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はっぴーめりーくりすます。

リアクション公開中!

はっぴーめりーくりすます。
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リアクション



10.クリスマスパーティ、進行中です。


 七尾 蒼也(ななお・そうや)はデジカメのシャッターを押した。
 かしゃり、小さな音がして、切り取られる彩りの世界。
 デジカメに視線をやって、結構写真も撮ったなあ、と息を吐く。
 今日はクリスマスイブ。
 大好きな恋人と過ごせるはずだったのだけど、時間が合わずすれ違ってしまったから仕方がない。
 ――ハロウィンの時も、夏祭りの時も、ジーナはこんな気持ちだったのだろうか?
 そんな時彼女はどうしてくれたか。
 自分で見たものを土産話としていろいろ聞かせてくれた。
 屋台で買った物を持ってきてくれた。
 そして楽しんできました、と笑ってくれた。
 だから自分も、楽しんで、土産話を持ち帰って、笑顔で報告をしたいと思って。
 ――志位が、人形工房でパーティをやると言っていたか。
 ジーナが話してくれた、美しいヴァイシャリーの街並みを撮影していた時に思い出した。
 ――行ってみようか。
 手ぶらで押し掛けるのもどうかと考え、年越し蕎麦のセットとピロシキを手に、人形工房へ向かう。
 人形工房なら、プレゼントも手に入りそうだし。
 ――ああ、でもジーナは動物のほうが好きか?
 ――いや、あのゴーレムも人形か。
 動物の人形があったら、プレゼント用に買ってみようか。
 渡した時彼女は喜ぶかな、なんて楽しい想像をしながら、足は進む。


「人形と人間って、どう違うんだろうな……」
 工房に着いて、クロエが人形だということを聞いて。
 彼女を見ながら、呟いた。
 蒼也のパートナーは機晶姫だから、その事実には驚かない。自然に受け止めたうえで、その言葉が出た。
 自由に動けることが違う部分だと言うのなら、魂の入れ物である身体が違うだけなのか。
 それとも、感情? 感覚? また何か別のもの?
「わからないわ」
 クロエは頭を横に振った。リンスは答えない。受け取った年越し蕎麦セットの成分表のあたりを、じっと見ているだけ。考えあぐねているのかどうなのかも想像がつかない。
「まあいいか」
 目の前の少女は、動くし、感情もあるし、人形という器ではあるけれど人間だと思うし。
「そうやおにぃちゃん。わたし、にんぎょう?」
「いや。俺からすれば人間かな」
 だからそう答えて、撫でてやる。
 不安そうな目をしていたから。
「人間だから、恋もできるしデートもできるぜ?」
「でーと?」
「好きな人と一緒の時間を過ごす事だな。街へ行ったり、自然を見たり」
 ――俺とジーナなら後者だろうな。
 ジーナは自然が好きだし、二人とも人混みが似合うような柄ではないし。
「でーと。したい!」
「まずは相手だな」
「あいて……」
 クロエがちらちらリンスを見ている。
 見た感じ、恋愛感情の好きではなさそうだけれど。
 好きな相手、と言われた時、真っ先に名前が上がる相手がそうだったということか。
 が、リンスは「パス」と短く言って断っていた。にべもない。
 ぷぅ、と頬を膨らませたクロエは、「しーらない!」と走って行ってしまった。
「いいのか?」
「いいよ。俺デートとかしたことないし」
 ふうん、と相槌を打ちつつ、そういえばと思い出す。
「リンスって、大地の友達なんだよな」
「?」
 疑問符を浮かべつつ頷かれた。
「じゃあ、眼鏡を外した大地のことも知ってるのか?」
 眼鏡を外した大地。
 普段の穏やかな雰囲気ではなく、冷たい笑みを浮かべた彼。
 知っているのか、どう思っているのか。
「目つき悪いよね」
 どうとも取り辛い返答だった。
「ああ、目つき悪いな」
 言ってることには頷けたので、頷いておいて。
「あと、これ。ラッピングしてもらいたい」
 話しながら選んでいた、プレゼント用のぬいぐるみを渡す。
 サンタ風の衣装を着た、兎のぬいぐるみ。
 優しくて、穏やかで、静かで。
 そのせいもあって繊細な彼女に似て見えて。
 受け取ったリンスがラッピングをしている間、棚を見る。
 騎士のぬいぐるみと、竜のぬいぐるみ。それからまた、ジーナを連想する。
 出会った時の彼女は騎士だったよな、とか。
 頑張る彼女と正反対に、怠けてしまった自分だとか。
 その結果が現状で、ジーナは既に竜の乗り手になっている。
 今から頑張っても追いつくことは無理だろうけれど。
 そんな彼女を追いかけたいと、同じ道をついていきたいと、考えて。
 男としては頼りない決意だけれど。
「これも」
 その決意を覚えておくために、この人形を傍に置いておこうと思った。


