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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 理沙を先に帰して屋台に戻った肥満は、そこにまた一人、見知らぬ姿があることに気づいた。
 ややもすると影と見間違えそうだ。その人物は、訪れた闇夜と同化していた。
 顔の下半分を隠す黒覆面、黒装束。
 覆面から覗かせた両眼だけが、突き刺さるような光を放っている。
 明らかに異様な風体の客だが、肥満はさして驚くこともなく呼びかけた。
「今日は面白い奴と沢山出会うな。なんか食うか?」
 すると影は、小声だが明瞭な発音で、
「時代遅れの忍者だ、雇ってくれ。駄目だと言っても勝手についてくけどな」
 と言ったのである。
「そうか、頼りにしてるぜ」
 これまたあっさりと肥満は承諾する。
「……信用するのか?」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はむしろ驚いたように言った。
「忍者の兄ちゃん、俺はな、信頼できる人間かどうかはパッと見ただけで判るんだ」
 肥満はそこまで言わないが。満州の混乱、終戦直後の帝都、彼がいずれの地でも徒党を組み、そのメンバーの面倒まで見て生き延びてきたのはこの才覚あってのことだろう。
 それにな、と屈託ない笑顔で肥満は言った。
「仮に裏切られたって、俺には財産なんかまるでねぇ。家族だってねぇのさ。気がかりがあるとすれば仲間のことくらいだが、突然俺が死んでも連中が食いっぱぐれないようにはしている。だから結局、損失があるとすりゃこの身ひとつが消えちまうことだけよ。だから裏切りをあまり恐れてない、ってのもあるわな」
「石原肥満、聞いていた以上の人物のようだな……」
 舌を巻いたように唯斗は告げて、そのまま、闇に身を溶かすようにして姿を消したのだった。
 そういえば、と肥満から離れて唯斗は気づいた。
 ――彼は、俺の名前すら問わなかった。

 小細工は得意ではない。下手に行えば、ある嘘を守るためにまた別の嘘を言わなければならなくなる。それこそ無意味だ。
「樹月と言います」
 だから樹月 刀真(きづき・とうま)は、ほとんど真正面から肥満に会いに行ったのである。彼は漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)を従えていた。両女性ともブラックコートを着用し、気配は極限まで下げてある。加えて白花は、大きめの帽子を被ってプラチナ色の髪を隠していた。
「おう色男、よろしくな」
「色男……?」
 刀真の右腕には月夜、左腕には白花が抱きついている。そんな『両手に花』状態でありながら、自覚がないあたりが刀真らしい。
「新宿を仕切っている組長たちに用があります……俺達だけで動くのは分が悪いので、三日後の戦いの手伝いをさせて下さい」
「『用』か、世間一般の用事じゃなさそうだな」
「俺たちはあなたが持っている勾玉、それに関わる者です……それがただの勾玉ではないことくらい、気づいているでしょう?」
 肥満は否定せず、胸に下げた勾玉を出して見せた。
「こいつは、さる人からもらったものだ。何をするものかまでは知らねぇ。だが、特別なものだというのは、知ってる。俺とその人の友情……というと照れくせぇが、要は結びつきの象徴よ」
「結びつきの問題ならば俺もなんです。新宿の件、最悪こいつらとの結びつき……絆がなくなるもんでね」
 すっと刀真は左右の手で、月夜と白花、その両人の肩を抱き寄せた。
「えっ?」
「あッ」
 まさか刀真が、こんな大胆な行動に出ると月夜は思っていなかった。白花も同じだ。月夜はうっすらと、白花ははっきりわかるくらいに頬を染めている。
 この行動が彼を刺激したのか。一転して刀真の言葉は烈しくなった。
「……俺たちの絆を葬り去ろうとする奴は殺す、絶対に殺す! 邪魔するならそいつ等もまとめて!」
「落ち着いて」
 刀真の肩に手を置き、月夜は代わりに言った。
「石原さん。あなたたちの邪魔をするつもりはありません。むしろ私たちとあなたたちの利害は一致していると思う……だから、お手伝いをさせて下さい。お願いします」
「新宿の連中と事を構えるときは、俺たちも加えてほしいんです」
 刀真も冷静さを取り戻していた。
「わかった。お前さんたちは信用してよさそうだ」
 実行の日までは定期的に情報を流す、その代わり新宿系の暴力団と衝突の折りには参加させてほしい、それを約して三人は立ち去った。
 肥満も屋台を動かす。