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【アガルタ】未来へ向けて

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【アガルタ】未来へ向けて

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★未来へ向かう02★


「ええっと、たしかこの辺だったか」
 地図を片手にジヴォート・ノスキーダ(じぼーと・のすきーだ)が周囲をきょろきょろする。隣を歩くイキモ・ノスキーダも似たような格好をしており、血のつながりを感じさせる。
 2人が何をしているのかというと、とある店に招待されたのでその場所を探しているのだ。




 そんな彼らの姿にいち早く気づいたのはマリナレーゼ・ライト(まりなれーぜ・らいと)だった。
 地下に店を構える彼女がここにいるのは、今回花火鑑賞スペースにて屋台を出しているからだ。

『さて、皆も聞いてると思うけど今回のお祭りは花火大会会場に屋台ブースもあるということで、この店も出張屋台するさねよ!
 お祭りは楽しくても動き回る限り肉体疲労は出てくるさ? なので最後まで遊ぶ為に休める場を提供するのが目的さね』
 例のごとく発案者は店長でありオーナーのマリナレーゼ。副店長のウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が頷く。
『商売的には店の味を広める事は今後の常連客増加に繋がる、ということか』
『さっすがウルちゃん。そうさね。よって屋台とはいえ手抜きは御法度さ?
 従来のクオリティとサービス精神を忘れずにさねよ。
 早速あたし達は屋台準備に入るさ。
 提供メニューはグラちゃん達に一任するから宜しくさねー』
『ああ、任せてくれ。アウレウス、手伝ってくれ』

 そうして彼女たちの屋台出張が決まった。

(祭りに花火大会……だが仕事か……。
 ま、さっさと雑用終わらせてフレイの手伝いしねぇと。公の場でドジを披露させる訳にいかねぇし)
(私、屋台は購入するだけで働いた事がありませぬが……売り子さんならば経験あります故
精一杯働きたく!)
(主と共にこの店で働き、俺の料理の腕も上がった。
 以前は悪魔ばかりが主に料理を供していたが、今は俺の料理にも舌鼓を打ち喜ぶ姿を見せて下さる。
 その恩義のため例え屋台であってもクオリティは落とさん!)
(これはいい機会です。あの犬をこらしめつつ、素晴らしい屋台を用意してグラキエス様に喜んでいただき、報酬をいただくとしましょうか)
(資材や食材への支出計算はまとまった。店の方のダイ・リーニン達への指示も終わった。
 次は……奴等か。
 正直奴等を見るのが一番厄介だな。まったく、まさか俺がこんな生活をするとは)
(どうせ下等悪魔のことです。最後は僕に泣きついてくるのです……って、ぬあっ! な、何をするのですか! ぐもっぐもももも)
(今だニルヴァーナには多くの危険があり、不毛の地が広がっている。いつか古代人が生きていた時代のように数多くの人が生きていける場所になるだろうか。
 いや、そうするためにも俺にできることをしていかないとな。フレンディスに味見役を頼もう。俺はあまり食べられないから)
(はい! 私に出来ることならお任せください! がんばってたくさん味見します!)

 それぞれの想いが絡み合いながら、無事に出店となった。……え? 一部不穏なのがあった? 私ニハ分カリカネマス。

 マリナは出店の苦労を思い返しながら、わちゃわちゃと食器を運んでいたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)に話しかける。
「フレちゃん、ジヴォちゃんとイキモさんが来たさね。呼んできてくれるさ?」
「あ、本当です。行ってきます」
 尻尾を大きく振るように駆け出すフレンディスだが、このとき自然とベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が皿を彼女から奪い、ウルディカが彼女の足元のイスの位置をずらしてこけることを防止していた。
 あまりにも自然すぎてフレンディスは皿がないことにも、イスのことも気づかなかったようだ。
「……エンドロア、気になるなら行って来い」
「いいのか? ありがとう」
 ジヴォートたちのほうを気にしていたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)に、ウルディカがため息混じりに言い、グラキエスは喜々としてその後を追った。

