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【蒼空に架ける橋】幕間 願いは星降る夜に

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【蒼空に架ける橋】幕間 願いは星降る夜に

リアクション

「あー、やっぱりパーティーで飲むお酒っておいしいのねん!」
 カラカラ笑ってミツ・ハは豪快にジョッキをあおる。
「おいおい……あれ、本当にいいのかよ? 手術したばっかだぜ」
 さすがにこの様子には竜造もあきれ気味で、徹雄を見たが、徹雄はもう処置なしと言いたげに肩を竦めるだけだ。
「まあ、他人が言って聞く女じゃねーよな」
 ほおづえをつく前で、ミツ・ハはとおりがかったウェイターに、新しい酒を注文していた。ウェイターはミツ・ハの左腕をちらちらと見て、竜造たちと同じように応じていいものか迷っているようだったが、太守の要求を拒める強さはなく、結局新しいジョッキを持って戻ってきた。
「んー、冷たい! 外で飲むのが最高な時期になってきたわんっ」
 ほおにジョッキを触れさせて、じーんと感じ入っているミツ・ハ。そのとき、すっと横から手が伸びて、ジョッキの口に軽く封をするように押さえた。
「飲酒は駄目です」
 女医希新・閻魔に変装した新風 燕馬(にいかぜ・えんま)だった。
「アナタ、だれ?」
 ミツ・ハは突然現れて自分に意見を始めた女性に眉をしかめる。
 2人は初対面ではなかったが、タタリやマガツヒとの戦闘中、駆けつけた燕馬は魔法少女キアラに変身していたため、ミツ・ハはその正体が閻魔であることに気づいていなかった。
「希新・閻魔。女医療師です」
「ミツ・ハさまに応急手当てを施してくださった方です」
 2人に気づき、テーブルを縫うように近づいてきたサク・ヤが補足をした。
「昼間はいろいろとご協力していただき、ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ。村の人たちを診ていただいて、ありがとうございます」
 閻魔の丁寧なあいさつに、サク・ヤも軽く頭を下げて返す。そしてあらためてミツ・ハに言った。
「こちらの閻魔さんがその場にいて応急手当をしてくださっていなかったら、ミツ・ハさまは当家に運び込まれる前に出血死していたかもしれません」
 なにしろ腕は完全に切断されていて、上腕動脈から血が噴き出していた。あのままではおそらく1分ともたなかったはずだ。
「つまり、命の恩人なのねん?」
「そうなりますね」
 ふうん、とあらためて視線を閻魔に向けたミツ・ハに、閻魔が言った。
「せっかく助かった命なのですから、粗末に扱うのは感心しませんね」
 手は、まだジョッキにあてがわれている。
 ミツ・ハは少し考えるふうに視線を飛ばしたあと、ハイハイ、と手をジョッキから離した。
「命の恩人の言うことだもの、ここはおとなしく聞くのが利口ってものなのねん」
 こちらへ戻って来ず、ミツ・ハと同じテーブルにつく閻魔を、サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)はイライラと見つめる。
「あれってどういうことでしょうかね。私たちのことはすっかり忘れている、どうでもいいって意思表示でしょうか」
「そんな、悪い方へ解釈しなくても〜。たぶん、何も考えてないと思うけど〜?」
 数種類あるデザートを全種類持ってきて、おいしそうにパクついていたローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)が手を止めて、どうどう、というようになだめるが、サツキに聞こえている様子はない。
「大体、昼間のあれも何ですか。わざわざ護衛依頼出しておきながら、事あれば首を突っ込みに行くとか……。
 あの方、危険な目に合いたいんですか? 合いたくないんですか?」
 フォークを持つ手をテーブルにつき、ぐぬぬ、と閻魔の横顔をにらむ。が、当然閻魔に気づいている様子は皆無だ。ふっと自分のしていることにむなしさを感じて、額に手をあて、はぁーっと重いため息をついた。
「閻魔さん……閻魔さんはどうしてこう、アレなんでしょうか……」
「うーんとー。
