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もしも、あなたの性別が逆だったら!?

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もしも、あなたの性別が逆だったら!?

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もしも、の世界から抜け出したくなったら




「えーっと……ごめんなさい」
「べ、別にいいわよぉ」
 真一の謝罪の言葉を、シェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)は腕を組んだまま受ける。
「しかし、現実世界とは性格も違うんだな。はっはっは、まさかシェスカが超奥手の朴念仁になるとは!」
 セレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)はなんだか楽しそうに笑う。
「あなたこそ、女子高生を見放題とか、問題発言してたわよぉ」
「そうなんだよな。廊下とか、ずっと女子高生のスカートを見てたからな。男の気持ちが少しわかったぜ」
 それは多分特殊だと思う、というのはシェスカは言わなかった。
 しかし……性格の違いか。どちらかというと朴念仁なのは真一のほうだと思うのだが、この世界では誘惑系女子高生になっていた。自分の性格がこんなでなければ、保健室は卑猥なことになっていたと思うくらいだ。なんだ、足を組み替えるとか。
「………………」
 一連の行動を思い出しているのか、真一は頭を抱えて赤くなっていた。


 沢渡真一。昔からカメラ大好き少年だったのだが、とあるきっかけで偶然有名人の写真を取ってしまい、それが盗撮だとか騒がれて人間不信になってしまった少年だ。
 彼は彼の写真の腕を素直に認めてくれたシェスカたちのおかげで明るく活発な少年に変貌しつつあるが、根はまだ内気な少年であることに代わりはない。


「シェスカさーん! セレンさーん!」
 廊下を歩いていると、男子生徒の声が聞こえてきた。声は違えど、その声の主が誰かというのはなんとなく想像がつく。
「ユリナ」
「おう、ユリ! なんだ、不良みたいだなあ」
 黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)は制服の前を開け、ネクタイはゆるゆる。ズボンも裾を折っている。あはは、と、ユリナは少し恥ずかしそうに笑った。
「ん? ということは、その後ろの女の子は」
 セレンはユリナの後ろを歩く、小さな女子生徒を見る。
「はい、そうです。それじゃあ紹介しますね」
 ふふふふ、と笑みを浮かべ、後ろにいた女子生徒の背中を押して前に出した。
黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)ちゃんです!」
「その呼び方はよしてくれ!」
 二つのお下げ、低い身長に少しだぶついた制服。服の上からもわかる、幼児体系。
「竜斗さん……お疲れ様です」
「おう、真一、お前もな……」
 自分の姿に納得のいってない二人が言い合う。
「まるで正反対だなあ。同じ制服を着ているとは思えないぞ」
 セレンはそんな感想を言う。真一は逆に、ミニスカートで出てるところは出ている。制服の着こなしかたも、「ちゃんと着る」タイプの竜斗、「ちゃんと崩す」という感じの真一と、真逆だ。設定上学年が違うとはいえ、ここまで違いが出るかと驚くほどだった。
「性格も違う、と。竜はなんというか、内気少女って感じか」
「そうなんですよ……しかもこんな可愛い女の子が設定上は私の恋人らしいんですじゅるり」
 ユリナは両手をわきわきさせて竜斗に迫る。
「本気で怖いから近づかないでくれ……」
 竜斗は腕力でも勝てそうにない。しかも、学力もさして変わらないとか。なにその設定。
「みんな、性格がぜんぜん変わってるのねぇ」
 シェスカが言うが、
「でもな……オレ、シェスカの性格はあまり変わってないと思うんだよな」
 セレンが言う。シェスカが「は?」と声を上げて顔を向けた。
「シェスカは、積極的に見えて実は本命には奥手「それ以上言うと殺すわよ」ごめんなさいとりあえずその注射器を置いてていうかなんで持ってるんだそんなもん」
 言葉が途中で途切れた。疑問符を浮かべている真一に、「なんでもないわよぉ!」とシェスカは叫ぶ。
「とにかく、元の世界に一刻も早く戻るぞ。どうにかして、戻る方法を探すんだ」
 竜斗は言う。言い方に力が入っているのは切実だからだろう。
「面倒だなあ。博士とやらが調べてるんじゃないのか?」
 セレンは言うが、
「特異点とやらを見つければ、それが一番手っ取り早いからな」
 すでに帰りたいと思っている面子はいろいろな場所に探索に出ている。
「俺たちもそれを探そう。真一、なにか案はないか?」
「そうですね……この世界にどこか『おかしなところ』があれば、写真にうつってると思うんですけど……」
 真一はデジカメのデータを眺める。
「なさそうですね」
 真一は言う。ユリナが写真を覗き込んだ。
「……ほとんどシェスカさんの写真ですね」
「そうみたいです……」
 真一は恥ずかしそうに答える。撮ったのはこの世界の「真一ちゃん」ではあるのだが。
「足で探すほかないか……よし、早速いこう」
 竜斗はどすどすとわざと足音を強くして歩き出す。怒って小さな八つ当たりをしているみたいで微笑ましかった。
「もうちょっとこの状況を味わいたいんだけどなあ」
 ユリナはそういうが、少し早足で竜斗の隣へ。時折、竜斗ちゃんの頭にかなり上のほうから手を乗せたりすると、竜斗が「からかうなー!」と声を上げた。
「行きましょう、シェスカさん、セレンさん」
「そうねぇ」
「仕方ないな」
 その後ろを三人も続いた。



「ダリルさん、どうしたのその格好」
「男子の制服似合うー」
 クラスの女子から言われ、ダリルは「似合うだろははは……」と乾いた反応を示した。
 外見が変わることに対して拒否反応を示すダリルは、せめて制服だけでもとその辺の男子から制服をぶんどって着用している。「購買に売ってるよ買おうよ」とルカルカは言っていたが、男子生徒に制服を渡したら喜んでいたのでよしとする。
「まあでも、元に戻れるまでは楽しくすごそっかな♪」
 ルカルカはそんなことを口にして笑っていた。
「もう一回勝負する? ルカが勝ったら、水泳部に入ってもらうよ?」
「あのなあ……」
 週番日記を書いていたダリルは立ち上がった。
「仮想現実に馴染みすぎたろ……帰還場所を探す方が重要だとは思わないのかよ」
「思うけどね。でも、それはそれ、これはこれ」
 ダリルは相変わらず不機嫌だったが、ルカルカはそんなダリルに向かって言う。
「どっちにしても、状況がなにもわからない以上は、動けないんだから」
 それにはダリルも同意しているのか、なにも答えずにシャープペンシルを走らせる。ルカルカが手持ち無沙汰に黒板の落書きを消していると、日記を書き終えたのか、ダリルが立ち上がって「職員室に行く」と行った。カバンを手に、ルカルカは慌てて追う。
「とにかく、この世界から出るのが最優先で、それ以外のことなんて考えなくてもいいくらいだろ。俺たちがここから出れば、ここでやったことはなんの意味もなくなる」
 歩きながらダリルは言うが、
「いろんな思い出は出来たよ? 水泳勝負、楽しかったし」
「そうかもしれないがな、」
 心のどこかに充実感があったのは否定できない。
「それでもここは、あくまでも現実とは違う別の世界だ。任意に脱出が出来ないとわかった以上、思い出とかそんなこと言っている場合じゃない。なにを優先するか、しっかり考えないとな」
 ダリルは言う。
「ま、そうだね。でもさ、ダリル。その理屈で言うとね、」
「なんだよ」
 ダリルは振り返った。そのダリルの不機嫌そうな顔に、ルカルカは素朴な疑問をぶつける。
「……その日誌、書く必要なくない?」
「…………あ?」
 そのときのダリルの顔は、ルカルカはしばらく忘れられないとか。



