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リアクション
Episode11.伝えない想い
うきうきと鼻歌を歌いながら、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と共に、ザンスカールにあるアイシャの新居を訪ねた。
「オリヴィエ博士には恩赦が出て、アイシャも助かったし、空も晴れてる! 今日も良い日だよー♪」
途中で、リア・レオニス(りあ・れおにす)達とも合流する。
呼び鈴を鳴らして、しばし。
「はい」
ドアを開けたアイシャに、先頭に立っていたリアが、両手一杯の薔薇の花束を差し出した。
「……リア? 皆さんも……」
アイシャは驚きながらも、花束を受け取る。
「改めて、おめでとう、アイシャ。こうしてアイシャが助かった運命に感謝するよ」
「有難う、リア……」
出迎えたアイシャの顔色を見て、ルカルカ達は、その回復の様子に安心する。
「元気そうね。もう、すっかり良いの?」
ルカルカの言葉に、アイシャは微笑んだ。
「はい。先日は、ハルカ達とプールにも行ったんですよ」
余程楽しかったのだろう、口調にそれが滲み出ている。
よかった、とその笑顔を見て、リアは心から嬉しく思った。
「オリヴィエ博士は、在宅かな」
博士にも礼を言いたいと思い、リアは訊ねた。
あの時は、博士のような力が無いことが、凄く悔しかったし辛かった。
(ごめんな、アイシャ)
守れなかった自分が、歯がゆい。
「それが……」
「ね、博士のお帰りなさいとアイシャの元気になって良かったねを兼ねて、ちょっとしたパーティーみたいなことしてみない?」
ルカルカが提案した。
「はい、あの、ごめんなさい……。
パーティーは嬉しいのですが、博士は、ずっと工房に居るんです」
「えっ、そうなの?
残念、じゃあ、私達とアイシャだけでも。
クロワッサンとフォンダンショコラは作って持って来たの。作るのに時間がかかるから。
あと、シチューとチキンとサラダとお茶を用意するわ。アイシャ、キッチンを借りてもいい?」
そのクロワッサンとフォンダンショコラを作ったのは自分だが、とダリルは思ったが、今更突っ込みは入れない。
最もリア達は解っているようで、二人を見て苦笑している。公然の秘密、というやつだ。
そうこうしている内に準備は終わり、テーブルいっぱいに食事を並べる。
「それでは! アイシャが元気になったのと、博士が帰って来た記念日、おめでとうかんぱーい!」
と、ルカルカが乾杯の音頭を取った。
「ねえねえ、前に博士達にあげたわたげうさぎ達は元気かな?」
「ハルカが連れてた子達ですか? はい、元気です。連れて来ましょうか?」
ダリル作のフォンダンショコラに舌鼓を打ちながら、思い出したように訊ねたルカルカに、アイシャは頷いた。
「そういえば、どういう名前にしたんだ?」
ダリルの問いには、「ルーさんと、ガイさんと言うそうです」と答える。
ルカルカとダリルは顔を見合わせた。
ぷっ、とルカルカが吹き出す。
そして、ふふ、と改めるようにルカルカが笑った。
「こうして、アイシャとまた笑いあえるなんて、なんて素敵!
テンション上がってきたな、じゃあ一番ルカルカ、歌います!」
機晶シンセサイザーをBGMに、ロック調の歌を乗せる。
「近所迷惑にならない音量にしろよ……」
ダリルが溜息をひとつ。
「これ、アイドルコンテストの時の歌なの。コンテストDVD、おすそ分けるね! 今なら特別に、ルカの写真集とルカルカ伝とラミカもつけてのご奉仕!」
「いや、それはやめておけ」
ダリルは冷静に制止する。
アイシャはきょとんと首を傾げ、よく分からない様子だ。
「なあ、アイシャ、少し二人で散歩しないか?」
そんなアイシャを、リアが外に誘った。
「ええ……そうですね」
アイシャは素直に応じる。
「楽しんでらっしゃい」
二羽のわたげうさぎを膝に乗せ、レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)が微笑んで二人を見送る。
「主役二人が抜けるのか……。ダリル、ポーカーでもするか?」
ザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)が誘う声を後にして、二人は、リアが持参した空飛ぶクジラ、ホエールアヴァターラ・クラフトに乗って、秋間近のイルミンスールの森の上、ゆったりと空の散歩を楽しんだ。
「思い出すな……。
空京では、毎日見舞いに行ったり、写真とか花や、手紙を贈って、病室の外の世界を伝えてきたけど、今度は直接見せてあげられる」
アイシャも、その時のことを思い出したのだろう、頷く。
密かに死を受け入れながら、それは最後の思い出として、アイシャの心を和ませた。
「あの時は、色々としてくれて、本当に有難う」
「礼なんていいさ。アイシャが好きだから、したことだよ」
さらりと言った、その言葉は、これ迄幾度となくアイシャに伝えたことだった。
アイシャを愛している。
今、再びこうして会えるようになったことを、どれ程嬉しく思っていることか!
「……」
アイシャは、僅かな間、目を伏せるようにして、何かを考えていたが、意を決したようにリアを見た。
「……リア、」
「ああ、見て、アイシャ。向こうの山は紅葉が始まりかけてる。綺麗だな」
リアはずっと遠くを指差す。
そちらを見やったアイシャは、改めて空から見える風景を見つめ、ふと表情を和らげた。
「ええ――そうですね……」
好きという気持ちを押し付ける気はない。
アイシャを気遣って話題を変えたリアは、これからのことを語る。
「これからも、俺はロイヤルガードとしても頑張るよ。アイシャが守った世界を大切にしたいんだ」
「嬉しいです」
アイシャは微笑む。
「私も、この世界がとても好きだから……」
今はもう、女王のように、世界を護れるほどの力は持たない。
けれど、そう言ってくれる人がいるなら、自分がこれまでしてきたことは、きっと無駄ではなかったのだろう。
「勿論、一番大切なのはアイシャだけどさ」
肩を竦めて笑うリアに、アイシャも微笑んだ。
恐らくリアは、アイシャが言いかけた言葉の内容を、何となくでも察したのだろう。だから、話題を逸らした。
そう、アイシャは感じる。
言わない方がいいこともあるのだと、そう思った。
「アイシャ、また遊びに来て良いか?」
そろそろ帰ろう、と言いながら、リアの言葉にアイシャは、勿論です、と頷く。
「今度は何処か、少し遠くまで行こう。何処がいい?」
リアの笑顔に、アイシャは、考えておきますね、と答えた。
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