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一会→十会――絆を断たれた契約者――

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一会→十会――絆を断たれた契約者――

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【ヒラニプラ採石場: 氷結する大地】


 戦いの中、馬宿は何の統率も取れていない契約者達が、ある法則に基づいて動いている事を感じていた。
 馬宿は彼等に軍隊の指示に従って動けと伝えただけで他には何の指示もしておらず、契約者達は訓練も受けていないが、これは明らかに陣形だ。
 プラヴダの兵士達が、自分達が動く事で同時に契約者を動かしているのだ。これを可能にさせたドミトリーは、エリート兵士集団の中にあって唯一天才と呼ばれているようだが、臨機応変に対応出来る契約者達もまた特殊なのだろう。
(流石、と評するべきだな。プラヴダの彼らも、契約者も)
 馬宿が彼らをそう評す中、今も兵士と契約者が数カ所に纏められ、スキルによる防壁が組まれた。防壁の内側から見ていれば、外側――戦場に残されたのがたった数名なのに気付き、皆はそれを疑問に思った。
 異世界の亜人達などは、勝利を収めたと雄叫びを上げるものさえいる。
(今の内に喜んでおくがいい。後で絶望に沈むのはお前達なのだから。
 ……さて、二人の手並みを拝見させてもらおうか)
 そう、これもまたドミトリーが作った流れの通りだ。
 向こう側には見えていないが、此方側には見えている。ハインリヒと彼のギフト達の弾幕に隠された中で、走るアレクの足が踏みしめた土の上に、円形の氷の痕が広がって行くのが――。
 やがて戦場にその氷の痕が無数に出来ると、アレクはそこから離れた位置に降り立った際に出来た最後の魔方陣を、矢張り氷で作り出した権杖(けんじょう)でトンと叩いた。
 と、氷は線のように魔方陣と魔方陣を繋いでいき、発動の光りが周囲を包んで行く。それらの丁度中央に居たジゼルが、歌の防壁を解除し羽根を広げて飛び立つと、その場に存在したのは氷で出来た重光形のクリスタルだった。
 その内側に膝を突き、祈る様に両手を組んだ豊美ちゃんが、静かに目を閉じているのがうっすらと見える。
 その間にアッシュは杖を掲げ、皆を守る防壁の内側に熱を送り込んでいた。壁の向こう側の気温が極端に下がって行っているのに、敵は目にも留まらぬ早さで駆け回るハインリヒとギフト達に気を取られており、気付いていないのだ。
 アレクの術は続いている。何を言っているのか聞き取れない古代の言語は歌う様に朗々と、権杖は魔方陣の上をなぞる様に動いた。
「あれは何?」
 リカインが振り向くのに、馬宿は視線を向こうに固定したまま答える。
「古代文字の要素を繋げ、魔法の威力を上げている」
「……つまり、アレ君が使っているのは古代魔法?」
「いや、厳密には違う。彼にあの術を師事したディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)と違い、アレクは強大な魔法力を持たないから、古代魔法に現代魔法を混ぜているそうだ」
 現代魔法と違い古代魔法は威力の増幅や強化面においては大変優秀だが、発動まで時間が掛かるのが常だ。ディミトリアスほどの術者であれば現代魔法とほぼ差がない程まで発動時間を近付けられるが、アレクではそうもいかない。それでもこうしてある程度ものにしているアレクは優れている方だ。古代魔法はとかく癖が強く、自由に使いこなせるものは現代にはほぼ数える程しかいないだろうし、覚えたとしても使おうとしないだろう。なにせ古代魔法を覚えるには、古代文字から覚えなくてはならないのだ。そんな厄介で面倒な魔法を修錬するくらいなら、現代魔法の修錬をする方に時間を費やす方が遥かに効率がいい。ディミトリアスの授業に万年閑古鳥が鳴いているのも、一概に彼の教師としての才能が無いと責められたものでは無いらしい。