*...***...*


 クリスマスの定番料理と言えば何だろうか?
「ローストチキンにポテトサラダ。コーンポタージュにクラブサンド?
 ライス派の人? ラザニアじゃ駄目? じゃあ普通に炊こう。
 それからそう、晴れの日だから。
 ワインやシャンパンも解禁OK? だよな。適量適量」
 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が、呟きながらてきぱきと料理の準備をし、飲み物も用意する。アルコールが駄目な人への気配りでソフトドリンクも忘れない。お茶も用意した。
「ああ忘れてた。主役はケーキか? まあ当然だよな。何が好きかな。いろいろあった方が楽しいか。
 ショートケーキにチョコレートケーキ、ババロア、ムース、チーズケーキ。フルーツケーキ、それからあと何がある? パウンドケーキ。あ、そっちにフルーツ入れるか」
 てきぱき、てきぱき。
 工房のキッチンにて、本当に手際よく物事を進めるのをアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)は椅子に座って見ていた。
「スレヴィさん、何をしているんですか?」
「クリスマスの料理作ってる」
 それは見てわかるのだ。
「……質問を変えますね。
 何を企んでいるんですか?」
「こわいわ……」
 アレフティナの隣に座ったクロエが呟いた。
 そう、怖いのだ。もっと言えば気味が悪い。
「馬鹿だなー、せっかくのクリスマスなんだからクロエに楽しんでもらおうと執事スキルをフルに使ってるんだよ」
「それがこわいわ……」
「怖がることないだろー?」
 心外だ、とばかりに言うくせに、顔は笑っているじゃないか。言動不一致が不気味さをさらに際立出せている。
 二人して一歩どころか二歩三歩と退いていると、スレヴィがぽんと手を打った。
「ああ、間違えた」
 そして何かに気付いたらしい。普段とは違いすぎる自分の気持ち悪さに気付いたのだろうか。だとすればいいのだけれど、
「敬語と敬称付けを忘れておりました。
 大変な御無礼をお許し下さい、クロエお嬢様」
 そんなはずがなかった。
「きもちわるい!!!」
 思わずクロエが悲鳴じみた声を上げ、
「怖いですスレヴィさん!!」
 アレフティナも思わずそう言った。
「ほらお嬢様。料理が冷めてしまわないうちに召し上がってください。
 何がお好きですか? 私お薦めはローストチキンでございますが」
「え、え、」
「それともケーキの方がよろしいでしょうか? 成長期ですので、きちんと栄養価のあるものを召し上がって頂きたいところですが……今日という日くらいは無礼講、自由とするも良いかもしれませんね」
「あの、え?」
 そしてクロエに皿を手渡し、チョコレートケーキだチーズケーキだと次々と取り分ける。
 戸惑うクロエだけれど、ケーキの魅力には勝てないらしく笑顔になった。その一瞬、スレヴィがにやりと笑う。第三者視点のアレフティナだからこそ気付けた笑みだ。……不気味である。
