葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(後編)

リアクション公開中!

【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(後編)

リアクション

(アイシャちゃん、聞こえる? アイシャちゃん……)
 宮殿の屋上に戻った 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、女王のアイシャにテレパシーを送っていた。
『詩穂……』
 小さな反応があった。
 詩穂の顔に安堵の笑みが浮かんだ。
(うん、テレパシーが通じる所にいると信じてた。
 だって今まで一緒に冒険してきて、アイシャちゃんは空京を、シャンバラを、見捨てて逃げるような人じゃないって知っているから。
 退避させられてもきっと空京に、詩穂の近くにいると信じてる、それだけで強くなれる気がするんだ)
『……』
(今、退避している場所はどこ?)
 アイシャからはすぐに返事はなかった。
(アイシャちゃん、理子様の件は知ってるよね……)
『ええ、知ってるわ』
 理子が捕まったのは、誰かが理子の行動を把握していたからだろうか。
 アイシャの行動も把握されてしまっているのだろうか。
 詩穂はアイシャがたまらなく心配になる。
 早く彼女の元に駆け付けないと……。
(ねぇ、「アイシャの騎士」として相応しくなる為にミサイルから空京を、シャンバラを、民を、国家を、国家神を守る「楯」になろうと思うんだ。
 こんな状況で言うのもおかしいかな?)
 自分の想いを、詩穂はアイシャに伝えていく。
(騎沙良詩穂が生涯をかけて愛し仕えるべき主の名前はただ1人、……アイシャ・シュヴァーラです)
『詩穂……』
 アイシャの声は悲しげだった。
 さっき話した時と同じように。
 詩穂は胸を詰まらせる。
(ごめんね、心配かけて……。テレパシーなのに、言葉よりずっと先に声のぬくもりが伝わってきたよ。
 だからもう、心配しないで。
 アイシャちゃんを護るために戻るから――)

「列車強盗……。理子様、ひいてはパートナーのアイシャ様の危機です」
「弱っているところを狙われたのなら、女王といえど……」
 詩穂がアイシャとテレパシーで話をしている間、魔鎧として詩穂に纏われている清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)と、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)も言葉を交わしていた。
「理子様の映像を送ることで、予告をしているのでしょうか」
 真の狙いはアイシャなのか、それともシャンバラ政府なのか。
 青白磁は深く考える。
「成功させることが目的ならば、予告をする意味はないじゃろ」
 青白磁のその言葉に、セルフィーナは強く頷く。
「全て、陽動とも考えられますね。アルカンシェルの砲撃も、シャンバラ政府を狙うための。……とにかく、こちらの行動は筒抜けになっています!」
 アイシャの退避場所も筒抜けになっている、もしくは筒抜けになる恐れがある。
 だからこそ、駆け付けて守らねばと、セルフィーナ達も思う。

『ごめんね……詩穂』
 しばらくして詩穂に届いたアイシャの声は、変わらず悲しげで……。
 彼女は、結局詩穂に居場所を言わなかった。
『詩穂に無茶をしてほしいとは思ってないわ。一緒に戦いたい。だけれど、今、私がすべき戦いは、耐えることなの。女王として民を守るために、敵の策略にはまらないこと』
(アイシャちゃん……)
『私は今、個人として詩穂を守ってあげることができない。でも、女王としてシャンバラの人々も、詩穂のことも守り、ます』
 切なげに、だけれど決意が籠った声だった。
 自分のことを本当に心配してくれていることが、わかる。
(そっか、うん、ごめんね)
 傍に行ってあげられなくて、ごめんね。
 傍で戦えなくてごめんね。
 と、謝った後。
 詩穂はアイシャの騎士として、今の状況下で自分のすべきことを理解していく。
「そう……代わりに剣となることを、詩穂は誓ったから」
 アイシャがしたくでも出来ないことを――シャンバラの人々を直接護って。
 自分も生き残り、彼女の元に帰還すること。
 国家神となったアイシャはシャンバラの『ロイヤルガード』として、詩穂を任命した。
 自分のボディガードや、世話係ではなく。
 これもまた、女王として生きることを決めた、アイシャの決断。