「興味があるわけではないのだが……」
 一応は水泳部に顔を出したジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は、改めて鏡の前に立って自分の姿を見てみる。
 女子の中でも長身で、水泳のせいか、プロポーションもよい。少し肩があって、胸が小さめなくらいだ。
 しかも美人。美少女というよりかは、美人。髪も短めで少しボーイッシュな感じのする外見は、フィリシアという恋人がいなければ、男女両方にモテそうだ。
 おかげに成績も優秀、水泳部のキャプテンで、去年は一年生でありながらインターハイに出場して上位入賞した、という設定になっているらしい。おぼろげではあるが、そういった記憶のようなものが頭の中にある。
「完璧すぎる」
 呟く口調こそジェイコブのものだ。しかし、普段のベテランアクション俳優の吹き替えでもしてそうな低く男気のある声ではなく、声はちょっぴりハスキーな、可愛い感じの声。
 そして……誰にもとなくごめんなさい、と手を合わせてから服を脱ぐ。試行錯誤しながら女性独特の下着も外し、一糸まとわぬ姿を一瞬だけ鏡に映し、たちまちダッシュで鏡から逃れる。これはダメだ。さすがに犯罪だ。
 息を吐いて、競泳用水着を着る。男性用の水着とは違い上半身も覆うその布に、体中が締め付けられるような感覚がする。
「おお……」
 そして水着を着た姿で鏡の前へ。これならいいよな、服着てるもんな、うんと自分に言い聞かせ、右に半回転、左に半回転。ちょっぴり女の子っぽいポーズも取ってみたり。手を丸めて、にゃんとか言ってみたり。
「我ながらすごい美人だ……」
 これはこれでいいかもしれない。まさか、鏡の中の自分の姿にどきどきするとは。
 一生ここにいてもいいかもしれんな……と、それこそアホなことを考えていると。



「……あなた」
「っ!」
 頭の上にびっくりマークを浮かべてジェイコブは飛び上がった。
 振り返るとそこに立っていたのはフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)だ。なんか目を細めて、すごーく冷たい視線を向けてらっしゃる。
「い、いつから見ていた」
「にゃん、くらいから」
 ジェイコブの顔の温度が上がった。
「……まあ、わたくしの目から見ても、ジェイコブちゃんは可愛いと思いますわ」
「だ、だろう? 鏡を見るのもわかるだろう」
 ごまかすように笑って言う。しかしフィリシアは「むー」と不服そうな声を上げた。
「しかしフィリシア、一応ここは女子更衣室だ、男のお前がいると騒ぎになるぞ」
「わかっていますわ……ただ、なにかしてそうな気がして」
「ははは……」 
 ジェイコブは視線を逸らした。
「わたくしは着替えないでおきますわ。なにがあるかわかりませんから」
 フィリシアは言う。言われてみれば、この格好なら緊急時には不向きだ。着替えようかと思ったが、フィリシアの視線が恥ずかしくてそんなことは言い出せない。いけない。女心でも芽生えたかしらん。
「遊園地、いけないようですわね」
 フィリシアがそんなことを言う。言われて「そうだな」と言いジェイコブは思い出す。そういえば、デートの約束をしたか。
「男の子は変な妄想をするんですのね。遊園地にいったらどうするとか、昼はどうするかとか、こういう行動は嫌われるから避けろとか、ノートの隅に書いてましたわ」
「マメだな」
 さすがに自分はそこまではしない。妄想はするけど。
「楽しみでしたわ。フィリシアくんは、デートを、とっても」
 ふふ、と笑って言う。
「元の世界に戻ったら、休みをもらって遊園地に行こう」
 ジェイコブのその言葉は、思っていた以上にすっと出てきた。
「お互いに、高校生に戻ったみたいにな。思いっきりはしゃいでこよう」
 フィリシアくんと、ジェイコブちゃんが次のデートで、そうしたように。
 そんな思いを言葉に込めて、ジェイコブは口にした。
「そうですね。行きましょう」
 嬉しそうな表情で、フィリシアは言う。運動部のエースの美形男子が浮かべたその笑顔は、現実世界のフィリシアと同じ、可愛らしい笑い方だった。
「そのときは、可愛い服を着せますよ?」
「それだけはやめてくれ」
 互いに笑って、そんなことを言った。
 自分たちはもう高校生ではないけれど、きっと、この状況と同じような感じには、戻れると思う。
 ジェイコブちゃんとフィリシアくんが、どれだけ互いを思っていたか、もう二人は、知っているから。




「それにしても……」
 隣を歩く想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)の顔を雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は覗き見る。鎖骨辺りまで伸びた長い黒髪はさらさらで、夢悠が顔を動かすたびに動く。少し釣り目のパッチリとした大きな瞳、きゅっと締まった口元。そして、動きやすいようにか、程よい形に着崩された制服。
「夢悠がボーイッシュガールになるとは思わなかったわ」
 雅羅が思っていたことと同じことを、想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が口にした。
「オレもさすがに、予想外かな」
 どちらかというと本来が可愛らしい系男の子なため、夢悠は故あって幾度となく女装する機会があったが、こういうパターンはなかった。勉強よりもスポーツ、口より先に手が出るという、元気な女子生徒という設定らしい。
「雅羅が本当は女の子って聞いたとき、地味にショックだったけどね」
 行って、夢悠は隣を歩く雅羅の顔を見る。夢悠は、スポーツ少女ではあるが背は低めで、現在の雅羅の背と比べると顔を覗き込むような形になる。
 その、今までと違う身長差と言うのは、それはそれでいいものだと感じてしまった。
「ワタシは大歓迎。ワタシが男、雅羅が女。完璧じゃない」
 ぬふふふ、と手をわきわきしながら雅羅の近くへ。雅羅は「ひい」と声を上げ夢悠の後ろに隠れた。
「冗談言わないの。とにかく、部活も入ってないみたいだから、オレたちはその『特異点』とやらを探して回ろう」
 夢悠は言う。
 幾度となく女装しているうちに女の子になってみたい……という願望を描いてしまった彼だが、このままでは瑠兎姉に取られてしまうかもしれない、と、妙な危機感を覚えていた。
 ちょっとだけ残念な気もするが、雅羅を元の世界に戻すことを優先にしないと。そう心の中で口にする。
「そうね」
 瑠兎子は口にした。
 そのときふと、通りかかったひとつの教室が目に入った。数人の生徒がゆらりと立ち上がり、うつろな目をこちらへと向けてゆらゆらと歩いてくる。
「瑠兎姉? どうしたのさ?」
 夢悠が気づいて声をかける。彼女の視線が教室内に向いているのを見て、彼も教室を覗いた。
「こ、これは!?」
 数人の生徒がゆらりと歩いてくる。
「夢悠、雅羅を守って」
「言われなくても!」
 夢悠は机を一個拝借して構え、瑠兎姉も教室の後ろに置きっぱなしだった、一本のモップを手にする。
「なんなの?」
 雅羅が後ずさりして聞いた。
「おそらくこれが、博士の言っていた『バグ』だよ」
 夢悠は口にして、少しスピードを上げた生徒たちを正面に見据えた。