 あっ、ほら。ツバメちゃんも困っている人がいるかもって話になったら、何も考えないで飛び出していくじゃない」
「つまり、類が友を呼んだと」
「……そうきたか
(あーんっ。気づいて、サツキちゃんっ)
 閻魔が燕馬と気づいているローザは、この旅行に出てからひたすらやきもきしてしかたがない。最初のうちこそまったくこれっぽっちも気づかないでいるローザのヤキモチっぷりをそばで鑑賞できることにニヤニヤくふくふしていたのだが、十分堪能した今となっては、とにかく一刻も早くこの事実に気づいてほしかった。サツキの精神面がヤバすぎる方にばかり育っていってる気がする。
「……いえ、あの様子、きっと友レベルは突破してますね、ふふ……」
 また何かとんでもない妄想をして、ひとり暗黒に落ちている。
(だから違うんだってばぁ)
「ハァ」
「ハァ」
 2人は同時にため息をついた。



「あっれー? あそこにいるの、もしかして参ノ島の太守さん?」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が上げた声に、「ええ?」と、テーブルにいる全員がそちらを向いた。
 人混みがすごくて大分距離もあったが、ミツ・ハらしい女性の姿が人の間からちらちら垣間見える。
「ウン、太守さまネ」
 アキラの頭の上でつま先立ちしたアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が、人の頭を抜いてそれと確認してうなずいた。
「え、ほんと?」
 アキラの言葉には半信半疑だった布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)が、アリスの断定を聞いて目を丸くする。
「だってミツ・ハさん、すごいけがしてたんでしょ? 夕方手術したばっかりで、ベッドから出られるものなの?」
「デモ、あれはきっとソウヨ」ぴょんとテーブルに下りたアリスが佳奈子の前まで行って胸を張った。「ダッテ、左腕がなくテ、包帯巻いてたモノ」
「ああ、そりゃミツ・ハさんだねえ」
 南條 託(なんじょう・たく)が請け負うように言った。
「彼女が失ったのは左腕だから。
 僕もあのときその場にいたからね。間違いないよ」
 少し眉をひそめてしまったのは、そのときのことを思い出してしまったからだろう。それを隠すように託は飲み物を手に取ると、背中を椅子に預けるようにしてテーブルから身を引いた。
「……はー、すごい。私なら絶対動けないのに」
「でも、これっていい機会じゃないかな」
 榊 朝斗(さかき・あさと)はテーブルに広げっぱなしになっていた書類やメモを片し始める。
「彼女と直接話した方が、きっと早いよ」
「だよな! 俺もそー思う! なんたって参ノ島一の権力者だし。太守を乗り気にさせて許可もらえりゃこれほど強いものはないぞ。まさに黄門の印籠並のフリーパス! もっと手続きも簡略化できるんじゃないか?」
「まあ、そうじゃな」
 めずらしくアキラがまともなことを言っている、浮遊島へ来て初めてじゃないか、と内心驚きつつ、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)も同意を示す。ルシェイメアが賛成したことに気を良くして、アキラはにかっと笑う。
「きまり! 向こうへ移動しようぜ」
 そして飲み物と紙コップ、話し合いの間つまんでいた料理など、テーブルの上をある程度みんなで片していると、追加の食べ物を屋台へ取りに行っていたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が戻ってきた。
「どうかしたんですか? 朝斗」
「ん? うん。あのね――」
 朝斗から説明を受けたアイビスとルシェンは困惑していた。てっきり「それ、いいですね!」と言ってくれるとばかり思っていた朝斗は、おや? と小首を傾げる。
「何かあった?」
 答えたのはルシェンだった。
「向こうでサク・ヤさんにお会いして。これから結婚式があるって聞いたのよ」
「へえ。それはおめでたいね」
「ええ。それでアイビスが――」
 ルシェンの視線が、後ろに立っているアイビスへ流れた。
「私、歌を歌わせてくださいってお願いしたんです……」
