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湖の家へいらっしゃい

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湖の家へいらっしゃい

リアクション

「ちょ。あんた変態微笑みデブじゃない!
 なんでこんなところで写真撮ってんの!?」
 湖の家の裏手――人目につき難いその場所で、美羽は蹴り飛ばそうとした相手を見て驚きに目を剥く。
 ミリツァとキアラのように可愛い女性が無防備に肌を晒せば変態が現れるかも知れないと彼女は予想し、その視線や行動から守ろうと考えて居たのだ。そして実際『それ』は現れたのである。
 彼女が動くよりも早く行動したのは羽純で、二人と不審者の間に割って入った。次いで現れた姫星が腕を捻り上げる。
「お客様……」
「何か――」
 二人が言い終える先に美羽は「場所を変えようよ」と引き摺って行ったのだが、帽子を外して露になった銀色の可愛らしい巻き毛を見て気がついた。
 『それ』はプラヴダの自称他称変態微笑みデブことドミトリー・アンドレーエヴィッチ・チュバイスだったのだ。
 姫星に腕をキリキリ締め上げられながらも、ドミトリーからはあのいやらしい笑顔が消えない。
「ボクは可愛い部下と旅団長の妹のアルバイト姿を、記念写真にとってあげようと思ってただけだよぉ負負負負負」
「白っ々しいわッ!」
「ちょっと見せてみろ」
 やり取りの隙にドミトリーの手からカメラを取り上げた羽純は、記録を確認して目を点にする。
「…………え、マジかこれ」
 羽純の驚きぶりに、コハクも何があったのかとそれを覗き込んだ。
「これ……ツライッツ…………」
 プレビュー画面に映っていたのは、ツライッツの姿である。
「お前こういう趣味――」
「こういうのも高く売れるんだよぉ。
 売り上げと命を天秤にかけてどうなのかしらって考えて居たんだけどねぇ…………?」
 ドミトリーの勇気が有り過ぎる行動力に絶句していると、駆けつけて来た託は状況を確認してこくりと頷く。
(今日のビーチは、不審者よりも怖い人が揃ってるし……ほっといても不憫な目にあいそう)
 そう思いつつカメラを回収し、ドミトリーを離すように皆へ伝える。
「えー、いいの?」
「いいんだよ、データはこうしてもう……消しちゃったし。
 はいどうぞ…………ご愁傷様」
 手早く消去の作業を終えて、託はカメラを手渡しながらドミトリーへにっこりと笑いかけた。

 
 果たして、数十秒後にその場を取り囲んだプラヴダの兵士達が上官の不始末を詫びながらドミトリーを引き摺って去って行ったのだが、その後どのような制裁が誰の手で行われるのかは、余り深く考えない方が良いだろう。



「お疲れさまー、どうだった?」
「身内の犯行だったよー」
 託が笑いながら報告する内容は良く分からず、ミルディアは首を傾げた。すると――
「そうですか、変態に襲われる女性が居たら、是非私を呼んで下さいね!」
 キリッとした顔で言っているものの、その裏にある下心が丸見えなスヴェトラーナである。
「スヴェータさん、それがなければ僕よりよっぽど頼りになるんだけれどねぇ…………。
 まあ実際不審者とかは、スヴェータさんがそうなっていない限り僕が動かなくてもいい気はするなぁ」
「まぁ、場所が場所だし、お客様も大体見知った人同士だと思うんだよね。
 騒動とか事件とか言わない限りは仲裁には入らない方向でいこうよ。よほどの時は……実力行使もOKだよね?」
「うん、そういう方向でー。じゃあまた」
 託が片手をあげて自分の担当個所へ戻って行くのを見送って、ミルディアは水着の上に羽織った上着の襟を引っぱって気を取り直す。
(日焼けは火傷だからね)こういう部分から注意をしていかなければ――。
「海水浴場で何気に多いのは、溺れる事は勿論だけど、
 浜辺の生き物に刺されたとか挟まれたとか、
 砂浜で寝てたら熱中症とか脱水症状とかあたり!」
「成る程、そういうのもありますね。
 私、不審者の事しか考えて居ませんでした!」
 こう言う場合大概自分がしそうな行動を考えてしまうものだ。スヴェトラーナの真っ直ぐな瞳での告白に、ミルディアは「あははー」と笑って流し、監視台の梯子を上って行く。
 事故が有る前に未然に防げるよう、今日は一日頑張らなければ!