「古代魔法の弱点である部分を、現代魔法によって補う方法、その一つがあれだ。あのように氷で描く事によって精度とスピードを上げ、属性を付与しているそうだ。
 ……そんな風に扱えるのなら皆が使えばいいのにと思うか?」
 リカインの視線で訴える質問に、馬宿はおかしそうに笑って答えた。
「一文字間違えるだけで術が跳ね返る事もあるようだぞ。現代魔法はほぼ間違えるということが無いからいいが、古代魔法はそうはいかない。
 アレクはディミトリアスの授業を……恐らく真面目に受けたただ一人の生徒だから、基本の部分はなっていたそうだ。つまりあれを出来る様になるには、イルミンスールいち退屈と名高いディミトリアスの授業を、暗唱出来る程記憶しなくてはならないな。
 それにアレクはマルチリンガルで原語に精通しているから、単純に相性も良かったんだろう」
「ふーん……凄いんだな、ってのは分かったわ。アレ君も、それを理解してる馬宿君もね」
 馬宿の説明の間に、豊美ちゃんを取り込んだクリスタルが柱となり、その中を豊美ちゃんが上へ向かって飛んでいく。そして柱の頂点迄きた瞬間、氷がバンッと音を立てて硝子のように砕け散った。
 光りを受け、キラキラと輝く氷晶の中に産み出されたのは、何時もと違う姿の豊美ちゃんだった。
 氷晶の輝きを帯びた青と白を基調とした魔法少女の衣装、ポニーテールだった髪は解かれ、腕から肩、背中を魔力で生成した半透明の霧状の羽衣がゆったりと包んでいる。
 ――これが、荒ぶる戦場を鎮めるための作戦。それを可能にするだけの力を持った魔法少女の誕生。
(冷酷なまでに冷たい……けれど力強く柔らかい力……ありがとうございます、アレクさん)
 この魔法を送り込んでくれたアレクへの感謝を思いながら瞳を閉じていた豊美ちゃんは、魔力が内側から溢れるのを感じて目を見開いた。最早戦場は雪の舞い散る氷結の大地と化し、身を切るような寒さが亜人達を攻撃している。まだ何も魔法を発動させていない状態で、である。
「……私にしては少し、荒々しいかもしれません。ですがこの機会を……力を与えてくれた皆さんの為にも、私は今、目の前の障害を打ち砕く力を望みます!」
 そう宣言し、豊美ちゃんが愛用の杖『ヒノ』を高らかに掲げる。するとヒノが伸びて先端の結晶も巨大になった。
「魔法世界の亜人の皆さん、このような場所で眠りにつかせるような事をしてしまって、ごめんなさい……。
 せめていい夢が見られるように、願っています」
 一瞬、これからの事を思い目を閉じた豊美ちゃんが目を開け、敵の上に舞い降りるとヒノを向けた。『氷之棺』と、アレクの出身の言葉で『眠り』を意味する言葉を呟いた豊美ちゃんの向けた『ヒノ』から、吹雪が生じる。その吹雪は触れたものの動きを――生命活動を含む全ての動きを――減速、停止させる。
 アレクの術は尚も豊美ちゃんを包む魔力を増幅させる。今や戦場全体に広がった吹雪を浴びた亜人は生命活動を停止させ、眠るように息絶えた。
「馬鹿な!? これだけの魔法、ヴァルデマール様をも――」
 主を軽んじる無礼な発言をすんでの所で止めたのが、『君臨する者』ゴズの最期の行動だった。彼もまた周りの亜人同様、浴びせられる吹雪によって生命活動を停止させられ、二度と君臨する機会を与えられる事はなかった――。


