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森の聖霊と姉弟の絆【後編】

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森の聖霊と姉弟の絆【後編】

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【2章】地下2階:暗闇を探る
 

 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は一行の誰よりも先行して、古代遺跡の中を進んでいく。入口に仕掛けられていた簡易な罠は【トラッパー】で見破ることが出来たし、例え何か感知出来ないものがあったとしても、吹雪は自らがそれに引っかかることで味方に危険を知らせようと考えていた。一度、地下へ降りる階段に脆くなっている場所があることに気付かず足をとられたが、彼女が警告したおかげで後続の面々は安全な部分を通ることが出来た。
 遺跡の内部はかなり暗く、少しジメジメとしていた。また、地上部は崩れた崖と相まって、「古代遺跡」という響きから想像するものと大きくかけ離れた見た目ではなかったが、地下部分はそれとは異なっていた。均一な角度の階段や全く直線の通路などを見ると、むしろ現在の建物と大差ないように感じられる。建材の大部分はは何らかの黒っぽい石――カイには日本でよく石材として用いられる、磨いた御影石のような質感に感じられた――だったが、地震の影響もほとんど見て取れないところから、かなり高度な建築技術によって造られた施設なのであろうことが推察出来た。
 広めの通路は真っ直ぐに上下の階層に向かう階段を繋いでいる。また、左右の壁には何カ所か出入口があることから、複数の部屋が通路に沿って並んでいるらしいことが見て取れた。しかしリトはそういった部屋には見向きもしないで、躊躇うことなく通路を直進し続けている。その様子は焦りや好奇心の無さから来るものではなく、むしろどこへ向かうべきか「知っている」からだと言わんばかりであった。
 一方、翠、瑠璃、サリアの三人は、存分に探検を楽しむべく各部屋に突撃しようとしていた。しかし、後方で彼らがはしゃいでいる分には咎めることのなかったリトが、ある時突然ハッとしたように翠たちの方を振り返り、声を上げた。
「そこはダメ!」
 頑健な鉄の扉を押し開けようとしていた翠が、リトの声にびくりと肩を震わせる。
「そこは……まだ、残ってるかも知れないから、ダメ……」
「残ってるの? 何がなの?」
 好奇心旺盛な翠はそう問う。
 リトは彼女から目線を外し、暗い表情のまま呟いた。
「……細菌兵器……とかかな」
 リトはもう、ほとんどのことを思い出していた。この間廃屋で読んだソーンの言葉がトリガーとなって、深層に沈めていたはずの記憶が蘇った部分もある。
「リトさん、大丈夫ですか……?」
 カイが声をかける前に、パートナーである白波 理沙(しらなみ・りさ)らと共にその近くに居た早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)が、リトの様子を気遣ってそう問いかける。
「うん……大丈夫。私はもう暴走したりしないから。……皆には黙ってたけど、ここはね、私とヴィズが実験体にされていた場所でもあるの。実際に来てみるまでは確証が持てなかったけど、やっぱりそう。もちろん今から言えば、私たちがここに居たのはずっとずっと昔のことだけど」
「じゃあ……ここは何のための遺跡なの?」
 元々それを知りたいと思っていたサリアが、リトに尋ねる。
「研究施設だよ、医療用の……といえば聞こえはいいけど、実際には軍需産業って言った方が正しいんじゃないかな。造ってたのは武器というより生物兵器だけどね。……よくは知らないけど、その部屋ではウイルスや細菌の研究が行われてたみたい。この島の疫病がその細菌兵器のせいか私には分らないし、あの薬のおかげで何ともないかも知れないけど、とりあえずその扉は開かない方が良いと思う。同じ『兵器』の私以外は、危ないよ」
 戦争という混乱の中で、医療が驚くべき発達を遂げてきた例は数多くある。そして、それはとても皮肉なことだとリトは思う。
 そんなリトの言葉を受け、更にミリアが諭したこともあって、翠たちは鉄扉を開くことを止めた。
「こっちは……?」
 その代り、自然と関心は隣の部屋へ向く。その部屋の入口に扉はなく、罠や障害物などがあるようにも見受けられない。
 【トレジャーセンス】で第六感を働かせていた翠と常闇 夜月(とこやみ・よづき)は、室内に何かを感じ取った。
