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リアクション
プロローグ 現実の裏側で 2
6月10日。東京都。
『日新新聞』のオフィスに、その男はいた。
自ら買ってきた自分専用のリクライニングチェアに深く腰を落とし、煙草をふかしながら新聞を見ている。
よれよれのシャツに、無精髭。たったいま起きてきましたと言わんばかりの、寝癖だらけの髪。その出で立ちは、いかにもなやさぐれ男のそれだった。
彼が見ているのは本日付で出たばかりの『日新新聞』である。
記事の一つに目を落としている。題名は、『謎の通り魔事件多発』だ。小さい記事だが、ぱっと見はなかなかよく出来ている。事件の概要も上手く調べられている様子だった。
しかし、男は――大迫俊二(おおさこ・しゅんじ)はそれを気に入らないと思った。
なぜなら、その事件が通り魔なんて生やさしいものではないと彼は気付いていたからである。事件現場にいたのは不気味な魔物の姿。そしてそれを追うヤグザ者を中心とした連中。
そう、記事を担当したのは大迫だった。
彼は追いかけた。魔物と、それを追いかける連中を。そこで見たのは、魔物と戦う謎の集団の姿であった。
これは大スクープになる。大迫はそう思って写真をバンバン撮った。俺がスクープを見つけたんだと、高揚感に包まれて狂ったように愛用のメモ帳に情報を綴った。
しかし――
(なんだってんだ、クソが……っ)
上司はこのスクープを記事にしてくれなかった。
理由は、大迫の撮った写真にはどこにも『魔物』の姿など写っていなかったからである。
なぜか? それは分からない。しかし、現実を確かに見た大迫からすれば、納得がいかないのも事実だった。なにより、上司の態度が気に食わない。
写真をちゃんと撮ってくれば納得する――ではなかった。
もうこれ以上この事件については調べるなと、きつく釘を刺されたのである。
まるで、なにか上からの圧力に屈するかのような態度だったと、大迫は感じていた。
自分が見たものは嘘ではない。そう大迫は思っている。そして真実を報道するのが記者の仕事だ。まして自分が一度見たものを――錯覚・幻だったと判断することは、自分には出来そうになかった。
大迫は新聞を自分の机の上に放り投げた。
すると、そのすぐ後にガチャッとドアの開く音が聞こえた。
「あれ? 大迫さん、残ってたんですか?」
戸口にいたのは、大迫と親しい部下の出水浩介(でみず・こうすけ)だった。その両手には、自分が担当している記事のものか、資料がたっぷり入ったダンボールが抱えられている。
刈り上げた黒髪に、くだけたしゃべり方。健康的な体つきをしている、入社してまだ二年目の若者であった。
「おおー、出水か。なにか面白いことでもあったか?」
「そんなもんないですよ。大迫さん、仕事しないんですか?」
「したいんだけどなー。俺の心をくすぶるもんがないんだよ。これが」
大迫はひらひらと手を振った。
「……給料泥棒っすね」
「なにか言ったか?」
「い、いえ、なにもっ」
ギロリと大迫に睨まれて、出水はすごすごと引き下がった。
自分の机の上にダンボールをどんっと置く。下敷きをパタパタと降って、滲んだ汗に向けて涼しい風を送り込んだ。
「あ、そういえば気になることなら……」
「なにかあったか?」
「いえ、大迫さんが以前担当していた通り魔事件なんですけど、なんでも、また起きたみたいですよ。幸い、まだ負傷者は出てないみたいですけど、警察の特別チームみたいなのが出動してるみたいです。ああいう特殊部隊みたいなのって取材してみたいですよねー」
「…………」
特別チーム。
それは大迫が追いかけたあの『魔物』と戦う連中のことだろうか。
「……よし、出水」
「はい」
「出かける準備しろ。取材に行くぞ」
「へ?」
一方的に告げて、大迫はメモ帳やペンをポケットに突っ込み、動きやすいようにと買ったボディバックを手早くからった。
しばらくぽかんとしていた出水も、その様子を見て慌てて準備を始める。
「大迫さん、俺、自分の仕事が……」
「お前はオレの手伝いと仕事とどっちが大事なんだ?」
「………………手伝いです」
出水を先輩権限で制して、
「…………」
大迫は机の上の『日新新聞』をゴミ箱の中に叩きつけた。
必ず真実を見つけてやる――そう、彼は己に誓った。
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