 異世界から送り込まれた亜人の軍団が殲滅するとほぼ同時に、氷の世界の中で残ったジゼル達を守っていたアッシュの作り出す炎の壁が、二つに避ける。
「Stellung!(*戦闘配置)」
 というハインリヒの声が聞こえる中から登場したものに、リカインの頭の上でシーサイド・ムーンが身を乗り出した。
「あれが噂の――!」
 セレンフィリティもまた興奮した様子で注目する。が、今彼等の目に映るのは、シーサイド・ムーンがかつて目にしたギフト列車砲とは形状が異なっていた。
 カノン砲の巨大な砲身の上で片膝をつき、力を送り込んでいるハインリヒの仕業だろう。組み上がっても山羊達が調子をこいた途端瓦解する合体を支えているのは、彼等の主人の歌の力だ。
 恐らく歌のイメージの実体化により必要な部品か何かを補っているのだろうが、外からはひたすら無骨だったデザインが、精巧な細工によってやや美術性を帯びたくらいで具体的には何だかさっぱり分からない。
「Feuer!!!(*撃て)」
 兎に角ハインリヒが立ち上がる瞬間砲身についていた手を目標――空間の穴に向かって突き出し命じると、砲弾が発射され空間の穴へ飛び込んだ。
 直後。異世界の採石場が崩壊するのが、防壁が無ければ鼓膜が破れる程の音と光りによって実際目にしなくとも理解出来た。
 機晶エネルギーを圧縮した砲弾の爆散によって、パラミタと魔法世界を繋いだ空間の穴は歪み、永遠に閉じてしまった――。
 戦いは終わったのだろうか。
 皆がタイミングを見計らっている間、真っ先に駆け出たのは翠とサリアだ。
「アレクおにーちゃん!!」
 と、無邪気に飛びついてきた二人を抱き上げたアレクに、皆は事件の終了を理解して安堵する。
「元気だった? 背、伸びたか?」
 アレクの言葉に、翠は首をちょこんと傾げた。アレクの方は異世界に閉じ込められて一年振りくらいの感覚で居るのに、此方は一週間程度。
 採石場の事件には立ち会わなかった翠達だが、それでもアレクと最後に会ってから二週間も経っていない。
「ヘンなアレクおにーちゃん」
「そんなに早く大きくならないよ!」
 二人が笑うのにつられそうになりながら、何かを思い出したらしいアレクは視線を上げて砲身の上に股がって足をフラフラさせているハインリヒへ恨みがましい声を上げた。
「なんであれの台詞言ってくんなかったんだよ!?」
「Ich bin Deutscher.(*僕はドイツ人です)
 イタリア人だし魔法少女なんだから、アルジェントにでも頼めば?」
 飛び降りてきたハインリヒを前に尚もぶーぶーと文句を言っていたアレクの後ろに、どんっと勢いよく何かがぶつかった。
「でおくれたー!!」
 背中の後ろにジゼルがくっついている。翠とサリアの足の下で腹に回された手を見下ろして、アレクはジゼルの左手の薬指に気がついた。
「指環、反対」
「うん、凄く落ちる指環だなって思ってたの」
 アレクの出身国では、ほとんどが結婚指環は右に付けるもので、ジゼルもその慣例に従っていた。
 今にして思えば落ちる指環は、これが正しく無い世界であるというある種のサインだったのかもしれない。
 翠とサリアを地面に下ろして、ジゼルの左手の薬指から指環を抜き取り、右手に付け直してやる様は、婚配式で行われる儀式のようで何処となく気恥ずかしい。
 視線をそらすようにふと空を仰ぐと、視界がぼんやりとしてきた。
「……あ。なんか急に眠い…………」
「あんな魔法使えば当たり前だろ。ディミトリアスさんじゃあるまいし、元々君には無茶なんだよ」
 皮肉を言われても言い返す元気は無いらしく、アレクはジゼルの肩に頭を埋めて顔だけ横に向ける。
「とよみちゃんは? 大丈夫か……?」
 もう一人の救出者である豊美ちゃんをハインリヒが目で探せば、もう元の魔法少女の格好に戻った豊美ちゃんがぱたぱた、と一行の元へ駆け寄って来た。
「はいー、私は大丈夫です。アレクさんのおかげです」
「What a relief!(*良かった)」
 半目になりながら言うアレクに肩を貸して、殆ど眠っている彼をハインリヒが引き摺りながら歩いて行く。
 と、彼等の進路に唯斗が現れた。
「アレク、おめぇ、他言無用だかんな?
 捕まってる間の事は忘れろよ?」
「あー……言わなー……」
 もごもごと小さくなっていく音に、唯斗は安心して踵を返して行った。
 もう彼の姿は見えない、となった瞬間、アレクが伸ばしていた音をきって続けた。
「――い、訳が無い。
 取り敢えずトゥリンにバラすところからだなヒヒヒヒヒヒ」
 ジゼルに片方の腕を引かれ、翠とサリアに背中や足をおされて尚そんな事を言っている上官を、ニコライ少尉は苦笑し出迎えた。
「大尉殿……凄い事になってますね」
「お疲れなんだよ。どうやら向こうと此方は時間の感覚が違うようだからね」
 アレクの代わりに答えたハインリヒに、ニコライは頷く。
「はい。直ぐに衛生に皆さんの体調を――」
「いや……」
 言葉を切って、ハインリヒは振り向き薄く微笑む。
「もうちょっと放っておこう。彼等には、再会の喜びの時間が必要だ」