 サリアが【光術】で中を照らすと、機械の部品らしきガラクタの山が浮かび上がる。翠同様【超感覚】を働かせている瑠璃も内部を覗いてみたが、隠し通路などのギミックは無さそうに思えた。単なるガラクタ置き場か何かなのだろうか。
 夜月が勘を頼りに辺りを見回すと、ちょうど遺跡内で調達したいと思っていた工具類が見つかった。せっかくなのでそれを拾い上げた夜月は、ふと何かに気付いてガラクタの山を凝視する。
「……機晶石? それに……この突き出しているのは、機晶兵の手……でしょうか?」
 【機晶技術】をいつでも使えるようにしていた彼女には分かる。これはただのガラクタではなく、バラバラになったりパーツが欠けたりした機晶兵の残骸だ、と。そして、その場に捨てられてから長い年月が経っているらしいこと、以前に見たソーンの機晶兵とはどこか違う感じがすることにも彼女は気付いた。
 ガチャリ。
 金属音がしたのと、夜月が見つめていた機晶石が不気味に一瞬だけ光ったのとは、恐らく同時であった。
 次の瞬間、ガラクタの山はけたたましい音を立てて崩される。その中から身体を起こした、三体の化け物の動きによって。
 それが何であるのか認知する間もなく、化け物は真っ直ぐに部屋から飛び出してリトに襲い掛かった。
「リト!」
 とっさに腕を引いて庇ったカイの周囲を、理沙と姫乃、それにランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)が取り囲む。
「うーん、本当に何が起こるか分かんねーもんだな!」
 前回の廃屋探索で危ない目にあったランディは、今回ばかりは理沙の注意を守って慎重に行動していた――にも関わらず、やはり想定外のことは起こるものらしい。
「ぼろぼろの機晶兵……私を、憎んでるの……?」
「リト? 何を……」
「……こうして、一人だけ生かされているから……?」
 カイと理沙たちに護られながら、リトは「それ」を見つめ、逡巡している。
 異様な外見のそれは、人間で例えるなら四肢の一部が欠けた躯だった。三体の内、機晶兵として完全な人型を保っているものはおらず、外装もほとんど剥がれ落ちている。あるものは腕を、あるものは脚を失っており、失くした部分の断面からはぼろぼろになった無数のコードがむき出しになっている状態だった。
 そして、そのような姿でありながらなお、リトを襲うべき敵として認識しているらしい。
「行くのでふ!」
 リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)の号令と共に、従者のブルーティッシュハウンドとラビドリーハウンドが機晶兵たちに飛びかかる。
 もとより使い物になるはずのなかった機晶兵たちの身体だ。その隙を突いて理沙とランディ、それにリイムのパートナーでもある十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち) の手によって沈められるのに、そう時間はかからなかった。
「大丈夫ですか、カイさん」
 理沙のもう一人のパートナー・チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)が、カイの様子を見てそう問う。リトを庇った際に負った傷は大したものではなかったが、それでもチェルシーに治療して貰うと、カイは心身ともにとても楽になるのを感じた。
「すみませんチェルシーさん。それに、皆さんもありがとうございました」
「大丈夫、大丈夫。リトもそうだけど、そっちに気を取られてカイが被害にあっちゃったら意味がなくなっちゃうもの。皆で無事に戻る事が絶対なんだからねっ!」
 頭を下げるカイを見て、理沙はそう明るく笑った。
「リトさんは、大丈夫ですか?」
 先程から動かなくなった機晶兵を見つめて押し黙っているリトに、姫乃が声をかける。
「うん……」
 リトは頷くと、何かを決意したように顔を上げ、周囲に視線を巡らせた。そしてガラクタ部屋の入口に夜月の姿を見つけると、彼女に近づいて「お願いがあるの」と切り出す。
「はい、何でしょうか?」
「機晶兵たちを解体して、静かに眠らせてあげて欲しいの。……この子たちは私みたいな存在に成り切れなかった、言わば失敗作。石も
身体も、魂を迎え入れる器になれなかったから……もう生きてはいないのに、身体だけ『兵器』として在り続けているのは辛いから……お願い」
 夜月は少し躊躇ったが、彼らには魂が宿っていない、宿れなかったのだ、と言うリトの悲痛な顔を見て、首を縦に振ることにした。
「分かりました。お任せ下さい」