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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)
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第18章 私の力となるのはあなた

 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、1号艦のイコンハンガーで、ひっきりなしに出入りするイコンの指示に追われていた。
「この機体は修理に1時間以上かかります。後回しに」
 1時間に集中した作戦で、修理に時間がかかるイコンにかかずらっている時間はない。
「何とかならないか!」
 パイロットは無事だ。操縦席から飛び出してくる国軍兵士に答える。
「別のイコンを使ってください。
 あちらの機体はまだ1割の損傷が残っていますが、使えます」
 それは、昨日の戦闘で死んだ兵士の乗っていたものだ、と思い出した。
「了解!」
 兵士はアリーセが示したイコンに走る。
『一機、着艦依頼。誘導をお願いします。
 パイロット負傷、機体は30%損傷』
 インカムに連絡が入る。
「了解しました」
 返答を返し、ハンガー内を見渡す。
「負傷者です。運搬準備お願いします」
 アリーセの声に、救護室から戻ってきたばかりの衛生兵が、再び移動ベッドを引っ張り出した。



 1ヶ月間、餌の供給もなく馬車馬のように働かされた南 鮪(みなみ・まぐろ)は、限界に近付いていた。
 ハッキリと一言で言えば、パンツ欠乏症になった者がここにもいた。
 しかも、最早瀕死に近かった。

「パ、パンツ……パンツをくれェー……
 い、いや、いっそそのもの丸ごとくれ、エリザベートをくれェ〜パルメーラをくれェ〜ひゃっはぁ……」
 いっその後が、その前よりも難易度が高くなっているのは、瀕死になっていてもお約束は忘れない、熱き魂の現れだろう。
 その思いに答えるように、突如、上空から光が射した。
「……おおっ!!?」
 膝立ちになった鮪は、両手を天に差し上げる。
 その頭上に、パンツが降り注いだ。
「パンツ…………!!!」
 そしてその両脇から、そっと差し延べられる手。
 右側からはパルメーラが、左側からはエリザベートが、見たこともないような笑顔で微笑んでいる。

「お願い……パンツをはかせて」

「ぅおおおおお任せろぉぉぉぉぉ!」
 鮪は復活した。
「ヒャッハァ〜!
 俺がお前らに凄い勢いでパンツはかせてやるぜェ!!」
 降り注ぐパンツの海の中で、鮪は両側に二人を侍らせる。
 え、でもちょっと待って、パンツ降り注ぎ過ぎ、嬉しいけど幸せだけどちょっと苦しい。
 てか、あれ? 何だこの、ふわりと暖かい感触……。
 これは……これはひょっとして、パンツの、中味的な………………

「何をやっておるか馬鹿者――!!!」
 幸せな夢にそぐわない野太い親父の声が、夢の世界を叩き壊した。
 その瞬間、痛烈に走る痛み。
「……は?」
 どっぷりと、血塗れの自分を見て、鮪は我に返った。
「何じゃあこりゃあ――!」
「ウミウシに上半分ばっくり食われておったのだ!
 不甲斐ない、しっかりせんか!」
 搭乗していた第六天魔王 建勲大神南蛮大具足から降り、鮪をウミウシから引き剥がしたパートナーの英霊、織田 信長(おだ・のぶなが)は、全く情けない、と嘆く。
「だっ……だって……だってパンツが……!!」
 だくだくと出血しながら、えぐえぐと鮪は泣いた。
 幸せの絶頂に居ただけに、現実に帰った絶望は大きい。
 この世界には今、俺のパンツはどこにもない。
「そんなにぱんつが欲しければ、わしのをくれてやるわ!」
「ッギャ――ッ!!」
 その言葉を耳に入れることすら拒むように、鮪は叫んだ。
「駄目だ! パンツ提供してくれるならこの際、可愛ければオンナノコじゃなくてもオッケーだがおっさんは駄目だぁぁぁ!」
 そんな鮪の苦行は、最低あと1ヶ月は続くのだった。合掌。

「……ところでおっさんは、想像が出て来てウミウシになったりしなかったんか?」
「したとも」
 当然のように、信長は答えた。
「昔わしを裏切った者共が次々出て来おって、片っ端から斬り捨てるのは爽快だったわ。
 奴等がぐにゃぐにゃになってウミウシになる光景は、痛快極まったな」
「……」



 ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)は、パートナーの悪魔、ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)と共に、へルタースケルターで、巨大良雄の中に突入した。
 内側から良雄に元気を、具体的には小麦粉的なものを大動脈のようなところへ注入できれば、と考えたのである。
 巨大瀬島 壮太(せじま・そうた)がカレーを食べさせようとした折、良雄が大きく口を開けたのに便乗して、内部に入る。
 だが、内部はブルタの予想と違っていた。
「何だ……?」
 外側が良雄なら、内側も人体、のようなものではあるだろう、と踏んでいたのだが、内部は混沌としたものが渦を巻き、視界は全く利かない。
 そして、イコンの操縦もできなかった。
「レーダーも作用していませんわ。全くの無……」
 ステンノーラが計器を見る。
「無? 無ってことはないよ。
 何かが凝縮してる。
 それとも、無が詰まってる、のかな?」
 自分で言ってて訳がわかんないや、とブルタは笑った。
「とにかくも、コレは、良雄の形をした、全く別の何かだ、ってことは、解ったよ」
 どこかに沈んで行きながら、ブルタは言う。
「やはり、下手に細工をせず、ダイヤモンドの騎士をイコンの武器にして、亀裂に叩き付けた方が早かったような気がいたします」
 冗談とも本気ともつかない口調で、ステンノーラが言った。
「でもそれ、さすがに断られちゃったしね」
 さて、と、ブルタは全く動かない操縦桿を軽く突ついて溜め息を吐く。
「何かにぎゅうぎゅうに包まれちゃってるみたいだ……。どうやって脱出しようか」



 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)達にとって、個人的に大事件があった。
 ナラカの空気には到底向かないと、地上に置いてきたはずの花妖精、またたび 明日風(またたび・あすか)が、好奇心だけでこっそりとついて来ていたのだ。
 デスプルーフリングを持たなくとも、艦内では大丈夫なはずだったが、やはり空気が悪かったのか、くたりと弱ってしまったのである。
「見事に枯れかけてるわねー……」
 介抱してやりながら、リカインは呆れる。
「自業自得よ、全く」
「しかしですね、ナラカなんてぇ聞き慣れない場所に行くと聞いたからにゃあ是非行ってみたい、そう思いましてね、リングとやらがなくても、イコンに乗ってりゃ平気だって言うじゃないですか。そりゃもう乗るしかないね、ってね。
 しかし何ですかい、ここは、死臭のようなものがプンプン漂っていやがりますな」
「はいはい、もういいから」
「しかしですね、あっしとしましては、旅は自分で歩くもの、というのが信条ですから真っ直ぐ戦場に向かおうとしたところであいつらが……そう、大量の猫がぁぁぁぁぁっ!」
 ばたり、と明日風は気絶した。
「つまりこっそりついて来て一人でイコンに乗ってフラフラしていて、猫のトラウマが具現化し、ウミウシに襲われたわけだな」
「長かったわねーそこに至るまでが」
 パートナーの奈落人、木曾 義仲(きそ・よしなか)の言葉に、リカインは溜め息をつく。
「二人とも、もういいわよ。時間が無いわ。
 この子が目を覚まして回復したら、私もイーグリットで出るから。先に行ってて」
「確かに、心配ですが、いつまでもついている余裕はありませんものね」
 英霊の中原 鞆絵(なかはら・ともえ)が頷いた。

「わしはな、やはり一騎当千というのは過大表現だと思うのだ。
 人である以上いかな達人とて背後が見えるわけでもなければ腕が何本も生えているわけではない。今のわしなどサイコキネシスで刀を振るう軌道を無理矢理捻じ曲げて複数の相手に対応することもできなくはないが、それでも目に見える範囲が限界というもの」
 似ている……。と、鞆絵は思った。
 つい先刻、猫の恐怖に気絶した誰かと、何となく似ている。
「それで?」
「巴。背中は任せたぞ」
「最初からそのように言えばいいのです」
 共に巨大良雄を防衛する布陣につきながら、鞆絵は薙刀を構え持つ。
「こうして数多の敵を前にすると、昔を思い出しますね」
「何、ここはナラカ。わしらの領域でもある。
 そう遅れを取ることもあるまい」
 百人力を得た思いで、義仲は笑む。
「向こうの奈落人どもに気をつけよ。
 奴等、想像の具現化による武器を持っているからな」
「ご心配には及びません。
 老いてもこの薙刀の腕、鈍ってはいないつもりです」
「ふっ、流石巴よ。
 さあ、おぬしらこの花宴の錆にしてくれるわ!」