「性別が逆だと、こんな日常もあったかもですねぇ」
 佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)はふふふと微笑んで言う。
「それは嫌だ」
 即答したのは佐野 和輝(さの・かずき)だ。レディーススーツに身を包んだ真面目な女教師となっていた彼は、「……また、性別絡みのトラブルかよ」と息を吐いていた。
「和輝すごい美人〜。生徒から言い寄られるのもわかるね」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)は彼の周りをきょろきょろと眺めて笑いながら言う。
「性別が逆転していたとは言え、自分は何と言うことを。和輝殿、申し訳ない……」
 アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)は少し後ろで頭を抱えている。
「和輝殿にはもうルーシェリア殿がいると、自分でも納得したはずだったのに。元の世界に戻ってもお二人に合わせる顔がないですし、いっそこのままこの世界に残った方がいいのでは……」
 アルトリアがいじいじしながら小声で言う。
「ほらあ、落ち着いてくださいですよぉ、アルトリアちゃん」
 そんなアルトリアに、ルーシェリアが歩調を合わせて声をかける。
「みんな性別だけじゃなく性格も変わっていたんですから。和輝くんも、アニスちゃんも、ぜんぜん気にしてませんよぉ」
「そう言っていただけるとありがたいですが……」
 小さく息を吐いて、アルトリアはルーシェリアの顔を伺うように覗き見る。
「大丈夫ですよぅ。和輝さんをアルトリアちゃんにあげるわけにはいかないですけど、たまに貸してあげるくらいはいいのですから」
「なななななにをおっしゃってますか!」
 アルトリアは大きく反応する。
「どうした?」
 和輝が振り返る。「なんでもありませぬ!」とアルトリアは声を上げた。
「とてもなんでもなさそうに見えないけどな。なにか気になることがあるなら話せ。一応、今の俺は教師だからな」
 和輝はそんなことを言って、アルトリアに近づく。
「だだだ、だからなんでもないといっているではありませぬか近づかないでください!」
 アルトリアは柱の影に隠れて言う。和輝は「そうか?」と口にしてそのまま歩いてゆく。
「ルーシェリア殿が変なことを言うから……」
 顔をわずかに赤らめてアルトリアはそう口にした。
「アルトリアちゃんももっと素直や積極的になってもいいと思うですけどねぇ」
 その様子を笑って眺めながらルーシェリアは口にする。
「和輝、それで、アニスたちはなにをするのかな?」
 アニスは振り返って後ろ向きに歩きながら言う。
「『特異点』ってのを探すのが優先だな。設定上は部活の顧問とかもやってないみたいだし、今更この世界でなにかをしたところでどうしようもないしな」
「ちなみに予定ではどうする予定だったの?」
「先週のテストの採点をしてた」
 和輝は息を吐いた。よほど大変な作業だったらしく、「教師って大変なんだな……」と言う。
「アニスは男の子の大変さを知ったよ」
 うんうんと頷いてアニスは言った。「全くですね」とアルトリアが言うが、アルトリアはどちらかと言うと恥ずかしそうに口にしている。一体なにがどうなって大変だったのだろうか。
「さっき、和輝先生に似ている人が載っていると卑猥な雑誌を」
「あーっ!」「ぎゃーっ!」
 ルーシェリアの口を二人は慌てて塞いだ。
「微妙に引く事実だな……」
 和輝は言う。言いながら、自分のスタイルやら格好やらを改めて確認する。まあ、気持ちはわからなくもない……さっきから、男子生徒の視線を感じるし。
「ん……?」
 和輝はその視線が、なにか異様なものだということに気づいた。
「おかしいですねぇ」
 ルーシェリアも言う。廊下の先にいた男子生徒の視線はうつろで、ゆらゆらと揺れながらこちらに向かってくる。
「これは……?」
 アルトリアは身構えた。
「よくわからないですが、近づかないほうがよさそうですわねぇ」
 ルーシェリアもいい、
「やっと面白そうな事が出来るね♪」
 アニスはにっと笑って口にする。
「仕方ない。さっさと脱出の方法を見つけよう。で、女性教師の自分とはオサラバだ」
 四人は頷いて、向かってきた生徒たちを避けるように階段を駆け上がった。




「見つけたよ、ハコ」
 ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)に見つかって、ハイコドは全力で廊下を駆け抜けた。
「ハコちゃん、こんなところに」
 廊下の角にはニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)が。ハイコドは全力で階段を駆け上がった。
「ハコ」
「ハーコちゃん」
「ぎゃあああぁぁぁぁ!」
 そして男子トイレの個室に入っていたところを追い詰められる。ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は割りとマジに悲鳴を上げた。
「女子トイレなら入りづらいかもしれなかったのに」
「男子トイレに隠れたのは、間違いだったね」
 ずるずるとハコを引きずり出しながら言う。
「さて、元の世界に戻るまで楽しもうか。図書室に行こう。今日も穿いてないんだろう、ハコ?」
「今日は穿いてるよ!」
 ハイコドは赤くなって叫んだ。
「ていうかお前ら元の記憶戻ってるんだろう!?」
 引きずられながら叫ぶ。
「戻っているからこそさ」
「ハコが可愛すぎるから、仕方ないんだよ」
 ソランとニーナは交互に言う。
「可愛いは正義」
「可愛すぎるは悪」


「「だから優しくイジメル」」


「うおーっ! こいつらあんまり性格変わってねーよ! どーすりゃあいいんだよぉ!!」
 ハイコドは再び叫んだ。腕力および逃げ足、さらには理不尽さに至っても勝てる気がしない。
「離せー! もう特殊プレイは終了っ! 早くもとの世界に帰るぞ!」
「えー」
 ソランは不服そうに声を上げる。
「えー、じゃねえよ……ソラ、現実戻ったら絶対お仕置きな……」
 倍にして返すとハコは低い声で言う。現在は女なので、それでも声は高めだったが。
「って、おい、あれはなんだ?」
 図書室周辺に、何人かの生徒が歩いている。知った顔ではないので、この世界の住人だろう。
 が、どことなく様子がおかしい。手はぶらんとして、顔は蒼白。ゆっくりとした動作で、ふらふらと歩く様は、まるでゾンビかなにかのよう。
「おい、これは……」
 本能的に、三人は危険を察知した。ハイコドを降ろし、三人でその人物たちに対峙する。
「明らかに正気じゃないな」
「まさかとは思うけど……これが博士の言っていた、バグ?」
 ソランとニーナが目の前の生徒たちを見て言う。
「この世界から逃がさないようにするつもりか……上等だな」
 ハコは言って、足に力を入れようとするが、そのままぱたんと地面に座り込んでしまう。
「ハコ、どうしたの? スイッチは入れてないよ?」
「なんの話だよ……いや、てか、ゴメン、腰が抜けちゃってる……」
 足に力が入らない。化け物を見たせいか……あるいは、トイレで追い詰められたときか。
「失禁でもする? ちょっと、男性目線で見てみたい」
「お前いいから黙っててくれよ!」
 ソランに向かってハイコドは叫ぶ。そんなやり取りをしている間も、生徒たちは少しずつ、こちらに近づいてきていた。
「仕方ないね」
 ニーナはいい、ハイコドの足に手を入れる。そのままお嬢様抱っこの要領で彼を持ち上げた。
「この世界は危険になってきたみたいだ。ともあれ、脱出の方法を探そう」
「仕方ない……帰るとするか。獣の体がないと落ち着かないし、愛いの双子ちゃんもいるしな」
 ニーナとソランはそう言いあって、ふらふらと近づいてくる生徒たちに背を向け、走り出した。



「よーし、またゴールであります!」
 大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)は女子サッカー部に足を運んでいた。
「あります?」
「あ……てへ、またゴールしちゃった、わ?」
 ごまかすように言う。かえってわざとらしかったのだが、特にチームメイトたちは気にせず、元のポジションへと戻る。
「ふう」
 息を吐く。彼は小学校卒業と同時に教導団に入学した身であったため、普通の学校生活に憧れがあった。今回の実験に参加したのはそういうことだ。
 休み時間には友達と漫画を読んで、放課後はサッカー部で汗流して、学校帰りに友達とゲーセンで遊ぶ。テスト? やだな〜。とか、そういう普通の高校生活を送るつもりだったのだが……性別が変わってしまってこんな感じだ。
 それでも、放課後に友人たちとボールを追いかける。そんな青春模様の一部をこうして味わえていられるのだ。これも、なかなか楽しい。
 あまり大きな声では言えないが、女性の体もいろいろわかったし。うむ、人生勉強が大事。
「丈二!」
 そんなときに、同じく男子サッカー部に参加していたヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が走ってきた。
「ヒルダ殿、どうされた」
 丈二は聞く、ヒルダはひざに手を置いて呼吸を整え、
「おそらく博士さんが言ってた、バグよ! 男子サッカー部が!」
 ヒルダが叫ぶと、ボールが落ちる音が聞こえた。
 振り返ると、ボールを握った女子サッカー部員が手を滑らせたのか、足元にボールが転がっている。が、その女子生徒の視線はどことなくうつろだ。
「危険でありますね」
 持ち前の危機管理能力はこの世界とは言えど備わっている。二人は頷きあって、気づけば、周りから近づいてくるうつろな目の生徒たちを見た。
「丈二!」
 声が聞こえた。影月 銀(かげつき・しろがね)ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)がこちらに向かって駆けてきているところだった。
「いきなり、陸上部の人たちがこんな感じで!」
 ミシェルは叫ぶ。
「これがバグか……なにが目的だ」
「この世界の異物を、排除しようとしているのでありますかね」
 銀と丈二は言い合う。
「あれ、光条兵器が出ない!」
 ミシェルは言った。
「当然ね。ここは地球で、今ヒルダたちはただの地球人なんだから」
 ヒルダは言う。
「とにかく、こんな広い場所は不利であります。校舎の中へ!」
 丈二が叫んで、道を示す。皆がその、生徒たちがまだそれほど多くない一箇所から校舎へと向かう。
「軍事訓練以外で通う学校って、楽しそうだと思っていたのよね」
 走りながら、ヒルダは口にした。
「ドラマみたいだった。平和で、温かくて。からあげもおいしかったし、部活も楽しかった」
 生徒たちの隙間を縫って、全速力で駆ける。
「文系少女みたいな感じの日々かと思っていたけど……性別が違って、こんな形になって。まあでも、これはこれで、悪くないって思ったんだけどな」
 そして、校舎にたどり着くと、最後にそう、感情をぶちまける。
「こうなった以上、仕方ないよ。元の世界に戻らないと、銀に可愛い格好をさせることも出来ないしね。早く帰らないと」
「おい……言っておくが元の世界に戻っても、俺は可愛らしい服を着たりはしないぞ」
 ミシェルが笑い、銀もそう口にした。ヒルダもわずかに、口元を緩ませる。
「とにかく他のメンバーと合流するであります」
 丈二は近くに落ちていたトンボやら箒やら、武器になりそうなものを集め始めた。「銃はないでありますか」と言うと、「あるわけないでしょ」とヒルダが言う。
「いろいろと、名残惜しいでありますが、今は元の世界に戻ることを優先するでありますよ」
 丈二は言う。銀たちは頷いて、校舎へと入っていった。




