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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

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第7章 避難


 契約者たちが着実に病院の階段を駆けあがっていたその頃、屋外では一部の契約者たちによって、取り残された一般人の避難が進められていた。
 銃型のHCの画面上で明滅する光を難しい顔で確認していた曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は呟いた。
「……何だか厄介なところにいるみたいだねぇ」
 避難者の情報は、防衛ラインの外に避難した人たちの点呼が進むにつれて明確になっていった。
 聖アトラーテ病院の入院患者及び医療関係者が数名……これは突入組に任せるしかない。
 契約者たちが辿って来た道とは逆の、聖アトラーテ病院裏手の中層のオフィスビルに数名……契約者がいないということはスポーンが大量にいるだろう。危険な場所だ。
 それから、進路とそれほど離れていない武器店に十数名立てこもり中。
 加えて可能性として、このデータに入っていない場所にも人がいるかもしれない。
「緊急性が高いらしいって聞いて来たけど……こりゃ大変だ」
 ふいに風が彼の頬をなぶった。見下ろせば、彼の眼下にいるスポーン──彼はキャットアヴァターラ・ブルームで青い空に浮いているのだった。
 遠く耳を澄ませば、警察のイコンから残っている人々にしている避難要請の呼びかけが聞こえる。
 ──警察のイコンの場所に来るように、或いは危険が予想される場合動かず救助を待つように。電話等使える環境にあれば連絡するように。
 そうはいっても、ここは空京。結界で守られた首都のため、契約者ではない地球人までいるのだ。スポーンがもし近くにいれば、迂闊に動けないだろう。
「倒せるなら倒したいけどねぇ……」
 背後のパートナーの呟きに、操縦者のマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が振り返る。
「群れに阻まれた方々が心配です、早く助けに行かないと! りゅーき、どこから行きますか!?」
「近くから、と言いたいところだけど、ビルから行こうかねぇ。あぁ、壁にも気を付けて、だねぇ」
「りょーかいです、しっかりつかまっててくださいね!」
 マティエが必死に飛ばす箒が、高所を飛ぶ。
 やがて聖アトラーテ病院裏手のオフィスビル辿り着くと、瑠樹は片手で非常用の表示がある窓を叩いた。
 机の陰に怯えた顔が覗いているが、彼らはこちらが人間であることに気付くと、駆け寄って窓のカギを開けてくれた。
「大丈夫? 取り残されたって連絡を受け取ったんだけど」
 中年の、おそらく上司であろう男性が頷いた。仕事中であったのだろうか、他に数人地球とパラミタ人がいる。
「じゃあ行こうかねぇ。今そっちに降りますから下がってねぇ」
「ちょっと待ってくれ……お前たち2名だけなのか? あの化け物が……、俺たちはお前ら契約者とは違うんだ、一撃でもくらったらおしまいなんだぞ!」
 不安に声を荒げる男性に、
「だいじょーぶです。必ず、安全な場所までお守りしますから!」
 身を張ってでもお守りする決意を胸に、ぽんと叩くマティエの妙な頼もしさと可愛らしさに安心したのだろうか、彼らを救助の中継地点のコンビニまで送り届ける。目印は空を舞う二頭のドラゴンだ。
 それから彼らは再び、他の遭難者を救助しに行った。
「たすけが来るはずですから、ちょっと待っててくださいね!」
 心細いであろう彼らをマティエは励ますと、再び上空に舞い上がる。彼女だって置いていきたくはない。最後まで送り届けたかったが、
「より多くの人の救うためだから、仕方ない、ねぇ」
 瑠樹は後ろ髪を断つように、心配げな顔のマティエを励ました。


