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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 奇妙な来訪者は続く。
 チンドン屋のハーティオン以上に、その人物の訪れは石原拳闘倶楽部の面々を驚かせた。
「ちょっと……!」
 さすがの祥子も得物をつかんで立ち上がっていた。
 ――どういうつもり、と祥子は目で問う。その時代、その場所にあるはずのない存在として認識されれば、たちまち時代から弾き飛ばされるのだということを、その人物は理解しているのだろうか。
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は祥子とハーティオンに目を止めたが、声はかけず石原の正面を向いた。
 ロザリンドは自分のことを理解している。
 潜入や工作はあまり得意ではない。
 深く考えれば考えるほど、思考の迷路にはまってしまう性質でもある。
 正面から当たっていくのが自分のやりかた、そう考えていた。
 だから今日もその方法を採った。
「ロザリンド・セリナと申します」
 外国人が以前ほと珍しくなくなった時勢とはいえ、このようなところに外国人、それも少女が一人で入ってくるなどというのはありえないことである。祥子のように経歴を作ってくるとか、ハーティオンのように事情を用意して来たのではない。単身、堂々と入ってきたのだ。
「勾玉を持っているのですね? ゆえあって仔細を話すことはできませんが、私はとある方よりそれとあなたを守ることを依頼されて来ました」
 一拍おいて続ける。
「同時にそれを狙う敵がいることを感じてはいないでしょうか? 別に不振がって監視等を付けても構いませんし、敵と判断したなら攻撃しても構いません。しばらくの間、近くでの警護をさせてください」
 そして口を閉じ、ロザリンドは彼の返答を待ったのである。
 祥子は唇を噛んだ。自分と知り合いだということにするか、それとも、虚言癖があるということにするか――祥子は悩んだ。このままでは怪しすぎる話だ。勾玉を知っていることについても説明がないし、これで信じてくれというのは虫が良すぎるのではないか……だが下手を打つわけにはいかない。彼女(ロザリンド)に考えがあるのであれば、よかれと思ってアドリブに出て、泥沼にはまる危険性もあった。ゆえに祥子は動けなかった。
 鷹山も愚連隊の面々も、動かなかった。
 そしてこの危うい均衡のなか、肥満がゆっくりと口を開いた。
「面白い」
 ふっと微笑している。彼は黒いシャツの下に、ペンダントのように下げていた勾玉を外し、その鎖をじゃらじゃらと鳴らした。
「勾玉……? これのことだな。別に所持しているのを隠したつもりはねぇ。こいつは俺のお守りだ。ある恩人との信頼の証明でもある。命(タマ)な らいつも狙われてるが、こいつを狙ってるヤツがいるってなあ嬉しい話じゃねえな」
「しかし……」
 と口を挟もうとした鷹山に「まあ、話させてくれ」と石原肥満は告げて立ち上がった。
 真っ直ぐにロザリンドの視線を受けて返答した。
「素性は話せない、その理由も話せないってくると確かに怪しいわな。けどよ、ここにいるのは俺を含め、元々怪しいやつばっかだぜ。本名かどうか判らないのも大半だが、皆、それぞれ事情があってそうしてるんだ。訊かれたくないことに立ち入らないのが暗黙のきまりなんでね……ところでセリナ……セリナでいいな?」
「はい」
「俺も、仲間たちも細かいことは訊かねえよ。ただ、一つだけはっきりさせたい。お前、弱い者いじめはしないな?」
「しません」
「よし。じゃあ好きにしな」
 石原はうなずいた。それっきり危惧する声も不満も出なくなる。愚連隊の面々は個性もバラバラ、特に石原肥満の命令を求めるでもなく気ままにすごしているが、最終的な判断だけはすべて石原に一任しているようだった。
「といってもうちは給料が出たりはしねぇぞ。まあ、たまには闇市の上がりがあることもあるだろうぜ。だが定期収入という意味じゃゼロだ。皆、食い扶持仕事は別に持ってるんだよ。たとえば、あそこに座ってる奴いるだろ、あれはマサって言ってな、トラックの運転手だ。その横の健は道路工事が本業よ」
 マサと呼ばれたのは挽き臼のようにずんぐりがっしりした男だった。健は色濃く日焼けしていて、ガリガリに痩せた姿はまるでゴボウだ。
「鷹山は相場師で……」
 と石原は鷹山を見て続けた。
「かく言う俺は屋台を引いてる」
 またまたご冗談を、とラブの声がした。祥子も口にこそ出さねど、同様のことを考えているような表情だ。
「それが冗談じゃあねえんだな」
 ところが石原は泰然自若として言ったのである。
「言ったよな、俺たちはヤクザとは違う、って」