 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、とりあえず校舎の周りを回ってみることにしていた。
 が、校舎から出ることは出来なかった。校舎の外になにか、壁のようなものがある。この世界の住人である一般生徒は自由に出入りできたようだが、自分たちは通ることが出来ないようだ。
「ていうか、仮想現実で性格が変わっている人もいるっていうのに、なんであたし背が低いままなの……夢の中でくらいグラマーでいたいよ」
 一緒のマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)がそんな愚痴をこぼす。
「まだマシじゃない……あたしなんか学校中公認の変人よ? なによオカルト研究会って。部員ひとりしかいないじゃない」
 シェヘラザード・ラクシー(しぇへらざーど・らくしー)も、マリエッタと同じように落ち込んでいる。
「まあまあ。性格が変化してこんな風に、姫とか呼ばれている人もいるくらいなんだから」
「そのネタまだ引っ張る!?」
 ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)が少し後ろの涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)を示して言う。
「生徒会長にも立候補していましたね。正直、現会長としては、立候補して「うわー」と思ってましたよ」
 ゆかりは言う。
「あたしもさっきまでの自分が生徒会長になるかと思うと頭痛が止まらないわ」
 シェヘラザードは頭を押さえて言った。
「想像以上にへんな機械を作って。あの博士たち三人、帰ったら呪う」
 続けてそんな恐ろしいことを言うが、
「それはなに、ミステリーサークル的な?」
「オカルトじゃないわよ!」
 リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)が少し笑いながら言い、シェヘラザードは大声を上げた。
「リアっちはあんまり変わってないよね」
「女性的な男の子が可愛らしい女の子になるとか……ヒイキだよ」
 マリエッタとアリアクルスイドが続けて言う。「ありがと」とリアトリスは嬉しそうにステップを踏みながら言った。
「でもお胸があるって大変なんだね。なんだか肩もこるし、腰も痛いんだ」
「その発言はあたしに対する挑戦かーっ!」
 マリエッタが暴れだした。「まあまあ」とゆかりとアリアクルスイドが二人がかりで押さえつける。「ごめんごめーん」とリアトリスは軽く舌を出して、リズミカルに飛び跳ねながらみんなよりも少し前のほうへと進む。
「さて、ゆかり、あとはここだけだよ」
 その位置から振り返って言う。リアトリスは校門を指さしていた。
「ええ」
 ゆかりは言い、まず手を出してから、校門の外へ。「出れるんだ」と、リアトリスが声を上げた。
「いや、出れなかったよ」
 校門の少し先から誰かが歩いてきた。その先頭のエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)が、ゆかりたちの近くまで来て声をかける。
「桜並木までは大丈夫なんだ。でも、その先、あの信号の辺りに壁がある。それ以降は進めない」
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)がそう、続きを口にした。
「朗報ですね。特異点が学校以外にあるなら、探すだけで一苦労でしたから」
 ゆかりはそう言って息を吐く。
「かつみさんたちが見に行ってくれて手間が省けたね」
 涼介は言うが、「ははは……」とかつみたちは笑って目を逸らす。せっかくだから外に遊びに行こう! という流れになったことは秘密にしておこうと思う。
「あの集まりは、なんなんです?」
 千返 ナオ(ちがえ・なお)が、こちらに向かって歩いてくる生徒たちを示して口にする。
「来たね」
 アリアクルスイドは言った。
「例のバグだよ。一般生徒が怪物みたいになって、襲ってきてるの」
 マリエッタが言葉を続ける。
「バグ、か。バグという割にはずいぶんと間接的だ」
 ノーン・ノート(のーん・のーと)が口にした。
「博士が頑張っているって考えたほうがいいのかな?」
 リアトリスは言うが、
「その博士から連絡がないから、困っているんですけどね」
 ゆかりは言った。あー確かにと沈んだ声が響く。
「外に出れないことがわかったし、この状況では外にいないほうがいいな。校舎へと向かおう」
 エドゥアルトが言い、皆が頷いた。数も多い怪物たちの合間を、皆はなんとか通り抜ける。
「捕まらないよ!」
 リアトリスは得意のフラメンコのステップで、手を伸ばしてくるバグ生徒たちの攻撃を避ける。最初の数回はなんとか大丈夫だったのだが、
「わっ!」
 足がふらついて倒れこみそうになった。そこを涼介が腕を引き、立ち上がらせる。
「ありがとー、姫」
「だからその呼び方やめてってば」
 そんなやり取りをして、リアトリスは息を吐いた。
「やっぱり慣れてない体だと、こういう風になるんだね」
「そうだよ……早くもとの世界に帰ろう」
 涼介も自分の体が気に入らないのか、そう言う。頷きあい、二人は少し前を進むゆかりたちを追いかけた。




「羽純くん、私に付いて来て。離れないでね」
 遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)の手を引いて言う。
 廊下の角に差し掛かったところに、生徒の群れがいた。歌菜が一歩前へと出る。
「今は私が男の子なんだから、羽純くんは守る、ってね」
 振り返って笑顔で言う。
「そういうことを真顔で言うんだもんな」
 羽純は息を吐く。
「そりゃそうだよ。この世界では、歌菜くんと羽純ちゃんはいつか結婚することになるんだからね」
 へへ、と笑って歌菜は言った。
「だろうな」
 が、羽純のその意外な答えに歌菜は振り返った。羽純の目が、こちらへと向く。
「俺は女心はわからない。わからないけどさ、」
 少し恥ずかしそうにどこか遠くを眺め、羽純は続ける。
「この世界の月崎羽純って女の子は……きっと、遠野歌菜って男の子に、恋をしていた。俺は、そう思っている」
「………………」
 歌菜の顔が少し赤くなった。羽純の顔も見る見るうちに真っ赤になるが、
「危ない!」
 羽純がいきなり飛び出してきたひとりの生徒に蹴りを放った。バグ生徒は飛ばされ、廊下の壁に背をぶつけた。
「ぼさっとすんな、まだいるぞ!」
 照れ隠しなのか、少し乱暴な口調で言う。
「羽純くん……」
 嬉しいとか、素敵だとか、いろいろと言葉はあった。
 それでも歌菜はそういう言葉ではなく、この一言を、どうしても口にしたかった。きっとそれは、自分が男だったら言いづらい言葉だから。
「羽純くん……可愛いパンツ穿いてるんだね」
「〜〜〜〜っ!」
 羽純はスカートを押さえてしゃがみこんだ。
「……そんなこと言ってる場合か」
 歌菜はごめーんと舌を出す。そんなやりとりをしていると、後ろからも生徒が向かってくる。
「階段まで強行突破するぞ。無理はするなよ、歌菜」
 息を吐いて、羽純は立ち上がる。
「そっちもね」
 二人は小さく頷きあって、正面に溢れかえる生徒の群れへと突進していった。