 だけどまあ、こうしてクロエが楽しんでいるならまあいいか。
「クロエさん、クロエさん」
「なぁに?」
 もぐもぐ、口の端にスポンジをつけたクロエが振り返る。
 それをナプキンで拭いてあげながら(そしてスレヴィに「それ俺の、いや私の仕事ですよ肉兎様」と言われ)、
「メリークリスマス」
 もう片方の手で、プレゼントを手渡した。
「わ、」
 青っぽい色をした石を綺麗に磨き上げ、薔薇の形に加工したもの。
 クロエのてのひらにはちょっと大きいそれを、これまた手作りの布袋(青の糸で刺繍も施し、袋だけでも可愛い作りにしてある)に入れて首から下げさせ、落とさないようにして。
「よかったら、もらってください」
 微笑む。
 クロエが、それこそ花が咲いたように満面の笑みを見せ、「ありがとう!」と言うのを見て、うん、渡して良かった。そう思う。
 二人でにこにこ、笑い合ってから。
「さてと! 私も食べましょうかね! 朝から何も食べてなくておなかぺこぺこなんですよ〜♪」
 今度は料理に向き直る。
 と、スレヴィがつまみ食いをしていた。
「…………」
「…………」
「…………」
 三人で見事に黙り込んで。
「執事飽きたー」
 その沈黙を、スレヴィが破った。
「いいですかークロエお嬢様?
 食卓は戦争である。奪い合いは日常茶飯事、大家族の食事作法をみっちり教えてあげましょう。上流貴族の食事作法とは全く違った作法が存在しているのです」
 飽きたと言ったスレヴィだが、敬語に戻りどこから取り出したか指示棒を手にし、先生モードに突入している。いろいろと切り替えが激しいパートナーである。
「それはですね、手づかみ。手づかみで食べるケーキには野性味というスパイスが加わって別の美味しさが生まれたり……」
「おぎょうぎわるいわ」
 説明の途中に入れられたクロエの鋭いツッコミに深く頷くと、やれやれとばかりに頭を振られ「これだからお嬢様は……」と呆れたように言われた。
「お行儀が良すぎても肩が凝るだけですよ。
 さあ、騙されたと思って一度お試しあれ」
 それは悪魔の囁きだろう。
 アレフティナはそう判断して、クロエを抱っこして避難開始。
「一年の終わり、アレに付き合わせるのは気の毒です」
 せっかく楽しそうなんだから、このまま楽しんでもらおうじゃないか。
 ――手づかみでケーキを食べるクロエさんか。
 それはそれで、お菓子大好き! というようで、可愛いかもしれない。
 ――可愛いは正義、というものでしょうか?
 かといってやらせるわけにもいかないし、アレフティナは逃げる。
「それにしても、スレヴィさんって――」
 ――執事ごっこや、デタラメを吹き込むためにあれだけの料理を作ったりしたんでしょうか。
 それはそれで、えらく手が込んでいる。ある意味一年の終わりには相応しいか。
「ほんとう、おもしろいわね!」
 クロエがアレフティナの言葉を引き継ぐように、そう続けた。
 そうですねと頷いて、アレフティナは笑った。


