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 第 5 章 -魅せます! お姉様-

 観客席にほぼ人が戻るとステージの照明が明るく点き、ダンディなスーツ姿から黒一色の怪盗コスチュームに着替えたリョージュがマイク片手に現れた。
「さあ、お待ちかねのみんな! ショー後半の始まりだぜ!」
「皆さんお待たせしました、後半のショ―は題して『魅せます! お姉様』部門です」

 ステージ袖には出場するモデルである彼女達が緊張しつつも見守る。その中でローズはモデル歩きのおさらいを繰り返していた。
「まず、大股で歩かない……それから背筋を伸ばして猫背はだめ、猫背はだめだけど肩で風を切っちゃうのはご法度、柔らかく美しく……ええと、それから」
「あの……ローズさん、落ち着いて下さい……お気持ちはすごくわかります、わかりますけど私まで緊張してしまいます……!」
 ローズと忍が和服姿でがっしと手を握り合う。そんな2人の緊張をよそにリョージュは綺麗なお姉様見たさにさっさと司会を進めていった。
「後半の先鋒を飾るのはこの2人だぜ! セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)!」
 頷きあったセレンフィリティとセレアナは打ち合わせ通りとばかりにセレアナがステージへと歩み出た。レオタード姿を多くの人が見慣れているだけに淡い桜色のエプロンドレスで可愛らしくキメた姿は観客の視線を惹きつける。ステージの中央で軽く回転を繰り返していたセレアナが一瞬でセレンフィリティに変わると、実況の色花が「え?」と目を疑うように擦ってしまう。
「えーと、突然セレアナさんからセレンフィリティさんに変わりました……? セレアナさんはどこに?? あ、ポテトを落としてしまいました……勿体ない」
 ミステリアスなゴスロリ衣装と咲きかけた一輪の薔薇を手に、その香りを楽しむような仕草を見せるセレンフィリティは、セレアナに続いてステージ上で舞うように一回転する。水着以外での彼女の姿にも観客は惹きつけられるものの、リョージュが我に返ってセレンフィリティにインタビューしようとマイクを向けた。
「いやあー、驚いた……水着以外ってのも中々いいもんだな。あ、ところでセレアナはどこに行った?」
「セレアナなら、ほら」
 セレンフィリティが指差す先にはステージにセレアナが半身を覗かせて手を振る。種明かしはステージの背景と同じに似せた壁を使い、消えたと見せかけたのはその壁の後ろに隠れただけだったのだ。
「つまり、あたしは最初からその壁の後ろに居たのよ。モデルで出るだけじゃなくて、こう……演出も凝りたいじゃない」
「……セレンのノリに一蓮托生で付き合ったけれど、こんな服が着られる機会もないかもって思ったしね」
「ちなみに、衣装を決めた切っ掛けは?」
「アミダくじよ! どれもあたしに似合うものだし、中々決まらなくて」
 衣装の着替えがある、とそこで一度2人は退場すると次のモデルの紹介に入った。

「さて、次に行くぜ次! 色っぽいチャイナドレスで登場! 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)!」
 ラベンダー色のチャイナドレスを見事に着こなし、『崑崙旗袍』に似通ったデザインだが両側のスリットは深く、美脚を惜しみなく見せて優雅に進み歩く。片手に持った扇子をワンポイントにシルク仕上げのドレスはステージを照らす照明で美しい光沢を見せていた。観客席からは再びカメラのシャッター音がするが色花がビシッと「ご遠慮下さい」と実況席から注意を飛ばす。
「あら、変な事しなければ別に気にしないですわ? でもまあ、胸や太股に視線が行くのは……衣装のせいかしらね」
 小夜子は広げた扇子で胸元を隠しつつ、リョージュがインタビューに向かう。
「そんじゃ、コレに決めた切っ掛けってのは?」
「え? そうですわね……特に理由があったわけではないのですけど着慣れてるから? かしら……百合園女学院家庭科部の作品というのもあったわね、衣装は楽しみでした」
 小夜子が撮影にOKを出したからか、観客席のあちこちからカメラのシャッター音が飛び交う中で、最後に見事なモデル歩きを披露し、次の衣装の準備に退場するのでした。

「さて、お次はっと……おお? やーっと出番かよ忍! ほら、出て来いよ!」
 リョージュの声にビクッと肩を揺らす忍だったが、ローズに背中を押してもらいステージにソロソロと出ていく。
「おい忍、なんだその露出の少ない和服は! イイ体してんだから……ん? 待てよ、これは『お代官様ごっこ』のチャンスか!?」
「ごっこって、リョージュさんちょっと待って下さい、ステージの上でそんなっあーれー! そのような無体な事をー!」
 忍が止める間もなく、リョージュが帯を引っ張り出し忍はグルグルと回りだしてしまった。目を回しながらも身を捩って恥じらい、はだけた着物を何とか合わせるものの絡んでうまくステージから退場出来ずにいると、スタッフがステージに出て忍を支えると退場していった。
「リョージュさん、パートナーとはいえモデルさんにセクハラ行為は止めて下さい!」
 色花がコメカミに四角い怒りマークを浮かび上がらせ、お菓子片手にビシッと指差すのだった。