「くっ!」
 襲ってきた柔道部の選手を、衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)は投げ飛ばした。
「これがバグ……厄介ね」
 構えながら言う。玲央那はこの世界ではかなりの武道家生徒となってはいるが、さすがに数が多くて不利だ。
「ごめんよ恵、胸を触ったりして」
 剣道部から合流した下川 忍(しもかわ・しのぶ)が、隣の松本 恵(まつもと・めぐむ)にそう声をかける。
「別にいいよ……女の子同士の、スキンシップみたいなものだからね」
 恵は答えた。
「それにしても、まさかの男口調の強気少女とはね。君はある意味で性別逆転ネタそのものなんだけど、いろいろと洒落になってなかったね」
 忍がそう言うと、恵は少しだけ顔を赤くした。
「性格がどういう条件で変わっているんだか。私なんて、武道にしか興味のない男だったわよ?」
 玲央那は言って、軽く笑う。
「男性としては苦手だったかもしれないね。ただ、先輩としては頼もしかったよ」
 忍は言う。
「それと……出来ればこれからも頼りにしたいかな。竹刀で叩くだけなら、さすがにキリがないよ」
 恵が言った。彼ら(彼女らが)は竹刀で向かってくる生徒たちと戦っているのだが、切断面積の小さな竹刀は一対一はともかく、集団戦には向いていない。
「空手や柔道も、基本一対一なんだけどね。でもま、こういう使い方もあるから」
 言い、玲央那は少し身を低くする。そして、「はあああぁぁぁぁっっっ!」と叫んで、正面にいたバグ生徒に、瓦を割ったときと同じ、体を回転させた大きな蹴りを放つ。
 飛ばされたバグ生徒は数人の他の生徒を巻き込んで飛んでゆき、道場の襖を破った。
「今よ!」
 開いた道に、駆ける。
「最高の先輩だよ、玲央那ちゃん」
 恵が言うと、玲央那は「ありがと」と小さく言った。
 その後も近づいてくるバグ生徒を三人はそれぞれ排除し、なんとかして柔道場から脱出した。




「こっちからも来てるの!」
 エセル・ヘイリー(えせる・へいりー)が叫ぶ。向かってきたバグ生徒を、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はとび蹴りで吹っ飛ばした。
「腹ごなしにはちょうどいいと思ったけど……キリがないわね」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は言う。
「ええ……それと、男になっているから少しは力とか上がってるかと思ったんだけど、全然そんなことないのよね」
「それは普段の二人がすごすぎるからでしょ」
 セレンフィリティの言葉に酒杜 陽一(さかもり・よういち)は口にした。
「陽一はさすがね。女体化してもそれなりに動けるなんて」
「まあね……契約者のスキルやアイテムは無いけど、戦闘の知識と経験が失われた訳じゃない。どうにでもなるものだよ」
 彼も彼なりに、手にバンテ―ジを巻いてパンチ力を強化しておくなど、工夫をしている。
「その通りだな。武器がなくたって、工夫すればなんとかなるもんだ」
 そう言うレナン・アロワード(れなん・あろわーど)は彫刻刀やらカッターやらを武器として戦っている。人の形をしているため少々攻撃の際に罪悪感が生まれるが、襲われている以上は仕方ない。
「もっとムキムキの格闘男子になりたかったの……」
 エセルは性別上男ではあるが、インドア派の細身の男子であったため戦闘能力はそれほど高くなかった。
「学生時代に戻るのも悪くないと思ったけど、やっぱり、理子さんがいる現実が一番だね。増して、こんな状況になったら、一刻も早く脱出の方法を見つけないと」
 陽一は言う。「なーにのろけてんのよ」とセレンフィリティが少し意地悪く口にした。陽一は小さく肩をすくめる。
「それにしても数が多い……」
 セレンフィリティは口にする。次から次へと生徒たちが集まってくる上、少しずつ追い詰められて逃げ道も塞がれてゆく。
 手段はほとんど残されていない。
「こっちです!」
 そんなところに声が響き、向かってくる生徒たちに向かって消化剤がばら撒かれた。五人はその一瞬の隙を見逃さず、廊下の隙間を通って階段へ。
「あなたは、確か……」
 階段の上で消火器を構えていたのは見覚えのある女子生徒だった。
「小野、さん?」
 クラスメイトの女の子のはずだ。陽一が名前を呼ぶと、こくりと頷いた。
「ついてきてください、考えがあるんです」
 そして、小野は階段を駆け上がる。陽一たちは彼に続いて走り出し、階段を上る。
「あの人誰かな?」
「さあ。見たことないな」
 上りながら小声でそうやりとりをするエセルとレナン。
「私が男の子になってるという事は、女の子は男の子? じゃあ、あの人は男の子?」
 エセルが首を傾げて言う。陽一は「もしかして」と、小さく手を叩いた。
「『もしもマシーン』は、脳波を解析して意識を取り込むように作られた機械です。つまり、原理としては、脳波が乱れたり解析に失敗したりすると、バグが増大する。その結果が、あの生徒たちですね」
 小野は言う。
「襲ってきてるけど、アレに捕まったらどうなるわけ?」
 セレンフィリティが聞くと、
「あれは機械自体だと考えてもらって結構です。彼らの目的はバグの修正。つまり、最初と同じ状況になります。性別が変わっていることも気づかず、この学校の生徒として過ごすことになるでしょう」
「それは嫌だな」
 陽一は口にする。
「で、どうやって元の世界に戻るの?」
 セレアナが問う。
「僕の考えが正しければ、バグが増大しすぎると、『特異点』的ななにかが出来上がると思うんです」
 小野はそう答えた。
「どういうことだ? つか、どうすればいいんだ?」
 レナンは尋ねる。彼は胸が相当大きいため、階段でも気になるのか、腕で押さえながら歩いていた。
「バグを増やす……つまり、こちらの脳波を意図的に増幅させるんですよ」
「ど、どうやって?」
 エセルが聞くと、小野は振り返って笑みを浮かべた。
「音楽なんてどうかと思ったんです」
「お、音楽?」
 セレアナが聞きかえす。
「音は波ですから、脳波と共に伝達しやすい。歌を歌うことは脳の活性にも繋がる、って言うじゃないですか」
「つまり、みんなで歌うってこと?」
 セレンフィリティが聞くと、小野はこくりと頷いた。
「音楽室の準備は出来ています。問題は、どうやってメンバーを集めるか、ってことなんですけど」
 小野がそこまで言うと、
「放送室ね」
 セレアナが即答する。
「僕は先に音楽室に行きます。みなさんは、放送室を確保して、みんなを音楽室に集めてください」
 言って、小野は三階へ進もうとするが、
「っ、ここにも!?」
 階段にはバグ生徒たちが。伸ばされた手を小野は払おうとするが、倒れこむように襲ってきた生徒を抑えることができず、そのまま倒れこむ。
「でえい!」
 その生徒をセレンフィレティが思いっきり蹴飛ばした。後続も、セレアナが手を下す。
「あたしたちはこの子と一緒に音楽室に行くわ!」
「放送室のほうはお願い!」
 二人で交互に言い合い、小野をつれて階段を上る。「わかった!」と陽一が、大きく頷いた。
「わ、放送室の前もごちゃごちゃ!」
 エセルが叫ぶ。二階の放送室周辺は、多くの生徒でごった返していた。
「ん……? いや待て、誰かが戦ってるんだ!」
 レナンが奥を見て口にした。
 放送室の前で誰かが、バグの生徒たちと戦っている。
「ルカさん、ダリルさん!」
 陽一が叫んだ。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、放送室の前で囲まれている。
「蹴散らすぞ!」
「うん!」
 エセルたちが飛び込み、なんとかして二人の周りを敵を排除する。
「はあ、助かったよー」
 ルカルカは息を吐いて言う。
「どうしてこんなところで?」
 陽一が聞くと、
「放送室をどうにかしようと思ってな。屋上は比較的安全だったから、みんなをそこに集めようと思ってる」
 ダリルがそのように答える。
「屋上じゃないの! みんなを集めるのは、音楽室なの!」
 エセルが周りを警戒しながら言う。
「どういうこと?」
「ちょっとした策があるんだってよ。とにかく、全員を音楽室に集めないと」
 レナンはバグ生徒を殴り飛ばして口にした。
「音楽室だな……よし!」
 ダリルは頷き、放送室の扉へと向かう。陽一たちも、彼のあとに続いた。



