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【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(後編)

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【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(後編)

リアクション

「ごほっ、げほっ……」
 2両目の右側方向にいた乗客の一人が、激しく咳き込み血を吐いた。
「なんだ!?」
 通信機からの偽情報に気を取られていたテロリストは銃を向けながら、その乗客――イーリャに目を留めた。
(今ね!)
 その瞬間に、ジヴァが身を起こし、テロリストにヒプノシス。
「な……何者かが潜入……」
 通信機でそう伝えながら、その車両にいたテロリストは崩れ落ちた。
「シヴァ、行って。今なら窓から逃げる事もできるはず」
 イーリャは口から一筋の血を流しながら、シヴァに言う。
 口の中を噛んで血をだし、血を吐く演技をして敵の目を引いたのだ。
「逃げたって、別の車両から狙われたら面倒だわ。暴れだした人もいるみたいだし、いいわ、やってやる!」
 シヴァは伏せる人々を跳び越えて、前の車両へと走る。

 サイレンの音が止まり、運転室のテロリストが1人狙撃された時。
 4両目にいた遙遠も動き始めていた。
「好きにはさせません」
 テロリストの注意が逸れた瞬間にアイスフィールドを展開。
 被弾範囲を減らす為に、ちぎのたくらみで体を小さくし、絶対暗黒領域を発動した状態で、テロリストへ突進。
「動くな!」
 テロリストは散弾銃を乱射。
 車内から悲鳴があがる。
 遙遠は構わず突進し、ヴァジュラでテロリストを斬った。
「兄様、怪我……痛そうなの!」
 テロリストの乱射で、傷を負った遙遠を瑠璃は心配して、近づいて来ようとする。
「大丈夫です。大人しく隠れていてください。もしもの時は、解っていますね」
「うん、大人しくしてるの……」
 瑠璃はこくんと頷くと、カモフラージュの能力で隠れた。
「止まったままでは危険です」
 そう言うと、遙遠は怪我を治す間も惜しんで、ヴァジュラを手に車掌室の方へと走った。
「しっかりしろ! すぐに治すから。怪我をしている人は集まって!!」
 霞憐も顔を上げて状況を確認すると、怪我人の傍によってリカバリで癒していく。
「動けない人が近くにいたら、教えてくれ。敵に気付かれても守るから!!」
 そう声をかけて、怪我人の元に駆け付けて怪我を治す。
(遙遠のやつ……勝手に暴れやがって……一般人のこと考えてないのかよ……)
 歯軋りしながら、霞憐は撃たれた人々を必死に癒す。
 大人しく隠れていろと言った遙遠の目は、冷たかった。
 それはテロリストへの感情だ。
 遙遠は自分達を守る為に動いている。
(……ちくしょう)
 それが解っていたから。霞憐は彼を止めることが出来ず、被害を抑えようと、人々を助けるために必死に動く。
(兄様が行ったのと逆から敵が来たら、大人しく撃退するの! 瑠璃は大人しく隠れて撃退するの!)
 瑠璃は隠れたまま、そんなことを考えながら遙遠が向かった先と逆の車両に警戒していた。
 逆の車両は、まだ静かだった。

