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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 前編

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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 前編
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■ 別棟【4】 ■



 他の場所で起こった異変も気になるが、エースはメシエを伴(ともな)い、シェリー達に着いて行くことにした。
「少しだけなら事情を知っているつもりだけど……荒野とヒラニプラで何が起こっているのかわかるね?」
「いいえ。破名からの報告ではどちらも自分が生きている内には何も起こらないだろう、としか」
 メシエの質問にシェリエは緩く首を振った。
「報告だけかい?」
「資料もくれたけど、ほとんど無いと言ってもいいくらい少ないの。あれだけじゃ今回のこの異変の原因なんて突き止められないし、そもそも読めないのばかりなのよ」
「ずいぶんとお粗末だね」
 イルミンスールには事情を話したという割に、肝心な部分が駄目だとはどういうことだとメシエは思う。
 シェリエは困惑の表情を浮かべた。話してもいいのかどうか悩む、そんな顔をしたあと、僅かに声のトーンを落とす。
「『俺は使われる側だから、本当の意味での詳細は、知らないことの方が多い』そうよ」
 トラブルがあったときに対処はするけども、発生原因を調べるのは別の人間で、次から同じことがあった場合はこの様に対処してくださいと、言われるだけ。
 煙に巻くような言い方に、メシエは苦笑する。
「では、本人を見つけてもあまり期待できそうにないねえ」
「専門分野だからきっちり解決してくれるとは思うけど、原因まではわからないかもしれないわね」
「でも連絡が取れないのは良くないよ」
 割って入ったエースにシェリエはそうねと同意した。
「これならあれだね、所在を明らかにして通信可能な……携帯電話を持つとかさせないと」
 要らないとか文句とかは言わせない。それだけの事をしたのだと、はっきり言うのが自分の務めだとエースは心に決めた。
 孤児院の子供達が大切なら、それ相応の対応をするべきである。
「キリハまで居ないのが不安を余計に煽っているしね」
 テレパシーで別棟への到着を知らせても、破名もキリハも反応が無い。キリハは別としてテレパシーが使える破名から何一つ反応が帰ってこないところをみると意識が無いのかもしれない。
 手がかりがこの別棟しか無いとすると少しでも情報が欲しく、足取りを求めてメシエは触れた壁をサイコメトリする。


「絶対に研究は成功しません」
『断言したな』
「目的と手段が入れ替わったままでは、絶対に成功しません。
 目的がなくなった時点でそれは暴走です。暴走している内は絶対に成功しません。暴走から生まれた奇跡なんて破綻を招く前兆とどう違いがあるでしょう?
 けれど今の私では彼女を止める発言力が無い」
『で、おまえの研究はその入れ替わった目的と手段を元に戻せるのか?』
「わかりません。けれど、成功さえすれば今なら研究所の全権力を掌握できるでしょう。そしたら、研究目的そのものを変えることができる」
『それはまた随分と大袈裟だな。お前はあの研究所は後から入ったんだろ?』
「私は彼女を失いたくないだけです。彼女を止めるにはこれしかありません」
『力を力でねじ伏せるのか』
「暴力的な言い方をしないでください。実績を作れない人に黙っててもらうだけですよ」
『それを暴力と言わずして……まぁ、いいや。なぁ、その87回目の実験、俺を使えよ』
「どういう風の吹き回しです? 今までのらりくらりと返答を避けていたじゃないですか」
『″何者にも脅かされない楽園創り″には共感しないが、おまえの″幸せ″には興味がある。色の変わった魂でどんな魔鎧ができるのかも気になるしな。
 ……しあわせになりたいんだろう?』
「あなたが居ると私まで、″手段が目的″になってしまいそうになります」


