校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ 絆を結ぶ手 ■ あれはそう……9年も前のこと。 その当時神凪 深月(かんなぎ・みづき)はまだ9歳だった。 家の中は静まりかえっていた。 両親がいない深月を育ててくれた、血の繋がらない老夫婦。 病気でおじいちゃんが死に、後を追うようにおばあちゃんも死んでいった。 ぽつんと残された深月を引き取ろうという老夫婦の親戚はいなかった。 「施設に行けば、同じ年頃の子もたくさんいるわよ」 老夫婦の娘はそう言って、やけににこにこと深月に笑いかけてきた。 施設というのがどういうところなのか、深月にはよく理解できなかったけれど、自分がもうこの家にはいられないこと、その施設という場所がこれから自分の住むところになるのだということは分かった。 (そこがボクの新しい家になって、そこの人たちがボクの家族になるのかな……) でもそれは、『深月の為の家族』ではない。 それが寂しくて悲しくてたまらなかった。 もうすぐ施設からの迎えが来る。 それを待ちながら、深月はおじいちゃんやおばあちゃんがよく居た縁側で膝を抱えた。 2人がここにいた記憶はくっきりと深月の中にあるのに、家はがらんと空虚で。もう、お前の、お前の為の家族は無いのだよと、冷たく突きつけてくるようだ。 ぽたぽたと膝に涙が落ちる。 と、その背に不意に声がかけられた。 「お主が深月か?」 深月は慌てて涙をぬぐって振り返った。 そこには、銀髪と赤い眼をした女性が立っている。 おばあちゃんの着ていた和装に似ているけれど、もっとずっと華やかな色合いの布が幾重にも重なった衣装を着ているその女性は、どこか怖い雰囲気だった。 施設の人だろうか。それにしては変だ。 「お姉さん……誰?」 恐る恐る聞いてみると、その女性は平 将門(たいらの・まさかど)だと名乗った。 「お主のことはあ奴から聞いている。我は……そう、あ奴の友だった。我が分霊として世界に生まれたきっかけで、我が相棒にと請うた存在だった」 「あやつって、おばあちゃんのこと?」 「お主からみればそうなるな。あ奴はのぅ、我と契約すればまだ生きられただろうに、先の短い自分より、これから生きるお主の為に……一緒に居て欲しいと言ったのだ。どうか先立つ私達の代わりに……家族になってやって欲しいと」 将門はそう答え、寂しそうに笑った。 (おばあちゃんは、最後までボクを心配してくれてたんだ……) 独りになる深月のことを心配し、おばあちゃんは家族を残してくれようとした。そのことが深月にはとても嬉しかった。 「お主が望むなら、我はお主の相棒……否、『家族』として契約しよう。お主と共に生きることを、お主の家族で居ることを……ここに」 将門の手が差し出される。一緒に歩もうと。 そして深月はその手を握った。新しい家族となる為に。 そのまま深月と将門は家を後にし、旅に出た。 長い長い旅の中、深月は将門から様々なことを教わった。 古風な話し方も教えられ、深月は『ボク』から『わらわ』になった。 8年にわたって地球を放浪した後、深月はパラミタ大陸にやってきた。大切な家族と一緒に。 それは、パラミタ大陸に来て少々経ったある日のこと。 「変じゃのぅ……」 深月は冒険に来た洞窟で迷っていた。 やたらと枝分かれしている上に、微妙な傾斜がついている洞窟に感覚を惑わされ、どこをどう進んでいるやらさっぱり分からなくなってしまった。 まあそのうちに目星もつくだろうと、適当に進んでいたところ、深月は妙な場所にたどり着いた。 そこは洞窟内とは思えぬ、家の中のような……否、置いてある物からして工房のように見える空間だった。 明らかに自然物とは違うその内部に興味を惹かれ、深月が部屋を色々調べていると、日誌のようなものが見つかった。 実験データが記されていると思われる部分はさっぱり理解出来なかったが、その合間に書かれた日記めいた書き込みは興味深い。 「どうやらここは悪魔の工房だったようじゃな……」 日誌の内容から深月はそう推測した。 最初は研究に没頭している様が読み取れたが、途中から身体の不調を訴える書き込みが増え、最後はそれを恨む言葉が綴られている。思うように身体が動かせなくなってゆき、震える文字でそれでも書き記すこと数日。その先は白紙となっていた。 恐らくその先を記すこと無く、この日誌をつけていた者は世を去ったのだろう。 最後のページに書かれていたのは、こんな言葉だった。 『私の最後の作品……リタリエイター。君を完成させられなかった事が心残りだ。 未完成だが心を持つ君を封印したままにすることを許して欲しい。 私はもう君の封印を解く力も無い……。 どうか君を解放する者が現れんことを』 読み終えた深月はそっと日誌を閉じた。 日誌の表紙には持ち主の名前なのか、アルヴァスと書かれている。 「じじ様、ばば様……貴方達と同じように誰かを心配して命を落としていくのじゃ……わらわは貴方達に酬いる生き方ができるじゃろうか……祈って死んでいったこのものにも……」 深月は日誌を置いて目を閉じ、過去の自分を振り返る。 あの時……将門が差し出してくれた手。自分はあの手を取って、共に歩む家族を得たのだ。 そして目を開けると、深月はクローゼットへと向かった。日誌の記載が確かなら、封印はここにあるはずだ。 「これじゃな」 深月は手を伸ばすと、厳重にされていた封印を解いた。 開けた扉の向こうには、体育座りで眠る少女の姿があった。 人の年齢にすれば8歳ほど、というところだろうか。銀の髪は肩ほどの長さでツインの縦ロールに整えられている。 「これが魔鎧『リタリエイター』か……」 深月が頬に触れると、少女は目を開けた。 「……貴方は誰……自分も誰……?」 何を考えているのか分からない目で尋ねてくる少女に、深月は答える。 「神凪深月じゃ。お主は……リタリエイター・アルヴァス(りたりえいたー・あるばす)。魔鎧じゃ」 作り主の名を苗字として、深月は教えた。せめてかの者の意思が名という形としてでも残るようにと。 「……魔鎧?」 「そう、意思持つ鎧。おぬし達の種族じゃ」 目覚めたばかりのリタリエイターには、学ばねばならないことが多そうだ。 眠たげな紅い瞳をぼんやりと開いているリタリエイターへと、深月は右手を差し出す。 「わらわと一緒に行かぬか?」 あの日、差し出してもらった手を今度は自分が差し伸べる。 繋いだ手の先に、未来が紡がれることを信じて――。