(ご無事ですか、理子様?)
 陽一はテレパシーで理子に話しかけながら、銃型HC弐式で理子のいる中央の車両を探っていた。
(うん、機晶姫のちっちゃな娘が来てくれたわ。その子から状況は聞いてる。あたしももう我慢できない! 行くわよ!!)
(待ってください……!)
 と言っても、彼女の性格ではもう待てないだろうと思う。
 隠密に進めようと思っていたが、方針を変えて陽一も窓に近づく。
 指につけた大帝の目で中を確認すると、理子に銃を突き付けている男は今は一人だった。
 もう1人は連結部分から隣の車両を覗き込んでいる。
(援護、お願い!)
 陽一にそう話した後。
「離しなさいよ! 離さないと舌噛んで死ぬわよ! 死んだら人質にもならないでしょ。宮殿で護られてる女王はあたしが死んだくらいじゃ死なないんだからねー!」
 理子は暴れ出した。
 合わせて、陽一はガラスカッターで窓をくりぬく。
「黙れ!」
 ガツンと、男は銃で理子の頭を殴った。
(理子様!)
 陽一は開けた穴から含み針を飛ばし、理子を殴りつけた犯人を狙撃。
「これ以上は許さない」
 先に列車内に送り込まれていた六花は、隠れていた理子の懐から顔をだし、ブラインドナイブス!
 小さな体から放たれた大きな衝撃と、猛毒の針を首に受け、男は泡を吹いて倒れた。
「頂くわね」
 六花は倒れた男に飛び乗り、銃を奪い取ると、顔を上げた理子の護衛の方に投げた。
「よくもやってくれたわね!」
 理子は忍ばせておいたナイフを取り出すと、前の車両に向かっていたテロリストの方に駆けていく。
「くっ……」
 もう一人の男はマシンガンを列車内に向けた。
 途端。
 男のすぐ近くの窓が音を立てて割れる。
 驚き、男は窓に向けて乱射。その先にはシャーロットの姿があった。
「眠っていてもらおうか」
 直後に空間に現れた存在――大公爵 アスタロト(だいこうしゃく・あすたろと)が、我は科す永劫の咎を発動。
 マシンガンを撃つ前に、男の手が、そして身体が石化していく。
「わらわは敵ではない。護衛の者は連結部分に」
 理子の護衛達は突如現れた悪魔のアスタロトを警戒し、銃を向けていた。しかし、アスタロトが魔法で乗客の治療を始めると、警戒を解いて言われた通り連結部分へと走る。
「あたたたた……」
「理子様……。なんという無茶を」
 窓から陽一は車内に入り込んでしゃがみこんだ理子に駆け寄った。
「大きな怪我はされていないようですね。良かったです」
 シャーロットも割った窓から車内に入ってきた。
「たんこぶ一つで済んだみたい。怪我をしている人沢山いるから、皆をお願い!」
「わかりました。理子様は避難を」
 シャーロットはそう言うと、アスタロトに目配せして、治療を任せ、自分は石化した男の手から銃の部分を落し、縄で縛っておく。
「乗客の皆さん、現在ロイヤルガードや、契約者達が動いています。顔を上げて大丈夫ですが、大きな声は出さないでください。携帯電話も、傍受される可能性がありますので、絶対に使用しないでください」
 陽一はその車両の乗客達にそう伝えていく。
 顔を上げた乗客達は身を寄せ合って、青い顔で終息を待つ。
「あたしも脱出は皆と一緒よ」
 理子はそう言って、ナイフを持ったまま護衛と共に自分も警戒に当たろうとする。
「わかりました。ですが……いえ、なんでもありません」
 テロリストの制圧に失敗した場合、もしくは撃ち漏らされたミサイルが飛んできた場合、陽一は理子を何としてでも連れ出すつもりだったが、今はあえて言わないでおく。
 彼女を失うわけにはいかない。
「ここから入ってください」
 陽一は窓を開けて、待機させていた酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)を呼ぶ。
「……別に、リコの事なんて心配してないけれど、逃げた方がいいんじゃない?」
 入ってくるなり、美由子はちょっと心配そうに言った。
「大丈夫、心配してくれてありがとね」
「し、心配なんてしてないって言ったでしょ!」
 ぷいっと、美由子は理子から顔を背ける。
 それから、震えている乗客達に笑みを向けていく。
「大丈夫大丈夫っ。外から見ていたけれど、こちらの大勝利間違いなしよ」
 そう言って、怪我をしている人々を、ナーシング、ヒールで治療をしていく。
「そうね、窓開けたらどう? 空気の入れ替えしたいでしょ?」
 軽快に乗客に話しかけて、明るい態度で落ち着かせていく。
 怖いのは、集団パニックだと、陽一に教えられていたから。傷よりも心を少しでも落ち着かせる必要があった。

