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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 無頼漢、そう呼びたくなる風体の男が、孤児院の縁石に腰を下ろしていた。
 南方の戦場にでもいた帰還兵だろうか。長い髪を無造作にくくり、ほつれの目立つ兵隊服を着ている。眠そうな目をしているのも特徴だった。
「……」
 肥満を見つけると男は無言で立ち上がった。立つとかなりの背丈があった。肥満が男の顔を見るには首を曲げて仰ぐ必要があるほどだ。
 鴉は足を止めた。男が、肥満に殴りかかるのではないかと思ったからだ。
 だが逆だった。男は嬉しそうに言ったのである。
「探したよ、肥満さん!」
「おう、探されたぜ」
 相手の背が高かろうが低かろうが肥満は変わらない。人なつっこい笑みを浮かべた。
「戦争が終わって復員したが、こっちではやることもない。。前の職場も空襲で吹き飛ばされたあとだった。そんな中、肥満さんの話を聞いたんだ。『ガキどもが笑って暮らせるようにしてやる男』ってねえ。……おっと、オレは曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)っていう。肥満さん、その考え、興味あるなぁ……オレも協力させてもらっていいかねぇ?」
 この話の前半は丸々作り話だ。ただし、名前を含め後半は本当のことである。
 快諾するかと思いきや、肥満はしばし、瑠樹の姿を見ながら何か考えている様子だ。
「おっと、怪しいところでも?」
 瑠樹はうっすらと背中に汗をかいていた。
 石原肥満は勘の鋭い男だと聞く。特に若い頃は。
 もしかしたら嘘がばれたのかもしれない。たしかに太平洋戦争に従軍した経験はないが、教導団歩兵科としてパラミタで厳しい訓練の日々を送っている。前の職場が空襲をうけて云々だって、この時代には非常によくある話ではないか。肥満のことは闇市で聴き込んで一生懸命探した結果であるのだし……疑わしいところがあるとすれば、どこだろう?
 まさか、と瑠樹は思った。
 鎧貝か。一応小型のにしてきたつもりだし、着衣でカバーできたはずだ。だが見えたとしたら……? たしかに復員が付けているものにしては変すぎる。「南方の島で見つけて、着て帰ったんだ」という言い訳にしようか。でもそれは間抜けすぎないか……。
 ところが肥満が気にしていたのは瑠樹のことではないようだ。
 彼はおもむろに手を後方に伸ばしたのだ。
「ひゃー」
 のそっとマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は跳躍した。光学迷彩はしている。肥満には見えていないはずだ。しかし今の「ひゃー」、と跳んで避けた気配は伝わった……かもしれない。
 肥満の勘のよさがあれば、当然、瑠樹の傍に立つマティエが気づかれてもおかしくないのだ。
「まあ、いいさ」
 理解しているのかいないのか。肥満は曖昧なことを言って、「よし瑠樹、歓迎するぜ」と返事した。
「お前のことは疑ってねぇ、孤児院の手伝いをしてやってくれねぇか」
 肥満が言ったので、喜んで、と瑠樹は去った。鴉も安心して孤児院に戻る。
 だがしばらく、肥満は孤児院に入らず立ちつくしていた。まるで何かを待つように。
「えーと、気づいてます」
 仕方なくマティエは、姿を消したまま肥満に囁いた。
 ところが肥満は返事をしない。ところが、
「あー、なんか体操したくなってきたなぁ」
 などと言って柔軟体操を始めたのである。この間に話せ、ということだろうか。
「ええと、私は肥満さんを守るためにここにいるんです。肥満さんたちに危害を加える気はまったくないです」
 わかってるよ、とは言わないものの、肥満は屈伸を続けている。
「私は他の人と違う姿をしている上、他の人に姿を見られたら消えかねない……だから姿を隠してるんです。あと、恐ろしい存在が、肥満さんの命と、肥満さんが持つ『大事なもの』を狙ってますー」
 肥満が頷いた……ように見えた。このような超自然、公式には認めがたいが理解はした、ということだろうか。それとも本当に、くたびれたから体操がしたかっただけだろうか。それはわからない。
「頑張る肥満さんに、ちょっとだけ助言です」
 その姿を追いかけながら、マティエはさらに言ったのだった。
「死んだらだめですよ。絶望的な状況になっても、諦めないでください。
 そして……大事なものは絶対、肌身から離さないでくださいね」
 肥満の口元に笑みが浮かんだ。彼は、勾玉をぶらさげた鎖を指でちょんと引っ張って見せると、そのまま孤児院に入ったのである