「よお、招待してくれてありがとな。屋台もいい雰囲気だな」
「こっちこそ来てくれて嬉しい」
「はい。ありがとうございます。屋台はエルデネストさんがデザインしてくれたんですよ。素敵ですよね」
 屋台の方へとゆっくり歩きながら、フレンディスは飲み物を運んできたエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)を示しながら言う。
「いやぁ、『月下の庭園』らしさがすごく出てると思うぜ」
「そう言っていただけると光栄です」
 屋台となるとどうしても簡素なものになってしまう。結果として似たような雰囲気になるわけだが、屋台というよりもオープンテラスのような雰囲気だ。
 そして周囲には光輝く蝶や鳥が飛びかい、設置された草花で羽根を休める光景が広がっていた。エルデネストがスキルを使って演出しているのだ。
「ああ。特に蝶や鳥は俺も気に入ってるんだ」
 グラキエスが喜んでいる様子に、エルデネストは様々な思惑が含まれた笑みを見せた。

 ほぼ同時に、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が息を吐き出す。
「主……なんと美しい。光の蝶たちに愛されるとは、さすがです」
 接客を行うグラキエスに見惚れているようだ。ウルディカが声をかける。
「アルゲンテウス。手が止まっているぞ。早くしなければ、グラキエスに負担がかかる」
「はっ! そうであった」
 料理が遅くなればクレームも出てくる。グラキエスにソンナ対応をさせまい、とアウレウスは再び料理をしだす。
(急がなければ、しかしクオリティを落とすわけにはいかん。これは主が考えてくださったメニューなのだ)
 料理人としての腕が上がってきたアウレウスだが、時折こうしてグラキエスに見惚れて手を止めてしまうのが難点だ。
(まったく。ヴァッサゴーも何をしでかすかわからんし、エンドロアは体調が万全ではない。ティラはあの調子、ライト女史は何を考えているのか……ウェルナートだけが頼みか)
 マリナには敵わないと思っているウルディカの味方は、ベルクだけだった。
「あ、ウルディカ。さっきダイ・リーニンから連絡来てたぞ。たぶん定時報告だろうが」
「ん? 分かった。あとで連絡しておこう」
 
「ふー、あいかわらずここの紅茶うめーな」
「はい! マリナさんが入れる紅茶はとてもうめー、ですよ」
 優雅にお茶を飲むジヴォートたちの後ろでは「魚そっちいったぞ」「魚? ありゃ猫だろ」「どっちでもいいから捕まえろ」という騒ぎが起きていたが、アガルタが騒がしいのは今に始まったことでは無いので誰も気にしていない。
 それにジヴォートにはもっと気になることがあった。
「ポチはどうしたんだ? 俺、あいつに呼ばれて来たんだけどさ」
 姿を見せない忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)のことだ。フレンディスもグラキエスも「そういえば」と首を傾げる横で、エルデスネトが優雅に笑う。
「買出しに行っているはずですよ。ついでに店の様子も見てこられるとか」
「ああ、そうなのか。残念だな……ん、これ美味いな」
「それは今回用に新しく作った料理なんだ。気に入ってくれたか?」
 悲しげな顔の後に口に含んだ料理を褒められると、グラキエスが笑顔になった。
「これさ、持ち帰りとかできるか? ドーツらにも食わせてやりたいな」
「もちろんです。用意しておきますね」
「フレイ。俺が準備しとくから、あっちの皿引き上げてきてくれ」
 そんな会話を聞いていたベルクは、きちんとフォローしながら数日前のことを思い出していた。屋台のデザインを誰が考えるかという話し合いをしていたときだ。

『ふふん♪
 まー、下等悪魔のセンスなんかこの超優秀な僕の素敵な犬センスに比べればダサダサに違いありませんが、どうしてもやりたいというのならやらせてあげてもいいのですよ?』
 そう煽るポチの助に、(いやお前がやったら犬小屋になるだろ)とツッコミを入れたのを憶えている。

「そういやなんかさっきエルデネストのフラワシが穴を掘っていたよな」
 穴について本人は『器具を固定するため掘ったものです。埋め戻しておきますので安心を』と言っていたが……まさか。

 ベルクはそれ以上考えないことにし、エルデネストから視線を外す。
「来てくれて嬉しいさ」
「いえいえ、こちらこそ招待ありがとうございます」
 ほんわかと会話している2人に目が行った。ちなみにこの間もずっと雑用をこなしている。
 2人の雰囲気はいつもより柔らかい、ような気もするが、真意は読めない。
「しかし、マリナ姉は純粋に仕事付き合いなのかどうか読めねぇな。
 ……下手な詮索は後が怖ぇからやめとくか」

