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【終焉の絆】時代の終焉

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【終焉の絆】時代の終焉
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第1章 プロローグ

 2024年初夏。
 日本の週刊誌が一斉に『パラミタによる日本支配』を書き立てはじめた。
 記事の主な内容は、シャンバラ人――ヴァイシャリー家次期当主であるフィローズ・ヴァイシャリーが、春に行われた東京都知事選挙において、ミルザム・ツァンダが有利になるように根回ししたというものだった。
 同じタイミングで、フィローズは収賄、および脅迫の疑いをかけられ警察に拘束されていた。
 彼が都知事選の際に、ミルザムの対立候補を抑える為に犯罪行為に手を染めていたという不確かな情報が流れ、マスコミの報道はエスカレートしていった。

 フィローズが拘束されて数日後。
 ヴァイシャリー家の一人娘である、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が地球に訪れた。
 マスコミの報道が過熱していたため、彼女の来日は公にはされていなかった。
 彼女が訪れた場所は、日本海のとある場所にある島。
 日本と中国、ロシア、そしてシャンバラで共同開発されていた島だ。
 元々小さな無人島だったが、周辺を大規模に埋め立て、飛行機やイコンが発着できる滑走路も設けられている。
 そしてその島には、日本の奏景(そうけい)大学の化学工学科のキャンパスが存在していた。
 島には、大学に通う学生たちを中心とした、住民が数百人いる。
 今年から契約者以外のパラミタ人の受け入れも始めた為、体験入学や見学に、連日多くの力のない一般のパラミタ人が訪れていた。
 建物は新しく、最新の設備が整っており、沢山の植物も植えられ、美しい海に囲まれた過ごしやすい場所。
 その、若者達のユートピアといわれている地で、事件が発生した。

○     ○     ○


 テロリストの襲撃により、護衛として訪れていたロイヤルガード隊長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、ラズィーヤを庇って倒れた。
 命は取り留めたが、神経毒に侵されており、長くは持たない状態だった。
 テロリストの犯行声明の声は、ラズィーヤのものと思われた。
 彼女と共に、キャンパスに訪れていた日本の政治家は、ラズィーヤを討つように居合わせた契約者――キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)達に命じた。
 ラズィーヤが犯人ではないと信じる優子は、政治家に交渉を行う時間を求めた。
 政治家は認めたが……同時に、キロスにラズィーヤ殺害も命じていた。

 テロリストに捕らえられた人々は、窓のない密室の実験室に連れ込まれていた。
 ガスを吸わされており、意識のある者はいない。
「ふふふ……」
 その実験室の気密扉の前で、ラズィーヤ・ヴァイシャリーは妖しく艶やかに微笑んだ。
「さあ、契約者の皆さん。わたくしを殺しにいらっしゃい」
 揺るぎのない強い目で、不敵に微笑んでいた。
「世界は、わたくしたちの時代から、学生だったあなたたちの時代に変わっていくのです。新たな時代を、あなたたちの力で、切り開いてくださいませ」

