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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

リアクション


市民を救出せよ 1



「は〜い★みんなのアイドル、魔女っ子あすにゃん参上っ♪」
 アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)がぴしっとポーズを決めたのは、普段常に人が溢れているスクランブル交差点のど真ん中だ。今は人の影も、車の姿もない。
 代わりに、銃を背負い、蛙の顔をした馬のような何かにまたがるゴブリンの一団が足を止めた。
「タイミングを合わせるわよ。いち、に、の!」
「シューティングスター☆彡」
「シューティングスター☆彡」
 エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)藤林 エリス(ふじばやし・えりす)が横道から飛び出しながら、魔法をゴブリンの集団に叩き込む。足を止めていた彼らは、まともな対応もとれずに直撃を受け全滅した。
「東京にゴブリンの群れなんて、慣れませんわね」
 エリシアは陥落した道路を見つめる。シャンバラでは見慣れたものでも、こちらでは別物だ。シャンバラと言えば、パートナーの御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は元気にしてるだろうか。
「無人の東京ってのも、慣れないけどね。なんか、変な感じ」
 エリスは静かな町並みを見渡す。平日であれ休日であれ、無人になどなる事の無かった場所が、今は自分達を除いて誰もいない。
「……あれ?」
 そんなエリスの目が、人影を見つける。人影は、エリスと目が会うと路地の裏へと消えていった。ダエーヴァと呼ばれる化け物ではない、間違いなく人間だった。
「どうしたの?」
 アスカが尋ねる。
「今、人がいたのよ。あっち」
「避難を無視していた人かもしれませんわね。追いかけましょう」
「うん」
 三人は人影を追って路地に入る。遠くには逃げていなかった人影は、追いかけられている事に気づいて走り出し、道を曲がったところで盛大な音を立てた。
 三人が曲がり角までつくと、散乱したゴミと倒れたゴミ箱、そしてゴミまみれで倒れた男を発見した。
「大丈夫?」
 恐る恐る近づくのは、散らかったゴミが生ゴミだったからである。
「あ、ああ。大丈夫、大丈夫。このぐらい」
 年齢は十代半ば過ぎといったところの、ひょろりと背が高く目つきが悪い男は、慌てた様子で立ち上がると身体についたゴミを叩いて落とす。その後、おもむろに自分の腕の辺りの匂いを嗅いで、顔をしかめた。
「この辺りは、以前から避難指示が出ていますわ」
「そ、そうだったな」
「今、よくわかんない化け物が現れて危険なのよ。離れたくない気持ちもわかるけど、避難に従わなきゃだめよ」
「あ、ああ。そうだな、そう思う」
 男の視線は泳いでおり、返答も要領を得ない感じだ。
「じゃ、じゃあ、俺は避難するからさ」
 男はそう言うと、アスカ達に背を向けて歩き出す。
「一時避難地区はそっちじゃなくて、あっちよ」
 歩き出した方向とは全く逆の方向をエリスが指差した。
「あ、ああ! そうだった! 悪いね、物覚えが悪いんだ、俺」
 髪をかこうとして、臭う手に気づいた男は不恰好なポーズのまま三人の横をすり抜けて、一時避難地区へと足を向けた。ちらちらと振り返りながら進み、やがて見えなくなった。
「変なの」



 一時避難地区と指定されている場所のひとつ、都立の高等学校全体を俯瞰できるビルの屋上に、マルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)の姿があった。
「いい場所を見つけましたわ」
「位置を確認します。はい、確認しました」
 本部でオペレーターを行っている近衛 美園(このえ・みその)が、各員の位置をパソコンに入力し、それらは銃型HCなどで共有される。
「できれば、自分の仕事は無ければいいのですけれど」
 マルティナの傍らには、設置された対物ライフルが学校の方を見つめていた。
 都内の避難指示は随分前から出されており、ダエーヴァの報告があった頃に東京に残っていたのは、インフラを保つために残った技術者や、簡単に移転できない企業の人間などごく僅かだ。彼らは新たに発令された、避難指示にそってそれぞれの一時避難地区へと退避している。
「残っている市民を探してもらっている藤林さんから、敵を発見した報告もあります。何事も起こらない可能性は、低そうですね」
「了解、気を引き締めますわ」