「いいことじゃないか。行って、歌ってきなよ、アイビス」朝斗はごそごそポケットをまさぐって、データチップの入ったケースをアイビスに差し出した。「これ。パーティーだし、よかったらアイビスに歌ってほしいと思って持ってきてたんだけど、たぶん、ぴったりな曲なんじゃないかな」
「ありがとうございます!」
 アイビスはうれしそうにケースを両手で受け取り、胸に押しつけると、笑顔で再びステージの方へ戻って行った。楽団と打ち合わせをするのだろう。
「それで、私からのお願いなんだけど――」
「言っておくけどルシェン。これに乗じて僕を「ネコ耳メイド」にしようとするのはなしだからね」
 もう長いつきあいだ。こういったときのルシェンが何を言うつもりでいるか、思考の流れを全部見抜いて、先手を打って言葉をふさぐ。
「え? でもせっかく持ってきて――」
「でももせっかくもなし。
 もし僕をだましたり陥れてでもとか考えてるんだったら、考え直した方がいいよ。そうと分かった時点で即座に子ども姿になったルシェンのコスプレ写真をばらまくからね ♪ 」
「――ひどいわ朝斗! まだ私、何も言ってないのに! よくもそんな血も涙もないことが言えるわね!」
 ルシェンは涙まじりに責めたが、朝斗はつーんと両手で耳をふさいでそっぽを向く。
「聞きません。
 まったく、どっちがひどいんだよ。浮遊島でまで僕の評判を落とそうとするなんて。僕はクリーンなイメージを守るためなら、今度こそ、何でもするからね!」
 パーティー会場の入り口にあった屋台から持ってきた天燈には「脱・ネコ耳メイド」の文字がしっかり書かれていた。あとでこれを飛ばすのだ。すっごくすっごく念を込めたから、きっと雲海を越えて飛んでいってくれるに違いない。
「さあ用意できた。行こう」
 まだ未練たらたらに恨みがましい視線を送ってくるルシェンは無視して、書類と飲みかけの紙コップを手にテーブルの間を移動する。
 その途中でエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が何かを見つけたように、「あ」と声を発した。
「どうかした? エレノア」
「あそこよ。ほら、カナヤ・コさんがいるわ」
 エレノアが指差したテーブルには、たしかにカナヤ・コがいた。テーブルにはほかにも2人いて、どれも見覚えのある顔だ。採掘場で人夫長として紹介された内の人たちだったような気がする。
「ちょっとストップ、アキラくん」
「んー?」
 佳奈子の呼びかけに、ひょこひょこ先頭を歩いていたアキラが足を止めて振り返った。
「私とエレノアは、あっちに行くね。ほら、運輸業者は弐ノ島の人を使った方がいいって言われたじゃない」
 こればかりはミツ・ハでなく、サク・ヤか現場監督のカナヤ・コに話さないと駄目だ。業者のリストは自分たちで調べて作成することはできても、どの業者が最適かなんて分からない。
「彼らにリストを見せて、アドバイスをもらった方がいいでしょうね。もしかしたら面接とか、契約とかのセッティングも、彼らに頼めるかもしれないし」
 エレノアが言う。
「あー。んじゃ、任せた。
 アリス?」
「ウン。ちゃんとできてるワヨ。規模別リスト」
 こういった事務処理にかけて、アリスはスペシャリスト並にそつがなかった。
「ありがとう。
 じゃあ行ってくるね!」
 アリスから渡されたリストを手に、佳奈子は意気揚々とカナヤ・コのいるテーブルへ向かう。
 人の熱意は人を動かすものだ。ましてやこれはこの島のこと、彼らの未来にかかわることだ。あれだけのやる気とエレノアのサポートがあれば、きっと彼らと協力して、話を進められるだろう。
「うーむ。しかし心配じゃのう。わしもついて行くべきだったか……」
「ルーシェは単に、自分が興味ある話題だってだけだろ」
 難しい顔をしているルシェイメアを見てアキラは笑う。
「なんなら向こう行ってもいいよん?」
 アキラの提案に、ルシェイメアはちょっと考えるそぶりを見せたが、すぐ首を振った。
「いいや。きさまを1人にさせられん」ミツ・ハは超絶美女だ。「わしが目を離したら一体何をするか知れたものでない」
「えー? 俺ってルーシェにそんな信用ない?」
「ない」
 きっぱりはっきり断言されて、しかしアキラは気を損ねるどころかルシェイメアの反応を面白そうに笑い飛ばしたのだった。