○     ○     ○


「優子! 無事だったか」
 名前を呼ばれ、神楽崎優子は振り向いた。
 見学に訪れていた契約者数人が、優子の下に駆けてきた。
「瓜生コウだ、分かるか?」
「かなり顔色が悪いが、大丈夫か?」
 優子と作戦を共にしたことのある瓜生 コウ(うりゅう・こう)千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が、正面に立ち尋ねた。
「ああ……瓜生も千返も、無事でよかった」
「優子さん……ロザリンド・セリナです。撃たれた姿を見て、心配しました」
 ロイヤルガードのロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、街頭ビジョンで流れた映像を、手短に優子に話した。
「俺はパートナーと一緒に体験入学に来ていたんだが、逸れてしまって」
 かつみが周囲を見回しながら尋ねる。
「人質の方にいるかもしれない。神楽崎、ナオ達を見なかったか?」
 共に訪れたパートナーの千返 ナオ(ちがえ・なお)達とはパートナー通話さえ出来ない状態だった。
 かつみの問いに優子は軽く首を左右に振った。
「すまない、捕らえられた者については把握していない。神経毒を食らったようで、少しの間意識を失っていたんだ」
「神経毒か、やっかいだな、目は見えるか?」
 コウが優子の目を覗き込む。
「ああ」
 優子は眉間に皺を寄せ瞬きをしながら答えた。
 顔色も悪く、足取りもおぼつかない。状態はかなり悪いようだった。
「応急処置が必要だな。座れ」
 コウは優子を半ば強引に座らせて、肩の傷を見る。
「傷口を少し開くぞ」
「……っ」
 コウは傷の状態を見て、可能な限り毒を絞り出す。
「既にかなり毒が回ってるようだな……意識があるのが、不思議なくらいだ」
「気休め程度にしかならないとは思いますが、魔法をかけます」
 それから、ロザリンドがヒールとキュアポイゾンを使い、優子を治療する。
「ありがとう、少し楽になった」
 大きく息をついて、優子は立ち上がった。
「私はテロリストがいる研究棟に交渉に向かう。ラズィーヤさんが首謀者などということは絶対にない。その真意を探り、彼女も捕らえられている者たちも全て、救出する」
「私もそう思います!」
 地球人の女性が、シャベルを手に駆けてきた。
「遠野歌菜か」
「はい! 私も神楽崎さんに付いて行きます。武器も防具もないですけれど、この金属のシャベルがあれば戦えます」
 遠野 歌菜(とおの・かな)は、シャベルをぶんぶん振り回した。
「ミルザムさんの選挙の時、私も応援演説をしました。
 勝利は、あの時皆で頑張った結果です!
 マスコミの報道なんて、絶対に信じません! 
 フィローズさんの件といいラズィーヤさんの声明といい、何か裏があるはずです!」
「ああ、そうだな」
「ダリルさん……!」
 専用の籠手型HCを確認しながら、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が合流を果たし、歌菜と目を合せ、頷き合う。
「神楽崎、俺も加勢するぜ」
 また一人、長身の……女性と思われる若者が近づいてきた。
「契約者か」
「ああ、俺は新風燕馬。1人で来てたんで、誰も人質に取られてない……が。
 ガタガタ震えて助けを待つのは性に合わねぇ――天命を待つなら、まず人事を尽くさねーと」
 新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は倒れている警察官から拝借した拳銃と弾を手にしていた。
「アレは本物のラズィーヤだと思うか?」
 ダリルが皆に尋ねる。
「常日頃から腹に一物ありそーなヤツではあったが……」
 コウは顎に手を当て、考え込む。
「声は確かにそうだった。けど『あの』ラズィーヤ・ヴァイシャリーだからこそ、あんなあからさまに犯人やってるのが個人的に違和感バリバリだ」
 燕馬が言い、続いて優子が口を開く。
「私は声しか聞いていないが、声も口調も確かにラズィーヤさんのものだった。少なくてもあの声の主は、ラズィーヤさん本人と考えて間違いないだろう」
「そうか、ならば何か考えがあってのことだろう」
 ダリルの言葉に、優子と歌菜が強く頷いた。
「交渉中に倒れられても困るし、神楽崎をまともな戦力に戻す為にも、まずは解毒剤をかっぱぐか。あと、防毒マスクもな。
 大抵の場合、毒を使う奴は自分にはそれが効かないように対策を用意してるもんだ」
「簡単な見取り図ならこのパンフレットに載ってる。解毒剤を保管してそうな場所って、どのあたりだろう……」
 燕馬とかつみがパンフレットの中の、研究棟の見取り図を見ながら考えていく。
「テロリストを捕らえて尋問するか、それらしき部屋を調べて回るしかないだろうな」
 コウも言いながら見取り図を記憶していく。
「では、そちらはキミ達に任せ、私は正面から交渉に向かう。……遠野とロザリンドは私と一緒に来てくれるか?」
「はい! 皆で力を合わせて、絶対に人質を助け出しましょう!」
 歌菜は皆を見回して言い、唇をかみしめた。
(……待ってて、羽純くん。今、行くから……!)
 大切な大切な伴侶の月崎 羽純(つきざき・はすみ)も多分、そこにいる。

○     ○     ○


「よぉ、ロイヤルガード隊長さんよォ」
 キロスは見学に訪れていた契約者と合流後、優子にトランシーバーで連絡を入れた。
『キロス・コンモドゥスか? なんだ』
「こっちは外にいた奴らと合流できたけど、そっちはどうだ。オレらはアンタが奴らと交渉している間に、研究棟に潜入するぜ」
『お前、ラズィーヤさんを……』
「勘違いすんな。オレの目的はパートナーの夏來香菜の救出だ。ついでに、掴まってるやつらも逃がしてやってもいいぜ。
 アンタらが奴らの目をちゃんと引き付け、陽動の役目をはたしてくれんのならな」
『陽動か……。幸い、こっちも見学に訪れていた知り合いと合流できた。交渉で、奴らの真の目的を探っていく。何か解ったら連絡する』
「ああ、待ってるぜ」
 通話を終えた後、キロスは薄い笑みを浮かべながら、ギラリと目を煌めかせた。
「……ま、香菜助けんのに邪魔なら、あのクソ女、殺っちまうけどな」