リアクション
『8.平穏が寂しくて』
異空間から帰還後。
攫われて施設に閉じ込められていた人達は、念のためツァンダの病院で精密検査を受けた。
百合園女学院の生徒では、凛とヴァーナーとマリカが、対象者だった。
検査の結果、3人とも衰弱しているけれど、他には何も異常が見当たらなかったとのことだ。
ただ、ヴァーナーだけは深い傷を負った影響で、まだはっきりと意識が戻っていなかった。
それを知った凛とマリカはヴァーナーの様子を見てから、百合園に帰還することにした。
真っ白い病室は、あの部屋を思いだしてしまうから。
花を飾ったり、布団や枕に可愛らしい柄のあるカバーをつけてあげたり、明るい色のタオルや小物を用意して、サイドテーブルにおいてあげてから。
2人は椅子に座って、眠っているヴァーナーの姿を見ていた。
「報告の際に聞いた話では、あたしたちをテレポートで連れてきてくれたシスティさんの状態はあまり良くないみたい。命には別条ないって話だけど」
「早く良くなって欲しいです」
それは、またあの異空間に行きたいからではなく。
命を賭して自分達を助けてくれた、システィのことを凛は心から案じていた。
ただ、連れてくることが出来なかったあの子の事を想うと……胸がとっても苦しくなる。
(ヴァーナーさんは、なおさら……とても、とても悲しまれるでしょうね)
思わず涙が浮かんでしまい、凛は咳き込むふりをしてごまかした。
その時。
「ん……どうした、ですか?」
小さな声と、自分に向けられている視線に凛は気付いた。
「体、大丈夫?」
マリカが視線の主――目を覚ましたヴァーナーに優しい声で尋ねた。
「元気ですよ?」
不思議そうに言い、ヴァーナーは身を起こした。
「あれ? なんでボク点滴してるですか? ここはどこですか?」
「ここは、ツァンダにある病院です。私達は検査入院をしていましたの。皆異常はありませんでしたわ」
少しさみしげに微笑みながら、凛が言った。
「健康診断ですか? でもボク、いつの間にここに来たんでしょう??」
ヴァーナーは不思議そうに首をかしげている。
「異空間に飛ばされて、そこからテレポートで……」
マリカが簡単に説明をするが、ヴァーナーはきょとんとしている。
「ボクが眠ってる間に、何かあったですか?」
何の話だか、さっぱり分からないようだった。
刺激しないように、ゆっくりと話を聞いてみると、ヴァーナーは何者かに捕まってからの記憶が一切ないようだった。
「……ヴァーナーさんが寝ている間に、百合園ではいろいろとあったんです。でも、今は普通通り、です。平穏が戻ってますから、ヴァーナーさんも早く百合園に戻ってきてくださいね」
「でも調子が悪いようなら、大人の人にちゃんと話して、良くなってから戻ってくるといいよ!」
凛とマリカは努めて明るい口調で、そう言い。
少しの間、他愛ない雑談をしてから、病室を後にした。
外の風はとても冷たかった。
その日は天気も悪くて、震えるほど寒かった。
だけれどここは、人が生きれる世界だ。
あの、熱い魔力が渦巻く空間とは違い、長く留まり生きることを望んでいい場所だ。
『9.ありがとうございました』
「色々とご心配おかけしました。そしてありがとうございました!」
異世界から帰還後。
美咲は、お世話になった人達にお礼をして回っていた。
「百合園の皆さん、皆無事でよかったわね」
ローズがそう言うと、美咲は嬉しそうな笑顔を浮かべて『はい』と返事をした。
「百合園の子だけじゃなくて、美咲さんが手紙を送った相手も、ご無事だったんですよねぇ」
共に挨拶に回っていたルーシェリアが言うと、美咲は少しだけ切なげな顔をして、首を縦に振った。
ルーシェリアを通して、手紙を送った相手、ファビオ・ヴィベルディとはまだ会えていなかった。
「理由は聞いても話してくれないかもしれませんが、こうして同じ世界で生きていれば、そう遠くないうちに会えますから」
詳しい話は聞いていないが、ファビオはマリザと一緒に発見されたという話だけは、白百合団を通じて聞いていた。
「2人とも、特に美咲さんはしばらくは無理せず、休養をちゃんととってくださいね」
「九条先生こそ、ちゃんと休んでくださね! 皆を助けてくださり、ありがとうございました」
その美咲の言葉に微笑んで、ローズも美咲とルーシェリアに頭を下げた。
