リアクション
卍卍卍 ――TOKYO CITY―― TOKYOネオスカイツリー 上空 「美しい光じゃ。浮世を忘れそうになる」 TOKYO CITYを一望する巨大電波塔の頂上。 ひときわ大きな丸い月が輝く。 その下にはどこまでも広がる夜景。 眼下から吹き上がる風に髪をなびかせながら男は言った。 「わしの作った遊郭の楼灯にも負けぬな。この灯りの下に無数の人の営みがある。この国はまこと泰平の世でいられようかのう」 「は、そのために我ら家臣一同、こうして数千年の長き日を偲び、お待ち申し上げておりました。、鬼城 貞康(きじょう・さだやす)将軍様……!」 彼の周りには、つき従う若者たちがいた。 髪を染めたり、ピアスをしたりの現代風の身なりをしている。 しかし、その眼差しは鋭く、暗闇でも赤く輝いていた。 「わしもこなたたちに数千年ぶりに会えた。ようやく願いがかなったのだ。天子様が、桜の世界樹扶桑が望みを叶えてくださった――うれしくて仕方な……」 貞康はハッと顔を上げた。 若者たちも素早く身構える。 「そうだ。叶えてくださったが、泰平の世は……そう簡単に与えられるものではないようじゃな!」 頭上に輝く月の光。 その光は淵が黒く輝き二重の輪となる。 黒い輪は夜空に大きく暗い影を落した。 影はぽろぽろと剥がれるように落ち、鬼の姿へと変わる。 「邪鬼(じゃき)どもか!?はぐれ鬼が、また性懲りもなくあらわれおったな!!」 貞康がイルミネーション輝く鉄塔から飛び上がる。 若者たちもそれに続く。 どこに隠し持っていたのだろう。 彼らは腰から刀や銃を引き抜き、邪鬼と呼んだ黒い影――を粉砕していった。 「……落ちたな……何っ」 砕けた邪鬼とともに月から落ちる銀色のキラキラした光が見える。 貞康はとっさに手を伸ばした。 銀色の糸のようなものは女――白い髪だった。 貞康は落下する彼女を受け止める。 「なぜ、そなたがここに……!?」 「貴方は……貞康様なのですか……!」 白い髪の女性ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)は両腕を貞康の首に絡めた。 彼の顔は青ざめている。 「まさか、そなた扶桑の噴花に巻き込まれたのか……!?噴花で逝くのはわしひとりで十分。そなたはまだ、こちらに来てはならんとあれほど……」 「いいえ、違います。私はただ、どんな形でもいいから、貞康様と月の下でひと時を過ごしたいと願ったのですわ」 貞康はタワーの天望回廊に降り立ち、ルディを下した。 彼女はまだしっかりと彼から離れようとしない。 貞康もルディの細い腰を抱きしめた。 「こうしてるのはまるで夢のようじゃが……」 「夢でもいいですわ。ひと時でもいい、奇跡が起こるなら、また愛してもらえるなら……」 二人はしっかりと抱きしめあい、互いの肌のぬくもりを確認しあった。 夢でも幻でもないようだ。 ルディはようやく細かく息を継いだ。 「貞康様、今のは……」 「そなたも見たであろう。この未来の日本国に巣食う邪な気を。仮初めの泰平を。わしは今、邪悪な鬼どもから守るため臣下とともに戦っておる」 貞康は簡潔に語った。 未来の日本は陰の気に満ち、突如現れた邪鬼に苦しめられていたこと。 貞康はそれを退治していること。 そして、その原因と、マホロバとのつながりの深い扶桑や天子を――探していること。 だがそれは、雲をつかむような話だとも言った。 「それよりどうやってここへ」 貞康にじっと見つめられて、ルディはややうつむきがちに答えた。 「葦原の戦神子(あしはらの・いくさみこ)様の御筆先が……時空の月の導きがあったのですわ」 「……あしはら……いくさみこ?あの葦原 総勝(あしはら・そうかつ)の孫の……?」 「詳しくお話すれば長くなりますが、マホロバの歴史は干渉されすぎましたの。マホロバの過去も未来も変わるような出来事があったのです。私たちは必死にそれを正そうとしました。でもそれは、貞康様の知っている過去ではないかもしれませんわ」 「わしの知っている過去……よくはわからぬが、マホロバもそなたも無事であるならよい」 ルディは「それは……」と、あたりを見渡しながら尋ねた。 「私のことはよいのです。それよりも、いつまでもこうしていたら……貞康様の新しい御正室様や側室様がお出ででしたら、私はご遠慮申しげなくては」 「は?」 「貞康様の新しい……想い人です」 「いるはずがなかろう。第一そんな暇あるか。あ、いや。今、この時は別だがな」 場の雰囲気を察知したのか、家臣たちはいつの間にか居なくなっている。 さすがにどこかに控えているだろうが、ルディもそれ以上は考えないようにした。 「久方ぶりにそなたと話がしたい」 「はい……貞康様」 貞康の求めに応じてルディは、苦しみも悲しみも寂しさも知らなかった少女に戻ったかのように語った。 それは二人が初めて出逢った時の話だったり、貞康が遊郭で遊んだ時の話だったり、彼はただうんうんと頷きながら耳を傾けていた。 「それで?」 「はい?」 「そなたはまだ好いた男ができぬのか。他に」 「私は……」 <今、この時だけでも、貞康様のお嫁さんにしてくださいますか?> そう言えたなら、どんなに幸せなことだろう。 貞康の問いに彼女はただ微笑んだ。 「私はこうして貞康様にもう一度お会いできただけて幸せです。またひとつ、思い出ができますから……」 ほんの束の間でもいい。 貞康との思い出があれば生きていける。 ルディはそう思っていた。 貞康は少し考えて言った。 「わしはかつて多くの側室を迎えたが、鬼城の血をより多く残すためでもあった」 「はい。存じております」 「天子様に与えられし天鬼神の血を絶やさぬこと。それが鬼一族の、マホロバと天子様を守る唯一の方法だった。そのために多くのものを犠牲にもしたし、子々孫々まで苦しませてしまった。だが――」 貞康は手のひらを月にかざす。 「わしが死した後も――鬼城も、鬼も人も、マホロバも守られた。守ってくれる者たちが居たのだ。血脈に頼らずとも、時の流れは続いていくものなのだと、教えられたのだ」 貞康はルディのその手をしっかりと握る。 彼の中に流れる自らの血を確認するようだった。 「鬼城の血だけではない。わし自身のこころを繋いでくれるものが欲しい」 「貞康様」 「わしといっしょになるか?」 「私は……子が……」 そういいかけて、ルディは静かに目を閉じた。 貞康の瞳がまっすぐ彼女をとらえていた。 「月が……時の輪みています」 「かまわん」 逃れようにも彼は彼女離さないだろう。 貞康がルディの顎を持ち上げ、顔を重ねる。 二人の影はいつまでも月明かりに照らされていた。 |
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