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【創世の絆・序章】イレイザーを殲滅せよ!

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【創世の絆・序章】イレイザーを殲滅せよ!

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6.敵意の咆哮

「バカ野郎! ちゃんと避けろよなっ!」
 テレパシーでの会話をわざわざ口にも出しているエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)に対し、エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)は少々呆れていた。
 イレイザーの体は大きいから、こちらが近づくとそれは大きな壁か何かのようになる。そんな状況で敵の攻撃の仔細を観察するのは難しい。後方で援護に徹するエヴァは、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)のもう一つの目となって危険を知らせているのだ。
 彼女は存外に役立っている。それはエリスも認めるしかないところだったが、しかしこう五月蝿いのはどうにかして欲しいとも思っていた。
 だからというわけではないが、次の瞬間エリスはエヴァを思いっきり突き飛ばした。
 突然の背後からの奇襲に成す術なくエヴァは顔面から地面に落ちる。
「てめっ」
 エヴァの声は、すぐに届いた轟音によって全てかき消された。こちらに火炎弾が飛んできていたのだ。直撃のコースではなかったが、爆風によって石などが弾丸のように飛び散っている。頭を下げなければ、大怪我していた可能性は十分にあった。
「自分もちゃんと避けてよね!」
「わざわざ突き飛ばす必要は無いだろ。伏せろとか言えば十分じゃねーか」
 ついた埃を払いながら、エリスに抗議の視線を送るがそ知らぬ顔をされてしまう。確かに、無用心をしたのは自分だが納得はいかない。
 ここも十分にイレイザーの攻撃範囲の中なのだ。触手は遠くよりも近くの敵を狙うし、顔は向こうを向いているから衝撃波はしばらく向かってこない。だからといって、ここが安全である確証は一つも無いのである。ここは観客席ではなく、舞台の上なのだ。
 普段ならここで小言の言い合いにでもなるのだろうが、そうはならなかった。
 煉からのテレパシーで、鱗のほんの一部分ではあるが亀裂をいれることができたと伝わってきたからだ。
 普段なら言わなくてもいい事ををお互いこれでもかと言い合うのだが、この時ばかりは口ではなく視線で通じた。

 合図を送ったのち、煉は自分はどうしようかと考えてみた。
 ひたすら同じ箇所に、朱の飛沫とグレイシャルハザードを交互に打ち込み続け、熱歪みで堅い鱗を歪ませる。パワーが不足していても、物質を破壊する手段というのは存在するのだ。
 イレイザーの後ろ足の部分、人間でいうならくるぶしに当たる部分の鱗に、目で見えてはっきりわかるほどの亀裂が入っていた。相当大きな亀裂に見えるが、実際は鱗一枚分、人間の顔ぐらいの大きさがあってもたった一枚分しかない。
 その場所に、今後方で控えているエヴァとエリス、それに教導団の生徒達が一斉攻撃を行おうとしていた。攻撃手段は、魔法や狙撃銃になる。ここまでイレイザーに肉薄できる契約者は、現状ほとんど居ないのだ。
 エヴァからの連絡が入る。準備が整ったから退避しろ、と言っている。
「……いや、もう少しここで粘る。ここなら触手も手を出しにくいし」
 自分の体を自分で傷つけるのは嫌なのか、煉に対して触手は消極的だ。仲間の攻撃の射線から退避し、様子を見守る。
 さすがに全部が全部直撃とは行かなかったが、撃ち出された攻撃の三割はひびの入った鱗の部分に当たった。鱗は割れて落ち、そこに皮膚が見える。思った通り、火力が足りなかった。
 滅多に抜くことのない無銘を抜き、皮が見えた部分に刃を突き立てた。途中で切り払った触手よりもずっと堅いが、怪力の籠手の力で押し切る。刃がその半分ほどまでが肉に埋まり、何か堅いものにぶつかってとまった。恐らくは骨だろう。
 人間で言えば、足首のまわりは急所だ。たった二本の足で立つ一風変わった生き物は、当然その二つの足に幾重もの機能を詰め込んでいる。そのため、足の柔軟性や適応力を高める足首のまわりは壊れてしまえば立つという当然のことを難しくする。
 イレイザーの容姿はドラゴンに似ている。こいつは、胸を前に出し頭を上げ、前足はもっぱら振ったりして使う武器であって、体を支えるためのものではない。つまり、こいつもまた人間同様二つの足で体を支えているのだ。
 恐らくもっと急所らしい部分、大きい血管が通っているだとか、重要な器官だとか、そういう部分は他にもあるはずだ。だが敢えてこの場所を狙った、それは妥協と言われるかもしれないが、しかし無茶をして死体となって転がるよりはずっといいだろう。
「はぁぁぁぁっ!」
 骨に当たって止まった刃を、抜くのではなく全力でさらに突き出した。骨を砕いてやりたかったが、少し剣を進ませて―――ほんの少し骨に穴を開けて、すぐに剣を抜いて下がった。
 できることなら、骨にもっと打撃を入れたかったが、それは無理だった。突然、イレイザーは鼓膜を破るのではないかと思える程の、今までにない咆哮をあげるとその大きな翼をはためかせ、飛び上がったのだ。剣を持っていたままでは、そのまま連れていかれてしまう。
 イレイザーは逃げるのではなく、ほんの一歩さがっただけだった。それでも、その大きな体の一歩は遠い。全員が、イレイザーの顔を見る形になった。
 そして、今までこの戦場には無かったものが、今さらになってやっと感じ取れた。
「随分と、軽く見られていたってわけか」
 心の弱った者なら、あっという間に飲み込まれてしまいそうな殺気が、今さらになってこの戦場に訪れてきたのだ。今の今まで、イレイザーは自分達のことを敵とは認識せず、せいぜい鬱陶しいハエか蚊のように見ていたのだ。
 それがたった今、殺すに値する敵と認識された。