 病院内から契約者に救助されて病院の入り口に辿り着いた彼らは、アイリス救出のためにその場を繋ぐ契約者たちの辿って来た道を、逆に行くように言われる。
 今の状況では最も安全なルートではあったが、体力的にも乏しい彼らにはそれも楽ではない。またスポーンに襲われる可能性もある。
 だが、病院外の建物の中になると、スポーンがぐっと少なくなる。
 契約者たちが辿って来た道、丁度中間地点にある放棄されたコンビニの周囲を、契約者の少女たちが守っていた。
「とにかくスポーンをやっつけるの! とにかく敵さんをやっつけて逃げられるように頑張るの!」
 及川 翠(おいかわ・みどり)とそのパートナーたちだった。
 目印の一匹──ダークブレードドラゴンに跨るのはミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)で、スポーンを相手に範囲魔法を上空から放っている。
 討ち漏らしたものは、サンダーブレードドラゴンに乗るスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)が連携し、電撃で止めを刺す。
「何だか大変なことになっちゃいましたねぇ〜……。とにかくぅ〜、みなさんがぁ〜、無事に帰ってこれるよう頑張りましょうねぇ〜」
 翠が地上で光の刃を放ちつつ声をかけると、彼女と背中合わせに、徳永 瑠璃(とくなが・るり)の巻き起こす“ファイアストーム”や“サンダーブラスト”がスポーンに降り注ぐ。
「誰かが悲しい思いをしたりとか、怪我したりとかはできるだけ避けたいですもんね……。だから、できる限り頑張ります!」
 コンビニの中で待っている、要救助者を、やがて迎えに来たのは一組の契約者だった。
「大丈夫? 怪我してる人はいない?」
 翠たちに挨拶をしてから、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が電源が切れたコンビニの自動ドアを手動で開けながら問いかけると、脚を引きずった人が手を挙げた。
 肉を食いちぎられたその脚はミア・マハ(みあ・まは)の“命のうねり”でみるみる癒されていく。
「う、動く……魔法は初めてかけられたが、すごいもんだな」
「礼には及ばぬ」
「そうだよ」
 レキも、百合園生だ。アイリスのことは知っているし、守りたい気持ちもある。
(でも力のない人達を放っておいていいはずが無い。彼女ならシャンバラに生きる民も大切にするはず。自分のせいで誰かが傷ついたら悲しむと思うんだ)
 それに、人が居たらイコンも皆も全力で戦えないだろうからと思う。
「今来たばかりだからわからないけど、台車とか何かある?」
「商品運搬用のがある」
「じゃあ、歩けない人は乗って。──行こう。こっちだよ」
 レキは銃型HCで、避難状況やイコンの戦闘状況を確認して、安全なルートを調べた。そしてなるべくスポーンのいない道、安全な建物の中を通る道を選んで、最短で防衛ラインの外に出ようとする。
 子供や老人、病人を台車に乗っけ、元気な男性に引いてもらう。自身で押してもいいが、スポーンがもし襲ってきたことの事を考えると、なるべく自分は警戒に当たりたかった。
「スポーンだ!」
 行く手に溶けかけのヒキガエルのような姿が数体現れて、誰かが悲鳴を上げた。
「恐れるでない、わらわたちがついておる!」
 すかさずミアが栄光の杖を一振りする。“ブリザード”がスポーンたちの足を地面に縫い止めている間に、レキが自身を囮にするように、飛び出した。
 シャッと放たれる幾本かの舌を銃舞でかわしつつ、黄昏の星輝銃のトリガーを引いていく。ダン、ダン、ダンと撃ち込まれた弾丸に、カエルたちが仰け反った。
「いっけー!」
 着地するや否や取り出したペンギンアヴァターラ・ロケットが、カエルたちに向かって滑って突っ込んでスポーンたちを破砕した。
 道を得た彼女たちは、やがて無事に防衛ラインの外、病院まで一般人を送り届けることができたのだが……。
「考えたくはなかったが……」
 ミアが送り届ける際、雑居ビルの立ち並ぶ中に見定めたのは、禍々しいイコンの姿だった。
「……残念だけど、後にしよう、ミア」
 レキは言いながら、携帯電話でそれを国軍や契約者たちに伝える。