「今現在幸せだと思っているよ。自分が他の誰でも無い自分自身である事はとても大切だ。数多の生命の存在を感じながら生きているし、己の足で一歩一歩先に進んでいるって充実感が幸福感でもあるのかもね」
 心配してくれる誰かが居るのは良い事だよ。とエースは告げる。
 少なくとも孤独じゃない。施設の子供達が破名を信頼して大切に思っているのは、破名が子供達を大切に育てて、彼等を一個人として尊重してきたからだ。この関係はこれからも続くだろう。だから皆を心配させないようにして欲しい。
 映像とは別に流れてくる音声を訝しむメシエの横でエースが『言葉』に答えていた。
 それを聞いて、メシエは頷く。
「私も今現在幸福だと思っているからね。なりたいよりも感じるかの部分は大きいだろう」
 エースと考え方は同じで、それはこれから先へ続くものだ、と。



…※…※…※…




「幸せになりたくない人なんて居ないと思う。誰しも幸せになる為に生まれてくるしそうなる権利も有る
それが他人の幸せを押しのける時はブレーキを踏む理性も持ってる」
 顔を上げ、はっきりと答えるルカルカ・ルー(るかるか・るー)に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は腕を組んだ。
「幸福を希求する原動力は″我欲″だ」
「願いって言ってよ!」
「我欲は必ずしも悪ではないぞ」
「そうかもしれないけど!」
 ルカルカは、ダリルに意味は同じかもしれないけどと反論を試みつつ、破名、キリハ両名の捜索の為、サイコメトリに近くの壁に触れた。


『魂は……いらない』
「突然どうしたんですか?」
『成功しても記憶が無いとか、人格が変わるとか、お前の言う再構築とうい奴は、人の言う生まれ変わりのような、詳しくはわからんが、そういう類のだろ? それなら約束(賭け事)は意味が無い』
「あー……、騙すつもりはなかったんですけど、察しが良いですね?」
『…………』
「すみません。
 では、実験が成功した暁には私はあなたに何を差し上げればいいでしょう?」
『お前、これを元(ネタ)に全部支配したいんだろ?』
「ええ」
『じゃぁ、お前の名前を付けろ』
「はい?」
『名前を付けろ。そして研究所の奴らにお前の実力を知らしめてやれ』
「暴力的ですね」
『実績が無い奴を黙らせたいんだろ? なら、わかりやすいのが一番だ。 って、なんだ笑う所か?』
「あ、いえ。担当者の名前を付けるなんて何か彼女の真似をしているみたいで……私は嫌な人間だなぁと」
『心にも無いことを言う。それにその意味では他の奴も同じことしてるだろ? ああ、なら逆に自然だな。決まりだ。お前の名前を俺にわけろ』
「地下に居るあなたは知らないでしょうけど、最近空が晴れることが無いんですよ。
 ……世界は今どうなっているんでしょうね」
『何を?』
「いえ、ただ……、私は、次代を担う子等に名前を付けることができるのかな、と思いましてね」
『祝福を?』
「ええ。祝福を」


「ダ……」
「扉を発見した。マッピングもあとはここだけだし、多分最後の部屋だ。様子を見てくる」
 耳に残る声を知らせようとしたルカルカは、倒れこんできたダリルを反射的に抱き止めた。
「悪戯書きとかしたくなるよね」
 膝を折って体だけになったダリルを支え直すルカルカは、うずうずするものの、
「(体に悪戯するなよ)」
 飛んできた注意(テレパシー)に、むうと唸る。



…※…※…※…




「キリハ……!」
 アストラルプロジェクションの発動で精神体となり、壁の僅かに崩れた場所から内部へと侵入したダリルはすぐ近くに立っている魔導書の少女に軽く目を見開いた。
「ガイザック?」
 気づいたキリハがダリルに顔を向ける。その茶色い目には驚きと諦めと呆れが混じっていた。
「明かりがついたので誰が来たのかと……シェリーも来てるんですね?」
「あ、ああ」
 物言いたげな瞳と、変わらぬ表情にダリルは「大丈夫か」と反射的に聞いてしまった。心なしか疲労の色がある。
「ご心配を……。その状態(精神のまま)では色々と不安定でしょう。どうぞ。扉は《開いています》から」
 キリハが言い終わるのと同時に、ルカルカの目の前から扉が消えた。
 障害が無くなり、ダリルが自分の体に戻るのを確認してからルカルカは少女の元へと行く。
「キリハ、無事だったの!」
「はい」
「心配したのよ! ねぇ、一体何があったの? って、キリハ一人なの? 破名は?」
 ダリルの連絡を受けて、皆が最下層のこの部屋へと向かってきた。
 その中にシェリエやシェリーを確認したキリハはゆっくりと部屋の中央へと視線を動かす。
「あの中です」
 損傷の少ない部屋。その中央に置かれた長方形。
「あの中で眠っています」