○     ○     ○


「ううっ、馬鹿になったら責任とって貰いますの……」
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は、涙目でキーボードを叩いていた。
 彼女の額にはたんこぶが出来てしまっている。
 ちょっと前に、ワイルドペガサスのレガートを封印の魔石に封じこめた時に、頭突きをされてしまったのだ。
「目立ちすぎるから仕方なかったんですの……」
「ごめんなさいね」
「え!? アイシャ様が謝られることなんてありません。こちらこそ頭突きをされてすみませんでしたっ!」
 イコナは勢いよく頭を下げて、謝罪をした。だけど勢いをつけすぎて、今度はPCに頭をぶつけて、涙目に。
 大丈夫ですか? と優しく声をかけて、アイシャはイコナの額に手を当てて、魔法で癒した。
「アイシャ様、どうぞ。イコナちゃんもちょっと休憩してください」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)が、紙コップに入れた紅茶を皆に配る。
 宮殿から役人に渡されてアイシャとアイシャの護衛達が持ってきたのは、簡単なティーセットと、応急セットだけだった。
 イコナは出発前までに転送してもらったデータを確認し、気になる情報をピックアップしている。
 その他、リアルタイムの情報はここには入ってこない。
 一般人が受信できる情報のみしか、受信してはダメだと役人に言われていた。
「避難場所が知られてしまう可能性はないと思いますが、油断せずにいましょうね」
 会議に加わっており、護衛としてついてきた源 鉄心(みなもと・てっしん)がアイシャと仲間達にそう言う。
 アイシャは不安げながらも淡く笑みを浮かべて、頷いた。
 だけれど、その笑みはすぐに消えて。PCに映し出されている情報や、国民向けに流れているニュースに真剣な目を向ける。
 アイシャは拳を握りしめていた。
 何も出来ずにいることが、悔しいのだろう。
「本当は皆と一緒にいたいでしょうけれど……一番優先がアイシャ様の無事で、それは皆も承知していることで、そうしていてくれるから、皆も前のことの集中できるんです」
 ティーの言葉に、アイシャはこくりと首を縦に振る。
「それにしても、いじめっ子根性の据わった相手みたいですね……」
 出かけ前に聞いた、アレナが受け取ったテレパシーの話を思い出して、ティーは悲しくなっていく。
「ホント……何故このようなことを話したのでしょう。アレナさんが皆さんに伝えないとでも? 伝えたら殺害されてしまう可能性があるのに……本当にアレナさんを欲してる?」
 イコナはPCにテレパシーの内容を入力しながら、首を傾げる。
「陛下。じれったいでしょうが……今は見守ることしかできない」
 そんな鉄心の言葉にも、アイシャは素直に首を立てに振る。
「もし突入や、その他の事も罠だったとしても、早々思惑通りに行く連中でもないでしょう? 朗報を待ちましょう」
「はい……。良い知らせを待ちます」
 鉄心は出発前に、軍にアイシャに同行する旨連絡は入れたが、避難場所については知らせてはいない。むしろ、ここはテレポートを使ったアイシャ自身が誰にも言わずに選んだ場所であり、到着まで同行した自分達も知らなかった。
 そして、避難後は政府の言いつけを守り、電波を使った連絡は一切していない。
「敵が札をきり終えたとは思えない。まだ何か起こる可能性もあるでしょうが……。万が一、ここを敵に嗅ぎつけられるようなことがあったのなら、女王陛下の飛矢として、投げていただいても構いません」
 テレポートの負担も少なくなるだろうし、と鉄心は言う。
「……その、決断をしなければならない時が、来ないことを祈ります」
 アイシャは切なげな笑みを鉄心に見せた。
「高官の指示は、テレパシーの通じない場所だったはずだけど?」
 リアが優しい目でアイシャに言った。
 空京のことは軍やロイヤルガード、契約者達に任せること。
 絶対に安全な場所で、外部との一切の連絡を絶つこと。
 相手の言葉に惑わされないように、テレパシーの通じない場所を選ぶこと。
 誰に何があっても、取引に応じるようなことがあってはならない。
 政府からは、そんな指示が出ていた。
 だけれど、アイシャが選んだのは東シャンバラのロイヤルガードの宿舎だった。
「何を考えてる? どんなことでも、俺はアイシャを手伝おう」
 例えば、自分の力で空京を護ろうとしたのでも、アルカンシェルに乗り込もうと考えたのでも、そのものを食い止めようとするのであっても。
 リアは手伝うつもりだった。
「剣と体で守るし、魔力が要るなら俺の血を吸え。君に譲れない決意があるように、俺にも譲れない誓いがある。ここに留まっているのであっても、俺のすることに変わりはない」
 アイシャの行動に同行し、護衛と魔力源の血となる。
 その気持ちに変わりはない。
「シャンバラのために、私は力を失うわけにはいかない。だから、身をひそめて何もしないことが、女王としての戦いなの。私は惑わされたりはしないわ。だから、せめてテレパシーの通じる場所にはいさせてほしい。我侭、だけれど、絶対に惑わされたりはしないから」
「敵は心理戦が得意なようだからな。干渉があったとしても、一人で背負うなよ。俺はアイシャの騎士なんだからさ」
「ありがとう、リア」
 そう微笑んだ後で、アイシャは女王としてこうも続けた。
「でも、私の身を案じてくださるお気持ちは嬉しいですが、空京市民のことも大切に想ってあげてください」
 アイシャは空京の為に、自分を犠牲にすることが出来ない立場だった。
 全身全霊で市民を護りたくても。
 だから、自分が安全な場所にいる時には、ロイヤルガードには自分の代わりに、人々を護ってほしいと思う。元々、ジャンバラのロイヤルガードは自分が作ったわけでなく、自分個人の護衛隊ではないのだから。
 リアはそんな彼女の言葉に、笑みを浮かべて言う。
「仕事はここで継続するのは無理だけど、レムを残してきている。俺の補佐として関係各所との連絡を継続しているだろうし、アレナの為にも動いてくれるはずだ。俺は君の傍に居るよ。心を支え、安全を守り、共にこの事態に立ち向かうために!」
 リアがロイヤルガードになったのは、アイシャの騎士として愛する人を護るためだった。
 だから、彼女の手を離すことは出来ない。