「どうした!?」
(今しかないっ)
 自分を拘束していたテロリストが通信に気を取られた瞬間に、ノーンは至近距離で氷術を放った。
 男の腕が凍りつき、武器を扱えなくなる。
「んっ!」
 ノーンは暴れて男の腕から飛び出して、即、我は射す光の閃刃を放つ。
 同時に、男は腕を振り上げ、ノーンを殴りつけていた。……が、攻撃はノーンには当たらず、彼女が連れていたキノコマンを打ち砕いた。
「あーっ、のっこちゃんになんてことを!」
 ノーンは崩れ落ちたキノコマンを抱え上げる。
「くそっ、お、お前はもういいくたばれ! くたばれ、くたばれ!」
 氷術で生み出された氷を振り払い、男は銃をノーンに向けた。
 魔法の効果か男は恐怖に震えながら、銃を撃とうとする。
「もういいのは、そっちだ」
 声と同時に、男の身体を短刀が貫いた。
「これ以上大声をあげるなよ」
 ブラックコート、ベルウラマントで姿を隠した、の攻撃だった。
 背後から男の口をふさぎ、何度か短刀――さざれ石の短刀を突き刺して、男を石化していく。
「大丈夫か」
 男を完全に石化させた後、翔はノーンに声をかける。
「うん、大丈夫。ドーナツはりっと君に期待するしかないかな」
 命の息吹をキノコマンにかけた後、ノーンは体中傷だらけなのに、安堵の笑みを浮かべる。
「運転室は既に制圧済だ。こっちは念のため塞いでおこう」
 翔は石化させた男の身体で、隣の車両に続くドアを塞いでおく。
 自分がここの対処に動いている間に、隼人が先に向かったはずだ。
 それから、もう大丈夫だと乗客を安心させる……まだ、ミサイルに狙われている状況には変わりないが、下手に騒がないでもらうために。

「待て!」
「待たないわよっ」
 2両目から1両目に向かおうとした少女――ジヴァを、車内に入って、隼人は止めようとしていた。
 ジヴァはヒプノシスで隼人を眠らせようとするが、それより先に隼人が動いた。
 ジヴァの腹を殴り、彼女を気絶させる。
「悪い。敵か被害者か分からなきゃ、こうするしかないんでな」
 隼人は彼女を抱き上げながら、血を流しているイーリャの元に歩み寄った。
「彼女は私のパートナーです。共に避難誘導を手伝い、列車に乗ったところ巻き込まれてしまったのです」
 イーリャの説明に頷き、隼人は慎重に彼女をフラワシで癒していく。
「乗客の振りをして潜入しているテロリストがいる可能性もある。他の車両の制圧も進んでいるようだが、落ち着いて油断をせずにいこう」
「はい」
 返事をした後、イーリャはジヴァを受け取った。
(私が……守らなきゃ……)
 彼女を抱きしめながら、歴戦の防御術、対電フィールドその他、持てる能力全てで、次の事態に備えておく。

 遙遠は、車掌室へと迫っていた。
 車掌室の前にテロリストは一人。
「止まれ! 止まらないと皆殺しだ!」
「そうですか、その前にこちらが皆殺しにするまで」
 そう冷たく言い、遙遠はアイスフィールドで護りながら突進する。
 銃弾がいくつも遙遠を傷つけていくが、気にはならない。パートナーを連れて逃げる退路の確保が優先だ。
「殺すぞ!」
 テロリストは伏せている乗客に銃を向けた。
「させるか!」
 窓ガラスが割れ、大きな白い物体が飛び込んでくる。銃弾はその白熊――ベアの身体に降り注いだ。
「ベアっ!」
 パートナーの名を叫びながら、ソアが車外から、雷術を放った。
 直後に、遙遠は雷術に打たれたテロリストをすり抜けて車掌室に入り込む。
 潜んでいた最後のテロリストに撃たれるが、同時にペトリファイで石化させて沈黙させた。
「ベア……!」
 ソアが列車内に飛び込む。
「俺様は大丈夫だ」
 ボロボロになりながらもそう言うベアにソアはヒールをかけた後、彼女も車掌室に飛び込んだ。
「無茶したらだめですよっ!」
 それから、車掌室で深い傷を負って倒れている子供――遙遠もヒールで癒す。
「やんちゃはほどほどにしないと、ご両親やお友達が心配しますよ」
 自分より小さな子供だと思って、治療しながら優しく諭そうとするソアだけれど。
 腕の中の相手は、実は立派な青年だ。
 言いだせずに、遙遠はきまり悪そうな顔をしていた。
「テロリスト沈黙。動かせるか!?」
 連絡を受けた千歳が飛空艇で近づいてくる。
「車掌さん、お願いします。ヒラニプラまで急いでください」
 縛られていた車掌の縄を解いて、ソアはお願いする。
「了解しました」
 車掌はマイクで運転手に連絡を入れ、ヒラニプラに向けて列車を発進した。

