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【1章】秋の装い


 ――フラワーリング。
 それは爽やかな秋晴れの下、色づき始めた森の小道を辿って行った先にある妖精の集落だ。とは言え、今では花妖精以外の者たちがここを訪れることも珍しくない。種族も背丈も性別も様々な者たちが広場でティーパーティーの準備に勤しんでいる様子は、まさに平和そのものといった光景だった。
 しかしその一角では、集落の平和を揺るがしかねない事態が起ころうとしている。
「何言ってるのよ、私だってお菓子作りに参加するんだから」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はそう言って、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の制止も聞かずに調理台を囲む妖精たちの輪の中へと向かっていく。
 セレアナは慌ててパートナーの肩に手をかけると、仮装したセレンが見てみたいとか、一緒に着飾って歩きましょうよなどと思いつく限りの言葉を並べ立てて、彼女の関心を菓子作りから逸らそうとした。「教導団公認BC兵器料理」などの異名をとるセレンにお菓子など作らせたら、それこそ集落が壊滅するに違いないからだ。
 セレアナの様子に何かを察したのか、近くに居た妖精たちにも「ここは私たちだけで大丈夫ですよ」と告げられて、なおも説得に励むパートナーに対しセレンは仕方なくその場を離れることを承諾した。そうして二人はセレアナの提案により、ハロウィン用の衣装を調達するべく集落唯一の洋服店『フェアリームーン』へと足を運ぶ。
 周囲の景観によくマッチしたログハウスの扉を開くと、温かみのある内装と可愛らしい衣装類が出迎えてくれる。と同時に、意外な先客がこちらを振り向いてセレンらと視線を交わした。
 その先客――カイ・バーテルセン(かい・ばーてるせん)は、来店したのが知り合いの二人組であることが分かると、少しバツが悪そうな笑顔で「どうも」と会釈をしてくる。
「店長さんたち、今族長とリトの試着を手伝ってくれてるんですよ。すぐ戻って来ると思うんですけど――」
 カイがそう言い終わるか終らないうちに、部屋の奥に設置された間仕切り用のカーテンがシャッと音を立てて開く。そこから出てきたのはパーティ用の衣装に身を包んだリト・マーニ(りと・まーに)と集落の族長ハーヴィ・ローニ。そして、にこにこと愛想の良い笑顔を浮かべている『フェアリームーン』店長のアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)に、優秀な事務員であるイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)の四人だった。
 アルミナは新たな客であるセレンたちの姿に気付くと、「いらっしゃいませ」と明るい声をかける。
「何かお探しですか?」
「仮装用の衣装をね。いくつか試着してみてもいい?」
 快く勧めてくれるアルミナの言葉を受けて、セレンとセレアナは衣装選びに取りかかる。折しも店内ではイブの提案によってハロウィンセールが行われており、カジュアルなものからパーティ用のドレスまで、茶会に相応しいと思われる服飾品がセンス良く並べられていた。
 セレンたちが各々の衣装を選んでいる傍らで、リトとハーヴィは身に纏った衣装についてカイに意見を求めている。
「どう? これ、可愛くない?」
 リトはオレンジを基調としたワンピースの裾を摘まんでそう問う。ブーツの色は髪と同じ黒であり、その髪に華を添えるリボンはタイツと同じストライプ柄で統一感を持たせていた。
「うん、良いんじゃない」
「我は勧められたのでコレにしてみたんじゃが……おかしくないじゃろうか」
 一方のハーヴィは、いつもの三つ編みおさげにリトとお揃いのリボンを着け、淡いオレンジのバルーンスカートという出で立ちであった。服装自体は落ち着いた印象だが、おさげには森の花や蔦が編み込まれてパーティらしい華やかさを演出している。
「良いんじゃないでしょうか」
「言ってること同じじゃない」
「いや、だって……」