「ふう、ここは安全そうだね」
 屋上に着いたニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)は、抱えていたハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)を降ろす。
「とりあえず時間は稼げそうだ。いつまでかわからないけど」
 ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)も周りを確認して言う。
「そうだね。だとしたら、やることはひとつだ」
 ニーナとソランは頷きあい、視線をハイコドに向けた。
「ハーコー♪」
「そうなると思っていますたよこんちくしょう!」
 そして、にっこり笑顔でハイコドに迫る。ハイコドは給水塔にしがみついて叫んだ。
「大丈夫。ちょっとハコちゃんに、女としての悦びを教えてあげるだけだから」
「うんうん。オレたちももっと男の悦びを知ってみたいから」
「うおーっ! いやだー!」
 迫る二人の影が、ハイコドの顔に映る。ハイコドはきっとしばらく消えないトラウマを植えつけられてしまうと感じた。
「屋上には誰もいないか……って、なにをしているんだ、お前ら」
 ちょっとハスキーな声が響いて、ニーナたちは動きを止める。見ると、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)、そして、フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)が、屋上に顔を出したところだった。
「ジェイコブさん……助かったよ、誰か来てくれると思ったよ、信じてたよ!」
「敵がいるのですか? 見かけませんでしたが」
 フィリシアが首を傾げる。「ちっ」と、ソランは露骨に舌打ちした。
「ここは比較的安全そうな場所だな」
 ジェイコブが言うと、
「そうだな。扉を閉めれば入ってこれないから、なにかをするには絶好の場所だ」
「……なにをしようとしたんだ?」
 ニーナの一言にジェイコブは疑問を呈した。
「お二人とも、口調は元に戻っていないようですね」
 フィリシアが言う。全員、元の記憶が戻ってからと言うものの口調は元に戻っているが、二人は男言葉のままだ。
「そうだぞお前ら……それとついでに聞くが、なんで二人とも性別変わると性格というか人格まで変わるんだよ?」
 ジェイコブに隠れてハイコドは言う。
「それはなんて言うんだろうな。こう、なにかが舞い降りてくるって言うか」
「そう。魂がこういう風に言え、動け、って、語りかけてくるんだ」
 二人は交互に答えた。「なんだそりゃ……迷惑な話だな」とハイコドは息を吐く。
「とにかく、しばらくここに篭城するのもいいかもしれないな」
 言って、ジェイコブは大量に持っていた荷物を降ろした。フィリシアも同じように、抱えていたものを降ろす。
「これは?」
 ニーナが聞くと、フィリシアが答えた。
「使えるかもしれないと思って、いろいろと持ってきたんです。そうでなくても、武器が少ないですからね」
「どれどれ……モップに箒、ダンボールに小さなナイフ、ライターとタバコ、それとダンボールか」
 ハイコドが床に散らばったものを見て言う。使えるかもしれないと思ったいくつかを、ハイコドはジェイコブに確認してから受け取った。



『みんな聞こえるか!』



 そんなときに、スピーカーからきいんという耳障りな音と一緒に女子生徒の声が響く。それは女子生徒の声ではあったが……その声の主はその場にいた全員が、すぐに理解した。



『四階の音楽室に集まるんだ!』



 言葉はシンプルなものだった。その、「四階の音楽室」というキーワードがなんどか繰り返される。
「ダリルさんだよな。博士たちから連絡あったのか」
 ハイコドが言う。
「かもしれないな。とにかく、音楽室に向かおう」
 ジェイコブが言って頷き、いくつかの武器を手に屋上から階段へと飛び出る。四階に来ると、バグ生徒がいくつも立っていて、道を塞いでいた。
「強行突破しかないですわね!」
 フィリシアが言い、前に出る。ニーナ、ソランも、フィリシアに続いた。
「ハコには指一本触れさせない! なぜなら触れるのはオレたちだけだから!」
 ソランが叫ぶ。一言余計だ、とハイコドは頭を抱えた。
 武器は貧弱。折った箒や、小さなナイフなどだ。それでも、それを数本、まとめて手にして威力を底上げしたり、身動きの取れなくなった相手を突き飛ばして巻き添えにしたりなど、創意工夫の戦略で、なんとか道を切り開く。
「こっちもだ!」
 ジェイコブが叫んで、ハイコドと共に振り返る。後ろからも、バグ生徒たちが向かってくる。ジェイコブは軍隊仕込の近接戦闘術の動きで相手の腕を取って地面に投げ飛ばし、ハイコドも壁を蹴って勢いをつけたとび蹴りで、向かってきた生徒を蹴り飛ばす。
「しかし、女の服っていうのは動きにくいな」
 ジェイコブはスカートひらひらと動かして言う。
「そうっすね。でもま、今日はちゃんと穿いてますからね。思いっきり暴れられるってもんだ」
「穿いて……? なんの話だ?」
 ハイコドはダンボールを被ってその場から全速力で逃げ出した。



 同じく四階の廊下。もう少しで音楽室と言うところで、陽一たちは足止めを食っていた。
「っ、数が多いの!」
「もう少しなのによ!」
 エセルとレナンは背を合わせて叫ぶ。
「バグに飲まれないように! 耐えるんだ、ルカさんたちもそろそろこっちに向かっているはずだ!」
 陽一も叫んで、襲いかかって来たバグ生徒をなんとか押し返す。「くそっ」と、陽一は小さく毒づいた。
「陽一さん!」
「助けに来ました」
 そんな陽一の背中に聞こえてきた声。陽一は反射的に、ひざを曲げて大きくしゃがむ。
 そこに、なにか大きな物体がフルスイング。バットよりも太く大きく、テニスのラケットのように真ん中があるわけでもない、その、そこそこ大きさのある物体をフルスイングし、陽一の目の前にいたバグ生徒を気持ちのいいくらい廊下の先まで弾き飛ばしたのは、
「ご無事ですか」
 アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)だった。今は不良のような美青年キャラであるが、陽一は振り返ったその顔にアデリーヌの元の顔が重なる。
「……ギター?」
 陽一がアデリーヌの手にしたものを見て言う。「壊れてしまいました」と、弦がいくつか切れたギターを掲げアデリーヌは言う。
「せっかくだから軽音部の練習してたら、いきなり仲間に襲われたんです。トラウマもんでしたね」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)も言う。彼女が手にしているのはおそらくドラムのステッキだ。
「話してる暇はないぜ!」
 レナンが叫んだ。目の前には、まだ数人のバグ生徒。
「音楽室までもう少しよ、アディ」
「ええ。悪いですが、バーストエロスばりに吹っ飛んでもらいますよ」
 ギターとステッキを構え、二人は飛び出した。



「……さっきアディも言ってたけど、確か、竜平もいたわよね?」
 音楽室へと向かう廊下で、さゆみはアデリーヌに向かって言う。
「いましたね。例によってカメラを持ってました」
 二年生女子、土井竜平。彼もこの実験に参加している男で、通称はバーストエロス。趣味はカメラ、特技は盗撮という、非常に困った人間である。普段からコスプレアイドルとして活躍している彼女たちも、彼の盗撮の被害にあっている。
「今度、彼が写真を売るたびにいくらかもらったらどうかな」
 陽一も言う。「それも嫌だな……」とさゆみが難しい顔をした。
「変な奴もいるんだな」
 レナンも言う。
「その通りですね。エセルさんもお気をつけて。盗撮されますよ」
 アデリーヌが言うと、「ふええ」とエセルは体を隠そうとする。今、彼女の肉体は男のそれなのだが。
「待って、なにか聞こえてくるの」
 そこで、エセルがそう口にした。
 さゆみたちが耳を澄ますと、確かになにか、音楽が聞こえてくる。クラシックの一節を、誰かがピアノで引いている。
「まさか……」
 陽一が口にした。そのままダッシュで音楽室の前まで行くと、音はますます大きくなる。
 少しだけ勢いをつけて音楽室の扉を開き、陽一たちは音楽室の中に入る。
 たちまち響いてくる、ピアノの旋律。力強く、そして、儚い。淡くもあって冷たくもある一音一音が、組み合わさって意味のある音となり、そして、価値のある音楽へと変わる。
 まるでこの世界を象徴するような音楽。世界の終わりを音楽で表したら、そんなものになるのではないかと思うような、悲しく、心に響く旋律。
 それが皆の心を掴み、誰も、なにも言えない。やがて、世界の終わりのような曲が終わり、ピアノを弾いていたひとりの女子生徒が静かに立ち上がり、こちらを向いた。
 そして、目元に手をやる。メガネを持ち上げるようなそのしぐさをしても、メガネをかけていないため指は宙をさまよう。が、それにも構わず、女子生徒は口を開いた。