 一方、街中では九十九 昴(つくも・すばる)もまた、パートナー九十九 天地(つくも・あまつち)と共に救助に当たっていた。
(見捨てるなんて出来ないからね……私の力は、その為の力なのだから……)
 昴は蒼竜刀『氷桜』を握り、戦い続けていた。彼女が刀を振るうたび、刀から氷で作られた花弁が舞い散った。
 彼女たちのやや上空──三メートルほど上空には昴の光竜・白夜、天地のクリムゾンブレードドラゴンがおり、背は乗せられた怪我人がいる。
 “ゴッドスピード”で素早さを得た昴は、
「一気に……斬る!」
 相手の行動を回避しつつ、スポーンの只中を立ち回る。
「……我は天之御中主神。招かれざる者共よ……失せろ」
 天地の方は“英霊のカリスマ”で睨みを利かせるが、スポーンは怯まないようだった。どうも精神的な影響はあまり効果がないらしい。
 若干肩透かしを食らいつつ、
「さて……数を減らせばよいので御座いますよね? では……やって差し上げましょう……見せましょうか、神による神降ろしを」
 “神降ろし”で神の力を(念のため補足するなら、パラミタにおける神の力は地上の概念とは異なっているが)、“龍飛翔突”を敵を近づけぬように打ち込む。


 救助された人々が行く防衛ライン付近にもスポーンはちらほら到達していたが、そこを出迎えた契約者たちもいる。
 真紅のマフラーを靡かせた日比谷 皐月(ひびや・さつき)だった。
 その背後で、雨宮 七日(あめみや・なのか)が可愛らしい顔からいつもの毒舌を吐く。
「なぜこんな色々と面倒極まりないことを」
「こんな騒ぎだ、少しでも戦える奴が出張らにゃいけねーだろ。少なくとも、じっとしてるなんてオレには無理だね。 だから、ま、悪いとは思うけど。ちょいとばかり無理に付き合ってくれよ」
 にやりと笑うが、七日は相変わらずの無表情だ。若干目つきが厳しいが、これは生まれつきということにしておこう。
「そうですか、……皐月を宥める事の方が、面倒と言うよりも無理なので。仕方有りません、力を貸すとしましょう」
「悪ぃな。アイリスが助かるまでだからさ、信じる心ってやつでさ。なかなかロマンチックな展開だろ」
 七日はそんな台詞を鼻で笑う。
「信じる心が力になるなら、神様だってお役御免です。無理だと思ったら撤退します。これは譲れませんね。他の誰の命より、私は私の命が大事ですから」
 私と、それから皐月の──と、これは七日は伏せておく。
 ただ七日は憎まれ口をたたきながらも、
「あっちですよ。ぼやぼやしないで下さい。肉壁がなくなったら私まで怪我をするじゃないですか」
 “イヴィルアイ”で見抜いた敵の弱点を知らせながら、大魔弾『カムイカヅチ』を込めた双銃『ブレインキャリー』で皐月を援護する。
「肉壁言うな」
 皐月も抗議しつつ、黎明槍デイブレイクを構えて“プロボーク”で挑発する。殺到する敵をカウンターでいなし、隙を見て突く。これで七日も射撃に集中できる。
「相手の数が分からない以上、下策だが……ま、これでも防御特化のクラスなんだ、簡単に倒れるとも、ラインを割れるとも思わねーこったな」
 大技を使ったところで耐久戦・消耗戦になるという判断は確かに当たっていて、とにかくこの場所を守ることが大事だった。
 何故なら、次々に、契約者に守られて一般人が避難してきたからだ。彼らにとばっちりが行かないように、皐月は出迎える。
 それでも隙は出来るもので、うろついていたスポーンの触手が彼らを襲おうとして──達する前に、頭が吹き飛んだ。
 弾丸が飛んできた方向を見ると、建物の中階の窓から如月 夜空(きさらぎ・よぞら)が手を振った。
 防衛ライン付近、決して打ち漏らしのないように二人のサポートは彼女が務めている。
「狙撃なら任せろー」
(……なーんて、ふざけてる場合じゃないかもね)
 と夜空は笑って再び機晶スナイパーライフルのスコープを覗いた。
(シリアスな場面くらい、シリアスにやってやろうじゃん? ま、役割分担、ってことで。おねーさんに任せときな、って)
 その代わり地上は頼むよ少年、と。夜空は皐月を二人を一瞬だけ、眺める。