*...***...*


 ――クロエは何をやっているのやら。
 アレフティナに抱っこされているクロエを見て、リンスは思う。
 追いかけるのはプチケーキを乗せた皿を持ったスレヴィ。
「楽しそうですよね」
 リンスの視線に気付いたらしく、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が微笑んだ。
「なによりだね」
 エイボンの手には銀色のトレイがあり、ティーポットと伏せられたティーカップが並んでいる。
 ティーポットから昇る湯気からはハーブの香りがふんわりと漂う。
「それなに?」
「自家製ハーブティーなんです」
 言いながら、エイボンがトレイをテーブルに置き、伏せられたカップの一つを表に戻してハーブティーを注いだ。
「今日はよく冷えますから。少しでも温まるようにと」
「本郷は?」
「兄さまでしたら、向こうで」
 エイボンの視線の先は、キッチン。
 今日も今日とて、美味しい料理を作っているのだろう。
「実はね、俺いつも楽しみ」
 ――本郷相手には言えないけどね。今更だから。
「リンス様もですか?」
「エイボンもなんだ」
「だって、美味しいですもの」
 そうだよね、と頷きながらハーブティーを口にした。ハーブティーなど飲み慣れていないリンスだけど、自然に飲める味と香り。
 美味しいなあと暢気に感想を連ねていたところ、
「リンス様は、兄さまとはイルミンスールからのお付き合いなんですよね?
 そのお話をしてもらいたいです」
 問われて、首を傾げる。
 付き合いはあったが。
「話すようなことってあったっけ……?」
 身内でのばたばたがあった頃を挟んでの仲だから、迷惑をかけた記憶しかない。
「ええと、相談に乗ってもらったり、」
 泣きついたり、
「料理を作ってもらったり、」
 あれこれだと友達とかより、
「なんかおにーさんみたいだ、本郷って」
 思ったことをそのままに呟いたら、
「一個違いだろ」
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)に、そうツッコまれた。
「そうだったっけ?」
「そうだよ。6月6日のきみの誕生日がきたら、二ヶ月近く同い年にもなるぜ?」
「しっかり者だね本郷は」
「リンス君がゆるいんだ」
 ――そんなつもりはないけれど。
 そうかそう見えるのか、と新たな発見。
 なんてことはさておき、
「今日の料理は?」
「豚バラ肉の塩釜焼き」
 唐突に変わった話題に淀みなく涼介がついてくる。
「まず常温にした豚バラ肉の塊に、塩コショウ、ハーブ、にんにくを刷り込む。
 それを茹でて柔らかくしたキャベツで包んでから、塩と卵白で作った塩釜用の塩で包みオーブンで焼く。
 ちなみに、使用したハーブはタイム、ローズマリー、セージだよ。全部エイボンの自家栽培だ」
 紹介されるように言われて、エイボンが照れたように微笑んだ。
「今は焼いてる最中なの?」
「いや、寝かせてるところだよ。焼いている間はフレッシュトマトのソースを作っていたんだ。賽の目切りにしたトマトに、バジル、塩、コショウ、オリーブオイル、レモン汁、おろしにんにくで味を整えるだけの簡単なものだけどね」
 涼介は本当に簡単そうに言うけれど、ろくに料理をしたことのないリンスからすればそれはえらく手間のように思えるわけで。
「すごいね、本郷は」
「普通だろ?」
「いいお嫁さんになれるよ」
「私は男なんだけどな?
 ……さて、そろそろ寝かせるのもいいか。塩釜を割ってくるよ」
「いってらっしゃい」
「今日のは私の自信作だよ」
 言われて、エイボンと顔を見合わせた。
 いつも美味しい料理を作るのに、今日はさらに自信作だって?
 それはどれほどのものなのだろう?


「はい、どうぞ」
 切り分けた肉を乗せた皿を、リンスとエイボンに渡して椅子に腰掛ける。
 いただきます、と礼儀正しく口にして、リンスが料理を頬張った。
「…………」
 もぐもぐと。
 ひたすらもぐもぐと。
「……よく食べるようになったね」
「食べることに慣れてきた」
「ならもう倒れないで済みそうだな」
「うん、だけどまた作りに来てね。俺本郷の料理好き」
「それはどうも。心配だからちょくちょく来ることにするよ」
 心配、と言ってから、ふと工房内を見回した。
 ここに来るようになってから見知った顔も多い。
「ここも賑やかになったね」
 リンスは何を言われているのかわからないように、疑問符混じりの瞳で涼介を見上げてくる。
「みんな、きみを心配したり、好きだったりしてるんだろうな。リンス君の人柄が成せる業、か」
「なにそれ? 俺そんなのないよ」
「そんなことはないね。だってみんな、きみのことを慕ってここに集まってるんだぜ? 私やエイボンだってそうだ」
 言うと、エイボンがこくこくと頷く。最初は涼介についてまわる、『なんとなく』といった様子が強かったけれど、最近はそうでもないらしい。
「ここに来るのが楽しいんだ。友人が言うのだから素直に受け取ってくれよ」
「ん。わかった」
 本当に素直に頷くから、面白いなとくすくす笑って。
 シャンパンを注いだグラスを、リンスに差し出す。受け取ったのを見て、自分の分のグラスを傾けた。
 カツン、と硬い、硝子のぶつかり合う音を響かせ。
「メリークリスマス」
 よい一日を過ごせますように。