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第3章 お友達になりたい

「先に帰っていいよ! ミルミお友達と一緒に帰るから!」
 空京に買い物に来ていたミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)は、執事に元気にそう言うと、連絡をくれた友人が待つ公園へと走っていった。
「話ってなんだろ〜。電話じゃダメなことなのかな」
 買ったものが入っている紙袋を抱えながら、ミルミは急いで公園へと駆け込んで、大好きな友人の姿を探した。
「ミルミちゃん、こっちこっちー」
 噴水の傍で手を振っているのは、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)だ。
 いつも、ミルミを助けてくれて、ぎゅっと抱きしめて、大好きと言ってくれる大切な人。
「アルちゃ〜ん。どおしたの?」
 ぱっと顔を輝かせて、ミルミはアルコリアの元に駆け寄った。
 アルコリアはいつもと同じような笑みでミルミを迎え入れて……そして、自分の後ろにいた、小さな女の子を前に出した。
「じゃっじゃーん、ミルミちゃん。これが私の恋人のましろちゃんでーす」
 アルコリアの突然の言葉に、ミルミの表情が固まった。
「うふふふ、私恋人にしたかったらごめんねー、もうこの子のモノなのー」
 言って、アルコリアは真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)を抱き上げて、頬をすりすり、愛情表現。
「あ、あの……」
 真白の方は、否定も肯定もせずに、ただ、沈んだ表情をしていた。
 アルコリアから、ミルミのことは聞いている。
 ミルミをアルコリアが本当に大切に思っていることも。2人の絆も。
 自分が考える以上のことが、2人の間にあったのだろうと、真白は考えてしまう。
 なのに、ポッと出てきたような人に、大切な人が愛情を注いでいたら……自分だったら、いい気はしないから。
 だから、表情を沈ませ、居た堪れない気持ちで、アルコリアの愛情を受けていた。
 ミルミは……。
 前にも、こんなことがあったな、と思い出していく。
 その時、自分は最終的にアルコリアの前から逃げ出してしまって。
 そしたら、アルコリアが探しにきてくれて……。
 ごくんとミルミは唾を飲み込むと、2人に見えないように、ぎゅっと拳を握りしめて。
「うん。分かった」
 と、頷いた。
「でもね、ミルミちゃんを大切にするってのは嘘じゃない。だから、もう恋人にはなれないかもだけど、私は態度を変えたりしないから」
 アルコリアのその言葉には、目を細めて……微笑みを浮かべようとしたけれど、失敗して、顔が引きつってしまう。
 そんなミルミを、アルコリアはいつものように、ぎゅっと抱きしめた。
「ありがとね、アルちゃん」
 そう言った後、小さな小さな声で、ミルミは「ごめんね」と言った。
「ミルミちゃん?」
 ミルミちゃんは何も悪いことをしてないのにと、アルコリアがミルミを解放して顔を見たその瞬間。
「ばばばばばばばっ……バッタちょこ、食べませんかっ!」
 真白が、バッタをコーティングしたチョコレートをミルミに差し出した。
「ましろちゃん、ちょっとまっ……」
「はい! バッタちょこです。バッタはワタシの大好物!」
 真白は精一杯の笑みを浮かべて、ミルミにバッタちょこを差し出し続けた。
 アルコリアから、ミルミが虫を平気で食べていたという話を聞いている。
 それを聞いた時、真白はワクワクが止まらなくなった。
 友達になりたいって思っていた。
 だから、自分とミルミも仲良くなって、3人仲良しになれたらいいな、って思って。
「ば、バッタ……!?」
 ミルミが足を後ろに引いた。
「あ、うんやっぱり。……ま、いっか」
 アルコリアがちょっと目を逸らす。
 酔った時にでも、ミルミが虫を食べたことがあるという話、真白にしたことがある気はするが。
 それは、アルコリアのパートナーが勝手に食べさせただけで、ミルミは虫だと知らずに食べたんだよねぇなどと、思い出しながら。
「いわゆる友チョコってヤツです。ミルミちゃん。真白と、お友達になって下さい!」
 驚くミルミを前に、真白はキラキラ目を輝かせて、ミルミの手にバッタちょこを握らせる。
「あ……あ……ありが、とう」
 その場で食べたりはしなかったが、ミルミはひとまずそのバッタちょこを受け取った。
 それから……。
「それじゃ、ミルミ帰るね。執事とか待たせてるから!」
「ミルミちゃん、ミルミちゃんと最初に会った時、ミルミちゃんが私を構ってくれてなきゃ、今頃地球に帰ってたかもしれないし……貴女がいなければ、今の私はいなかったし。ましろちゃんと付き合えたのはミルミちゃんのおかげ。だから、大切な人には変わりないよ」
 アルコリアの言葉に、ミルミは「うん」と返事をする。
「アルちゃん、よかったね。……また、明日学校でね」
「遊んでいかないのですか。真白、ミルミちゃんと遊びたいです!」
 真白のその言葉に、ミルミは微笑みを見せて「ありがと」と言う。
「ミルミも、真白ちゃんとお友達になりたい。今度一緒に、遊ぼうね」
「はい、よろしくお願いします」
「うん……また、ね」
 ミルミは2人に背を向けて、公園の外に向かって歩き出した。
 次第に早足に。最後は走り出して。
「……バッタちょこ、喜んでくれるかな? あれは……」
 真白しか知らない、秘密の味なのだ。
「んー。今のミルミちゃんなら、喜ぶ……ふりをするかもねー」
 アルコリアはそう言いながら、「ふり?」と、不思議そうな顔をしている真白を抱き寄せて、髪に顔を埋めた。
「ちょっと大人になったのかな、ミルミちゃん。親離れする娘を見ているみたいで、さみしー」
 ぎゅっと、ぎゅっとアルコリアは真白を抱きしめる。
「お姉様、真白、ミルミちゃんと友達になれたでしょうか? 皆で幸せになれるでしょうか?」
「たぶんねー。でもちょっと……時間かかるかな」
 ……不器用だなぁ、私。
 愛する人を抱きしめながら、アルコリアは大切な人のことも、想う。
 器用に2人を行き合わせないって手もあった。
 会わせない事で、2人を傷つける可能性から遠ざける、そんな言い訳も出来るけど。
 アルコリアは、不器用者らしく、力技で、正面突破を選んだ。
 泣いたら一緒に泣いて悲しもう。
 恨まれるなら、寝首をかかれ、後ろから刺されるのを覚悟しよう、と。
 それもまた夢みたいな死に方だと、思いながら。

 アルコリアはずっとにこにこ笑っていた。
 真白を抱きしめる今も。
「早く3人で遊びたいですね」
 真白の純粋な言葉に、頷きながら。