「あら? 坊やじゃないのん」
 近づいてくる者たちのなかに託を見て、ミツ・ハは紙コップを持つ以外の指をひらひらさせる。
 託は苦笑した。
「僕は南條託だよ」
「マガツヒと戦える、しがない一般人、なのよねん?」
 背中合わせで戦ったとき、託が口にした言葉を覚えていて使う。彼のことをちゃんと覚えている、ということだ。
 自分が用いた言葉だが、平時にあらためて聞くと、なんだか気恥ずかしかった。
「僕たちもご一緒してもいいかな? ちょっと提案と相談があるんだけど」
 その申し出にミツ・ハは託の後ろの者たちを見て、肩をすくめた。
「いいわよん。あそこのテーブルがさっきから空いてるから、くっつけるといいのねん」
「よーっし。お許しも出たことだし、そうするか」
 アキラと朝斗がその場を離れてテーブルと椅子を取りに行く。彼らと入れ替わるように、ルシェンが前へ進み出た。
「参ノ島太守さま、はじめてお目にかかります。地上の者で、ルシェン・グライシスといいます」
「ミツ・ハよん」
 ミツ・ハは金と白。ルシェンとは違っているが、どちらも砂時計体型のグラマラスな絶世の美女だ。2人の間で頭の先からつま先まで、互いを値踏みするような視線が、だれ1人として気づかないまたたきほどの一瞬のうちにかわされる。そしてにっこりほほ笑みあうと、ルシェンは言葉を続けた。
「ミツ・ハさまは大変お酒が好きと聞いています。私も少々たしなみますので、よろしければ一献――」
「あらすてき。でも――」
 ちら、とおうかがいをたてるように閻魔の方を見る。閻魔の返答は当然「駄目」だ。無言で首を振る閻魔に、ミツ・ハは唇をとがらせて不満を示したが、どうにもならなかった。
「今お酒は禁止されてるのねん」
 これは水、と紙コップのなかの透明な液体を見せる。
「それは残念です。では今度にいたしましょう」
「それってやっぱり、もしかしなくても腕のせい?」
 椅子にかけた託が、テーブルの上で組んだ手で口元を隠して言う。前で組んだ手で表情は半分隠れていたが、彼が苦い思いをしているのは声から十分分かった。
 襲撃の危機から救うための助っ人として戦場へ参入し、彼女のそばで戦っていながら敵の攻撃を食い止められずむざと許してしまったことに、責任を感じているのだ。
「ごめんね、僕の力が至らないばっかりにそんなことになってしまって」
 託の謝罪に、ミツ・ハは不思議そうな表情をする。
「なぜ? これはアタシの準備不足だった、そのツケなのねん。
 自分の身を守れない者は他者を守れない……アタシは守る側に立つよう生まれてきたのねん。そのための力もつけてきたつもりだったけど、いざそのときがきてこれというのは、全然足りてなかったということなのねん。だからこの結果は当然なのねん」
 託は、きっとそう返されるだろうと思っていた。だから笑みを返したが、やはり心にかかったもやは完全には晴れない。
 だがそれはしかたのないことだ。それは託自身の問題、わだかまりだからだ。ミツ・ハが何を言ったところで、たとえ彼を口汚く罵って責めたとしても、彼のなかのわだかまり、自責の念は消えてなくなったりしない。成し遂げられなかったという不完全燃焼のような思いも……。
 もう一度、託は自嘲めいた笑みを浮かべたが、ミツ・ハは何も言わなかった。
 戦場に立つ者ならば、それは例外なくだれもが1度ならず経験し、識るものだ。
「じゃあ、この話はここでおしまい。
 それで、あの襲撃してきた敵についてなんだけど。ミツ・ハさんはあれと対峙して何か気づいたことはあるかい? あんな化物たちが出てくる昔話とかおとぎばなしは浮遊島にある?」
 質問に、ミツ・ハはさっと顔の前で手を振った。
「おとぎばなしも含むなら、いっぱいあるのねん。でもあのタタリというやつは初めてなのねん……。
 あれはオオワタツミの化身だという話だけど、全身を呪符で包んでいたことから、たぶん法術使い……外法使いが関係してるのは間違いないのねん」
「え? オオワタツミの化身?」
 驚き、託は聞き返す。初めて聞いた話だが、初めからこのテーブルについていたほかの面々はすでに聞いているのか、驚いている様子はなかった。
(ここに集まっているなかで、どれくらいの人が知っているのかな……。
 これはあとで情報統一しないとだめだねえ)