「もう! ほら見て、このスカートの感じ。ハーヴィっぽくて可愛いでしょ? 私とアルミナで選んだんだから」
 ドヤ顔でハーヴィの衣装を指し示すリトに、カイはとりあえず相槌を打つ他なかった。
「ああ、うん。良いと思う、カボチャっぽくて……」
「はぁ?」
 ハーヴィの緑髪とオレンジバルーンの組み合わせが、どことなくカボチャを想起させる。ハロウィンらしいという意味合いでカイはそう言ったのだが、女性の服装を評するにはあまりにお粗末な言葉選びに、リトは完璧に呆れた表情を浮かべていた。
 微妙な空気を察知したか、セレン、セレアナをカーテンの奥へ通したアルミナは再びリトたちの方へと向き直る。二人の世界があるセレンとセレアナに対してはむしろ、手伝いを申し出る方が野暮に思われたからでもある。
「ところで、カイさんはどうするの?」
「え? 俺は二人に連れて来られただけで、別に――」
 今のままで良い、と言いかけたカイだったが、リトとアルミナによって一斉にダメ出しを食らう。
「せっかくのお茶会だもん、普通の服じゃ勿体ないよ」
 そう言いながらアルミナは、カイを紳士服のコーナーへといざなう。
「どんな服が着てみたいとかある?」
「……よく分からないからお任せで……あ、出来るだけ脱ぎ着が面倒じゃないやつで」
 結局、カイはリトの監視を受けながら、アルミナの適切なアドバイスによってシックな秋色のベストを選び取った。イブの計らいでリト、ハーヴィが髪に纏ったのと同柄のリボンをタイとして首に巻けば、地味な彼でもそれなりに見れる格好となる。
 その間にセレンとセレアナは――否、そのほとんどがセレンではあるのだが――カーテンの奥に持ち込んだ衣装を次々に試着しており、そちらでは観客にハーヴィを迎えてちょっとしたファッションショーが行われていた。
「おお、それじゃ! それが絶対一番可愛い!」
 そう言ってハーヴィが太鼓判を押したのは、所々に花柄のモチーフが散りばめられた魔女風の衣装。可憐なデザインと色遣いの服、それに左右に揺れるツインテールの動きも相まって、仮装したセレンの姿はさながら花妖精のようでもあった。相方のセレアナはといえば、元々その硬質な美貌のせいもあって、お揃いの衣装でも妖精というよりは高貴な花の精霊といった印象である。
「これ、この辺りに季節の花々が咲いていたら、もっと素敵にならないかしら」
 セレンがそう言いながら指し示した部分を観察すると、イブは店員として彼女に幾つかのアレンジ案を提示し、意見を仰いだ。
「――ソシテ此処ニ、コサージュヲ追加シテ……」
「あ、それ良いわね」
「了解シマシタ」
 最終的に客からOKが出ると、イブはセレンの衣装を手直しするために奥の作業台へと向かっていく。
 その時、入り口の扉が軽い音を立てて開き、賑やかな四人組の少女たちが来店した。
「いらっしゃいませー」
「ここはまだ家捜ししてないの! 何があるのか楽しみなの!」
 真っ先に店内へ入ってきた及川 翠(おいかわ・みどり)は、その双眸をキラキラと輝かせて周囲を見回している。彼女が以前フラワーリングを訪れた際に仲間と行った宿泊施設内の「家捜し」は、とても楽しめたらしい。その経験から今回も集落内を探検する気満々の翠に、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)はいつものごとく目を光らせている。
「翠、あんまり変なことしちゃダメよ。と言うか、今日は家捜しとかダメだって言ったでしょ?」
「そうですよ。さっきあれだけ注意されたじゃないですかー」
 サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)の手を引きながら店内に足を踏み入れた徳永 瑠璃(とくなが・るり)は、翠の「家捜し」において珍しくミリア側に立っているようだ。
「でも、翠だって『宿屋さんは秘密の通路ありましたけど、他にも何かあるんでしょうか? とっても楽しみですっ!』って言ってたの」
「それはもちろん楽しみですけどっ……家捜しはダメだって言われましたし。ね? サリアさん」
「うん、お姉ちゃんが今日は家捜しダメって言ってた……」
