は無い。
「ついでに味見もしてみるか」
 スケッチを終えたヴァンビーノはおもむろに実をもぎ取り、かじり付こうとする。
 しかし、口が実に触れる前にローズが気付き、
「ヴァン、何してるの!」
 慌てて声を張り上げヴァンビーノを制止する。
「何って見て分からないか? 味見だよ、味見」
 ヴァンビーノはこれ見ようがしに実をローズに見せつける。
「聞いたでしょ。今山は危険でどんな目に遭うか分からないんだから!? 勝手に山にあるものを簡単に口に入れないの。ほら、こっちに渡して」
 ローズは手を出して渡すように促す。よく見なければ被害を受けた物かどうかは分からないが無闇矢たらに口に入れるのはよくない。黒亜がいなくてもここは妖怪の山で危険はあるのだから。
「ぎゃんぎゃんうるさいなあんたは。あのな、例えこれが毒物だとしてもそれを体験してみないと毒のある実ってリアリティを描き出せないだろう? リアリティが大事なんだよ。わかる? リアリティ」
 自分の行動に煩く口出しするローズをヴァンビーノは不機嫌な顔で一瞥するなり勢いよく手にある実を口に放り込んだ。
「あぁ、もう」
 止める事が出来なかったローズはただ呆れるばかり。
「見た目と違って悪くないな……もし何か起きてもあんた医者だろ」
 ヴァンビーノは咀嚼しながら口内に広がる味を確かめつつスケッチブックに何やらかき込んでいく。
「……それはそうだけど。というか何かかいているみたいだけど」
 溜息をついた後、ヴァンビーノが先程から忙しく手を動かしている事に気付いた。
「あぁ、被害場所や動植物を描いているんだ。今度の漫画の参考にね。ついでにあのなんちゃら研究会とやらに提出できるかもだし」
 ヴァンビーノは味見をした実が描かれたページを見せながら説明した。地球で漫画家をしていただけあって達筆そのもの。
「それは良い考えかも(ヴァンなりに考えてるのかな)」
 ローズは先程とは変わってヴァンビーノを感心するのだった。
「ほら、ぼうっとしてないで早く次行こうぜ。おい、あそこに面白い植物があるぞ」
 ヴァンビーノは前方に奇妙な植物を発見するなり、ローズを放置してちゃっちゃと行ってしまった。
「……はいはい(ほんとに我が儘だなあ……悪い人じゃあないんだけど)」
 ローズは思うまま行動するヴァンビーノにやっぱり溜息をついてから追いかけた。道々、黒亜被害と思われる場所に遭遇する度にローズは『サイコメトリ』で過去を読んで検証し、薬が付着した物を採取、分析し持参薬で解決したり宿に戻り新薬を作ったりした。当然、黒亜の被害者にも遭遇した。

 山中。

「早く見付けて薬を撒くのをやめてもらわなきゃ」
 事情を耳に入れた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はすぐさま黒亜捜索を開始した。
「……無事だといいけど」
 美羽は痕跡を探しつつ心配を洩らした。以前宿で仲良くなった仲居の座敷童の事が気掛かりなのだ。
「捜している人も薬の解除に回っている人もいるからきっと大丈夫」
 美羽は他の捜索者の事や治療担当の者達を思い出し、心配する心を落ち着かせた。
 とにもかくにも美羽は歩みを止めず、捜し続けとうとう痕跡に出会った。

「……はぁ、下僕には寝る間も無いって事かぁ。まぁ、明倫生として地元の山で問題起こされて無視は出来ねぇけど」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は溜息を洩らした。妖怪の山が何やら騒がしいという事を学校が察知し確認と鎮静のために総奉行に代わって監督役として唯斗が馳せ参じる事となったのだ。
「……まずは情報だな。宿で確認だ」
 とりあえず、行き覚えのある宿にて情報を得てから本格的に動く事にした。
 そして、宿にて素材採取や黒亜の話やらを聞くなり
「おいおい、もう面倒が起きてるのかよ」
 口から洩れるのは呆ればかり。
「ソッコー捕まえてお仕置きするしかねぇな……というか確定だな」
 唯斗は急いで宿を出て山に向かった。
 山に入るなり影に潜むものに乗って高速捜索を開始した。