「菓子持ったまま怒ってもイマイチ迫力がないぜ、色花」
 チッチッと人差し指を振りながら何事もなかったかのように次へと進む。
「よっし、次も和服美人! 九条 ジェライザ・ローズ! ラズィーヤの特訓っつー成果を出さないとなぁ?」
「そ……それは言わないで欲しかったんだけど。でも、これも花嫁修業の一環だから頑張るよ」
 深呼吸を数回繰り返すとまず一歩を踏み出した。着物のデザインは日本古来の伝統的なデザインで裾には桜の花弁をあしらった緩やかな模様が描かれている。歩幅を抑え、おしとやかな動作と背筋を伸ばした姿勢が着物姿をより美しく見せていた。
「へぇ……やれば出来るじゃねえの。この調子で花嫁修業頑張んな!」
「あ、ありがとう……」
 ステージで歩く動作だけでどっと疲れた表情をしていたローズだが、次の衣装のため、着替えに退場するのだった。

 出番は次、というところでルーシェリアは何かに気付いて片手を手のひらでポンと叩く。
「どうした? ルーシェリア」
「はあ……私としたことが、あなたの名前そのままで申し込んでしまったのですぅ。これじゃあ『女装』だとバレちゃいますぅ、どうしましょう?」
「…………お前な」
 ステージ脇で2人のこんなやり取りが行われていたが、無情にもリョージュは高らかにモデルの登場を紹介する。
「さあて、こういうペアも有りだろ! 夫婦で登場! 佐野 和輝と佐野 ルーシェリア!」
 しかし、ステージに現れる気配はない。
「……あれ? おーい、出番だぞ?」
 言い掛けたリョージュがステージ脇へ様子見しようとしたところで、ふよふよとサンタの箒に乗ってメイド服のルーシェリアが現れる。
「遅れちゃいましたですぅ、ごめんなさい。メイドたるものお客様を待たせるのはいけませんねぇ」
 ルーシェリアの後に案内されるように現れた和輝は長身を生かしたスレンダーな『お姉様風』の美人だ。ここは演技力の見せ所と覚悟した和輝はリョージュがツッコミしたい事を先に封じてしまう策に出た。
「‘佐野 和輝’は男のはずとおっしゃりたいのでしょう? 生憎、ルーシェリアがたまたま間違えてしまったようなので……同姓同名の別 人です」
「そうなんですぅ、つい旦那と同じ名前だったので……」
 思い切り可愛らしく両手を組んで小首を傾げるメイド服のルーシェリアにリョージュもそれ以上のツッコミが出てこなかった―――。有耶無耶の内にステージを退場した和輝は壁に手をついて肩で息をしている始末である。
「な……何とかやり過ごした、バレなかったみたいだな……というか、これは演技力のおかげなのか俺は完全に女性に見えていたせいなのか……」
「両方だと思うですぅ、それはそうと……『お姉様』なおかげか、百合園女学院の若い後輩達に無自覚女たらしを発動させないで下さいですぅ……」
 観客席に居た百合な少女達の何人かは『お姉様』に心奪われてしまったようでした。


 ◇   ◇   ◇


 その後、スタイリッシュ&セクシーな怪盗に扮したセレンフィリティと可憐な魔法少女の衣装に身を包んだセレアナが怪盗と魔法少女の軽い追跡劇を披露し、小夜子の披露したメイド服はフリル多めの可愛らしいデザインのものを身に付け、それは丁度百合園女学院旧制服を思い出すものでした。

 続いて白いマーメイドドレスを見事に着こなし、薄地のヴェールで神秘さを出したローズは当初の緊張を余所にステージの華であった。

 ただ、1つのアクシデントを除いて――――


「貴様任務はどうした! 非番であろうと訓練を怠るな! 鞭を食らいたいのか!」
 着替えをして再登場の忍であったが、軍服に着替えると突如性格が豹変してステージに登場と相成った。
「イコンに乗る時だけだと思ったら、軍服着ても豹変するのか……あー、俺Mっ気はないんだけど悪くないかもっと、うお!?」
 思わず取り出したビデオで激写しながら飛んでくる鞭を間一髪で避ける。
「何を見ている! 貴様それでも軍……っ」
 
 ストン

 何かが落ちた音と同時に会場が静まり返った。我に返った忍が視線を下に向けると軍服のスカートが下がって足元にある。
「き……きゃあああああああ! わ、私何を!? いやーーーー!」
 気弱で大人しい性格に変わったかと思うと、スカートをたくし上げ赤面してステージから退場するのだった。

「……きっと、今頃暑いですよね。後でアイスを持っていってあげよう」
 独り言とも実況ともつかないが、少々忍に同情を禁じ得ない色花であった。