 『あおぞら』の店先販売――。
「きゃーかわいー!」
 女性達の視線を集めているのは、看板犬と化しているポチの助である。
 自立犬として一人暮らしならぬ1匹暮らしの生活費用、そして大学へ通うための資金を稼ぎたいと、彼は愛想を振りまいていた。
 フレンディスは店の中からその様子をこっそり確認しては心配しているが、彼の覚悟を思えばこそ手を出す事は出来ない。
(僕自身の力であの子の専属機晶技師になるのです
 だから例え野良になろうとも仕送りなどご主人様の支援に甘える訳にはいきません!)
 ポチの助のこうした活躍と、舞花が予めしてくれた宣伝効果によって、あおぞらの客は途切れる事は無い。

「イカ焼き二本、それとおねーさんも!」
「ふふふ、有り難うございます。でも私は非売品なんですよ。
 追加の注文なら、ご一緒にかき氷も如何ですか?」
 微笑んであしらうセレンフィリティの様子に、セレアナはぷっと吹き出した。
(ぶーたれてる割りにはバイト楽しんでるじゃない)
 あんなに怒ったりしてみせたが、セレンフィリティのこんなところを可愛く思ってしまうセレアナだ、きっとご褒美になるだろう言葉を付け足した。
「そういえばさっきジゼルが、次の休憩で暫く遊びに出てて良いって言ってたわ」



「オレンジジュース一つ、アイスグリーンティー一つ、カレー二つおねがいしまーす」
 姫星がカウンターごしにキッチンへ声をかける。
「凄いわね姫星。こんなに忙しいのに全然顔に出てないんだもの……」
 言いながらジゼルが一品作り上げると、姫星はそれを乗せる盆を準備し、スプーンやフォークを片手で集める。
「伊達にアルバイト生活は長くないんです。さぁ、お客さんドンドンきちゃってください!」
 テキパキ働く彼女を見て、ジーナは中華鍋を振りながら裏から見切れているパートナー達へ怒号をあげた。
「バカマモたちもつべこべ言いやがってないで、配膳の手伝いしやがれなのです!」
 ジーナのこの怒りが直撃するくらいなら、恥ずかしい衣装で外へ出る方がマシだ。
「マモパパ、いーかげんホールの手伝いしねーか?」
「……うぇい」
 諦めた彼等はついに動き出した。

 急造の建物だ。流石に食器洗浄機の類いは無いため、食器は手洗いである。その仕事を任された太壱は、作業をしながらも隣で野菜を刻むジゼルに世間話をしていた。内容は近況の報告だ。
「――ああうん、お袋な、お腹に双子入っちゃってて、芦原の長屋から出られねーんだ。
 無事産まれたら、定食屋に連れてくるってよ、楽しみにしてくれや」
 ジゼルは仕事の手を止めず、微笑んで相槌をうつ。そういえば託のところもだ。
「幸せな事もちゃんと続いて行くのね。お祝いは何がいいかしら、うふふっ」
「あとそうだ、ベルクの兄さんがアレックスに合って話しがしたいんだってさ。
 何でも、アレックスに頼み事がしたいんだとか。
 えっとなー、模擬結婚式やったんだわ、フレンディスとベルク兄さん
その事絡みの報告……だろうと思うんだけどな
 ……って、俺が居場所聞いて知らせようと思ったんだけど、取り越し苦労かな?」
「居場所というか、アレクならシャンバラに居る時は殆ど自宅か基地かのどちらかにしか居ないわよ。
 それに本当に必要なら自分で連絡をとると思うわ。だから放っておいてもきっと大丈夫よ。
 模擬結婚式……って、大体本番と同じ事をするのよね?」
 ジゼルに振り向かれ、フレンディスはうっとりとしながら
「はい、夢のようでした」と答える。
「ですが、あれから……マスターのご様子が何やら変なのです。
 先日も突然妙な質問を、保証人がどうとか――」
「あー、のほほんと報告してるところわりーんだけど、たいっちーもそこで思い人とケコーン式挙げてるのよね……あ、これ証拠写真」
「コラ、マモパパそれ何時撮った!
 や、ば、ジゼルも他の奴等も見るンじゃねぇ、見るなぁ!!」
 写真を受け取りそこねたジゼルが驚いている間に、衛は慌てて騒ぐ太壱の頭をお盆で一発殴りつけた。太壱のような青年を昏倒させる程の力だったから、備品はばっちり歪んで使い物にならなくなる。
「さあさあ、タブレット端末に保存してあるからいくらでも見放題だぜー」
「……衛…………駄目よお客様の前でそういう事はしてはいけないわ。
 それからお店の備品は丁寧に扱って頂戴」
 じとっと大きな瞳に見つめられてたじろく衛に、ある意味助け舟となるジーナの声が飛んで来た。
「バカマモ! 外の浮き輪の在庫確認しやがったでございますか!?」
「あ、へぇい、いってきまーっす」
 落ち着き無く走り去って行くと、鍋の火を止めたジーナが嘆息しながらジゼルを横目で見た。
「まったくー……
 パルテノペー様、そのタブレットはプレゼントしやがりますね!
 ティラ様とウェルナート様の式の様子も収録しておりますので、ご自宅でじっくり鑑賞して下さいましね……ああ、充電コードとかは仕事のあとにお渡しやがります」
 端末を受け取り、試しに最初の画面を見たジゼルは、頬に手を当てて声を漏らす。
「あらあら、あらあらあらあら……うふふふふふっ」