「俺の名は土井竜平。またの名を、瞬速の性的衝動(バースト・エロス)」



「自己紹介で台無しなんだけどっ!?」
「む……SAYUMINか」
 竜平は言った。
「……あなた、ピアノを弾けるんですか」
 アデリーヌが少し目を細めて言った。
「少しだけな。紳士の嗜みって奴だ」
「意外すぎる……」
 陽一も言う。
「この人が盗撮マニアの変態さんなの?」
 エセルは首を傾げる。「どういう紹介をしたんだ」と竜平は難しい顔をした。
「音楽でどうにかして『特異点』を作るっていうアイデアを元に、エロスに演奏してもらったんだけど、」
 近くの机に、セレンフィリティが腰かけている。その隣にはセレアナもいた。
「ダメね。音楽でどうっていうのが本当に可能かどうか」
 続けて言う。小野さんはあごに手を当てて、なにかを考え込んでいるようだった。
「集まってますね……土井くん!」
 音楽室の扉が開き、沢渡真一が顔を出した。その後ろには、竜斗たちが。「エロスもいたのねぇ」と、シェスカが言う。
「みんな無事ですね」
 ゆかりたちも到着。それを皮切りに、多くのメンバーが音楽室へと集まってきた。
「全員いるか!?」
 最後に入ってきたのはダリルとルカルカ。結構な人数が集まった音楽室で、それぞれ、クラスにいたメンバーなどの顔などを確認する。欠けているメンバーはいないようだったのに、まず、全員が安堵した。
「それで、どうやったら元に戻れるんだ」
 影月 銀(かげつき・しろがね)が言う。
「歌うって言うのがアイデアのひとつとしてあるんだけど」
 陽一が答える。
「歌う? これだけ全員が歌える歌なんて、なにかあるかな」
 松本 恵(まつもと・めぐむ)がそのように疑問を投げる。確かに、と、その場の全員が口を閉ざした。
「世界的に有名なアーティストの歌なら、皆、聞いたことくらいはあるのではないか」
 エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)が言う。
「そうは言っても……目的は、みんなの心をひとつにすることなんじゃないの?」
 衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)が腕を組んで言う。
「って言っても、それが一番いいんじゃないですかぁ? 他にみんなが知っている歌なんてないと思うですよぉ」
 佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)がのほほんと口にする。
 そのあとも、あーでもない、こーでもないと、いろいろな意見が飛び出ている中で、


 歌声が響いた。


 皆の視線が歌の主へと視線を向ける。歌っている人物……小野は、少し恥ずかしそうに「えへへ」と笑ってから、
「これ、この学校の、校歌なんです」
 そう、口にした。
「この世界は、ある程度の整合性を持って作られています。皆さんも、例えば、去年の学校祭でどうだったとか、そういう記憶がどこかにあるはず。コンピューターによって作られた記憶ですが、皆さんは、ここの生徒のはず。だったらきっと……歌えるんじゃないでしょうか」
 言って、小野は竜平に目配せした。竜平はこくりと頷き、ピアノの旋律を響かせる。それに合わせ、小野が静かに、声を出した。


 拙い歌詞。決して、有名な作詞家が作ったわけでもない。
 若い心よ未来へ、とか、川のほとりで生まれた夢とか、正直、鼻で笑えるような歌だ。
 それでもそれは……間違いなく、皆の胸の中にある歌だった。
 入学式で聞かされ、音楽の授業で歌わされた。集会のときや、イベントのときに、その歌は、必ずかかっていた。
 ――自分たちは、この学校で過ごしていたのだ。
 春は桜並木を抜け、友人と挨拶を交わし。
 夏は暑さに耐えるためにノートをうちわ代わりにし。
 秋は落ち葉の散った校舎の周りを清掃し。
 冬は雪の積もったグラウンドで、走り回った。
 そんな思い出が、皆の心の中にあった。
 一年生だったメンバーにはそれがなかったが、それでも、この世界に来て、植えつけられた記憶がある。
 小学校を卒業し、中学校も終えて。
 必死に勉強して、この学校に入ったのだ。
 先輩に追いかけらるものもいる。先輩を追いかけるものもいる。
 先輩を超えようと部活に励み、自分を変えようとなにかを始める。
 そんな青春の日々が、確かに、自分たちの中にあった。
 だからこそ……少しずつ、皆が歌い始めた。
 その拙い歌、変な歌詞。それでも彼らの青春と共にあり続ける歌を、彼らは胸を張って、大きな声を上げて歌った。
 大学に受かりますように、恋人が出来ますように、大会で結果を残せますように。
 それぞれがその青春の中で、幻想の中で考えた思いを、胸に秘めて。
 大きく息を吸って、大きく吐き出して。
 その、吐く息ひとつひとつ気持ちを込めて。音を秘めて。
 皆は、一緒に、ひとつの歌を歌った。







 
 やがて、真っ白い光が広がる。どこから発したかわからないその光はやがて音楽室を包み、学校全体を包み、ひいてはこの世界全体を包み込んだ。
 真っ白な光が消え、うっすらと瞳を明ける。
 そこは、どこかの雑居ビルの一室だ。
「戻ってきたー!」
 その言葉は誰が叫んだのだろうか。意識を取り戻したものたちは立ち上がり、喜びの声や、「ちょっと残念」といった感想を述べている。
「あれー? 僕、なにしてたんだっけ?」
 中にはリアトリスのように、仮想世界の記憶を失っているものもいた。リアトリスは辺りをきょろきょろと見回し、「?」マークを浮かべる。
「元の体ね……」
 セレンフィリティも起き上がって、ぽんぽんと体を触って確かめる。いつものビキニとコートだ。落ち着く。
「おお、無事に帰ってきたか!」
 博士たちがひとりの男に駆け寄っていた。
「はい……僕の考え、間違ってませんでしたね」
 白衣の男の一人が、大きなヘッドホンのようなものを外して口にしていた。
「その通りだ。小野くん、キミのアイデアがなければ、どうなっていたことか」
 博士が名前を呼ぶ。
「……小野?」
 その名前にセレアナが反応した。


「「小野さん!?」」


 主に三年生だったメンバーが驚きの声をあげた。
「……そうですけど?」
 小野は首を傾げる。陽一だけが、「やっぱり」と息を吐いて口にしていた。
「そうだったんだ……さすがに予想できなかったなあ」
 ルカルカも息を吐いて言った。
「よく考えたら参加してたから、いるはずだもんね。名前を知らなかったから、うっかりしてた」
 涼介が言う。彼は自分の体に戻ったのを知って、一番安心していた。近くではアリアクルスイドが「ちぇー」と唸っていたが。
「ははは、ごめんなさい。名前くらい名乗っておくべきでした。まさか、こんな風になるとは予想できなかったもので」
 小野は頭に手をやって言う。
 まあ確かに、今の姿は白衣を着た一見冴えない感じの青年ではあるが、笑ったときの顔は、確かに小野さんの顔だった。
「予想できなかった……じゃ、ねーだろ!」
 大声を上げて白衣の男たちに近づいていったのはダリルだ。男たちが「ひい」と声を上げた。
「妙なもん作りやがって……バグの原因はわかったのか! 装置が狂ったままなのはさすがに許せない! ちょっと見せてみろ!」
 ダリルは『もしもマシーン』に、【シャンバラ電機のノートパソコン】を繋いで言う。
「あはは、ダリルの技術者魂に火がついちゃった」
 ルカルカはスキルをフル活用して機械の解析を試みていた。周りの男たちが恐縮していて面白い。
「ちょっと残念かな。せめて週末までは、いたかったよ」
 遠野 歌菜(とおの・かな)がそんなことを口にする。
「羽純さんをライブに誘ったんだっけ?」
「そーなの」
 ふふ、と笑って歌菜は言う。
「この機械、時々使わせてもらえないですかねぇ。面白かったですから」
 佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)も、近づいてきてそう言った。
「そうだね。それはダリル次第かな?」
 言って、三人でダリルのほうを向く。
「なんだよこのプログラミングはー! 十年前のプログラミングじゃないんだぞ!?」
 とダリルは怒声を上げている。ごめんなさいーっ! と、博士たちは謝ってばかりだった。
 ルカルカたちはその様子を見て、くすくすと笑った。