「では、こちらに名前と年齢、生年月日を記載してください。移動先での安否確認に使うもので、確認後これは破棄されます。はい、並んで並んで、食料や水などもあります、落ち着いて避難しましょう」
「はーい、トイレは学校のを使って大丈夫です。食料などは、我々の方で管理しておりますので、気軽に声をかけてください」
 夏侯 惇(かこう・とん)ジョン・オーク(じょん・おーく)の二人は体育館に集まっている避難民の誘導、整理を行っていた。
 避難民も特に混乱した様子もなく、粛々と指示に従っている。仲間内で不安を紛らわすためにお喋りしている人なんかもいるが、一時避難地区の管理運営に支障をきたすようなものではない。
「わざわざ東京に残ってただけあって、みんな肝が据わってるな」
 ドリル・ホール(どりる・ほーる)はダンボールを運びながら、カル・カルカー(かる・かるかー)に話しかけた。カルも同じダンボールを運んでいる。中身は、水の入ったペットボトルで結構重い。
「けど、安心はできない。ここが襲われないとも限らないんだから」
 ここはあくまで一時避難地区である。このあと、ここに集まっている彼らを、横浜まで護送しなければならない。
 現在は、その手段となる足を確保したり、ここにたどり着けていない避難民を探したりしている段階だ。
 既にあちこちでダエーヴァと思わしきモンスターが発見されている最中、彼らの隊はこの場所の防衛と、輸送のための準備に追われている。
「でも、どうやってこんな大人数を運び出すんだろうな?」
 体育館の中には、一学年分ぐらいの人数が集まっている。運び出すとは聞かされているが、その手段までは聞かされていないのだ。
「上には何か方法があるんだと思うけど、とにかく今はやるべき仕事を―――うん?」
 体育館がざわめいている。二人の元に、惇が駆け寄ってくる。
「どうしたんだ?」
「奴らが現れのだ」

 学校の校庭には、黒い皮膚のモンスターの一団が姿を現していた。
 その一部始終を、マルティナは屋上から観察していた。
 まず最初に、黒い球体が何の前触れもなく現れた。それがシャボン玉のように割れると、中から大量のモンスターが現れた。モンスター達は、最初からそうであったかのように校庭で整列すると、声を合わせて体育館に向かって威嚇を行った。
 距離のあるマルティナのところまで、彼らの唸り声が聞こえてくる。
「美園!」
「はい、こちらでも確認しました。近くの契約者を集めますので、なんとか持ち堪えてください」
「了解」

「市民は?」
「カル達が校舎の方に、体育館では進入経路が多すぎて危険と」
「あいよ。校舎なら確かに、階段さえ塞げれば時間は稼げるか」
 連絡を受け付けて駆けつけたシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)は、学校に殺到するダエーヴァの軍勢の背後に回りこんだ。
 彼らは学校ばかりを気にして、周囲にあまり警戒を払っていないようで回りこむのは簡単だった。
「こんな数が、脈絡もなく現れるなんて、自衛隊も苦戦するわけだ」
 ナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)はあまりの敵の数に驚いている。
「さすがに俺らでも、こいつらを片付けるのは無理だな。注意を引いて、時間を稼ぐ、いいな」
 持てるだけの手榴弾を手にした、シャウラが合図とばかりにダエーヴァの軍勢に向かって投げつける。大爆発。爆発の中心に居た何体かにまとめてダメージを与えるが、百はくだらない軍勢相手には焼け石に水だ。

「ああ、くそ、しつこい!」
 教室からかき集めた机で作ったバリケードの隙間から、剣や槍が飛び込んでくる。シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)はその隙間を塞ぐように新たな机をバリケードに使うが、勢いはダエーヴァの方が上だ。
「これ以上は無理だよ。一階の階段は放棄して、二階で時間を稼ごう」
「時間全っ然、稼げてねーじゃねーか! 大丈夫なのかよ」
「増援がこっちに向かってるみたいだし、なんとかなるって!」
 サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)とシリウスの二人は、階段を駆け上がる。避難民の人達が、既に次のバリケードを勢作しており、さらに教導団の学徒が銃を構えてダエーヴァを待ち構えている。
 彼らの間を抜けて、二階へ入る。上の階からはどたどたとした足音が聞こえる。次のバリケード作りも進んでいるのだろう。
「ここでなんとか食い止めておきてーな」
 シリウスが振り返る。既にダエーヴァも登ってきており、銃によるお出迎えが始まっている。

「鍵をかけて、できれば物を置いて道を塞いでください」
 屋上、サビクに見ておくように言われて先回りしたリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)は、ロープをかけて屋上にあがってきたゴブリン達の姿があった。
「背水の陣というわけか」
 惇が登ろうとしているゴブリンを蹴落としながら言う。
「なんて数だ」
 カルも登ってくるゴブリンを蹴落とす。なんだか、もぐら叩きみたいだが、これはゲームではない。
「一気に決めます!」
 リーブラが、大きく対星剣・オルタナティヴ7を振るう。
 アナイアレーション! 登りきったゴブリンや、その途中のゴブリンがまとめて吹き飛ぶ。
「……手ごわいのがいますわね」
 リーブラの一撃で多くのゴブリンは吹き飛んだが、一人、狼の顔を持つ怪物だけは盾を掲げて耐え凌いだ。
「ワーウルフ、でしょうか。話はできそうにありませんわ」
 怪物はぐるると唸るばかりで、言葉を口にすることなくリーブラに飛び掛った。

