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第七試合

 リング上、既に選手2人――朝霧 垂(あさぎり・しづり)レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が対峙している。
 リングアナウンサーによる選手の名乗り上げが始まり、まず垂の名を呼ばれ、右手をゆっくりとあげアピール。
 観客席からざわめくような声が上がる。観客達の視線は垂――の左腕に寄せられる。
 そこには本来あるはずの左腕が無い。隻腕の選手に、観客達は興味と戸惑いが入り混じったような反応を見せている。 
 続いてレティシアの名前が呼ばれると、垂を威嚇するかのような動きを見せる。
「やるからには徹底勝利ですからねぇ」
 勝ち誇った表情を見せるレティシア。対して垂はというと動じた様子も見せていない。だがそれでも満足そうにレティシアは笑みを浮かべると、自軍コーナーにもたれ掛る。
 レフェリーが両者を見て、準備ができたと判断し合図を出すとゴングが鳴らされた。

 試合が始まり、両者共に様子を伺う素振りも見せず、ただ真っ直ぐに歩み寄る。
 互いが手を伸ばせば届きそうな距離まで歩み寄ると、ほぼ同時に足を止める。
「おらぁッ!」
「そぉいッ!」
そして、ほぼ同時に手が伸びた。垂は掌底、レティシアはエルボーだ。
 両者共に一瞬だけよろけるが、すぐに体勢を立て直し、打ち合いを始める。
 垂が掌底を顔面に放つと、レティシアもエルボーを顎のあたりを狙い放つ。
 掌底とエルボー、打ち合いの勝者は――レティシアであった。
 エルボーで垂がよろけると、頭を掴んで二度三度とエルボーを打ち付ける。そして一瞬溜めを作ってからエルボーを叩きつけ、垂がダウンする。
 それをレティシアは逃さない。仰向けにダウンした垂をレティシアはフェイスロックを仕掛ける。
 レティシアの腕に力が込もる。骨が軋むような音を聞きながら、垂は耐える。ギブアップ裁定は無いが、体力を消耗させられる点では拙い技である。
 絞め上げる腕を掴んでいた垂の右手から力が抜けると、レティシアはフェイスロックを解く。そして垂を立ち上がらせ、そのままクラッチを極めてジャーマンを仕掛けようとする。
「うぉっと!?」
 だが何者かに足を引っ掛けられ、危うく転びそうになる。ふと見ると、垂の影から【影に潜む猫の手】が覗いている。これに足を引っ掛けられたのだろう。
「くらえぇッ!」
 体勢を立て直したレティシアを待っていたのは、垂の右手の掌底。避ける事などレティシアは考えず、自ら倒れつつ受ける事を狙う。だが、
「ぬぉ!?」
自ら倒れ込んだはずなのに、盛大に吹き飛ばされる。打撃のタイミングに合わせ、垂が【ショックウェーブ】を使ったのである。
 驚くレティシアに垂は笑みを見せる。
「さぁて・・・お楽しみはこれからだぜ!!」
「ええ、その通りですねぇ!」
 起き上がったレティシアも笑みを浮かべた。

 試合は互いに一歩も引かない攻防が続く。
 どちらかが攻める流れになったかと思うと、すぐに逆転する。垂が有利かと思うと、レティシアが責め立てているように目まぐるしく攻守が入れ替わる。
 どちらが勝ってもおかしくない、ある意味膠着した状況を変えたのは、垂であった。
 垂の放ったアックスボンバーにより吹き飛ばされるレティシア。相当ダメージが大きかったのか、中々起き上がれない。
 勝負に出た垂はレティシアを引き起こすとロープに走り、反動を利用し体を回転させながら頭めがけての蹴りを放つ。トラブルインパラダイスという技である。決まれば側頭部を蹴り抜かれ、レティシアにとって致命的なダメージを与える事となる。
 だがレティシアはこれ身体を屈めて躱す。蹴りを空かされ、体勢を立て直した垂はレティシアに向き直る。
「ぐぁッ!?」
 瞬間、垂の顔面にレティシアが粉の様な物を口から吹きかける。
「お、おま……何吹きかけやがった……」
 垂は身体から力が抜ける感覚に襲われ、膝を着く。その様子を見てレティシアが笑みを浮かべる。
「お約束の毒霧ですねぇ。ま、ちょいと【しびれ粉】を代わりに使わせてもらいましたけどねぇ」
「ろ、碌でもねぇ……」
「さて、勝負を決めるとしますかねぇ」
 レティシアは動きが鈍くなった垂を捉えると、棺桶の方を向いてパワーボムの体勢に入る。
「行きますかねぇ! プリティ・レティティッシュ・ボンバー!」
 レティシアは叫ぶと、口の開いた棺桶に垂をパワーボムで叩きつける様に投げる。そのまま棺桶に投げ入れ、蓋を閉めて勝利――というのがレティシアの筋書きであった。
 だが棺桶の中に叩きつけた瞬間、レティシアは引き込まれ前のめりになる。
「へっ、そう簡単に……やられてたまるか、ってんだよ……!」
 垂が苦しそうな顔で笑みを浮かべつつ、自身のレティシアの首回りに絡みつけつつ腕をとる。そしてそのまま三角絞めで固める。やられる直前に【潜在開放】を使っていたのだ。
「や、やってくれますねぇ……」
 レティシアが垂を押して抜け出そうとするが、ガッチリと固められているせいか抜けられない。ならばともう一度持ち上げようとするも、体の動きが鈍く力が入らない。
 三角絞めで絞め上げられているせいか、とレティシアは考えるが、
(……やべ、形は極まったはいいけど、さっきの毒霧のせいで身体に力が入らねぇからこれ以上何もできねぇ)
実際は垂もただ固めているだけで絞め上げるほどの力は残っていなかった。ダメージよりも、毒霧の効果が大きいようである。
 何故レティシアがこの状況から返せないかと言うと、先程垂に向かって毒霧(【しびれ粉】)を吹き付けた際、レティシアは毒粉を口に含んでいた。これがどういう事かと言うと、レティシア自身にも毒粉の効果が回ってしまうという事で――
(……も、もう無理ですねぇ)
 何とか踏ん張っていたレティシアの身体からふっと力が抜け、前のめりで倒れる。結果、諸共棺桶の中に入ってしまう。
 直後に棺桶の蓋が下り、ロックがかかる。そしてそのまま棺桶は、突如出現した穴に飲み込まれるのであった。

「ねぇ、こういう場合ってどうなるの?」
 観客席にいる空が阿部Pに問いかける。
「両者棺桶入りですからねぇ……ダブルKOで引き分け、ってところでしょうか?」
 腕を組み唸りつつ阿部Pが答える。
「ふーん……ところで、あの棺桶さっきからどこ行ってるの?」
「そりゃ勿論うちらが絡んでますから、ナラカ送りですよ」
「それって返ってこれるの?」
 その質問に対して、阿部Pは笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。なので空もそれ以上聞く事を止めた。

 で、この試合は結局どうなったのかと言うと、阿部Pの予想通り両者棺桶葬で引き分けという結果になるのであった。