「私からも、ありがとう。パラミタの私の友たち、大切なひとの大切な人を助けに行ってくれて、ありがとうございました」
そして、3人は握手をして、笑顔で別れた。
今度はパーティとか、楽しい相談をしようねと、約束をして。
『10.わきあいあいと』
異空間に向った者たちが行方不明者を連れてシャンバラに帰還した後も、エリシアは式神化した戦闘用イコプラの遠隔操作を続けていた。
「ただいまー。エリシア、お疲れ様〜!」
異世界から戻った美羽が、レグルスと一緒に、エリシアが滞在しているレグルス・ツァンダの私邸に戻ってきた。
「まだ遠隔操作してるんだって? 少し休憩しよ」
美羽はヴァイシャリーで買ってきた焼き菓子をテーブルに置いた後、キッチンにお茶を淹れるためのお湯を貰いにいった。
使用人の女性から、お湯とカップを借りて部屋に戻ってきて。
「エリシアと、レグルスと、私と……レグルスの彼女の分。休憩くらい、一緒にできるよね?」
美羽がレグルスに尋ねた。
出発前にも彼女に準備を手伝ってもらう事は出来ないかと聞いた美羽だが、手伝いなら使用人にやってもらえばいいと、レグルスは彼女に伝えてもくれなかった。
「私、彼女さんと、どこかで会った事がある気がするの」
「……そうだね。呼んでくる」
レグルスは少し考えた後、彼女を呼びに向かっていった。
「お疲れ様でした」
入れ違いでエリシアが少しの休憩を取るために、部屋に入ってきてソファーに腰かけた。
「異空間はどんな感じ?」
美羽が紅茶を入れたティーカップをエリシアの前に置きながら尋ねた。
「肌で感じることが出来ないので、詳しくは分からないのですが、大気の状態は安定しているようです。ただ、閉ざされた空間ですので、温度は高めのままと思われます」
時間の流れも、現代のシャンバラの時間の流れに少しずつ近づいているようだった。
「百合園女学院への最後の連絡を終えましたら、わたくしも集中を解かせていただく予定ですわ」
術はとうに切れていてもおかしくなく、今では遠隔操作もまともに行えていない状態だった。
異世界に残っているものもまだあるし、自分と共に頑張った戦闘用イコプラも手元に帰還させたいと思いもするが、それを求めるのは難しそうだった。
「エリシアが見ていてくれたおかげで、沢山の人を助ける事が出来たし、私達も頑張れた! ありがとね」
美羽が笑顔で礼を言う。
百合園やイングリットからもエリシアにお礼の言葉が沢山届いていた。
「平穏が戻ったのは、事件解決の為に命を賭してくださった、小鳥遊美羽や百合園の皆さん達のお蔭ですわ」
エリシアは紅茶を飲み、ほっと息をつきながらそう答えた。
「……こんにち、は」
ドアが開いて、守護天使の女性が姿を現した。その後ろに、レグルスの姿がある。
「ご一緒させてもらってもいいかしら?」
「どうぞ〜。ヴァイシャリーの焼き菓子、口に合うかな?」
レグルスと共に現れた女性に、美羽は焼き菓子を勧め、紅茶を淹れてあげる。
「ありがとう。……このお店知ってる。百合園の近くに、夏にオープンしたお店よね」
「ん? ヴァイシャリーのこと良く知ってるんだ。もしかして百合園生……あっ!」
美羽はその女性を、どこで見たことがあったのか、思いだした。
「白百合団員だよね? 一緒に離宮に下りたことあるよね」
美羽の言葉に、女性は首を縦に振った。
「副団長のティリア・イリアーノのパートナーのモニカ・フレッディです。実は……」
モニカはレグルスと並んで腰かけながら、2人に簡単に事情を話した。
モニカはテロリストと繋がりがあった人物として、国軍に追われていた。
事情を知っていたレグルスは、ひそかにモニカを自宅で匿っていたのだ。
「ごめん、恋人ってわけじゃないんだ。親しい友人だけど」
「何も協力できなくてごめんなさい」
「んー……そっか」
レグルスとモニカの言葉を聞き、美羽は腕を組んで考える。
「で、疑いは晴れたの? 濡れ衣なんでしょ」
「ええ。完全に濡れ衣ってわけじゃないんだけれど、保護観察扱いにしてくれるみたい」
「そうなんだ……とりあえず、よかったね」
共に離宮に下りてヴァイシャリーと百合園のために命を賭した人物だ。悪い人ではないことは確実だと美羽は思った。
「うん、ありがとう。……お世話になりました」
モニカは美羽とエリシア、そしてレグルスにも頭を下げた。
「今度は私が、ヴァイシャリーの美味しいお菓子を用意するわね」