「わーん、コハクー!!」
 コハクの姿を認めた美羽が、まるで彼を突き飛ばさん勢いで飛びつく。コハクも美羽を抱き留めると、頭をよしよし、と撫でる。
「ごめんねコハク、私、コハクの事忘れちゃって、来るのが遅れちゃって――」
「ううん、僕も同じだったから。僕の方こそ謝らないと。
 ごめんなさい、助けに来てくれてありがとう、美羽」
「ううぅ……うわーん!」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔を胸に抱くコハク。……同じようにして、涙に濡れた顔を自らの胸で隠しながら、羽純は敵の魔法が改めて脅威であったことを実感する。
(……心の何処かに油断があったかもしれない。だが、もう見誤りはしない。
 そして、契約者の絆は……俺と歌菜の絆は、こんな事で絶たれやしない)

(もしかして、ミルディアも巻き込まれていたりしたのかしら……)
 そんな胸騒ぎを抱えつつ、和泉 真奈(いずみ・まな)が再会に湧く中、ミルディアの姿を探す。パートナーと別れた契約者の中では平静を装っていた真奈も、やはりミルディアがどうなっていたのかは心配していた。
「真奈ー!」
 と、自分を呼ぶ声に振り向けば、ミルディアがこちらへ手を振りながら走ってきた。真奈の前まで来て膝に手をつき荒く息を吐くミルディアを、真奈は穏やかな笑みを浮かべたままミルディアが落ち着くのを待った。
「なんかね……帰らなくちゃ、って思ったの。あたしの帰りを待ってくれる人が居るって、思ったの」
 ようやくと息を整えたミルディアが顔を上げ、真奈の顔を見て言う。
「そう。……お帰りなさい、ミルディア」
「うん、ただいま、真奈」
 言葉少なに、だけどしっかりとした絆が結ばれている証拠に、二人の顔には満面の笑みが咲いていた。

「「豊美ちゃん、ごめんなさいっ!」」
 結とプレシアに同時に謝られ、豊美ちゃんは「えぇと……何のことでしょう?」と答える。

「プレシアちゃん、ただいま……わぁ」
 プレシアの下に帰ってきた結が、ふら、と身体をふらつかせ、プレシアに支えられる。
「あ、あはは……ごめんねプレシアちゃん。
 私、色んな人に助けられて……困っている人を助けるのが魔法少女なのに、これじゃダメだよね」
「実は私もね、結のことなんて頭からスポーン、って抜けちゃってて、魔法少女なのにひどい事しちゃったの」
 よく見ればプレシアの格好は、一般的な魔法少女のイメージからすればなかなかにアレなものだった。二人は顔を見合わせ、そしてお互いにふふっ、と笑い合う。
「……謝りに、行こっか」
「うん、そうしよう!」

 ――という経緯を聞いて、豊美ちゃんは納得すると同時に、二人のことを怒る気にはなれなくなっていた。何より互いの事をこんなに心配し合っている二人は、とても素敵だと思った。
「……分かりました。では結さん、プレシアさん、目を閉じてください」
 とはいえこのままでは話が進まないので、豊美ちゃんは一計を案じる。ぎゅっ、と目をつぶった二人に反省の時間を設ける意味で少しの間待たせて、それから魔法をかけて二人を綺麗にする。
「反省しましたか? では結さん、プレシアさん、怪我をしている方のために力を貸してあげてくださいね」
 豊美ちゃんに言われて、二人は互いの姿を見て、笑顔になって頷く。
「はい! 頑張ります!」
 豊美ちゃんにも笑顔で頷いて、二人は手を取って魔法少女としてのお仕事を果たすために駆け出していった。


 ベルクとジブリールの姿を人混みの中で見つけたフレンディスは、全速力でそこへ向かった。
 主を、大事な家族を忘れていたフレンディスの瞳が自己嫌悪に潤んでいくのに、ベルクは気にする事はないと頭を撫でる。
 久々の家族の再会。
 それはパラミタの時間で一週間ちょっと振りでは無い、今はポチの助も共に居る。
 フレンディスが落ち着いてきたタイミングでポチの助はそこから背を向けたが、彼等の関係が改善されるのは、そう遠く無い未来だろう。