…※…※…※…




「クロフォードは、ドMの疑いがあるよね」
 中を刳り抜かれた長方形体の石っぽい何かはまるで蓋の開いた棺のようで、中で眠る青年に天音は思わずと零した。事あるごとに彼の悪魔は様々な形の束縛を受けている。
「あれは『箱』です」
「箱?」
「専用の道具入れです」
 道具と聞いてダリルが反応を見せる。
「破名は悪魔だろ?」
「そうですね」
 答えるキリハの声は素っ気ない。自分は議論する気は無く、そういうのは当事者間でお願いしますと言外に語っていた。
「ねぇ、何が始まろうとしてるの?」
 ルカルカにキリハは箱へと視線を移す。まるでルカルカから逃げるように。
「いえ、もう始まってしまったの? ――昔の役割として動いたの?
 眠っているって言ってるけど、起きるの? 一人じゃ起きられないならルカが手伝うわ。
 ダリルの秘宝やルカの髪飾りの力でッ、魂に語りかけてでも!
 ……キリハ、なんで何も言わないの? 何か言って! 変よ、なんで『黙って見ているだけ』なのよ!」
 そんなキリハにルカルカは更に重ねた。
 詰問に、一度目を閉じたキリハは、目を開けるのと同時に声を張り上げた。
「シェリー、貴女は近づいては駄目です」
 いつもより強い語調にシェリーは足を止めて、振り返る。
「どうして?」
「貴女が貴女だからですよ」
「答えになってないわ!」
 キリハに向かって叫んだシェリーに、ジブリールは小さく少女の名前を呼んだ。
「いいじゃねえか、減るもんじゃないし」
 不安に顔を歪ませるシェリーに、ちょっとくらい会わせてやろうぜと唯斗が割って入る。
 セレンフィリティが首を傾げた。
「キリハ、危険はないんでしょ?」
「はい」
「じゃぁ……」
 少しくらいいいじゃないかと後押ししよとしたルカルカにキリハは首を横に振った。
「駄目です」
「キリハ!」
「下がってください。均衡は崩したくないんです。お願いです、わかってください」
「そんなに注意しなくてもいいんじゃない? 可愛い子がかわいそうよ? 顔を見せたって減るものじゃないし」
 くすくすと笑い声を耳にし、全員がそちらを向いた。
 奥の扉を開け入ってくる白衣を着た女性に、何人かが反射的にキリハに視線を戻す。
「キリハが……二人?」
 色と年の差はあれど、同じ面差しの二人にベルクが上擦った声を漏らす。
「ずいぶん人数が居るけれど、わたしの娘、皆あなたの友達かしら?」
「娘って……」
「自己紹介をしなさい」
 推測を口に出そうとした朋美を遮ったのはキリハだった。珍しい命令口調にセレンフィリティは女性を見遣る。
 金の短い髪と翡翠色の瞳。二十歳ほどの外見にしてはやや小柄。小柄というだけで幼くはなく、キリハと同じ顔でも、その面差しは性格からきているのだろう、どことなく気の強さが伺える。
「わたしに命令するの? まぁ、いいわ」
 女性は箱に近づくと、全員を眺め、右手で自分の胸を押さえた。
「初めまして、ロン・リセンよ」
「きちんとです! そもそも私を娘と呼ぶのも改めなさい!」
 誤解を与えるなと叫ばれて、ロンは嫌な顔をする。白衣の襟を正し、溜息を吐いた。
「わかったわ。 ……手記ロン・リセンよ。姉様が世話になってるわ」