 別テーブルで同じく驚いている朝斗と視線を合わせ、小さくうなずきあう。
「私からも質問してよろしいでしょうか?」
 ずっと黙して話を聞いていた閻魔が、会話が途切れるのを待って口を開いた。
「何なのん?」
「ミツ・ハさまがお倒れになったあのとき、ミツ・ハさまの鉄扇を拝見する機会がありました。『サクイカズチ(咲雷)』との銘が刻まれていたように思うのですが……」
「あれは八雷の一、サクイカズチなのねん。7000年前、イザナミ様愛用の武器だったらしいのねん。大昔のご先祖さまが、イザナミ様が力尽き、お隠れになる間際に「これらを持ちてオオワタツミを鎮めよ」と拝受したとか言われてるけど、定かではないのねん。ただ、使用者として登録されてるから参ノ島太守家の者しか使えないのは確かなのねん。
 もともと8つあったんだけど、アタシが生まれるころには5つが修理不可能なほどに壊れてしまっていて、残っているのは『サクイカズチ』と『ナルイカズチ(鳴雷)』、『フシイカズチ(伏雷)』の3つだけなのねん。残り2つは参に残してきてるのねん。興味あるなら今度見せてあげるのねん」
 そのとき、ふと会場に流れている曲が変わった。
 それまでは歌のない音楽で、空気に溶け込むような自然さがあったのだが、これは違う。聞く者に注目を求める音楽だ。
 ステージのスポットライトがまぶしく灯り、その中央にアイビスが立っている。後ろで曲を奏でているのは『月見うどんwithラブ&スープ』だった。
 長めの前奏のあと、ゆっくりとアイビスが歌いだす。印象的な歌詞、メロウで、世界的な広がりと浮遊感を感じさせる歌だった。
「これも地上の曲?」
「そうです」
 朝斗が答える。ステージ上の歌姫を見る彼の表情は、どこか誇らしげだ。
「地上の曲って、ちょっと不思議な曲ばかりなのねん」
 だれもが歌に聞き入って、沈黙が下りる。
 やがて歌が終わり、音楽が途切れた。惜しみない喝采のなか、アイビスがステージを下りるのを待ってミツ・ハが言う。
「それで、アナタたちはアタシに何の提案と相談があるというのねん? まず概略を言うのねん。それで面白そうだったら、聞いてあげるのねん」
「ずばり、弐ノ島と参ノ島間における機晶石貿易ルートの開発について」
 アキラが書類の束を取り出して言う。
「……へえ?」
 ほおづえをついていたミツ・ハの瞳が、初めてきらりと輝いた。
「それはエン・ヤどのの許可を得て? それともアナタたちの独断?」
「もちろん、エン・ヤさんサク・ヤさん両名の許可を得ての話です。必要と思われる書類も全部そろえてあります」
「ふっふーん。アナタたちやるじゃない。なかなか面白そうなのねん。
 アタシに持ちかけてくるってことは、アナタたちの希望は独占契約と考えていいのねん? それともすでに壱や肆、伍には連絡済みとか?」
 その質問に答える者はいなかった。
「……どう違うのでしょうか?」
「機晶石は今、どの島も枯渇していてのどから手が出るほどほしい物なのねん。独占契約ならこちらとしても単価に多少色をつけることもやぶさかでないのねん。そしてこれは月々の安定供給量にも関係してくる問題なのねん」
 つまり4島それぞれが希望するほどの量が常に採掘できるのか、ということだ。当然ながら埋蔵量は無限ではない。採掘する先から残らず放出していれば、こんな小さな島ではすぐ底をつく可能性もある。そうなれば貧乏に逆戻りだ。
「自由契約ならほかの3島との競合になるわけだから、5島での話し合いでレートやその他条件を決めることになるのねん。このへんは各島の通商ギルドが調整することになるから、アタシたちは関係なくなるのねん。
 まあでも、今はパーティーで、アタシたちはともに招待客の立場なのねん。彼らのいない所で本格的な仕事の話なんて野暮な真似はこれ以上できないのねん。
 その書類、写しでいいからあとでアタシの部屋に届けるのねん。アタシも専門家じゃないのねん、これだけ大きなことは担当官たちと相談する必要があるから独断では決められないのねん。……でも十分見込みアリなら、もちろんアタシが即断する可能性がないわけではないのねん」
 ミツ・ハは笑みを浮かべる。その笑みは先までの愉快そうなものとはまったく違う、もっと悠然とした、もっと力を感じさせる、島の支配者たる太守の顔だった。