「それじゃ、私達はツァンダと地球の名物をそれぞれ用意しよっか」
美羽がエリシアを見ると、エリシアは微笑して頷いた。
「そうですわね。お菓子を持ち寄って、パーティが出来たらいいですわね」
「場所ならうちの広間を使ってくれても構わないよ」
4人はそんな話をしながら、少しの休憩時間をわきあいあいと楽しんだのだった。
『11.喫茶店で』
異空間に向かった者達が、行方不明者を連れて帰還してから、数日が過ぎた。
「ゼスタはもう仕事に復帰してるんだって? 良かったな、アレナ」
百合園近くの喫茶店に、事件に関わった契約者達が集まっていた。
「はい。優子さんもとっても元気に勉強と仕事に励んでいます! ……私も、そろそろ空京に戻らないとですね」
康之にそう答えたアレナは、嬉しそうでもあり、ちょっとだけ寂しげでもあった。
「システィの状態については何か知っているか? 命に別状はないと聞いてはいるが……」
呼雪が、珈琲にミルクを入れながら、百合園生のブリジットとネージュに尋ねた。
このテーブルは、システィの正体を知る康之、呼雪、ブリジット、ネージュ、アレナで囲んでいる。
「白百合団にも大して連絡は届いてないわ。システィがした行為は、かなり無茶な行為だったらしく、奇跡的に助かったようなものだって話よ」
パートナー通話が出来るようになっていたため、事前に百合園やヴァイシャリー家に連絡がいっていた。それにより、帰還者に対しての十分な救護体制が整っており、システィや瀕死の状態だった晴海は一命を取り留めたのだ。
「それ以外にも事情があって、百合園への復学は無理って聞いてるよ。地球の大学への進学が決まってるから、回復後は地球に行くみたい。卒業式くらい、出てくれたらいいんだけどね」
ネージュがストローでオレンジジュースをかき混ぜながらそう言った。
「その大学ね……ゼスタ達が通っていた大学で、瑠奈もそこに通う予定らしいわ」
ブリジットは不機嫌そうに言い、アイスレモンティーのレモンをストローで潰す。
「風見瑠奈さんは順調に回復していますか?」
アレナがそう尋ねると、ブリジットは不機嫌そうな顔のまま頷く。
「まだ入院してるけど、クリスマス頃には退院できるって。
システィも瑠奈も、戻ってきたら文句を言ってやるわ。絶対に」
「サーラさんは、とっても元気になって白百合団の会議にも参加してるよ!」
そんなブリジットとネージュの言葉に、呼雪が微笑みを見せた。
「それはよかった。システィが特に守りたかった2人だと思うしな」
「みんな、早く元気になるといいな! で、こういう場所で喋りながら、言いたいことを言い合えればいいんだけど」
ココアが入ったカップを手に康之が言い、紅茶の入ったカップを両手で包んでいたアレナが、微笑んで頷く。
それから少しの間、談笑を楽しんで。
若者達はそれぞれの目的の為に別れて。ヴァイシャリーの街を歩いていく。
『12.そういうことに』
百合園女学院に戻ってきたレオーナは、緊張しつつ生徒会室のドアをあけた。
「ごめんなさい!」
中にいる人物の姿を確認するより先に、頭を深く下げて謝罪をする。
「……ちょうどダークレッドホールについて話し合っていたところです。入ってください」
そうレオーナに声をかけたのは、白百合団、副団長のロザリンドだった。
「レオーナさん、突入の経緯についてお話ししようとしていたところです」
起立していたイングリットが言うと、すぐにレオーナは彼女に近づいて頭を下げた。
「イングリットちゃんや美咲ちゃんに止められたのに、うっかり飛び込んじゃいました、ごめんなさい」
「いえ、それは……」
「イングリットちゃんにも、危ないって言われてたのに、近づきすぎてごめんなさい」
何かを言おうとするイングリットを遮り、レオーナは頭を下げ続けた。
「うっかり、巻き込まれてしまったのですね。わかりました」
ロザリンドが微笑みながら、イングリットとレオーナに座るように言った。
「白百合団の作戦については、副団長の命令だったそうですが、美咲ちゃんについては、わたしのうっかりが原因ですので……」
「うん、わかってる。わかってるよー。記録にもそうあるし」
くすくす笑いながら副団長補佐のレキが答えた。
「なんか、怪しい気もするけどねー、イングリット」
班長の舞香もにこにこ笑みを浮かべていた。