 国軍の誘導の下、列車は無事ヒラニプラの駅に到着を果たす。
 すぐに乗客達は保護されて、安全なホテルへと導かれる。
「兄様のいいつけまもったの! 大人しくかくれてたの!」
 瑠璃は、遙遠と合流をするとぎゅっと抱きついてきた。
「……無事で、よかった」
 霞憐は何とも言えない顔で、それだけ言って軽く遙遠を睨み、怪我をした人達の治療を続けていた。
「もう大丈夫だから、ホントに大丈夫だからね!」
 理子は憔悴している人々に、声をかけて回っていた。
「……」
 全員無事、とは言えない状況なため、下手に声を掛けない方がいいと思い、翔は無言で彼女の護衛として付き従う。
「ご自分の傷、まだ治していないのでは?」
 シャーロットはそう言って、アスタロトに頼み、理子と周りの人々を、我は紡ぐ地の讃頌で癒してもらう。
「ありがとう。助かったわ。……皆のことも助けてくれて、ありがとう」
 理子はシャーロット達と、それから皆に、笑みを見せてお礼を言った。
 そんな彼女の顔を見て、陽一もほっと息をつく。
「しかし、テロリストとアルカンシェル……どいう繋がりがあるのでしょう」
 そう、疑問はまだある。
 テロリストが車内にいる間にも、アルカンシェルは橋に向けてミサイルを何度も発射していた。
「狙いが解らないんだよな」
 千歳は駅の方を見る。石化を解いて、尋問が始まっている頃だろうか……。
「ごめん、悪かった。すまないっ!」
「劣等種が……っ」
 隼人は気絶させたジヴァに、土下座して謝罪をするも、彼女の機嫌が治ることはなかった。
「ありがとうございました」
 だけれど、イーリャからは深く感謝をされた。ジヴァには見えないよう、彼女と微笑み合う。
「りっと君も、あとで呼ぼっと〜」
 ノーンは、致命傷の人を命の息吹で救った後は、皆の勧めに従ってふかふかベッドで休むことにした。
 よく頑張ったねと、皆が褒めてくれた。
「あ、そうだ」
 隼人はテロリストの通信機をポケットに入れていたことを思いだし、取り出した。
 その、瞬間に――。

 バン

 大きな音を立てて、通信機は爆発をした。
「つ……!」
 隼人の血が飛び散った。
「誰か、彼に回復魔法を!」
 イーリャが叫んだ。
「私が……っ」
 近くにいたソアが、隼人にヒールをかける。
 幸い、魔鎧の天斗を纏ったままであったため、ダメージはそう大きくはない。
 ソアは天斗の傷も癒す。
「ご主人……!」
 ベアは残った破片を外へと蹴りだす。
 そのソアとベア、イーリャも爆発で負傷していた。
「なんでこんなこと……」
 悔しげに言いながら、霞憐はリカバリを皆にかけて癒す……。

 通信機が爆発をしたのは、石化が解かれ、尋問を始めようとした直後だった。
 胸に通信機を入れていたテロリスト達は全て、息絶えたという。
 ブラッディ・ディバインという言葉だけを残して。