 白い枠ばかりの紙の上に、黒いインクが筆記体を形作って行く。
「…………意外と綺麗な字だな」
 感心したようにベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が呟いたのに、アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)はサインを書き終えたばかりの紙をつまみ上げ、両の人差し指と親指で挟んだまま破くような素振りを見せた。
「ま、待て、悪かった、待て、待て!」
 脅しの声にテーブルに乗り出しそうな勢いでベルクが腕を伸ばしてきたので、アレクは満足そうに鼻をならして紙をベルクへ差し出した。腹は立ったが、投げつけるようなものはしない。これは彼にとって大事なものだからだ。
「…………すまん、有り難う」
 全身から力が抜け切った様子でまじまじと紙を見つめ、ベルクは感じ入ったように息を吐く。余りの様子に隣のジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)はくすりと吹き出して、彼を柔和な笑みで見つめた。
「良かったね、ベルクさん」
「一応調べたけど……ラテンじゃ不味いとか不備があったら言って」
 その時はまた言えば書き直すからと付け足し、アレクはペンを胸ポケットに戻すと、自分が書き込んだ隣の空欄を思い出して質問する。
「あと一人は決めてるのか?」
「あー……そうなんだよな。フレイは『もしも……』つったらジゼルって即答したけどよ。未成年だろ」
「彼女は俺の妻だ。婚姻している場合、20歳未満でも法律上成年者になる。日本の場合はな」
「え!? そ……そうか……そうだったな……? じゃあこれ…………」

 今彼等がやり取りしているのは、ベルクがフレンディスに内緒で準備している婚姻届だ。フレンディスにそれとなく、『もしも』を強調して聞いてみたところ、『証人欄にサインして欲しい人物』として彼女の口から名前が上がったのがジゼルとアレクだったのだ。
 フレンディスが留守の間に駄目もとで押し掛けてみたが、思ったよりもすんなりと返事とサインを貰え、ベルクは少々面食らっていたところだ。
(待てよ俺。こいつが保証人ってヘタしたら俺は一生頭上がらなくなるんじゃねぇか?)
 一番握られたく無い相手に弱みを握られた気がして、ベルクは慌てて顔を上げるが、時既に遅しだ。
(いやそれでもフレイの希望だし背に腹は……)などとぐるぐる思っている間に、アレクは椅子を引いた。
 此処は『プラヴダ』の基地の応接室で、アレクは仕事の合間を縫って友人の為に時間を作っていたのだ。
「ジゼルに頼むっていうなら今預かるが……、考えるか?
 まあお前友達とか多いし、どうにでもなるだろ。後は適当に頑張って――」
 そろそろ休憩の時間切れなのか席を立つアレクに倣うと、丁度扉開いた。現れたハインリヒ・ディーツゲン(はいんりひ・でぃーつげん)はベルクへ挨拶代わりに微笑みかけると、扉の向こうに居る誰かを招き入れる。
「もう一人御客様だよ」 
 そう彼が伴ってきたのはアリス・ウィリス(ありす・うぃりす)だった。
「アリス! どうし……否、分かってる」
 アレクは質問を途中でやめたが、ハインリヒは答える。
「基地の前で迷子になってたから保護したんだよ。確か君の妹……の、一人だろ?」
「翠ちゃん達と死海に遊びに行く途中だったのに……、またまた迷子になっちゃったの……」
 しょんぼりと肩を落す小さなアリスをソファに座らせて話しを聞いていたアレクは、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)へ連絡を取ろうと端末の電話帳を操作していた手をふと止めた。
 受信していた壮太からのメールの文面は、丁度今話している内容と被っている。
「死海ってあれか。ジゼル達が今日やってるやつ……蒼空学園の近くのだろ?」
「うんっ。
 あ、そうだ! おにーちゃんも行こうよ。翠ちゃんもサリアちゃんもきてるの。きっと二人も喜ぶよ!」
 腕に甘えてくるアリスの笑顔に見上げられ、アレクは少々逡巡する。それが終わるとハインリヒと何やら相談を始めた。彼等の会話は此処の標準原語では無いものだから何を話しているのかは分からないが、振り返り様の一言で何となく時間の捻出方法に関するものだったのだろうと察する事が出来た。
「行くか、一緒に」