「処分は、風見団長が戻ってから決定されると思うけれど、団長自身が真っ先に飛び込んじゃってるからね。それに続いた団員達に処分が下されることはなさそうよ」
教師の祥子の言葉に、レオーナは目を輝かせる。
「それじゃ、お咎めナシですか!」
「とはいえ、あなたは団員じゃないし。白百合団に任せなければならない危険なことを独断で行ったというのなら〜。どうなるかしらぁ〜」
悪戯気に微笑みながら祥子が言うと、レオーナはしゅんと大人しくなった。
「まあ、友達を守るために、本当のことが言えないというのなら、無理に聞き出したりはしないわ」
もう一人の副団長のティリアはちらりとイングリットを見た。
「申し訳ありません。わたくしの指揮に問題がありました」
「作戦全体の指揮は私がしていましたから」
イングリットの言葉に続け、ロザリンドがそう言った。それも本当のことではないけれど……。
「今回のことは、とにかくあたしのうっかりミスなんです。本当にすみませんでした。そして、ありがとう、本当にありがとうございましたっ」
レオーナはこの場にいる女性達全員に抱き着きたい衝動に襲われていた。色恋的な意味は一切なく……いや、そんなにはなく。
「それでは、そういうことにしておきましょう。教職員と保護者への報告書は任せて頂戴」
「ありがとうございます。白百合団では理事と生徒達への報告書を作成していきますね。……団長と共に」
祥子とロザリンドがそう言い、生徒会役員と班長達は微笑み合った。
団長の風見瑠奈は、ゼスタや船に乗っていた人々を助けるために、ゼスタと共にダークレッドホールに突入したと聞いていた。
決して褒められた行為ではないけれど『白百合団の心』を感じる行動だと、百合園生の多くは瑠奈のことを認めていた。
「それじゃあたし、自主的にボランティアをするわ。まずは温水プールの掃除から!」
「それは助かるわ。でも、脱衣所や更衣室の掃除は不要よ! な・ぜ・か、あなたのことを女性の聖域に入れたくはないの」
にこにこ、にこにこ微笑みながら舞香が言った。
「わ、わかりました。真面目に掃除してきまーす!」
レオーナは立ち上がってもう一度「ありがとうございました」と大きな声で感謝の言葉を言い、生徒会室を後にした。
「……それでは、会議を続けましょうか」
少し和やかになった生徒会室で、祥子と、白百合団の役員、班長達は会議を続けていくのだった。
白百合革命(全4回)にご参加いただきまして、ありがとうございました。
百合園の生徒につきましては、無名NPCも含めまして死者は出ず、学院やヴァイシャリーにも被害が出ず、
白百合団の作戦は成功したと、評価されました。
以下の人物は、保護観察扱いとなります。立場の変更や行動の制限はありません。
モニカ・フレッディ
崩城亜璃珠さん
冬山小夜子さん
裏パートがどのような展開になっているかにつきましては……と、とりあえず、絡んでいない方は冬のイベントを存分に楽しんでから見ることをお勧めいたします。
個別リアクションの公開につきましては、来月以降、春までにはと考えています。
その前後に、後日談的なシナリオを行わせていただきたいと思っています。
私の技量のせいで、PCのアクションによりどのような成果を出せたのか、よく分からない方もいるかもしれません。
未然に防げてしまったことは大きく描かれることはないので、上手くいかなかったことばかり、見えてしまっているかもと、申し訳なく感じています。
例えば、探る方がいなければ、残念な展開として、偽物の瑠奈が百合園の寮で、多くの百合園生を巻き込んで爆発という展開もありえました。
それからこちらのシリーズで、私の一番の失敗は初回の募集でした。
敵組織に入り込んで、内部から崩壊させるといった行動は、とっても人気があるので、募集段階で規制をしたのですが……条件が厳しすぎたようで、内部で情報収集をしていくアクションが0でした。
そのため、暗躍系キャラじゃないのに、そちら方面に引き込まれてしまった方に、負担を背負わせてしまい申し訳ありません。
キャラらしい、精一杯のアクション、ありがとうございました。
それでは、しばらくはほのぼのシナリオで皆様と楽しく過ごせましたら幸いです。
ご参加、ご協力、本当にありがとうございました。
【2014年1月27日】
個別リアクションを公開いたしました。(8ページ〜)