「シェスカさん」
 目を開くと、目の前に真一がいた。シェスカはゆっくりと起き上がる。
「大丈夫ですか、意識、あります?」
 幸い、記憶は残っていた。朴念仁教師だったことも、彼が誘惑少女だったことも。
「平気。大丈夫よぉ……」
 シェスカは言う。「よかった」と、真一は嬉しそうに口にした。
「………………」
 仮想世界で、考えていたことがある。朴念仁教師には、積極的に言い寄ったところでなにも通じないと言うことを。
 彼――仮想世界のシェスカは、真一の好意というか誘惑というか、そういうものを「わけがわからないもの」として認識し、好意だと受け止めていなかった。誘惑も、からかっている、とか、遊ばれている、とか、ちょっとガードの緩い子ぐらいにしか思っていない。
 が、今ならわかる。あれは明らかな好意だ。もちろん、その好意の伝え方に問題はあったにしろ、紛れもないものだ。
 そして、隣にいる真一も……朴念仁であるのだ。
「?」
 いや、朴念仁というのは違うかもしれない。もしかしたらこいつも、自分のことを好きでいてくれるなんていう、淡い期待も持っている。
 でもそれを伝えるべきではないと思っているのか、あるいは、ただ単にそれが恋愛感情だと気づいてないのか。
 正直に言って自分は……真一が好きだ。でも、それを、どう伝えればいいのか。
 ルックスのよさと胸元のはだけ具合から、男に言い寄られることは多い。
 が、言い寄られることは多くとも……こちらから思いを伝えたことはない。
 どうやって言えばいいのか、わからない。
「真一」
「はい?」
 だからこそ、思い切って……
「真、一」
「はい、なんです」
 思い切って……


「モデル!」
「へ?」


 シェスカは思い切って、そう言った。
「写真を撮るときに、モデルがいたらいい、って時、あるでしょお!?」
「え? はい、まあ、そういうときもありますけど」
「だったら……そういうときは、私のこと、呼びなさい!」
「?」
「な、なってあげるんだからぁ……真一の、写真のモデルに」
 シェスカは言っているうちに自分は一体なにを言っているんだと思い始めた。そう思うと恥ずかしくなり、真一と目を合わせられず、赤くなって視線を逸らしてしまう。その態度をどう思ったのか、真一は小さく笑みを浮かべて、
「わかりました。いい写真が取れそうな日は、シェスカさんに会いに行きますね」
 そして、言う。その笑顔はなんだか嬉しそうで、そして、なんだか含みがあるような言い方で。
 結局シェスカはまたほんの少しだけ、顔の温度を上げてしまうのであった。
「ほら言った通りだろ。シェスカは意外と奥手なんだ」
「本当ですね。ふふ」
「なんだ……なんか悪い夢を見ていた気がするぞ……」
 セレンにユリナ、竜斗がなにかそんなことを言っていたので、シェスカは手元にあったヘッドホンを思いっきり投げてやった。
「ぶほおっ!」
「竜斗さん!?」
 頭を抱えていた竜斗の眼前に当たって、竜斗は倒れこんだ。



 そんなこんなで、『もしもマシーン』、初期起動の事件は幕を閉じた。

 ちなみに、今回の学校のデータは、一応、残してあるとか。(ダリルは消そうとした)
 記憶を取り戻さず、皆があの世界に残っていたら、どうなっていたのか。
 そのシミュレーターに関しては、まだおこなってはいないそうだ。



 おしまい。



担当マスターより

▼担当マスター

影月 潤

▼マスターコメント

 

 
 
 と、いうわけで、初めましての方は初めまして。お久しぶりの方には、いつもありがとうございます、と。

 影月潤です。今回、僕のシナリオに参加していただいて、ありがとうございました。

 
 また今回のシナリオにおいても、公開が遅れてしまいまして申し訳ありません。関係者、参加者の皆様に深くお詫びを申し上げます。
 

 それと、まず第一に


・後編の解決手段(元の世界に戻るための方法)に関して全くのノーヒントだったこと。


・シナリオ前半は全員が記憶を持っていないということに確定したことによって、皆様のアクションの記載が前後することがあったこと。




 の二点について、お詫びいたします。
 
 特に後者はそのせいでアクションの意図と少しずれたものもあると思います……いやもう、ごめんなさい。



 内容としてはもう、読んでいればわかりますとおり、好き勝ってやらせてもらったような感じです。
 みなさんのアクションを元にはしてますが、基本的にはなんかいろいろ繋ぎ合わせた学園ラブコメ、恋もあり部活もあり笑えるところもありと、もう、書いてて楽しかったです。
 本当に、今回参加してくれた方には感謝を申し上げます。


 僕に対してご意見があれば、是非ともお気軽に、ご指摘ください。

 ご感想なども、いつもいつも様々な感想をいただいて、本当に感謝です。

 みなさんの言葉の一つ一つが、僕の力になっております。




 http://www.geocities.jp/junkagezuki/  


 僕のHP、『影月 潤の伝説の都』です。もしよろしければどうぞ。
 規約により、「蒼空のフロンティア」プレイヤーさんへのお返事などは行えませんので、ご了承いただきたく思います。



 以下NPC考察


・シェヘラザード・ラクシー

 オカルト研究会部員。なんかいろんな人に似ている気がするのは多分気のせいじゃないです。

 こういうぶっ壊れキャラは物事を進めるにも動かすにも非常にいい人材で、とても書いてて楽しかった人です。
 NPC故に活躍は控えめにしたけど、オカルト研究会に参加してくれる人がいたらもっと掘り下げたかった……ちらっ
 


・雅羅・サンダース三世

 雅羅だけに、ツイてない。

 ああ、これが言いたかったんだろうなと思った人も多いかもしれませんが、偶然に思いついただけです。狙ってません。本当だよ?

 黒板消しにぶつかったり頭からバケツを被ったりといろいろやらせましたが、最終的にはあまりそういうシーンを使い切れませんでしたね。ちょっと反省。



 以下オリキャラ考察



・土井竜平。バーストエロス


 いつも出てくるカメラ小僧。今回は出さないでおこうかな、とも思ったんですが、ちょっとひとキャラ入れたくて採用することに。ハイパー? 彼女は今回いないです。

 盗撮が得意、というのを逆にして男の裸体が好きというウラ設定も考えましたが、どうも絡ませづらいから使わず。ただの小悪魔的な女の子に。
 
 ちなみに彼は結構エロいという設定ですので、女体化に気づいたときはなにをしていたんでしょうかね。ええ、まあ、想像にお任せします。



・沢渡真一


 真面目なカメラ小僧が、正反対の誘惑少女になりました。意外な変化になによりもまず作者が驚き。<おいこら

 もともと彼の設定は内気な少年ということですから、まあ、この変化はアリなのかなあとも思いますが、あの出来事をきっかけに彼が今後どのような性格になるのか……ちょっと楽しみですね。




 以下は個別コメントは、皆さまへの簡単な感謝の言葉とアクション等への感想となります。
 それと、皆様に称号を贈らせていただきましたが、今回の称号はちょっと趣向を変え、

「仮想世界でどういう感じの人物だったか」


 を称号としております。

 あまり面白みはないかもしれませんが、物語を読み返す際、ぜひとも参考にしていただければ。




 ※一部、間違いがあったのを訂正しました。間違いの点に関係する方々に深くお詫びいたします。