「う……うん……」
 目を覚ました咲耶の視界に、見慣れた白衣姿が映った。
「兄さん……?」
 そう口にした咲耶の脳裏に、ハデスの言葉が蘇る。僕は絶対君を取り戻してみせる、その言葉がたちまち咲耶の頬を染める。
(どうしよう……私、なんて顔をして兄さんに――)
 咲耶の苦悩は、しかし次のハデスの言葉によって粉々に粉砕された。

「おお! 我が研究の結晶である発明品よ! 良く無事だったな!
 これまでの研究の成果であるお前を失ったらどうしようかと本気で心配したぞ! これからも、俺の全てを捧げて研究していくからな!」

 そう声をかけた相手は、ボロボロにこそなっていたものの回収に成功したハデスの発明品だった。
「……………………」
 咲耶の顔が再び紅く染まる、今度は照れからではなく怒りによるもの。
「兄さんの、バカっ!!」
「おお、咲耶お前も目が覚め――ひでぶっ!!」
 振り返った所に渾身のパンチを喰らい、ハデスの身体がちょっとありえない方向に曲がりながら吹っ飛んでいった。
 ――結局、ハデス――あの時は御雷――がかけた言葉は誰への言葉だったのかは、今となっては知る由もなかった――。

「うんうん、やっぱりここが一番、落ち着くな」
 かつみが着ていた上着をナオに着てもらい、フードの中にノーンが入り、満足気な声を漏らす。エドゥアルトも取り戻したいつもの光景に、穏やかな笑みを浮かべていた。
(……まぁ、いいか。わざわざあの事ナオに言わなくても)
 その様子に、ちょっとナオにあの時のこと――普段滅多に怒らないエドゥアルト、そしてノーンが激しく戦ったこと――を言おうと思ったかつみは、それを胸の中に収めることにした。自分達と再会して大泣きしていたナオを、またもしかしたら泣かせてしまうのは心が痛むから。
(今度それとなく、二人は怒らせないようにしような、って言っとくかな)
 そんなちょっとした日常が来ることを、かつみは心待ちにしつつ採石場を後にする。
「あぁ、その、何だ……」
 色花を前にして、唐はなんて言葉をかけていいかしばらくの間逡巡していたが、やがて視線を外しながらぶっきらぼうに手を伸ばす。
「……行こうぜ、色花」
 そんな唐の様子に、色花はおかしそうに笑いながら伸ばされた手を取った。
「はい。……来てくれてありがとうございます」

 状況を全て確認し終えて、さて、と馬宿は一旦皆の下を離れ、リカインを探しに行く。別に薄情というわけではなく、自身の仕事を放棄してまで駆けつける事を彼女は良しとしないだろうと思ったから。
「あら、馬宿君。恋人を今まで放っておくなんて、一体何処で何をしていたのかな?」
 しかし見つけたリカインは開口一番、そんな事を言ってきた。だがそれはリカインなりの照れ隠しであることは、声色を聞けばすぐに分かった。
「済まない、俺一人の力では、助けられなかったのでな」
「もう、冗談だって。ちゃんと来てくれて、ありがとね」
 スッ、と自然に腕を絡ませ、笑いかけるリカインに馬宿もようやく微笑を浮かべる。既にリカインの頭に収まっていたムーンは……まあ、特に感動の再会などはなくいつも通りであった。


 ……そんな感じで、殆どが信頼したパートナーとの再会を喜んでいたわけだが。
「思い出した! 葵ちゃんオーストリアで立て替えた金返せ!」
「……じゃ!」
 シュタッ、と手を挙げ全力ダッシュをかます葵を、カガチがこれまた全速力で追いかける。しかし葵の方がこういう場面に慣れているのか、たちまち姿を消してカガチは見失ってしまった。
「ちっ逃げたか……。まぁ、ああいう人だからな、仕方ねぇ」
 言葉は投げやり感に溢れていたが、それでも元の関係に戻ったことを心底嫌がっている様子はない。
 パートナーの関係は千差万別だが、大なり小なり、パートナーの安否を気遣うのが見られた今回の事件であった――。