「はい! 精一杯売り子さんを頑張りたく思ってます!」
「俺もできる限りがんばろうと思う」
 思考を切り替えたところで遠くから聞こえた気合にため息をつき、とりあえずフォローに集中しようと思うベルクだった。
(ジヴォートも「そうか。応援してる」じゃねぇ。あの2人を頑張らせたら大変に……はぁ)

 苦労人たちの祭は続く。



***


「相変わらず賑やかねぇ」
 街を見回した綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が呆れたような、しかし楽しげに目を輝かせて言う。アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)もそうねと同意して微笑んだ。活気溢れる雰囲気というのは、ソノ中にいるだけで楽しいものだ。
「ではすみません。そろそろいいですか?」
「はーい、こっちは準備OKよ」
 スタッフに声をかけられた2人は、自然と空気を切り替えた。
 実はアガルタのPR映像をとりにやってきたのだ。つまり仕事である。

「うーん、どこに行こうかしら。今回のお祭の目玉はなんといっても花火! だけどスタンプラリーも楽しそうよね」
「そうですわね。花火までは時間がありますし、ならスタンプラリーを楽しみながらいろんなところを回っていきましょ。マップもありますしね」
「どれどれ〜……あ! イコプラ体験だって! 楽しそう」
 カメラが回り始めるが、2人は特に意識した様子を見せず、心から観光を楽しむようにマップを覗き込む。
「ここからですと少し遠いですわね。間に別の店に寄りながらいきましょう」
「分かったわ。じゃあこっちね」
「ちょ、さゆみさんそっちは逆方向です」
 マップを手に颯爽と歩き出したさゆみと書いて方向音痴の暴走を、慌てて止めるスタッフ。彼女にマップを渡してはいけない、とアデリーヌがさりげなくマップを奪い取る。
「あっあはははは。冗談よ?」
 舌を出して笑うさゆみに、アデリーヌは「仕方ありませんわね」と苦笑しながら先導する。
「はぁ……こちらですわ」
「ちょっと待って〜」
 慌ててその背を追いかけるさゆみは、アデリーヌの空いている方の腕へと抱きつく。驚いて振り返るとイタズラをした子どものような笑みの恋人の顔がそこにあり、アデリーヌは「歩きにくいですわよ」とその白い額を軽くつつく。

 それらをしっかりとカメラに収まるように行う。ただいちゃついているのではなく、まあサービスというものだろう。
 自然体で、本人達も楽しみながらしているとはいえ仕事は仕事。しっかりと務めなくてはプロ失格だ。

「あ、いい香り。ちょっとここでお茶していかない?」
「そうですわね。ちょうどおやつどきですし」
 スタッフに許可を得て、エヴァーロングにある店(月下の庭園と書いてある)に入った。

(ふふ。でもこうしてさゆみと街を散策できるのは、とても幸せですわね)
 イスに腰掛けたアデリーヌはそんな幸せを噛み締める。
 出された紅茶を飲んでいたさゆみもまた、アデリーヌの穏やかな笑みに同じようなことを考えていた。
(これからずっと、こうしていけたらいいな)

「あっねえねえ。あの屋根ってもしかして展示場?」
 上げる声は、いつもより明るい。
「おそらくそうですわね。他にあそこまで大きな建物はありませんし、方角もあってますわ」
「じゃああっちがイコプラね!」
「さゆみ! そっちは中央区方面ですわよ」
 何度も何度もさゆみの方向音痴で迷子になりかけつつも、一行は無事にイコプラ体験ができる【佐々布修理店】にたどり着いた。
 迷ったおかげでスタンプ台にかなりのスタンプを押せたのは不幸中の幸いか。

