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リアクション
島の人たちに祝福されて式を挙げるセレンフィリティとセレアナ。
その様子を、七刀 切(しちとう・きり)は離れた席で見るとはなしに見ていた。
「結婚式かぁー。いやぁめでたいめでたい」
完璧他人事で適当なことをつぶやきながら、取ってきた料理を食べていたら。
「あのう……」
と、横から声をかけられた。
「さっきから見ていたんですけどぉ、あなた、おひとりですかぁ?」
恥ずかしそうにほおを赤らめ、ちょっともじもじしながら女の子が3人立っている。
「あ、うん。そうだけど?」
「よかったらぁ、わたしたちもこちらに相席させてもらって、いいですかぁ?」
伏せ気味の目元から、ちらちらと視線が切の全身に飛んでいた。
どこか媚びを含んだ笑みと、何がしかの期待をはらんだ声。短いスカート。ふくらんだ胸元。
…………これは。
もしかしなくても。
間違いなく。
逆ナンデスカッ!?
「ち、ちょっと待ってねっ」
ワイ、モテてる!? しかも3人!?
今がワイのモテ期!?
(うわー、うわー、うわーっ)
彼女がいても、やっぱり若くてかわいい女の子に興味を持ってもらえるのはうれしい。
ここは公衆の面前、周りじゅうに人の目があるなかで、何を後ろ暗いことがあろうか。ちょっと一緒にお食事して、キャッキャウフフじゃれあって会話を楽しんでもバチはあたるまい。
幸い真司や巽の気配は感じられないから、写メを撮られてそれをネタにあとから脅される心配もない。
ちょっと舞い上がりながら、ガチャガチャ皿を重ねてテーブルに彼女たちのスペースをつくる。
「さあどうぞ」
とワクワクしながら振り返った先。
なぜかそこにいたのは不機嫌な顔をした筋肉ムキムキの男たちだった。
(…………………………あれ?)
見間違い? 幻想? 願望だった?
いや、さっきの3人の少女たちはたしかにいて、よくよく見れば、彼らの後ろの方で追い払われていた。
「おい、地上人。言っておくがな、あの娘たちはおまえが地上人で、めずらしいから寄ってきていただけだ」まるで筋肉で威嚇をしようとでもしているように、胸元で腕組みをした男が頭ごなしに言ってくる。「間違ってもおまえなんぞに興味があると勘違いするんじゃないぞ」
「……分かってるって。ワイだってべつに、何するつもりもなかったからねえ」
そりゃまあ、ちょっと惜しかったとか、心の隅では思ってたりなんかもしちゃってたりするんだけどさ。
「それにワイ、ちゃんと彼女いるし」
「なんだと!? それでうちの娘たちに手を出そうとしてたってーのか!!」
「だーかーらー、誤解だって」
などなど。
ちょっと一触即発っぽい会話をしていた彼らだったが、何がどうなったのか、数分後には1つテーブルで上機嫌で酒を酌み交わしていた。
大分酔いが回ったころ、切は足元のバッグにおもむろに手を突っ込む。
「ふっふっふ。あらかじめことわっとくけど、そんじょそこらの物とはわけが違うよ〜?」
「っんだよ、もったいつけんなよ、さっさと出せって」
「んでは!」
こほっ。
「見よ浮遊島! これが地球の文化だ!!」
ばばばばーーーーーん。
切が彼らの前に突き出したのは、えろてぃかるな同人誌だった。
しかもただの同人誌ではない、毎年毎年彗星のように現れては一瞬の輝きとともに燃え尽き消えていく数多の同人誌を見てきて目が肥えた切が、その内でも至高の逸品と銘打った1冊だ。箔押しされた5C表紙、絵の質は当然のこと、よく練られた展開に、幾度も手法、角度を変えて登場する濃厚なエロ! そのくせ薄い本という代名詞からはみ出ることはないページ数という、どれをとっても完璧な、まさにキング・オブ・同人誌(ただし18禁に限る)と呼ぶにふさわしい1冊だ。
男の旅のおともに最適。
「おおおおおおおお……っ!」
男たちが頭を突き合わせるようにして覗き込み、感動に打ち震えているのを見て、切は「そうだろう、そうだろう」と満足そうに胸を張ってうなずく。
彼らが何をしているかを知って、先の少女たちが幻滅しきった顔を向け、道端に吐き捨てられたガムを見るような目で切の背中を見つめてほかの女性たちにひそひそ耳打ちしていたが、切は気にしなかった。
こうして切の浮遊島でのモテ期は始まると同時に終了したわけだが……気にしないったら気にしない!