 瑠璃に話を振られたサリアは、酷く残念そうな顔で同意する。今日に限らずこれまでも注意し続けてきたミリアではあったが、瑠璃やサリアが素直に自分の話を聞いてくれていることに関しては満足げに頷いていた。
「そうよ。だからほら、お店の邪魔にならないうちにお暇しましょう」
 そう言うとミリアは、手当たり次第に商品を物色したりする隙を翠に与えないよう、足早にその場から退出しようとする。
 入り口の扉を押し開けた彼女の視界の端に、ちらり。
 ほんのちらりとだけ、犬の尻尾のようなものが見えた。
「――もふもふ!?」
 迂闊だった。そう遠くない場所に居たのに、【もふもふ察知】で探知できなかったとは。
「あ、お姉ちゃん! 私も!」
 何かに駆られたように走り出したミリアに続き、サリアがぱっと瑠璃の手を離して走り出す。
「ああっ、待ってください! 翠さん、家捜ししてる場合じゃありません! 二人を追わないと……!」
 図らずも間に立たされた瑠璃は、狼狽しながらも翠の手を引っ張るようにして二人の後を追いかけた。


「そういえば、最初に村に来た時もこうやってお菓子を運んでたであります」
 運転席でハンドルを握りながら、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は少々感慨深げに呟いた。
 こうして林道を通るのは何度目になるだろうか。相変わらず舗装もされていない細道だが、初めて森を訪れた時よりも、いささかトラックの運転がしやすくなっている気がする。それは何度も通るうちに車輪で均されたのか、妖精たちの手によるものか――はたまた、吹雪自身が慣れてしまったせいなのか。
 これまでに起きたことを思い返しながら、吹雪はのんびりトラックを走らせている。去年のお茶会では思わぬアクシデントに巻き込まれたりもしたが、今年はもうそういった危険など起こらないだろう。
「ようやくゆっくりお茶会ができそうであります」
 荷台にある各地の珍しいお菓子。集落の人々はどういった表情でそれを受け取るだろうと思いながら、吹雪はそう言ってにっと笑う。
 助手席のコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)も、微笑みを浮かべつつ「そうね」と相槌を打った。
「あれから随分村も変わったよね」
 族長のハーヴィと少数の妖精たちがひっそりと身を寄せ合うようにして生活していた名もない集落時代から比べれば、施設も充実し、かなり活気が出てきたように思われる。立派な学校も建ったし、倉庫に詰所、宿泊施設に洋服店まで出来た。
「秘密の地下室、秘密の地下通路。普通の村には無いであります」
「うん、陰でこそこそ誰かさんが作ってたものね……」
 誇らしげに言う吹雪にツッコむ気にもなれず、コルセアは苦笑する。
「お茶会が終わったらまた地下でも拡張するであります」
 何故そこまで地下に固執するのか。同じく自らが手がけた宿泊施設や温泉の拡張など、人の目に触れる地上部での作業でも良いのに。吹雪のブレなさに感心さえ覚えながら、コルセアは窓の外を眺めている。フラワーリングの入り口はもうすぐ目の前だ。
 トラックから降りた二人は、お菓子の詰まった段ボール箱を脇に抱えて集落へ足を踏み入れる。
 その時、目の前を風の速さで走り抜けていく人影が一つ、二つ、三つ。
「わーっ、一体何なんだよー!」
 少女二人に追いかけられている獣人はランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)。荷物運びをしているところをミリアに見つかり、何事か分からぬまま飛びかかられる勢いで走って来られたため、とりあえず逃げることにしたのだ。
「もふもふさせて! もふもふ!」
「私もー! もふもふー」
 翠たちを諫める普段の姿はどこへやら、ミリアは目の色を変えてランディのふさふさに揺れる耳と尻尾を追いかけている。実は同じく大のもふもふ好きであるサリアも負けじとその後に続き、少し遅れて瑠璃と翠が吹雪たちの前を駆け抜けていく。
 突然のことに思わず足をとめたコルセアは、走り去った嵐に瞬きを繰り返して吹雪と顔を見合わせた。
「……何だったの? 今の」
「さあ……?」
 まあ色んなことがあるでありますよ、と吹雪はのほほんとした様子で段ボール箱を抱えなおした。