 イコプラ会場は修理店の場所、から少し離れた広場だ。入り組んだ全暗街ではこうした広い場所の確保は大変なのだが、交渉の末に牡丹・ラスダー(ぼたん・らすだー)はこの場所を使わせてもらうことになった。
(お祭り騒ぎとなれば協力しないわけにはいきませんよね!)
 今回牡丹が用意したのは、AIイコプラだ。コレを倒すことが出来たらスタンプを押す、という形になっている。使用するイコプラは公平をきすため牡丹が用意したものだ。
 倒さなければいけないが、強さは初心者でも倒しやすいLVに調整している。あくまでも楽しんでもらうことが目的だ。
「牡丹ちゃん、初心者用しかないのかい?」
「いらっしゃいませ。いえ、用意ありますよ?」
「さっすが! よっしゃ、やってやるぜ」
 牡丹の努力の甲斐あってか。全暗街にイコプラをする人が増えていた。そんな人たちのための少し強いイコプラたちも用意している。
 牡丹が頷くとイコプラ持参の人たちが次々に挑戦して行く。個性溢れる改造イコプラは、新品の、とはいかない使い古されたものばかりだが、それだけ大事にされている様子を見るのは牡丹としても嬉しい。
 そんなとき、さゆみたちがやってきた。

「わっここのスタンプ、さっきのと違う。かわいー」
 スタンプ見本を見て上がった歓声に、牡丹は笑う。
「ここらへんのお店では土星くんのスタンプを用意してますよ。それぞれポーズや表情が違うので、よかったら集めてみてください」
「まあそうなのですか。それは楽しみですわ」
 全店舗でとはいかなかったが、牡丹の提案で周辺の店に呼びかけ、スタンプにそんな試みをしている。
 ちなみに牡丹のところは定番(?)のツッコミポーズだ。
「そんなこといわれたら、コンプリートしたくなっちゃうわね。よーし、がんばるわよ。ということで、させてもらっていいかしら?」
「はいどうぞ。こちらのイコプラを使ってください」
 牡丹は気合を入れるさゆみに笑顔で説明しながらイコプラを渡し、一生懸命操る様子に心の中でエールを送った。

「やった! 倒せたっ! って、段々と仕事なのか、遊びに来たのかなんだか曖昧になってきたわ」
「それだけ楽しんでもらえたら、私たちも嬉しいです。ありがとうございます」
「いえ。こちらこそ、楽しい思い出をありがとうございますわ」

 喜んだ後で思わずこぼれた呟きに、牡丹は心からの喜びを告げた。


***


「注文が入ったわ。シューマイ2人前と鍋の用意をお願い」
「分かりました」
 慌しい店内を良く通る声でてきぱきと指示していくのは、真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)だ。
(シューマイ200人前仕込んでおいてよかったわ。最初の予定だと足りなかったかも)
 見る見る減っていったシューマイの山を思い出しながら、来店を告げる音に反応してすぐさま接客へと向かう。

 と、そこには2人組みの女性。とカメラや機材を構えた一段がいた。 さゆみアデリーヌ、撮影スタッフたちである。
「申し訳ありません。撮影させていただいてもよろしいでしょうか?」

 アガルタPRのため、という説明を受けて真名美はもちろん、と許可を出して席へと案内する。注文をとりながら、周辺の店について問われるままに答える。
「ああ、その店ならここを出て、すぐに細い道があるのでその奥にあるんですよ。看板が出てないので分かりづらいかもしれませんね」
「そうだったのですか。ありがとうございます」
「いえいえ……では、ちょっとお待ちください」
 厨房へと引っ込んだ真名美は、さたーんまんを用意しようとしていた見習いの腕を掴む。
「悪いんだけど、弥十郎のところにお使いに行ってくれないかしら?」
 現在の時間は夕食、というには少し早い時間。忙しさは落ち着いている。
 でも、と躊躇を見せる見習いに小遣いを握らせて、真名美はにっこり笑う。
「ここで作る料理とは違ったものを出すかもしれないよ。
 いい機会だから味を盗んできたら? あ、誘う女の子がいたら一緒に遊んできてもいいよ」
 からかうような顔で最後に付け足すと、見習いの顔が赤くなる。おやおや、と他のスタッフとにやければ、耐えられなくなった見習いが逃げ出すように「行ってきます」と店を出て行った。
 残ったスタッフと顔を見合わせ、笑いあう。
 そして見習いが帰ってくると、今度はそのスタッフに話しかける。
「折角のお祭りなんだから、貴方も息抜きどうかな。そろそろ、この子も慣れてきただろうし、ね?」
「は、はい! がんばります!」
「そうか。じゃあ、任せたぞ。すいません、少しお任せします」
「いってらっしゃい」
 笑顔でスタッフを見送る2人。

 こうしたスタッフとの信頼関係。それがこのフリダヤの一番の魅力なのかもしれない。