「男って、本当に即物的なんですから」
切たちに冷たい視線を送っているのはなにも島の女性たちだけではない。
水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)もまた、男女のあられもないまぐわい漫画に目を釘付けにして鼻の下を伸ばしている男たちに、部屋の角で足の小指をグキッといわせて悶絶しろ! と言わんばかりの氷視線を送って、ふんと背中を向けた。
「おねえちゃん、これおいしいよ。ひと口食べてみて」
「ありがとうございます」
前をとおりすぎかけたところを呼び止められ、受け取った水色のリンゴアメのような物をかじりながら、この休暇を取るに至った地上での出来事をなんとはなし、振り返りながら歩く。
こうして仕事と現実的に距離を置いて、強制的に離れてみることで冷静に見ることができるようになったのだと思うが、おそらくあのころの自分は、機密情報などを取り扱う職務に相当プレッシャーを感じていたのだと思う。
たぶん自分の想像以上に。
自分は……壊れかけていたのではないだろうか。
思い出したようにぶり返す、なかなか消えない疼痛じみた痛みを感じる胸に、そっと手をあてる。
だから今回、こうして休暇を取ることは正しかったのだ。
ただちょっと、なんだか予想外に休暇が長引いてしまっているけれど……そのことに気づいた今、もう少しささくれ立った心をそっとしておきたい気分だった。
「もっとも、何やらそうはならなさそうな雰囲気ですが……」
そんなふうに思うのは、教導団情報科将校としての勘だろうか。
ふう、と息をついて空を見上げる。
伍ノ島のブティックで購入したワンピースに身を包んだゆかりはここでも抜きんでて美しく、周囲の男たちの視線を奪っていたが、そのどれもに気づいている様子はない。
つれづれと、胸に去来するさまざまな出来事について思いを馳せていると、だれか、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「カーリー! こっち!!」
人でできた壁の向こうでぴょんぴょん飛び跳ねているのはマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)だ。
「なんです?」
「これっ! すっごくおいしいよ! 食べてみて!」
近寄ってきたゆかりに、マリエッタはストゥルーデル――木の実のアンを薄いパイ生地で包み、上に粉糖をふるった素朴なデザート――がひと切れ乗った皿を差し出した。
「マリー、あなた、まだ食べていたんですか」
先にものすごい量の皿をテーブルに持ってきて、全部食べ切ったのを知っているゆかりはちょっとあきれ顔だが、マリエッタはけろりとしている。
「デザートは別腹だもの! へーきへーき。ねーっ」
「ねーっ」
すぐとなりで、同じようにストゥルーデルを持った女の子が、マリエッタに応じて笑顔で首を傾けた。
「お知り合いですか?」
「ううん、全然知らない子」
じゃあねーバイバイ、と手を振り合って分かれる様子は、どう見ても女子中学生の友人同士といった感じのノリだ。
「ああ……」
小柄で童顔だから同い歳くらいと思われたのか。
「――ちょっと今何考えた? カーリー」
「べつに何も」
「嘘! 絶対今、小さくて胸がなくてお尻も薄くて幼児体型だからって思った!!」
「いえ、そこまでは」
「あーっ! ってことは、やっぱり思ったんだ!!」
ひとが気にしてることを!! うわーーーーーんっ!!
「ちょっとおじさん、それちょうだい!」
ダッシュで天燈を配っている端の屋台に向かうと、マリエッタはひったくるようにして天燈を受け取る。そしてペンででかでかと表に書いた。
『脱お子様体型!』
「できた! さあカーリー、これを流しに行くわよ! 絶対かなえてもらうんだから!!」
まるでバスケットボールか何かのように脇に抱えてずんずんイベント会場へ向かうマリエッタにため息をつきながらも、ゆかりはそのあとを追うように歩いて行った。
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