 ガラスの割れる音があちこちから聞こえる。それに加えて、校内には人間が発しているとは思えない「ゴフゴフ」だの「ガウガウ」だのといった泣き声が聞こえるようになった。
「おいおいおいおい!」
 ドリルが慌てた様子で駆ける。窓を割って、ダエーヴァどもが進入してきたのだ。そして、悲鳴。
 ドリルとジョンが教室に飛び込むと、ゴブリンは両肩にそれぞれ一人ずつ人を担いでいる。どちらの人質もまだ生きている。
「どうするつもりだ!」
 ドリルが向かうが、それよりも早くゴブリンは窓枠から外に飛び出した。ドリルもそのまま飛び出しそうな勢いで窓に駆け寄るが、横からゴブリンが手斧で切りかかった。
「危ない」
 ジョンが氷術で斧を振り上げたゴブリンの腕を凍らせた。
「いけません! 死にに行くつもりですか!」
 外では、ダエーヴァの群れがうじゃうじゃと蠢いている。こんなところに、一人で乗り込めば何もできずに圧殺されるだろう。
「くそっ」
 もう人質を抱えたゴブリンの姿は見えない。斧を振り上げたゴブリンに向かい、怒りの機関銃をお見舞いした。

「あれは……」
 一撃離脱を繰り返しながら、ダエーヴァの軍勢の注意をひいていたナオキは、ゴブリンの中に人間を担いでいるのを発見した。
「あいつら、どうするつもりだ……」
 シャウラ達が見つめる中、人を抱えたゴブリンは、羽飾りのついた兜を被る、大型のミノタウロスのところまで行くと、来た時と同じ球体になったかと思うと、人質ごとこつ然と姿を消した。
「……人間を、連れ去ってるのか。この場で殺さないという事は、何か意味がありそうだけど」
「それよりも、どうやらこの軍勢はあのミノタウロスのような怪物が取り仕切っているようですね。あれをなんとかできれば……」
 ユーシスに、シャウラは頷いて返すと、懐から仙人の豆を取り出して口に運ぶ。
「俺、この戦いから帰ったら、なななをデートに誘うんだ」
「ちょ、それ死亡フラグ!」
「フラグはヘシ折る為にあるんだぜ!」
 俺についてこい、と手で合図を送りシャウラが飛び出した。ユーシスとナオキは仕方ないな、といった様子でそれに続く。

「突撃なんて、無謀ですわ」
 既に薬莢が山積みなったマルティナが、彼らの突撃に思わず声をあげた。彼女も敵の大将を見据えてはいたが、中々隙を見せずに手をこまねいていたのである。
「なんとか、援護を―――」
 スコープを除こうとした彼女に、聞きなれた声の通信が入ってきた。
「こいつを使え!」
 声の主、は自信満々といった様子でそう叫ぶ。
「メルキアデス隊長! え? は?」
 普通ならば、それを見つけるのは不可能と言っていいぐらいに困難だった。なにせ、たった一発のグレネードの榴弾だ。それが、学校の校庭の上を何故か飛んでいるのである。そんなものを発見できてしまうのは、メルキアデスとの信頼関係のなせる技なのかもしれない。
「……いいわ、もうそれを撃ち抜くからそれの爆風をうまい事利用して突破するなり逃げるなり倒すなりしてくださいね!」
 なんで普通のグレネードとして使わないのか、疑問は山程あったが、問いただしている時間も余裕もない。対物ライフルの狙いを定めると、引き金を絞る。
 丁度敵の密集している地点で、グレネードは爆発した。
 敵陣のど真ん中の爆発は、彼らの隊列に混乱をきたした。だが、シャウラ達を敵の司令官まで道を作るには足りない。
 と、その時。
 大量の銃声が辺りを埋め尽くした。
 何事かわらかないまま、次々とダエーヴァ達が崩れていく。
「私達の町を蹂躙する怪物達に告げます。即刻、ここから出ていきなさい!」
 拡声器を使って響くのは、女性の声だ。
 この声を、校内でダエーヴァと戦っていたシリウスには聞き覚えがあった。
「……ミルザムか!」
 そう、声の主はミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)だ。彼女の周囲には、ダエーヴァの軍勢にも劣らない完全武装の自衛官達がいた。彼らはテキパキと指示を出し、破竹の勢いでダエーヴァの軍勢を食い破っていく。
 形成を不利と判断したのだろう、ダエーヴァは次々とこの場から撤退していき、瞬く間に学校には静けさが訪れた。
「無事だったのか、よかった」
 シリウスはミルザムに駆け寄ると、ほっとした様子で話しかけた。
 ミルザムも柔らかい笑みでそれに応える。
「ええ、あなたも無事でよかった」
「それでさ、これはどういう事なんだ?」
 ミルザムの後ろには、大量の装甲車と大勢の自衛官がいる。自衛隊は、ダエーヴァに蹴散らされたという話はシリウスも知っている情報だ。
「政府のお偉いさんに直談判して、横浜基地から来てもらいました。といっても、あくまで都民を救助するという名目で、戦力というわけではありませんが……あ、さっきのは内緒ですよ」
「お、おう」
 あの派手な登場が噂にならないわけがないだろう。内緒にするのはきっと無理に違いない。
 だが、彼女は彼女なりの方法で、皆を助けるためにこの場所へ駆けつけたのだ。
「都民の移送は、私達が引き受けます。あまり多くは手伝えませんが……」
「いいさ、怪物どもはオレが蹴散らしてやる。だからみんなの事は頼んだぜ」
「ええ、任せてください」