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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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リアクション


何気ない日常が似合う人

 陽射しが力強くなってきた頃――。
 大きな予定がなく、イベントもない日。
 ゴンドラを貸し切ってロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は百合園女学院の校長で、恋人の桜井 静香(さくらい・しずか)と共に、ヴァイシャリー湖でクルージングを楽しんでいた。
 少し大きなそのゴンドラには、小さな客室があった。
 客室の中で強い陽射しを避け、冷たいお茶を飲みながら、2人はのんびり景色を見ている。
「苦しい事や悲しい事が沢山ありましたよね」
 街を――ヴァイシャリー家の方を見ながらロザリンドが言う。
 百合園女学院に入学してから、静香と出会ってから今まで、数年間の間に、本当にいろいろなことがあった。
「ただの怪盗気取りの変な人を捕まえるだけの事件と思いましたら、気が付けば校門前で優子さんが四天王と一騎打ちをすることになっていたり。
 その後も古代王国時代の離宮と多くの人や物を巻き込んでの激闘があったり。
 あの時は静香さんも誘拐されていましたよね」
「う……うん」
 静香はそっと自分の肩に触れて、震えた。
 それは、怖い思い出の一つ。
 だけれど大切な経験の一つだった。
「かと思えば女王の復活に帝国の介入、東西に分かれてヴァイシャリーが帝国側になったりと。
 魔道書を巡ってバタバタしてましたが、所属ごとの立ち位置も猫の目のように変わってて、誰に何を言ってどう線引きするのか悩んだり対立したり。
 またアルカンシェルやアンサラーといった古代兵器を巡って宇宙で戦ったりもしていましたっけ」
「なんだかもう……あまりに非日常過ぎて、ずっと夢の世界にいるようなそんな気さえもするよ」
「でも、現実なんですよね」
「そう、現実なんだ」
 ロザリンドと静香は柔らかく優しく、微笑み合う。
 吹き込む風が、互いの髪をからませるほど近くに、2人はいた。
「つい最近では魔道書と古代王国時代の人との関係で、封印されていた空間で戦いがあったり。
 過去の因縁や恨みに後悔そして現在の大きな変化。
 そういった物が噴き出してきたのかもしれません。
 多くの人が傷ついたり亡くなったりと、乙女の集まりに対しては厳しい、戦う事が多かった気もしますね」
「うん……ホントに」
 静香は軽く目を伏せた。
 その戦いに、静香が関与することはなかった。
 静香は静香なりに世界的な事件の対応に動いていた、から。
 生徒達が傷つき、悩み、シャンバラに生きる人々と共に、道を切り開き、成長する中。
 自分は、何ができただろうか。
 そう考えると、深みにはまってしまい抜け出せなさそうだった。
「でも同時に、色々と嬉しい事や楽しい事も起きていましたよね。
 優子さんがどんどんと出世していくのと同時に、四天王から若葉分校での伝説に今もなっていったり。
 リーアさんがちょっと迷惑なお薬を作ったおかげで、犬や猫になったり子供になって大混乱したり」
 静香の様子を察して、ロザリンドは明るい話に切り替えていく。
「あとパッフェルさんも、恋人を追いかけて百合園女学院に転校してきましたよね。
 私も、その、静香さんとこうしてお話とかできるようになりましたし」
 ちょっと緊張しながら微笑みかけると、静香も笑顔でこくりと頷いた。
「その他にも多くの人が恋人や仲のいい人ができたり、それぞれの道を進んでいって」
 ロザリンドは運河を――水の流れていく先、遠くを見つめる。
「このヴァイシャリーを流れる運河のように、人もあちこちで別れたり合流したり」
 ゆっくり揺れる水面を見ながら、視線を間近に、静香へと戻し、ロザリンドは続ける。
「私は力が及ばないで悔しいことや悲しい事が多かったですけど、それに負けないぐらいここに来る事が出来て嬉しい事や楽しい事がありました。
 静香さんはどうでしたか?」
「ロザリンドさんは本当に頑張ってきて、成果も出してて……凄いと思うんだ」
 静香は弱く微笑んで、お茶を一口飲み、視線をグラスに移した。
「僕は、頑張ってきた、かな。
 何度も頑張ろうとは思ってきた。
 だけど……」
 グラスの中の溶けていく氷を見つめながら、静香は今までの事を思い浮かべていた。
 自分は一体、何が出来ただろうか。
 パートナーのラズィーヤが自分と契約をしたのだって訳がある。彼女の望み通り、策略通り生きていれば、存在価値はあるのだろう……。
「光条世界の使者に襲撃された時も、皆に守ってもらってばかりなのが情けなくなって、頑張ろうって心に決めたけど」
 結局、自分は情けないままだった。
「何度頑張ろうと思っても駄目だから、もうずっと駄目なままかもしれない」
 静香は弱く、恥ずかしげな笑みを浮かべて、ロザリンドを見た。
「静香さん……」
「学校のこととかはラズィーヤさんが色々やってくれるから大丈夫だろうけど」
 苦笑しながら言う静香の言葉に、ロザリンドは首をそっと左右に振った。
「どんなに努力しても、結果に繋がらないこともあるということ。この身一つで、巨大な力の前に立っても、後ろにいる人々を守りきることが出来ないのは、私も、静香さんも、ラズィーヤさんも、一緒です」
「……うん」
 自身を無くしている静香に、今必要なのは――叱咤でも激励でもない。
 こんな日常が――のどかで、落ち着いた毎日が似合う優しい静香が。
 幾多の戦乱の中。緊迫した情勢の中で、努力しようと、頑張ろうとしてきたことを、ロザリンドは良く知っているから。
「静香さん」
「……ん?」
 静香の背に片腕だけ回して、ほんの少しだけ引き寄せて。
 回した手を頭に伸ばし、優しくぽんぽんと触れた。
「お疲れ様です」
「ありがとう……」
 静香はロザリンドに抱き着いて、そっと目を閉じた。

 事件が起こる前の、穏やかな一日。
 大切で貴重で失いたくない、やさしい、日、だった。