 メルヴィア大尉から通信が来た地点に向かう途中、イレイザーを発見したため急遽部隊を二つに分けることになった。コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の三人が振り分けられたのは、第一班で通信が行われた地点まで進軍する部隊となった。
 少しでも情報を共有させるための配慮なのか、向こうで行われている通信は全てこちら通信機からも流れてていた。逃げろ、避けろ。無理はするな。触手を切り落としてやった、負傷者が、衝撃波来るぞ。小隊の生き残りを退避させた、合流する。などなど、などなど、ほとんど絶え間なく会話が流れ込んでくる。
 伝え聞く声だけから判断するに、あまり景気がよろしいとは思えない状況だった。
 これらの声は、ちゃんと通信しているのではなく、飛び交う電波を傍受しているだけで、その為声が被ったりめちゃくちゃになったり、ただのノイズになったりと忙しい。
 パワードスーツによって覆われた長曽禰少佐の表情を確認することができず、みな黙々と移動を続けている中、コハクは少佐に声をかけた。
「どうした?」
「一つお聞きしたいのですが、少佐はイレイザーとアルベリッヒにどのような関係があると考えていますか?」
 アルベリッヒ―――鏖殺寺院の技術者として活動し、またニルヴァーナへの道を阻んだ男の名前だ。彼の最後は、誰もが予想し得ない結末を迎えた。詳細は不明だが、彼が着込んでいたパワードスーツの内側からイレイザーが現れ、そして彼の姿はどこにも残らなかった。
 戦場で二度に渡って剣を交えたコハクは、彼を単なる敵だとは認識できなくなっていた。あの人の行いは決して正義でもなく正しいものでもなかったが、その根源は悪意に根ざしたものではなかったように思う。もう彼に話しを聞けない以上、それはただの推測でしかないが。
「イレイザーについては、まったく分からない事だらけだからな。何故パラミタに居たのか、どうしてニルヴァーナに居るのか。そもそも存在している場所からして全く手掛かりがない。アルベリッヒが鏖殺寺院に走ったのも、イレイザーに憑依されていたためとも考えられる。サンプルが手に入れば調べようもあるが、現時点で論じても、あくまで机上の空論に過ぎないな」
 長曽禰少佐からの返答は、一見公平な見解だった。だが、コハクは聞き逃さなかった。
 アルベリッヒが鏖殺寺院に走ったのも、イレイザーに憑依されていたためとも考えられる。それは決して意識して放った言葉ではないだろうが、だからこそ彼への評価として本質的なものであるのだろう。
 先遣隊から通信が入ってきて、イレイザーと自然にできたとは思えない窪みを発見したとの報告が届いた。少佐は、彼らに待機を指示し部隊をここでさらに分けることにした。まとまって行動したら、最悪一撃で全滅がありうるという判断だ。
「僕達を正面に配置してもらえませんか?」
 いいよね、とあとから聞かれたベアチリーチェと美羽は、思っていたよりもあっさりと受け入れてくれた。
 イレイザーと言葉を交わすことはできないが、戦っていればそれが何に因るものか少しはわかるかもしれない。正面は一番攻撃が厳しくなる部分だが、相手が一番よく見える場所でもある。
「メルメルを助けるのは、教導団に譲ってあげないとね!」



「本当に、うまくいくのよね?」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は念を押すようにヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)に尋ねた。
 二班がイレイザーと戦っている地点からかなり後方、地面に多くの亀裂の入っている地点があった。調査小隊の報告には、クレバスに酷似しているとあった。
「ちょっと見てきたが、かなり深い亀裂だ。これならうまくやりゃ、あいつを生き埋めにしてやれるぜ」
「私が聞いてるのは、うまくやれるかどうかよ」
 この亀裂の中に爆弾を仕掛け、イレイザーがここを通りかかったところで爆破する。そうすればこの不安定な地面は崩れて落ちるはずだ。
 爆破によって思い通りにものを壊すのは難しい。普通であれば、綿密な計算をしたうえで、必要な地点に必要な力を与えることになる。だが、今はそこまでのんびりしている時間は無い。
「向こう側の設置終わったわよ」
 隙間からエリザロッテ・フィアーネ(えりざろって・ふぃあーね)があがってくる。エリザロッテは、セレンフィリティを見つけると、小さく頭をさげた。この場所を見つけたのはセレンフィリティで、利用しようと言い出したのがヴェルデである。
「ありったけの爆薬を使うんだ。うまくいかなきゃおしまいだな」
「そうね。ここを突破されたら、もう橋頭堡には迎撃能力はないもの」
 ここを爆破し崩す火力をそろえるため、自分達で持ち込んだものの他に、橋頭堡の防衛用にと持ち込まれていたロケットランチャーなどの火器も全てここに運び込んでいた。ここを突破されそのまま橋頭堡にイレイザーが向かったとしたら、せっかく建設したもの全てを放棄せざるえないだろう。
 その為にも、ここでのミスは決してしてはいけない。足りない計算を、火力で無理やり補う時点で、セレンフィリティは賛成はできないでいたが、余裕も時間も無いのも十分理解しているから、行き場のない苛立ちみたいなものが募る。
 つい先ほど、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)から負傷者が出始め、予定よりも時間を稼げない可能性があると連絡があったばかりだ。
「向こうの設置はまだよね?」
「うん? ああ、あっちはまだ手付かずだな」
「そっちは私がやるわ」
「え? おいおい、任せて大丈夫なのかよ」
「言うわね、破壊工作はあたしの得意分野よ」